部屋の前を通るたびに、親の頭の中では将来の計算が始まります
朝になっても子どもが起きてこない。食事は部屋の前に置いておく。声をかけても返事は短い。働く話をすると空気が重くなる。スマホやゲームの音は聞こえるのに、本人の気持ちはまったく見えない。
親御さんの中には、こんな言葉がずっと回っているかもしれません。
「このまま何年続くのだろう」
「私たちがいなくなったら、この子はどうなるのだろう」
「生活費を出し続けていいのか、突き放すべきなのか」
「育て方が悪かったのだろうか」
この悩みは、単に「子どもが外に出ない」という話ではありません。親の老後、年金、家、きょうだいへの負担、病気、孤立、相続、近所の目まで、心配の全員集合です。しかも全員、声が大きい。これは親御さんの心が疲れて当然です。
ただ、ここでいきなり「働きなさい」「いつまでそうしているの」とぶつけると、本人との細い糸まで切れてしまうことがあります。
まずは、本人を動かす前に、親の側で状況を見える形にします。親が落ち着くことは、遠回りではありません。家の中に残っている会話の糸を守るための準備です。
「引きこもりかどうか」を決めるより、今の暮らしの形を見る
厚生労働省のガイドラインでは、ひきこもりは、就学、就労、家庭外での交遊などの社会的参加を避け、原則として6か月以上おおむね家庭にとどまり続けている状態を指す現象概念として説明されています。ただし、ひきこもりは一つの病気だけを指す言葉ではなく、背景には心身の不調、発達特性、人間関係、職場や学校での傷つき、家族関係など、さまざまな要因が関わることがあります。
親御さんが最初に見るべきなのは、「うちの子は引きこもりなのか」というラベルではなく、現在の生活がどの程度止まっているかです。
| 見る項目 | 親が把握したいこと | メモの例 |
|---|---|---|
| 部屋から出る頻度 | 家族と顔を合わせるか、食事や入浴はできているか | 食事は部屋、入浴は週2回、夜中に台所へ来る |
| 外出の有無 | まったく出ないのか、深夜や人の少ない時間なら出るのか | コンビニには月に数回、昼間は出ない |
| 会話の状態 | 返事があるか、怒鳴るか、無言か、LINEなら反応するか | 対面は難しいが、LINEなら短く返事がある |
| 体調・睡眠 | 昼夜逆転、食欲、体重変化、持病、薬の有無 | 朝方まで起きている、食事量が減った |
| お金の流れ | 親が何を負担しているか、本人に収入や貯金があるか | スマホ代、食費、保険料を親が負担 |
| 家族への影響 | 親の睡眠、仕事、老後資金、きょうだいの不満 | 母が眠れない、父は話題を避ける、妹が将来を心配 |
この表を埋める目的は、本人を裁くことではありません。
「できていないこと」を数えるだけだと、親も本人も追い詰められます。反対に、「まだ残っている接点」を見つけると、次の一歩が少しだけ現実的になります。
たとえば、対面では話せないけれどLINEなら返事がある。昼間は出られないけれど夜なら外に出られる。家族とは話せないけれど、ネット上では人とやり取りしている。
そこに小さな糸があります。細いですが、ゼロではありません。
親の不安は「本人の将来」と「親の老後」が混ざると大きくなります
子どもの引きこもりが長くなると、親御さんの不安はだんだん形を変えます。
最初は「学校や仕事に戻れるだろうか」。次に「このまま社会から離れてしまうのでは」。そして親が年を重ねると、「自分たちがいなくなったあと、誰がこの子を支えるのか」という不安になります。
いわゆる「親亡きあと」の心配です。
ただ、この不安をそのまま本人にぶつけると、会話はかなりの確率で荒れます。親は将来を心配している。でも本人には「お前は将来だめだ」と聞こえてしまうことがあるからです。
まずは、親の頭の中で混ざっている心配を分けます。
| 心配の種類 | 親の本音 | 今すぐ決めなくてよいこと | 先に書き出すこと |
|---|---|---|---|
| 生活費 | いつまで親が払えるのか不安 | 援助をゼロにするかどうか | 毎月いくら本人に使っているか |
| 住まい | この家に住み続けられるのか不安 | 家を売る、追い出すなどの結論 | 家の名義、固定資産税、維持費 |
| 親の介護 | 自分が倒れたら家が回らない | 本人に介護を担わせるかどうか | 親の健康状態、頼れる親族、地域の窓口 |
| きょうだい | 将来、兄弟姉妹に負担がいくのでは | きょうだいに全部任せる約束 | どこまで共有するか、本人の同意をどう扱うか |
| 医療・福祉 | 病気や障害が関係しているのでは | 診断名を親だけで決めること | 症状、生活の困りごと、受診歴 |
親御さんが悪いわけではありません。本人が悪いと決めつける必要もありません。
ただ、親の年金や貯金を削り続けている場合は、感情だけで支え続けるにも限界があります。「かわいそうだから」「怒らせたくないから」とすべてを曖昧にすると、数年後に親子そろって身動きが取りにくくなることがあります。
やさしさと生活設計は、別々に持っていていいのです。
本人を動かす前に、親が勝手にやめた方がいい声かけがあります
