一緒に暮らす部屋を探し始めたとき、名字より先に現実が見えてくる
「籍は入れずに、これからは一緒に暮らそう」
そう決めたときは、肩の力が抜けたかもしれません。
名字を変えなくてよい。結婚式も必要ない。離婚を経験しているなら、もう戸籍や親族を巻き込む形にはしたくない。成人した子どもに余計な心配をかけず、二人の関係を大切にしたい。
ところが、部屋を探し始めると、急に現実的な問題が出てきます。
賃貸契約の名義はどちらにするのか。生活費はいくらずつ出すのか。どちらかが入院したら、病院から説明を受けられるのか。家の持ち主が先に亡くなったら、残された方は住み続けられるのか。
相手へ聞きたいのに、「お金の話ばかりすると思われたくない」「死んだ後の話をしたら、関係を疑われそうだ」と口にできないこともあります。
しかし、事実婚で先に話しておきたいのは、愛情が足りないから生まれる問題ではありません。
婚姻届によって自動的に決まる部分を、二人自身で決める必要があるからです。
「事実婚」という同じ言葉でも、二人が考えている関係は違うことがあります
一人は、「戸籍は変えないけれど、生活も財産も夫婦と同じにしたい」と考えている。
もう一人は、「一緒には暮らしたいが、お金も親族関係も別々のままにしたい」と思っている。
二人とも事実婚を望んでいても、期待している内容は同じとは限りません。
同居を決める前に、次のような問いを一つずつ扱います。
- なぜ法律婚ではなく事実婚を選びたいのか
- 一緒に住むのか、それぞれの住まいを残すのか
- 生活費と財産を、どこまで共同にするのか
- 病気や介護のとき、互いに何を担いたいのか
- 子どもや親族には、どのような関係として伝えるのか
- どちらかが亡くなった後、住まいや財産をどうしたいのか
「事実婚にしたい理由」を聞くときは、相手を試すような言い方を避けます。
「籍を入れないことには賛成しているよ。ただ、私は生活も支え合う夫婦に近い形を考えている。あなたは、どこまで一緒にするイメージ?」
この段階で考えが違っても、すぐ関係を終える必要はありません。
違いを知らないまま同居へ進むより、調整できることと譲れないことが見えます。
法律婚に近い扱いになる制度もありますが、すべて同じではありません
事実婚は、婚姻届を出していない二人が、夫婦として生活する意思を持ち、実際に共同生活を営んでいる関係を指すときに使われます。
ただし、自分たちが事実婚と呼べば、どの制度でも法律上の配偶者と同じ扱いになるわけではありません。
| 項目 | 事実婚での基本的な考え方 | 二人で行っておきたい準備 |
|---|---|---|
| 相続 | 事実婚の相手は法定相続人に含まれません | 遺言書、住まい、生命保険などを個別に整えます |
| 所得税の配偶者控除 | 事実婚の相手は対象になりません | 法律婚と同じ税制を前提に家計を組まないようにします |
| 健康保険の扶養 | 未届の事実婚関係でも、収入や生計維持などの条件を満たせば認められる場合があります | 加入している健康保険や勤務先へ必要書類を尋ねます |
| 遺族年金など | 事実婚関係や生計同一関係が認められれば対象となる場合があります | 住民票、家計の記録など、関係を示す資料を残します |
| 医療・介護 | パートナーというだけで、すべての説明や手続を任されるとは限りません | 緊急連絡先、希望する医療、情報共有の範囲を伝えておきます |
| 関係の解消 | 離婚届は不要ですが、住まいや共同財産の精算は残ります | 退去、名義変更、共同購入品、立替金の扱いを決めます |
健康保険では認められたのに、税金では配偶者として扱われないこともあります。
一つの制度で事実婚が認められたからといって、相続、年金、病院、住宅契約まで同じ結果になるとは限りません。
「事実婚なら法律婚とほぼ同じ」「婚姻届を出していないから何の権利もない」のどちらも正確ではありません。制度ごとに対象者と必要な証明が違います。
50代の事実婚では、財布より先に住まいの名義を決めます
一緒に暮らす家がどちらか一人の所有なら、家賃がないから安心とは限りません。
家の持ち主が先に亡くなった場合、事実婚のパートナーは自動的な相続人ではありません。持ち主の子どもや親族が相続すれば、残された側がそのまま住み続けられるとは限らないのです。
持ち家で暮らすなら、次の点を話します。
- 家と土地の現在の名義は誰か
- 住宅ローンや固定資産税は誰が負担するか
- 修繕費やリフォーム費を相手が出す場合、贈与なのか立替えなのか
- 所有者が先に亡くなった場合、残された側に住んでほしいか
- 関係を解消した場合、いつまでに退去するか
- 子どもへ家を残したい希望と、パートナーの居住をどう両立するか
共同で家を購入する場合は、実際に負担する金額と登記上の持分を曖昧にしない方が安全です。
