病院を出た直後、家族のグループLINEが言い争いの場になる
主治医から治療の説明を受けた帰り道、きょうだいの一人が「助かる可能性があるなら、できる治療は全部してほしい」と送ってきた。
すると別のきょうだいが、「もう十分頑張った。これ以上、苦しい治療を受けさせたくない」と返す。
親御さんの病室では声を抑えていたのに、スマートフォンの画面では言葉が強くなっていきます。
「近くにいないから分からない」
「勝手に諦めるな」
「結局、介護するのは私でしょう」
「お金のことばかり考えている」
話していたはずの治療は、いつの間にか、これまで誰が親を支えてきたか、誰が何をしてこなかったかという争いへ変わってしまうことがあります。
どちらも親御さんを大切に思っているのかもしれません。ただ、同じ「大切にしたい」という気持ちから、正反対の結論が出ることがあります。
一人は、「後悔するくらいなら治療を続けたい」と考える。もう一人は、「苦痛を増やしてまで長く生きることを、本人は望まないはずだ」と考える。
この対立を解くために必要なのは、どちらの愛情が強いかを決めることではありません。
親御さん本人が何を望んでいるのか。治療によって何が期待でき、どのような負担があるのか。そして、今どの判断を、いつまでに求められているのか。その三つへ話を戻します。
最初に決めるのは治療方針ではなく、「何をいつまでに決めるのか」です
医師から重い説明を受けると、「治療を続けるか、やめるか」という大きな二択を迫られたように感じます。
しかし、実際には、すぐ決めなければならないことと、病状を見ながら考えられることが混ざっている場合があります。
| 分けて考えること | 主治医へ聞く内容 |
|---|---|
| 今日中に決めること | 今すぐ同意が必要な検査や処置は何か。決定を待てる時間はどのくらいか |
| 数日後に見直せること | まず治療を始め、反応を見て続けるか判断できるものはあるか |
| 今後の急変時に備えること | 呼吸や心臓の状態が急に悪化した場合、どのような処置が考えられるか |
| 退院後の生活に関わること | 治療後にどの程度の介助が必要になる可能性があるか。自宅へ戻れる見通しはあるか |
「今日決めなければ手遅れになる」と思っていたものが、実は追加の説明を受けてからでも間に合う場合があります。反対に、家族会議を何日も続けている余裕がない処置もあります。
最初の質問は、次の一文で構いません。
「家族の意見が分かれています。今日中に決める必要があることと、後から見直せることを分けて教えてください」
決定期限が分かるだけでも、家族はすべてを一晩で決めようとしなくて済みます。
本人が意思を伝えられるなら、兄弟の意見をそろえることが先ではありません
親御さんが説明を理解し、自分の考えを伝えられる状態であれば、医療方針の中心になるのは本人の意思です。
子どもたちが全員納得するまで、本人の希望を保留にするものではありません。
ただし、「お父さんはどうしたい?」と突然尋ねても、答えられないことがあります。
病名を告げられたばかりで頭が追いついていない。家族に迷惑をかけたくなくて本音を言えない。医師の説明に分からない言葉が多かった。痛みや薬の影響で集中できない。そうした状態も考えられます。
本人が選べないのではなく、選べる形で説明されていないこともあります。
家族ができるのは、代わりに結論を出すことではなく、本人が考えを伝えやすいように支えることです。
- 一度に多くの選択肢を示さず、医師に短く説明し直してもらう
- 補聴器や眼鏡を使い、落ち着いて話せる時間を選ぶ
- 「治療をするか」だけでなく、「何を大切にしたいか」を尋ねる
- その場で答えを求めず、可能なら考える時間を取る
- 本人が家族の顔色を見ている場合は、医療者と本人だけで話せる時間も設けてもらう
質問も、治療名から入る必要はありません。
「少しでも長く生きることと、苦しさを減らすことなら、今はどちらを大事にしたい?」
「家へ戻れる可能性を残すことは、どのくらい大事?」
「自分で食べることや話すことが難しくなった場合、どのように過ごしたい?」
本人の答えは、途中で変わることもあります。以前は積極的な治療を望んでいても、病状や生活状況が変われば考え直すかもしれません。
一度聞いた言葉を、家族が永久の決定として固定しないことも必要です。
「延命治療をするか」だけでは、家族が同じ話をしているとは限りません
きょうだいが「延命治療はしてほしい」「延命治療は望まない」と話していても、頭に浮かべている医療が同じとは限りません。
ある人は心肺停止時の蘇生処置を考えている。別の人は人工呼吸器、点滴、人工的な栄養、抗菌薬、透析などをまとめて考えていることがあります。
「何もしない」という言葉も誤解を生みやすい表現です。
積極的な治療を行わない場合でも、痛み、息苦しさ、不安、吐き気などを和らげる医療や、身体を清潔に保つケアまで行わないという意味ではありません。
家族の中だけで医療用語の意味を決めず、主治医へ一つずつ聞いてください。
- 今回、選択を求められている処置は具体的に何か
- その処置によって期待できる効果は何か
- 身体への負担や合併症には何があるか
- 受けた場合、受けなかった場合に、どのような経過が考えられるか