親御さんは、なんとかしたくて声をかけます。
けれど、本人が長く家にいる状態では、正論が刃物のように届いてしまうことがあります。親は励ましたつもりでも、本人には責められた記憶だけが残る。これが続くと、会話の扉はますます重くなります。扉というより、もはや金庫です。
| 避けたい声かけ | 本人に届きやすい意味 | 言い換えるなら |
|---|---|---|
| いつまでそうしているの? | 今の自分を全否定された | 最近、眠れている?体の調子はどう? |
| 働きなさい | 働けない自分を責められた | 今すぐ仕事の話でなくても、生活で困っていることはある? |
| 親が死んだらどうするの? | 見捨てられる、脅されている | 将来の生活について、親の方でも少しずつ整理したいと思っている |
| 近所に恥ずかしい | 自分は家族の恥だと感じる | 外の目より、家の中で少し楽に過ごす方法を考えたい |
| 〇〇さんの子は働いている | 比較されて価値がないと感じる | あなたのペースで、今できることを一緒に探したい |
声かけの目的は、本人を言い負かすことではありません。
最初の目標は、「会話を再開すること」です。就職や通院の話は、その先にあります。
最初から「仕事」「自立」「将来」を話題にしなくても大丈夫です。まずは、食事、睡眠、体調、困っていることなど、本人が答えやすい話題から始めます。会話の糸が残っていれば、支援につながる可能性も残ります。
生活費を出し続けるかどうかは、愛情ではなく家計の問題として分ける
引きこもりの子どもを持つ親御さんが特に悩むのが、お金です。
食費、スマホ代、保険料、医療費、ネット代、服、ゲーム、サブスク。ひとつひとつは小さく見えても、毎月続くと親の老後資金を静かに削ります。静かすぎて、気づいたときには通帳がスリム化しています。これは美容ではありません。
ただし、お金の話をいきなり本人にぶつけると、対立しやすくなります。先に親の側で、支出を分けてください。
| 支出の種類 | 考え方 | 親が決める前に見ること |
|---|---|---|
| 食費・住居費 | 生活の土台。急に切ると安全面の問題が出る | 親の家計、本人の健康、代替手段 |
| スマホ・ネット | 本人にとって外との細い接点の場合もある | 連絡手段として必要か、料金を下げられるか |
| 趣味・娯楽費 | 完全否定すると孤立が深まることもある | 金額の上限、本人の負担可能性 |
| 借金・立替 | 親が肩代わりし続けると問題が見えにくくなる | 金額、名義、返済先、法的な責任 |
| 医療費 | 必要な受診や治療は別枠で考える | 保険証、受診歴、自治体制度 |
親ができる現実的な一歩は、「援助をやめる」ではなく、「援助の中身を見える化する」ことです。
- 毎月、本人に関係して支払っている金額を書く
- 親の年金・貯金から、あと何年続けられるかざっくり見る
- 本人に伝える前に、夫婦または家族で方針をそろえる
- いきなり全額停止ではなく、上限や見直し時期を考える
- 借金や名義が絡む場合は、家族だけで判断しない
お金の話は、親子関係を壊すためにするのではありません。生活を壊さないためにするものです。
状況別に、親が先に動く順番は変わります
引きこもりといっても、家庭の状況はかなり違います。
部屋からほとんど出ない人もいれば、家族とは話さないけれど外出はできる人もいます。働いていないけれど家事は少しする人、精神的に不安定な人、親に強く当たる人もいます。
一つの正解に当てはめるより、今の状態に近いところから考えます。
| 今の状態 | 親が最初にすること | 避けたいこと |
|---|---|---|
| 本人と短い会話はできる | 睡眠、食事、体調など答えやすい話題から聞く | すぐ仕事や将来の話に飛ぶ |
| 会話は難しいがLINEなら反応する | 短文で一つだけ聞く。返事を急がせない | 長文説教を送る |
| ほぼ部屋から出ない | 食事、入浴、健康状態、安全面を見守りながら、親だけで相談窓口へ連絡する | 無理に部屋へ入る、荷物を勝手に捨てる |
| 暴言や物に当たることがある | 親の安全確保を優先し、記録を残し、第三者へ相談する | 親だけで説得し続ける |
| お金の要求が強い | 金額と頻度を記録し、家計の限界を夫婦で共有する | その場しのぎで毎回渡す |
| 親が高齢・病気で支えきれない | 親の介護、住まい、生活費も含めて自治体へ相談する | 「自分が元気なうちは」と先延ばしにする |
本人が相談を拒む場合でも、親御さんだけで相談を始められる窓口があります。厚生労働省のひきこもり支援ポータルでは、ひきこもり地域支援センターについて、本人だけでなく家族やきょうだいからの相談も可能と案内されています。
つまり、「本人が行かないから相談できない」で止まらなくていいのです。
相談先は「本人を連れて行く場所」ではなく、親が作戦を立てる場所でもあります
親御さんの中には、「本人が相談に行く気がないのに、親だけ行っても意味がない」と感じる方がいます。
でも、親だけの相談にも意味があります。