一人が多く払ったのに持分は半分ずつ、あるいは持分がない人が多額のリフォーム費を負担すると、後から「贈与だったのか」「返してもらうお金なのか」という問題が起こり得ます。
賃貸住宅なら、契約者だけでなく同居人として届け出る必要があるかを管理会社へ尋ねます。契約者が亡くなった場合や施設へ入った場合、もう一人が契約を引き継げるかも別の問題です。
「私が先に亡くなっても住んでいいよ」という口約束だけでなく、遺言や契約を含めて実現できる形を考えます。
生活費は「半分ずつ」より、収入が変わった後のルールが大切です
同居を始めた時点では、二人とも働いていて、同額を出し合えるかもしれません。
しかし、50代以降は退職、年金受給、病気、親の介護などによって収入と支出が変わりやすくなります。
最初の金額だけでなく、変化したときの扱いを決めます。
- 家賃、食費、光熱費、通信費をどう負担するか
- 収入差がある場合、同額か収入割合で出すか
- 医療費や介護費は各自で負担するか
- 家具や家電を誰の所有にするか
- 旅行、外食、交際費は共同費に含めるか
- どちらかが働けなくなった場合、何か月まで支えるか
- 毎月の負担額をいつ見直すか
共同口座を作る場合も、全財産をまとめる必要はありません。
生活費だけを入れる口座を一つ作り、預貯金、退職金、相続した財産は各自で管理する方法があります。
また、相手名義のクレジットカードや口座を自由に使うのではなく、共同費をいくら入れたかが分かる形にします。
長く一緒にいるほど、記憶だけでは「誰がいくら払ったか」が分からなくなります。支え合うことと、記録を残さないことは同じではありません。
相続は、家族として過ごした年数ではなく書類で決まります
事実婚で特に見落としやすいのが相続です。
二十年一緒に暮らしていても、事実婚の相手は法定相続人にはなりません。遺言書がなければ、財産は法律上の子ども、親、兄弟姉妹などへ引き継がれます。
成人した子どもがいる50代では、この点を早めに扱う必要があります。
「財産は子どもへ残したいが、今のパートナーには住まいを確保したい」
「預貯金の一部はパートナーへ、残りは自分の子どもへ渡したい」
こうした希望は両立できる場合がありますが、口約束だけでは実現できません。
遺言書を作るときは、次の点を一緒に検討します。
- パートナーへ残したい財産は何か
- 自分の子どもへ残したい財産は何か
- 現在の住まいを誰が相続し、誰が住むのか
- 遺言を実行する人を誰にするか
- 子どもなどの遺留分へ影響しないか
- 相続税が生じる場合、納税資金をどう用意するか
事実婚のパートナーは、法律上の配偶者に認められる相続税の配偶者控除を利用できません。また、遺贈に相続税が生じる場合、原則として一親等の血族や法律上の配偶者以外の人として、税額の加算対象になる可能性があります。
財産の額や家族構成によって結果は変わるため、「遺言を書けば終わり」と考えず、税理士、司法書士、弁護士、公証役場などへ具体的な内容を見てもらいます。
相談するときは、次のように伝えれば目的が明確になります。
「事実婚のパートナーと、前の結婚で生まれた子どもがいます。子どもの相続を守りながら、パートナーが住まいを失わない方法を知りたいです」
健康保険・年金・税金を、ひとまとめに考えないようにします
事実婚でも、健康保険の被扶養者や遺族年金の対象として認められる場合があります。
ただし、「一緒に住んでいるから必ず認められる」というものではありません。
健康保険の扶養では、収入、生計維持、同居や送金の状況などが見られます。内縁関係を示すため、双方の戸籍や世帯全員の住民票などを求められることがあります。
遺族年金などでも、事実婚関係と生計同一関係を示す申立書や資料が必要になる場合があります。
一方、所得税の配偶者控除は事実婚の相手には適用されません。
制度によって扱いが異なるため、次の三か所へ別々に尋ねます。
- 健康保険:勤務先の担当部署、健康保険組合、協会けんぽ
- 年金:年金事務所
- 税金:税務署、税理士など
問い合わせるときは、「事実婚でも対象ですか」だけで終わらせず、現在の生活状況を伝えます。
「婚姻届は出していませんが、同居して生活費を一緒に負担しています。被扶養者の対象になる可能性と、必要な証明書類を教えてください」
どちらかに戸籍上の配偶者が残っている場合は、事実婚や年金の扱いが複雑になる可能性があります。「別居しているから問題ない」と決めず、現在の戸籍関係を含めて窓口へ伝えてください。
病気や介護の場面では、「分かってくれるはず」では足りません
一緒に暮らしていれば、急病のときもパートナーが家族として扱われると思うかもしれません。
しかし、医療機関によって面会、病状説明、個人情報の取扱い、同意を求める相手の扱いは異なります。
本人が意思を伝えられる間に、次の内容を共有します。
- 緊急時に最初に連絡してほしい人
- かかりつけ医、持病、服薬
- 病状を説明してよい相手
