雨どいを見上げながら、「もう自分ではできない」と思った
雨が降るたび、玄関脇へ水があふれるようになりました。
以前なら脚立を出して、雨どいに詰まった落ち葉を取り除いていました。けれど、七十歳を過ぎた今は、脚立へ上るだけでも足元が怖い。庭の草取りをした翌日は、腰が痛くて動けません。
家の中では、二階の寝室へ上がる階段がつらくなり、浴室の寒さも気になります。屋根や外壁を最後に直したのが何年前だったか、すぐには思い出せません。
子どもからは「元気なうちに売って、駅の近くへ移った方がいい」と言われます。
言っていることは分かる。それでも、この家を手放したいわけではありません。庭木も、柱の傷も、家族が暮らした時間の一部です。
残したい気持ちと、維持する自信がなくなってきた気持ちは、同時にあって構いません。
家を残すか売るかを急いで決める前に、建物、暮らし、お金の三つを分けて見ていきます。
「維持できる家」は、三つの条件がそろっています
一戸建てに住み続けられるかは、年齢や築年数だけでは決まりません。
次の三つが、今後も続けられる状態かを見ます。
- 安全:転倒、火災、雨漏り、寒暖差などの危険を減らせる
- お金:税金、保険、修繕、庭の管理を含めても生活費が残る
- 管理:点検、清掃、草刈り、雪かき、業者手配を自分か誰かが担える
建物が古くても、生活する場所を一階へ集め、必要な箇所だけ直し、管理を外部へ頼めるなら住み続けられることがあります。
反対に、建物が比較的新しくても、車がなければ買い物へ行けない、庭や斜面を管理できない、一人分の年金では修繕費を用意できないなら、負担は重くなります。
「家がまだ使えるか」と「自分がこの家で暮らし続けられるか」は、同じ質問ではありません。
全面リフォームの前に、修理を三段階へ分けます
工務店へ見てもらうと、屋根、外壁、水回り、断熱など、いくつもの改修を提案されることがあります。
一度に全部直す必要があるとは限りません。
見積もりは、次の三段階に分けてもらってください。
- 今すぐ必要:放置すると人身事故や建物の重大な劣化につながるもの
- 数年以内:現在は使えるが、近い将来に補修や交換が必要なもの
- 希望による改修:見た目、快適性、使い勝手を高めるもの
業者には、次のように伝えます。
「老後も住み続けられるかを判断するための点検です。今すぐ直す箇所、五年以内に必要な箇所、急がなくてよい箇所を分け、写真と金額で示してください」
複数の工事をまとめた総額だけでは、何を先送りできるか分かりません。工事箇所、数量、材料、施工費を分けた見積書を受け取ります。
雨漏り・傾き・焦げた臭いは、住み替えの検討より先に対処します
通常の外壁塗装や設備交換なら、資金を見ながら時期を決められます。
一方、次の状態は放置しないでください。
- 天井や壁に新しい雨染みがある
- 床が沈む、建具が急に閉まらなくなった
- 基礎や外壁に大きなひび、傾きがある
- 屋根材、雨どい、外壁材が落ちそうになっている
- 分電盤やコンセントから焦げた臭いがする
- ガス臭、漏水、排水の逆流がある
- シロアリの跡や木材の腐食が広がっている
屋根へ上る、床下へ入る、分電盤を分解するといった点検を自分で行う必要はありません。
建物全体の状態が分からない場合は、修理を受注する会社とは別に、建築士などによる住宅診断を利用する方法もあります。売却も視野にあるなら、建物状況調査を依頼できるか不動産会社へ尋ねてください。
一戸建ての維持費は、修繕費だけではありません
住宅ローンが終われば住居費がなくなると思っていたのに、実際には毎年何かしら支払いがあります。
老後の家計では、次の費用を一年分で見てください。
- 固定資産税・都市計画税
- 火災保険・地震保険
- 住宅ローンが残っている場合の返済額