家の中で何が起きているのか、どの程度急ぐのか、医療なのか福祉なのか、就労支援なのか、家族支援なのか。これを親だけで判断するのはかなり難しいです。専門用語の森に、地図なしで入るようなものです。迷子になります。
| 相談先 | 向いている相談 | 親だけで相談できるか |
|---|---|---|
| ひきこもり地域支援センター | 引きこもり本人・家族の相談、支援機関へのつなぎ、家族支援 | 家族から相談できる |
| 市区町村の福祉窓口 | 生活困窮、住まい、福祉サービス、親の介護との重なり | 相談できる場合が多い |
| 保健所・精神保健福祉センター | 心の不調、医療につなぐべきか、家族の対応 | 相談できる |
| 自立相談支援機関 | 生活費、就労、家計、社会参加への段階的支援 | 地域により対応が異なるため確認 |
| 医療機関 | うつ、不眠、強い不安、幻覚・妄想、強迫症状などが疑われる場合 | 本人受診が基本だが、家族相談の可否を確認 |
| 法律相談 | 借金、暴力、名義、相続、財産管理、親亡きあと | 親の立場で相談できる内容もある |
厚生労働省は、ひきこもり当事者や家族が身近なところで相談でき、必要な支援を受けられる環境づくりとして、市区町村の相談窓口、居場所づくり、関係機関のネットワーク、当事者会・家族会などの支援体制整備を進めています。
また、ひきこもり地域支援センターは、すべての都道府県・指定都市に設置され、社会福祉士、精神保健福祉士、保健師、公認心理師、臨床心理士などの専門職が相談支援を行うと説明されています。
相談は「本人を引っ張り出すための手段」ではありません。親が一人で背負わないための足場です。
親亡きあとを考えるなら、本人を追い詰める前に家の情報を整えておく
親亡きあとを考えることは、つらい作業です。
でも、考えないまま先送りすると、親が倒れたときに、本人もきょうだいも支援者も困ってしまいます。
ここで大事なのは、「あなたは一人では生きていけない」と本人に突きつけることではありません。親の側で、家の情報を整えておくことです。
| 整えておきたい情報 | 具体的に書くこと | 注意点 |
|---|---|---|
| 親の収入 | 年金額、貯金、保険、毎月の支出 | 本人に渡す前提ではなく、家計の見通しを立てる |
| 本人にかかる費用 | 食費、通信費、医療費、保険料、立替金 | 親の老後資金を削りすぎていないか見る |
| 住まい | 持ち家か賃貸か、名義、ローン、固定資産税 | 相続や名義変更は専門家確認が必要 |
| 家族の連絡先 | きょうだい、親族、かかりつけ医、支援機関 | 本人のプライバシーにも配慮する |
| 緊急時 | 親が入院したとき、誰に連絡するか | 親だけが抱える体制を減らす |
| 本人の情報 | 保険証、年金、障害や病歴、受診歴、本人の希望 | 勝手に決めず、可能な範囲で本人の意思を聞く |
相続、家の名義、成年後見、障害年金、生活保護、福祉サービスなどは、家庭ごとに判断が変わります。ここは記事だけで結論を出す場所ではありません。
ただ、専門家や自治体に相談するときも、材料がある家とない家では話の進み方が変わります。
まずは封筒を一つ用意して、「家の情報」と書いてください。そこに年金通知、保険、通帳の写し、家の書類、支援機関のメモを少しずつ入れていく。地味ですが、かなり強い一歩です。
今日できるのは、本人を変えることではなく、家の中に小さな余白を作ることです
子どもが引きこもっていると、親御さんは「何とかしなければ」と思い続けます。
けれど、今日一日で本人を働かせることも、外へ連れ出すことも、将来の問題をすべて片づけることもできません。
できることは、もっと小さいことです。
- 本人に関係する毎月の支出を1つ書く
- 最後に普通に会話できた場面を思い出す
- 声かけを「働きなさい」から「眠れてる?」に変える
- 親だけで相談できる窓口を1つ探す
- 親自身の体調や老後資金を、見なかったことにしない
本人の人生を、親が代わりに歩くことはできません。
でも、親が孤立しないこと、家計を見えるようにすること、会話の糸を切らないこと、支援につながる入口を作ることはできます。
今日できる一歩は、小さくて構いません。むしろ、小さい方が続きます。
まずは紙に「生活」「お金」「親の体」「相談先」と4つ書いてください。そのうち一つだけ、分かることを埋めてみる。そこからで大丈夫です。親御さんの不安を、少しずつ“次に動ける形”へ戻していきましょう。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省「ひきこもり支援に関する取組」:ひきこもり支援体制、ひきこもり地域支援センター、市区町村相談窓口、居場所づくり等の確認先。
- 厚生労働省「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」:ひきこもりの定義、支援対象、家族支援、医療・福祉との連携を確認する資料。
- 厚生労働省 ひきこもりVOICE STATION「全国の相談窓口はこちら」:家族からの相談可否、ひきこもり地域支援センターの役割、全国の支援機関を探す際の確認先。
