- 治療を始めた後、効果が乏しければ方針を見直せるか
- 苦痛を和らげるために、どのような医療やケアを受けられるか
医師に「どちらが正解ですか」と尋ねても、医学だけでは決められないことがあります。
治療の効果と負担については医療者が説明できます。しかし、どの状態なら本人らしく過ごせると考えるかは、本人の価値観に関わるからです。
兄弟の意見が違うときは、結論の奥にある恐れを言葉にします
「治療を続けたい」と言う人が、親御さんの苦痛を軽く考えているとは限りません。
自分が治療を諦めたせいで親が亡くなったと思いたくない。もっと早く病院へ連れて行けばよかったという後悔がある。遠方で何もできなかった分、せめて治療だけは尽くしてほしい。そうした気持ちが隠れていることがあります。
一方、「これ以上の治療は望まない」と言う人も、親御さんの命を軽く考えているわけではありません。
毎日病院へ通い、苦しそうな姿を見ている。医師から回復が難しいと聞いた。本人が以前から「機械につながれてまで生きたくない」と話していた。その言葉を守りたいと考えているのかもしれません。
家族会議では、相手の結論を崩そうとする前に、次のように聞きます。
「治療をやめたくない一番の理由は、何が起きるのが怖いから?」
「治療を続けたくないのは、本人のどんな姿を見てそう思った?」
「お父さんが元気な頃に言っていたことで、覚えていることはある?」
意見の違いがなくならなくても、何を恐れているかが見えると、話し合う対象を変えられます。
後悔が怖いなら、治療を行った場合と行わない場合の見通しを医師からもう一度聞く。苦痛が心配なら、緩和できる症状と難しい症状を尋ねる。介護負担が心配なら、医療方針とは別に、退院支援や利用できるサービスを医療ソーシャルワーカーへ聞く。
感情を消す必要はありません。感情の下にある具体的な疑問を見つければよいのです。
きょうだい全員が、同じ説明を聞かないまま決めない
親御さんの近くに住むきょうだいは、医師や看護師から日々の変化を聞いています。遠方のきょうだいは、家族から要約された情報だけを受け取っていることがあります。
この情報差は、対立の大きな原因になります。
「もう治療の効果がないと医師が言った」と伝えたつもりでも、受け取った側は「姉が治療をやめたがっている」と感じるかもしれません。
反対に、遠方のきょうだいが「別の治療はないのか」と尋ねると、付き添いを続けている側には、「今まで何も見ていないのに、口だけ出している」と聞こえる場合があります。
可能なら、医師からの説明をきょうだいが一緒に聞く機会を設けます。遠方の場合は、病院へオンライン参加や電話参加が可能か尋ねてください。
説明の前に、家族の質問を一つの一覧へまとめます。
- 現在の病状は、回復が見込める段階か
- 治療の目的は、治すことか、悪化を遅らせることか、症状を和らげることか
- 各選択肢の効果と身体的な負担は何か
- 本人は現在、治療について理解し意思を伝えられる状態か
- 今後、どのような変化が起きたら方針を見直すのか
説明後は、誰か一人の記憶だけに頼らず、日付、説明者、質問、回答、未決定事項を残します。
録音を希望する場合は、無断で行わず医療機関へ許可を求めてください。録音できなくても、家族の一人が記録係になれば、後から「医師はそう言っていない」という争いを減らせます。
家族会議は、過去の介護負担を精算する場と分けます
親御さんの治療方針を話していると、それまで表に出なかった不満が出ることがあります。
「私ばかり病院へ通っている」
「入院費を誰が払うのか決めていない」
「遠くにいる人は簡単に言える」
「昔から親は兄の言うことしか聞かなかった」
どれも無視できない問題です。
ただし、治療を決める話と、家族の負担を分けずに扱うと、時間切れになっても何も決まりません。
家族会議は、最初に扱う議題を一つにします。
例えば、「今後のすべてを決める」のではなく、「明日までに返事が必要な処置について、本人の意思と医師の説明を確かめる」とします。
話す時間も、40分程度に区切ります。
- 最初の10分で、医師から聞いた事実を共有する
- 次の10分で、本人が過去に話していた希望を出す
- 次の10分で、分からないことを質問に変える
- 残りの時間で、誰が病院へ何を確認するか決める
介護、費用、通院の分担は重要ですが、別の議題として次の日時を決めます。
話が過去の不満へ移ったら、次の一言で止めて構いません。
「その話も決めなければならない。ただ、今日は明日までの治療の返事に必要なことだけに戻したい」
相手を黙らせるためではなく、話し合いを終わらせないための区切りです。
本人が話せないときも、「兄弟の多数決」にはしません
意識障害や病状の進行などによって、親御さん本人の意思を確かめられないことがあります。
この場合、きょうだいの人数が多い方の意見で決めるのではありません。長男や長女だから、必ず最終決定権を持つというものでもありません。
家族はまず、本人が元気な頃に何を話していたか、どのような生活を大切にしていたかを持ち寄ります。
- 病気や最期について話していた言葉
- 受けたくないと言っていた医療や状態
- 長く生きることと生活の質のどちらを重く見ていたか
- 自宅で過ごすことへの希望