- 屋根、外壁、給湯器、水回りなどの修繕費
- 庭木の剪定、草刈り、害虫対策
- 浄化槽、井戸、私道などがある場合の維持費
- 雪かきや台風後の点検費用
年間の税金・保険・管理費+今後10年間の修繕見込み額÷10=一年当たりの住居維持費の目安
修繕費には、どの家にも当てはまる一律の金額はありません。建物の大きさ、構造、地域、過去の修繕状況によって変わります。
過去の請求書や工事記録が残っていれば、屋根、外壁、給湯器、水回りを最後に直した年を見ます。記録がなければ、現況点検をもとに今後十年の工事時期と概算額を出してもらってください。
家全体を直さず、一階だけで暮らす方法もあります
二階建てだからといって、必ず二階を使い続ける必要はありません。
寝室、トイレ、食事、洗濯、入浴を一階で完結できれば、階段の上り下りと掃除する範囲を減らせます。
最初に見るのは、寝室からトイレまでの夜間の動線です。
- 途中に段差や敷居がないか
- 暗い場所へ照明を付けられるか
- 手すりを使えば安全に移動できるか
- 開き戸を引き戸へ替える必要があるか
- 冬の寝室、廊下、トイレ、浴室の温度差が大きくないか
- 玄関から道路まで安全に出室、廊下、トイレ、浴室の温度差が入りできるか
手すりを増やせば安全になるとは限りません。本人の歩き方や体格に合わない位置へ付けると、使いにくくなることがあります。
介護や支援が必要になっている場合は、ケアマネジャー、地域包括支援センター、福祉用具の担当者などに、日常の動きを見てもらってから改修内容を決めます。
介護保険の住宅改修は、工事前に手続きを確かめます
要支援・要介護認定を受けている方は、手すりの取付け、段差解消、滑りにくい床材への変更、扉や便器の交換などについて、介護保険の住宅改修費を利用できる場合があります。
支給限度基準額は原則として二十万円で、本人の自己負担割合に応じた給付となります。
ただし、工事を始める前の申請が原則です。
先に業者と契約して工事を終えた後では、対象にならない場合があります。市区町村の介護保険窓口やケアマネジャーへ、次のように伝えてください。
「階段と浴室の移動が難しくなっています。工事を依頼する前に、介護保険の対象になる改修と、必要な申請書類を教えてください」
自治体独自の高齢者向け住宅改修、耐震、断熱などの助成がある地域もあります。制度名や対象工事は地域と年度で異なるため、着工前に住んでいる自治体へ尋ねます。
庭と高所の作業を続けられるかは、家の広さ以上に影響します
一戸建ての負担は、室内の掃除だけではありません。
庭木、雑草、雨どい、側溝、落ち葉、雪、物置、塀。若い頃には自分でできた作業が、少しずつ危険になります。
今後も住むなら、「自分ができるか」ではなく「自分ができなくなった後、誰へ頼むか」を決めてください。
例えば、年二回の草刈り、庭木の剪定、台風後の屋根確認を業者へ頼んだ場合の年間費用を見積もります。
子どもが手伝う場合も、「近いから来られるはず」と考えず、年に何回なら無理なく来られるかを聞きます。
脚立、屋根、重い枝、雪下ろしなど、転落や大けがにつながる作業は、できるうちにやる作業ではなく、早めに手放す作業です。
車を運転しなくなった後も、一週間暮らせるかを考えます
家の維持ができても、地域での生活が続けられなければ、住み続けることは難しくなります。
次の場所へ、車を使わずに行く方法を一度調べてください。
- 食料品や日用品を買える店
- かかりつけ医と総合病院
- 薬局
- 銀行や郵便局
- 市役所や地域包括支援センター
- 避難所
徒歩や公共交通が難しくても、宅配、移動販売、訪問診療、送迎、福祉交通などを使える地域があります。
それでも、車がなければ通院も買い物もできず、家族の送迎が前提になるなら、建物の修繕だけで解決する問題ではありません。
