朝、実家へ寄ると、昨日の薬がそのまま残っている。
冷蔵庫には食べかけの総菜が並び、浴室は一週間使われていない。母は「自分でできている」と言うけれど、仕事へ向かう時間が迫る中で、洗濯、食事、薬の準備を急いで済ませるのは家族です。
訪問介護を週一回から二回へ増やせないかと切り出すと、母の顔が曇る。
「知らない人に家の中を見られたくない」
「そんなに世話を焼かれるほど弱っていない」
家族には、これ以上続けるのは難しいという現実があります。親御さんには、自分の暮らしへ他人が入り込み、できることまで奪われるような怖さがあります。
どちらかが間違っているのではありません。
問題は、家族が埋めてきた介護の穴が大きくなり、これまでの体制では生活を保てなくなっていることです。
「サービスを増やす話」ではなく、埋めたい一場面を決めます
「もっと介護を使おう」と言われると、親御さんには、生活全体を管理される話に聞こえることがあります。
最初に決めるのはサービス名や回数ではありません。現在、誰も対応できていない場面です。
| 困っている場面 | 考えられる支援 | 先に確かめたいこと |
|---|---|---|
| 朝の薬を飲み忘れる | 訪問介護、訪問看護、薬局との連携、服薬方法の見直し | 医療的な管理が必要か、声かけや準備で足りるか |
| 一人で入浴できない | 訪問介護、訪問入浴、通所介護 | 自宅の浴室を使いたいのか、人に見られることが嫌なのか |
| 日中一人で過ごせない | 通所介護、訪問介護、地域の通いの場 | 長時間が嫌なのか、集団活動が合わないのか |
| 夜間の転倒や排泄が心配 | 夜間対応型訪問介護、定期巡回、福祉用具、住環境の変更 | 地域で利用できるか、夜間に必要な介助は何か |
| 介護者が休めない | 通所介護、ショートステイ、訪問サービス | 何時間・何日休めれば介護を続けられるか |
| 通院の付き添いが難しい | 介護サービス、自治体や民間の移送・付き添い支援 | 乗降介助だけか、院内付き添いまで必要か |
たとえば、家族が必要としているのが週二回の入浴介助なら、「介護を増やす」ではなく、次のように伝えられます。
「全部を人に任せる話ではないよ。火曜日のお風呂だけ、手伝ってもらえないか考えている」
範囲が分かれば、親御さんも何を受け入れるか、何を断りたいかを考えやすくなります。
「必要ない」という言葉の奥にある抵抗を見分けます
親御さんが拒む理由は、介護そのものが不要だからとは限りません。
- 自分の老いや衰えを認めたくない
- 家の中や持ち物を見られたくない
- 以前来た職員との相性が合わなかった
- 毎週決まった時間に待つことが負担
- お金がいくらかかるのか分からない
- 家族が自分を施設へ入れようとしていると警戒している
- 入浴や排泄の介助を受けることが恥ずかしい
- 認知症などにより、困っている状態を本人が自覚しにくい
- 痛み、疲労、聞こえにくさがあり、説明を負担に感じる
「何が嫌なの」と広く聞くより、二つほどの選択肢に分けます。
「人が家へ入ることと、毎週時間が決まることなら、どちらが嫌?」
「今の職員さんが合わないのか、手伝ってもらうこと自体が嫌なのか教えてほしい」
本人がうまく答えられない場合は、拒否が起きた場面を見ます。
玄関へ職員が来た瞬間に怒るなら、他人を家へ入れることへの抵抗かもしれません。入浴の時間だけ拒むなら、裸を見られることや浴室での介助がつらい可能性があります。
回数を増やす前に、時間・人・方法を変えられないか試します
現在のサービスが合っていないまま回数だけ増やせば、拒否も増えることがあります。
ケアマネジャーには、次の変更が可能か尋ねてください。
- 訪問する曜日や時間帯を変える
- 本人が話しやすい職員を中心にする
- 同性の職員を希望する
- 一回の利用時間を短くする
- 家事全体ではなく、一つの作業だけ頼む
- 訪問型から通所型へ、または通所型から訪問型へ変える
- 家族が最初の数回だけ同席する
- 一か月だけ試し、利用後に見直す
初回から掃除、入浴、服薬、食事をすべて任せる必要はありません。
最初は、親御さんが比較的受け入れやすい支援から始めます。
「最初の二回は、薬とごみ出しだけ手伝ってもらう。嫌だったら、やり方を変える」
小さく始めることは、必要な介護を先延ばしにすることではありません。本人が支援を受け入れられる入口を作る方法です。
増やすべきなのが「回数」とは限りません。現在のサービスが合っていない場合は、担当者、時間、内容、事業所を変えた方が生活の穴を埋められることがあります。
