宿の写真には、広い露天風呂ときれいな和室が写っている。口コミにも「ゆっくり過ごせました」と書かれている。
それでも予約できないのは、温泉が嫌だからではありません。
玄関に階段はないだろうか。長い廊下を歩けるだろうか。畳の上から立ち上がれるだろうか。大浴場で滑ったら、浴槽から一人で出られなかったら。
宿の紹介には「バリアフリー対応」と書かれていても、自分の足で本当に泊まれるかまでは分からないことがあります。
足腰に気がかりがある方の宿選びでは、設備の名前を集めるより、到着してから帰るまでに、どこを何回歩き、どの動作が必要になるかをたどる方が判断しやすくなります。
温泉旅行の難所は、浴槽に入る前から始まっています
足腰への負担というと、浴場の段差ばかりに目が向きます。しかし、実際には駐車場、玄関、フロント、客室、食事会場を移動した後で、ようやく大浴場へ着きます。
一つひとつは歩けても、移動が何度も重なると、入浴する頃には脚が疲れていることがあります。
| 移動する場所 | 見落としやすい負担 | 宿へ聞く内容 |
|---|---|---|
| 駐車場・送迎車から玄関 | 坂道、砂利、屋外階段、雨天時の移動 | 玄関までの距離、車を寄せられる場所、車椅子の貸出し |
| 玄関からフロント | 上がり框、靴の脱ぎ履き、低い椅子 | 段差の高さ、腰掛け、館内用の履物を使わない選択 |
| フロントから客室 | 長い廊下、別館への連絡通路、階段 | エレベーターの有無、客室までの距離、近い部屋の希望 |
| 客室内 | 畳からの立ち上がり、低い布団、トイレの段差 | ベッド、椅子、客室トイレ、入口の段差 |
| 客室から食事会場 | 朝夕の往復、座敷席、低い椅子 | テーブル席、部屋食、会場までの距離 |
| 客室から大浴場 | 別棟、階段、濡れた床、浴槽のまたぎ | 移動経路、手すり、浴室用椅子、浴槽の縁の高さ |
予約ページの写真では、建物全体の高低差や廊下の長さまで分からないことがあります。
「エレベーターあり」と書かれていても、すべての客室や大浴場へエレベーターだけで行けるとは限りません。途中に数段の階段が残る施設や、別館への移動が必要な宿もあります。
宿選びでは、「段差がありますか」だけでなく、「玄関から客室まで、階段を使わずに行けますか」「客室から大浴場まで何分ほど歩きますか」と、移動の区間を分けて尋ねます。
「バリアフリー客室」の設備は、宿ごとに違います
バリアフリー、ユニバーサルルーム、アクセシブルルームなど、宿によって客室の呼び方はさまざまです。
同じ名称でも、車椅子で客室へ入れるだけの部屋、トイレに手すりがある部屋、浴室まで広く設計された部屋など、対応範囲は同じではありません。
観光庁も、高齢の方や障害のある方が利用できるかを事前に判断できるよう、宿泊施設が段差や設備などの情報を具体的に発信することを勧めています。
予約前には、「バリアフリーですか」とだけ聞かず、自分が難しい動作を伝えます。
「つえを使えば平らな場所は歩けますが、階段と低い場所からの立ち上がりが難しいです。玄関から客室、食事会場、大浴場まで、階段を使わず移動できますか」
車椅子を使う場合は、さらに具体的にします。
「屋外では車椅子を使います。客室入口、トイレ、食事会場まで車椅子のまま入れますか。通れない場所があれば教えてください」
病名を詳しく説明しなくても、「何ができるか」「どの動作が難しいか」を伝えれば、宿側も設備との相性を判断しやすくなります。
和室の風情より、寝起きできる高さを先に見ます
温泉旅館らしい畳の部屋に泊まりたいと思っていても、布団から起き上がる動作が難しい場合があります。
夜中にトイレへ行くとき、暗い中で床から立ち上がることも考えなければなりません。
ベッドのある和洋室や洋室なら、寝起きの負担を減らせる可能性があります。ただし、ベッドが低すぎたり、壁際に寄せられていたりすると、立ち上がりにくいことがあります。
宿へは次を尋ねます。