試しに一週間、車を使わずに生活すると、将来困りそうな場面が具体的に見えてきます。
夫婦二人で暮らせる家と、一人で維持できる家は違います
今は、配偶者が庭を担当し、自分が家計や業者との連絡を担当しているかもしれません。
どちらか一人になった後も、同じ分担は続きません。
一人分の年金で税金や修繕費を払えるか。体調を崩したときに、二階の寝室から安全に移動できるか。台風後に建物を見てくれる人がいるか。
この三つは、夫婦のうち体力や収入が少ない方を基準に考えます。
家族には、次のように伝えると、すぐ売る話になりにくくなります。
「家を手放すか決めたいのではなく、一人になった後も維持できるかを見たい。十年分の費用と、外へ頼む作業を一緒に確かめてほしい」
住み続ける・部分改修・住み替えを同じ期間で比べます
| 選択肢 | 向いている状態 | 計算へ入れる費用 | ||
|---|---|---|---|---|
| 必要な修繕をして住み続ける | 建物の重大な傷みが少なく、買い物や通院を続けられる | 税金、保険、修繕、庭管理、将来の介護対応 | ||
| 一階中心の生活へ部分改修する | 立地は暮らしやすく、階段や寒さなど家の中に主な問題がある | 改修費、使わない部分の維持費、介護保険等の対象外費用 | ||
| 売却して小さい住まいへ移る | 大規模修繕、庭管理、交通の負担が重> | 売却して小さい住まいへ移る | 大規模修繕、庭管理、交通の負担が重なっている | 売却費、引っ越し、新居の購入費または家賃、管理費 |
今の家へ住み続ける費用だけでなく、住み替えた後の住居費も十年程度で比べてください。
戸建てを売って賃貸へ移れば修繕費は減りますが、家賃、共益費、更新費用などが続きます。マンションを買えば、管理費や修繕積立金がかかります。
売却の場合は、査定価格から住宅ローン残高、仲介手数料、登記や引っ越しなどの費用を差し引いた手取りを使います。
住まなくなった家を後で売る場合、居住用財産の税制には売却時期などの要件があります。長期間空き家にする前に、税務署や税理士へ転居日と売却予定を伝えてください。
突然来た業者に「今すぐ直さないと危険」と言われても、その場で決めません
「近所で工事をしていたら、屋根のずれが見えた」
「このままでは台風で瓦が飛ぶ」
と、突然訪問した業者から点検や契約を勧められることがあります。
本当に傷みがある可能性はありますが、その業者へすぐ屋根へ上がらせたり、当日に契約したりしないでください。
断るときは、
「家族と別の業者にも確認します。今日は点検も契約もしません。資料だけ置いてください」
と伝えます。
工事が必要なら、同じ範囲と材料で複数の見積もりを取り、写真、保証、追加工事の条件を比べます。
リフォームの見積書に不明点がある場合は、国土交通大臣指定の住宅相談窓口「住まいるダイヤル」で内容を聞く方法もあります。連絡したからといって、その場で工事を契約することにはなりません。
今日は家の六か所を撮影し、最後に直した年だけ調べます
今日は、売却も大規模なリフォームも決めなくて構いません。
安全な場所から、屋根の端、外壁、基礎、浴室、階段、給湯器の六か所を撮影してください。
次に、過去の請求書や保証書から、屋根・外壁・給湯器・浴室を最後に直した年を調べます。
その写真と記録を一つの業者へ見せ、次の一文を伝えてください。
「老後も住み続けられるか判断したいので、今すぐ必要な工事、五年以内に必要な工事、急がなくてよい工事を分けて見積もってください」
家を残すか手放すかは、その金額と暮らし方を見てから決められます。
まず必要なのは、漠然とした「この家を維持できないかもしれない」という心配を、直す場所、頼む作業、年間の金額へ変えることです。


