ケアマネジャーには「家族が大変」だけでなく、できなくなることを伝えます
介護者が「疲れました」と話しても、普段の家族関係の悩みとして受け取られることがあります。
ケアプランの見直しにつなげるには、現在家族が行っている介護と、今後できなくなる部分を具体的にします。
「毎朝七時に実家へ行き、服薬と朝食を見ています。来月から勤務時間が変わり、平日の朝は行けません」
「夜中に二回排泄介助をしています。三週間眠れておらず、このままでは仕事を続けられません」
「母を一人にするとガスを消し忘れます。家族が不在になる火曜と木曜の午後に支援が必要です」
そのうえで、依頼したいことを一文にします。
「家族の頑張り方ではなく、朝の服薬と夜間の安全を埋めるケアプランへ見直したいです」
介護保険のケアプランは、本人の心身の状態、生活環境、本人と家族の希望などを考慮して作られます。一度決めたサービスを、そのまま使い続けなければならないわけではありません。
本人の前で言いにくい家族の限界は、別に伝えて構いません
親御さんの前で「夜中の介護がつらい」「もう限界」と話すと、本人を責めているように聞こえそうで、言えないことがあります。
ケアマネジャーへ、電話や面談で家族だけの時間を取れないか尋ねてください。
「本人の前では言いにくい介護負担があります。家族だけで十五分ほど話す時間をいただけますか」
家族から伝えた内容を、どのように本人へ説明するかも話し合います。
ただし、本人に隠してサービスを契約し、当日突然職員を連れてくる方法は避けます。家族や支援者への警戒を強め、その後の利用まで難しくなることがあるためです。
親御さんへは「家族の都合」も責めない形で伝えます
介護サービスは本人のためだけに使うもの、家族の負担を理由にしてはいけないと思う方もいます。
しかし、家族が倒れたり、離職したりすれば、在宅生活そのものが続かなくなります。
「あなたのせいで大変」と言う必要はありません。それでも、家族の生活に限界があることは隠さなくて構いません。
「私が毎朝来る方法は、来月から続けられない。家で暮らし続けるために、朝だけ手伝ってくれる人を頼みたい」
「一人で全部はできない。でも、家から出てほしいわけではない。できない部分を人に頼みたい」
「私が休む日を作らないと、この先も手伝い続けられない。月に二日だけ泊まれる所を試したい」
本人の暮らしと、家族の暮らしの両方を守る話として伝えます。
認知症があっても、本人の拒否を最初から無視しません
認知症があるから、家族が代わりにすべて決めてよいとは限りません。
本人が理解しやすい時間帯を選び、情報を少なくして、具体的な選択肢を示します。
「毎日来てもらうのではなく、火曜だけにする」
「掃除とお風呂なら、どちらを頼みたい?」
「一か月試してから、続けるか考える」
言葉だけで判断しにくい場合は、利用中の表情や行動も見ます。
口では「来なくていい」と言いながら、職員と穏やかに話し、訪問日を待っていることもあります。反対に、家族の前では承諾しても、利用後に強く疲れたり、眠れなくなったりする場合もあります。
本人の一言だけでなく、拒否の強さ、生活への効果、利用後の状態を含めて見直します。
安全が崩れているときは、同意を待ち続けないでください
時間をかけて話せるのは、現在の生活が大きく崩れていない場合です。
次のような状態があるときは、親御さんが納得するまで家族だけで耐え続けず、ケアマネジャーや地域包括支援センターへ早めに伝えます。
- 転倒が繰り返され、一人では起き上がれない
- 薬の重複や飲み忘れが続く
- 食事や水分が十分に取れていない
- 火の消し忘れや無断外出がある
- 排泄や清潔を保てず、皮膚の状態も悪くなっている
- 家族が眠れず、仕事や日常生活を維持できない
- 介護者が怒鳴る、たたく、置き去りにするかもしれないと感じている
地域包括支援センターは、高齢者本人だけでなく、家族介護者の困りごとも含めて相談できる地域の窓口です。
「父はサービスを拒否しますが、服薬間違いと転倒が続いています。家族も夜間対応を続けられません。本人の意思を尊重しながら、安全を保つ方法を家族だけで先に相談したいです」
地域包括支援センターへ連絡したからといって、施設入所や新しい契約が直ちに決まるわけではありません。現在の危険と使える支援を分けて考えるための窓口です。
意識の変化、突然の言葉や手足の異常、呼吸苦などがある場合は119番を優先します。物を投げる、刃物を持つなど、家族へ危険が迫っている場合は距離を取り、110番を含めて安全を確保してください。