- 宗教観、人生観、家族への考え
- 書き残したメモや事前指示書、エンディングノート
書面がなくても、繰り返し話していたことや、本人らしい選び方を伝えることはできます。
ただし、「私ならこうする」と「親ならこう考えるはず」を混ぜないようにします。
本人の意思を推定できない場合は、本人にとって何が最善かを、家族と医療・ケアチームが話し合います。苦痛、治療の効果、回復の見通し、本人が大切にしてきた生活などを合わせて考えます。
認知症がある場合も、病名だけで「本人には決められない」と扱うべきではありません。内容を短く説明する、時間帯を変える、選択肢を減らすなどの支援によって、自分の希望を伝えられることがあります。
家族の役割は、自分たちが望む治療を選ぶことではなく、親御さんが何を大切にしていたかを医療・ケアチームへ伝えることです。
介護負担や費用の話をすることは、親を見捨てることではありません
治療方針の話に、お金や介護の負担を持ち出すと、「命をお金で決めるのか」と責められることがあります。
しかし、退院後の医療、通院、介護、住まい、仕事への影響は、現実に家族の生活と関わります。
触れずに決めると、治療後に支えきれなくなる可能性があります。
ただし、「介護できないから治療しない」と短く結びつけるのではなく、問題を分けて医療者へ伝えます。
「治療の効果や本人の希望とは別に、退院後にどの程度の介助が必要になるか分からず、家族が不安を感じています」
「自宅で支えられない場合、病院や施設、在宅サービスにはどのような選択肢がありますか」
こう伝えれば、治療の是非と、生活を支える方法を別々に考えられます。
医療ソーシャルワーカーや退院支援担当者には、医療費、介護保険、転院、施設、在宅療養、家族の就労などを相談できる場合があります。
相談したからといって、すぐに施設入所や退院を決めることにはなりません。選択肢と準備期間を知るために利用できます。
意見がまとまらないときは、家族だけで説得し続けない
説明を聞き直しても、きょうだいの意見がまとまらないことはあります。
その場合は、声の大きい人が押し切る前に、医療機関へ家族面談を依頼してください。
主治医だけでなく、看護師、医療ソーシャルワーカー、退院支援担当者、緩和ケア担当者などが同席できるか尋ねます。
病院によっては、患者相談窓口や臨床倫理に関する検討の仕組みを設けています。
依頼するときは、次のように伝えます。
「家族内で、治療の効果と本人の希望について理解が分かれています。誰かを説得する場ではなく、同じ説明を聞き、本人にとって何がよいかを考える面談をお願いできますか」
厚生労働省のガイドラインでも、家族の意見がまとまらない場合や、医療・ケアチームとの合意が得られない場合には、医療・ケアチーム以外の専門家を交えた話し合いの場を設け、検討や助言を行うことが示されています。
医療機関とのコミュニケーションに困っている、どの窓口へ相談すればよいか分からないという場合は、地域の医療安全支援センターへ相談できることがあります。
ただし、医療安全支援センターが個別の治療方針を決定したり、医師の医学的判断の代わりをしたりするわけではありません。話の伝え方や相談窓口に関する助言を得る場所として考えます。
急変しているときは、家族の全員一致を待たない
病状が安定しているなら、家族が考える時間を取ることには意味があります。
一方で、呼吸状態や意識が急に悪化し、数時間以内の判断が必要になる場合があります。
このとき、「弟から返事が来るまで何もしないでください」と、家族だけの合意を優先することが安全とは限りません。
医療チームへ、現在連絡が取れている家族、本人が過去に話していた希望、家族内で意見が分かれていることをそのまま伝えます。
「全員の意見はまだそろっていません。本人の以前の希望はここまで分かっています。今、医学的に必要な対応と、後から見直せる部分を教えてください」
また、反対するきょうだいを待つために、親御さんへ病状を伝えないよう求める場合も慎重さが必要です。
本人が説明を受けられる状態なら、何をどのように伝えるかを医療者と話し合い、本人を家族会議の外へ置かないようにします。
今日は、きょうだいを説得せず「同じ説明を聞く日」を決めます
治療方針で対立していると、相手を納得させる文章を長く考えてしまいます。
けれども、今日送る連絡は、結論を迫る内容でなくて構いません。
次の一文を、家族のグループLINEへ送ってみてください。
「今のまま私たちだけで話すと、聞いている情報の違いで争いになりそうです。治療を続けるか決める前に、全員が主治医から同じ説明を聞ける日時を病院へ相談したいです。聞きたいことを一人二つまで送ってください」
病院へは、次の四点を質問として渡します。
- 今、何をいつまでに決める必要があるか
- 各選択肢で期待できる効果と負担は何か
- 本人は現在、意思を伝えられる状態か
- 病状がどう変わったら、方針を見直すのか
兄弟が今日中に同じ結論へ到達しなくても、この四点を共有できれば、話は一歩進んでいます。
親御さんの医療を決める場で問われるのは、誰が勝ったかではありません。本人の意思と医学的な見通しを、家族が同じ土台の上で考えられたかどうかです。
