- 意思を伝えられないときに、気持ちを代弁してほしい人
- 大切にしたい生活や、受けたくない医療への考え
- 法律上の子どもや親族へ、いつ連絡するか
厚生労働省が案内する「人生会議」は、もしものときに望む医療やケアについて、本人、家族、信頼する人、医療・ケアチームなどで繰り返し話し合う取組です。
事実婚の相手を意思の代弁者として望むなら、そのことを本人の子どもや医療関係者にも伝えておく方が、急変時の混乱を減らせます。
介護についても、愛情だけで役割を決めないようにします。
通院の付き添いはするのか。排せつや入浴の介助まで担えるのか。介護費は誰が出すのか。相手の子どもへ、どの段階で連絡するのか。
「介護が必要になっても二人で何とかする」と約束するより、介護保険サービスや地域包括支援センターなど、家族以外の支えを使う前提で話す方が現実的です。
互いの子どもには、許可ではなく「何が変わるのか」を伝えます
50代で事実婚を考える人には、前の結婚で生まれた子どもがいることも少なくありません。
子どもへ話すと、「財産を取られるのでは」「介護を押しつけられるのでは」「亡くなった親が忘れられたようで複雑だ」と反応されることがあります。
反対されたからといって、子どもが親の幸せを願っていないとは限りません。
何が変わるのか分からないため、最も心配な場面を想像している可能性があります。
話すときは、「事実婚を認めてほしい」から始めるより、子どもへ影響する部分を伝えます。
「これから○○さんと一緒に暮らすことを考えている。あなたに介護費や生活費を求めるつもりはない。家と相続については、あなたの分がどうなるかも含めて専門家へ相談してから決める」
「○○さんの子どもと、あなたを無理に家族として付き合わせるつもりはない。緊急時の連絡先だけは共有したい」
子どもへ許可を求める必要があるとは限りません。
ただ、住まい、財産、介護、葬儀などで将来関わる可能性があるなら、決定後に突然知らせるより、影響と準備を説明した方が余計な疑いを減らせます。
事実婚契約書は、愛情を疑うためではなく記憶を補うために使います
二人で決めたことは、簡単な合意書として残せます。
一般に事実婚契約書などと呼ばれることがありますが、特別な名称でなければならないわけではありません。
記載を検討したいのは、次のような内容です。
- 夫婦として共同生活をする意思
- 生活費の負担方法
- それぞれの財産と共同購入品の区別
- 住まいの使用と修繕費の負担
- 病気や介護が必要になった場合の役割
- 互いの子どもや親族への連絡方法
- 関係を解消するときの退去や費用精算
- 内容を見直す時期
ただし、契約書を作れば法定相続人になれるわけではありません。遺言書が必要なことを、事実婚契約書だけで代用することもできません。
また、書いた内容がすべて法的に実現できるとは限らないため、不動産、相続、扶養、金銭負担が大きい場合は、作成前に法律の専門家へ内容を見てもらいます。
契約書を出したときに相手が嫌がったら、こう伝えられます。
「別れる準備をしたいのではなく、十年後に記憶が違って争わないように、今話したことを残したい」
大きな財産を動かすよう求められたら、同居の話をいったん止めます
事実婚を始める前後に、次のような提案を受けた場合は、愛情の証明として応じないでください。
- 家や土地の名義をすぐ移してほしいと言われる
- 住宅ローンや事業資金の保証人を求められる
- 相手の借金を代わりに返すよう頼まれる
- 通帳、印鑑、暗証番号、身分証を預けるよう求められる
- 子どもへ内緒で遺言や保険の受取人を変更するよう急かされる
- 交際して間もないのに、高額な住宅購入や投資を勧められる
- 断ると「信用していないのか」と責められる
必要な契約であっても、相手が指定した専門家だけで進めず、自分で選んだ第三者へ内容を見てもらいます。
すでに金銭を渡している場合は、振込記録、メッセージ、契約書などを保存してください。
今日は入籍しないことを決めるのではなく、六つの議題を送ります
事実婚を選ぶか法律婚を選ぶかは、今日決めなくても構いません。
まず、相手へ次の一文を送ります。
「一緒に暮らしたい気持ちは変わっていない。ただ、事実婚だからこそ曖昧にしたくないことがある。住まい、生活費、病気・介護、相続、子どもへの説明、もし別々に暮らすことになった場合の六つを、今度一時間だけ話したい」
その日は、すべての結論を出す必要はありません。
最初の議題を「どちらの家で暮らし、その家の名義は誰か」だけに絞ってもよいでしょう。
話し合える相手かどうかは、意見が一致するかだけでは分かりません。
都合の悪い制度や将来の変化についても、一緒に確かめようとするか。決められないことを保留にできるか。相手の子どもや財産を、自分のもののように扱わないか。
そこまで見てから、二人に合う関係の形を選べます。
