状態が変わったなら、要介護度が今のままでよいかも見直します
認定を受けた頃より介助が増えている場合、現在の要介護度と実際の状態が合っていない可能性があります。
要介護認定の有効期間中でも、心身の状態が変わったときは、区分変更の申請を検討できます。
次のような変化があれば、ケアマネジャーや市区町村へ伝えてください。
- 歩けていた人が移乗にも介助を要するようになった
- 排泄や入浴の介助が増えた
- 一人での外出や留守番が難しくなった
- 夜間の見守りが必要になった
- 認知症の症状により生活上の支障が増えた
「サービスを増やすだけで足りる状態か、区分変更も検討した方がよいか教えてください」
区分変更を申請すれば必ず要介護度が上がるわけではありません。認定調査や主治医意見書などをもとに、市区町村が改めて判定します。
サービスを増やす前に、月額と保険外費用を出してもらいます
介護保険の在宅サービスには、要介護度ごとに一か月の支給限度額があります。
限度額の範囲内では、所得に応じて原則一割、二割または三割を利用者が負担します。限度額を超えて利用した部分は、全額自己負担となります。
また、食費、日用品費、送迎範囲外の費用、介護保険の対象外となる家事や付き添いなどが別途かかる場合もあります。
ケアマネジャーには、増やした後の見込み額を具体的に出してもらいます。
「訪問介護を週一回増やした場合、保険内の自己負担と保険外費用を合わせて、月額はいくら増えますか」
「現在、支給限度額をどのくらい使っていますか」
「限度額を超える場合、ほかのサービスの回数を減らす必要がありますか」
費用が心配で親御さんが拒んでいる場合は、「介護保険だから安い」とだけ伝えず、月に増える金額を示します。
空きがない場合は、同じ役割を持つ別の方法を探します
本人が了承しても、希望する曜日に事業所の空きがない場合があります。
そのときは「サービスを増やせません」で終わらず、埋めたい場面へ戻ります。
朝の服薬が問題なら、訪問時間の変更、薬局との連携、服薬方法の見直しが考えられます。
家族が休めないことが問題なら、デイサービスの追加だけでなく、ショートステイや訪問サービスも候補になります。
夜間が問題なら、地域に定期巡回・随時対応型訪問介護看護などがあるかを聞きます。
「希望している事業所に空きがないことは分かりました。火曜の午後に一人にしないという目的を満たす、別の方法を提案してください」
地域によって利用できるサービスや事業所数は異なります。介護サービス情報公表システムでは、地域やサービスの種類から事業所を探せますが、直近の空きや受け入れ可否は事業所への問い合わせが必要です。
ケアマネジャーへ伝えても動かないと感じたとき
相談しても「本人が嫌がるなら難しい」「事業所に空きがない」と言われ、話が止まることがあります。
まず、増やせない理由を分けて聞きます。
- 本人の同意が得られていないからか
- 介護保険の対象にならない支援だからか
- 支給限度額を超えるからか
- 事業所に空きがないからか
- 医療的な判断が必要だからか
- 現在の要介護度と状態が合っていないからか
「難しい理由と、代わりに選べる方法を分けて説明してください」
ケアプランや対応について話し合いが進まない場合は、事業所の管理者、市区町村の介護保険担当窓口、地域包括支援センターへ経緯を伝える方法があります。
ケアマネジャーを変更することも制度上は可能ですが、相性だけで急いで決める前に、現在の課題、引き継ぎ、地域の受け入れ状況を確かめてください。
今は「増やしたいサービス名」ではなく、埋めたい時間を送ります
親御さんへ、もう一度すべてを説明する必要はありません。
まずケアマネジャーへ、次のような一文を送ってください。
「平日の朝、母の服薬を家族が見ていますが、来月から対応できません。本人は訪問回数を増やすことを嫌がっています。朝の服薬を安全にする方法を、時間・担当者・別サービスを含めて見直したいです」
入浴、夜間、通院、家族の休息など、ご家庭の状況に合わせて置き換えます。
介護サービスを多く使うこと自体が目的ではありません。
家族が無理をして埋めている時間を見つけ、本人が受け入れられる形で、別の手へ渡すことが目的です。
どのサービスを何回使うかは、その後に決められます。まずは、来月から家族ができなくなる一場面を、具体的に伝えるところからで構いません。