- 布団ではなくベッドの部屋を選べるか
- ベッドの横に立てる空間があるか
- ベッドからトイレまでに段差があるか
- 客室内に背もたれと肘掛けのある椅子があるか
- 座椅子ではなく、通常の高さの椅子を用意できるか
- 夜間に足元を照らせる照明があるか
和室しかない宿でも、簡易ベッドや高座椅子を用意できる場合があります。反対に、消防や客室の広さなどの事情で対応できないこともあります。
予約時に希望を伝え、確約なのか、当日の状況による対応なのかも聞いてください。
大浴場は「手すりの有無」だけでは判断できません
大浴場で転びやすいのは、浴槽へ入る瞬間だけではありません。
脱衣所でズボンや靴下を脱ぐ、濡れた床を歩く、洗い場の椅子から立つ、浴槽の縁をまたぐ。普段の生活では使わない動作が続きます。
予約前に、次の順番で確かめます。
脱衣所で座って着替えられるか
立ったまま衣服を脱ぐのが難しければ、安定した椅子やベンチが必要です。キャスター付きや軽く動く椅子では、手をついたときに危険なことがあります。
脱衣所から浴室入口に段差があるか、引き戸が重くないかも聞いておきます。
洗い場の椅子から立てるか
一般的な浴室用椅子は低く、膝や股関節に負担がかかります。高めの椅子や背もたれ付きのシャワーチェアを借りられる宿もあります。
「通常の低い風呂椅子からは立ち上がれません。高さのあるシャワーチェアはありますか」と尋ねると伝わりやすくなります。
浴槽の縁をまたげるか
浴槽の縁が高い、浴槽内の最初の一段が深い、つかまる場所が遠い場合、一人で入れても出られなくなることがあります。
「手すりがあります」という回答だけでなく、次まで聞きます。
- 手すりは浴槽へ入る位置にあるか
- 浴槽の縁はおおよそ何センチか
- 浴槽内に段や腰掛けがあるか
- 湯船へ入らず、洗い場だけを利用できるか
写真を公式サイトへ掲載している宿なら、電話しながら同じ写真を見て説明してもらう方法もあります。
貸切風呂なら安全、とは限りません
ほかの宿泊者を気にせず入れる貸切風呂は、足腰に不安がある方にも利用しやすそうに見えます。
確かに、ご家族が近くにいられることや、急がず着替えられることは利点です。一方で、貸切風呂が離れた建物にある、入口に階段がある、浴槽が岩造りでまたぎにくいなど、大浴場より移動が難しい場合もあります。
| 入浴方法 | 負担を減らせる可能性 | 残る心配 |
|---|---|---|
| 大浴場 | 広く、手すりや浴室用椅子が用意されている場合がある | 移動距離、混雑、濡れた床、同行者と男女が分かれる |
| 貸切風呂・家族風呂 | 同行者が近くにいられ、周囲を気にせず動ける | 予約時間、離れまでの移動、浴槽の段差 |
| 客室露天風呂 | 館内移動を減らせる | 露天部分の床、浴槽の高さ、冬の寒暖差 |
| 客室内の通常浴室 | 大浴場へ行かず、必要ならシャワーだけ使える | 浴室入口や浴槽のまたぎ、狭さ |
| 温泉には入らない | 転倒や入浴時の負担を避けられる | 温泉以外の楽しみを先に決めておく |
客室露天風呂付きの部屋も、「部屋にあるから安心」とは限りません。客室と露天風呂の間に段差がある、濡れると滑りやすい石材が使われている、浴槽が深いことがあります。
宿泊料金が高い部屋ほど、足腰に合うわけではありません。浴槽の写真と移動経路を見て判断します。
宿のスタッフは、介助を前提に配置されているわけではありません
荷物を運ぶ、車椅子を押す、椅子を用意するなど、宿が可能な範囲で手伝ってくれることはあります。
しかし、入浴中に身体を支える、衣服の着脱を手伝う、トイレ介助をするなどの身体介助まで対応できるとは限りません。
「宿の人がいるから何とかなる」と考えず、必要な手助けを予約前に伝えます。
「浴槽へ入るときに身体を支える必要があります。宿のスタッフへお願いするのではなく、同行者が介助してよい貸切風呂はありますか」
「車から客室までは車椅子を使います。到着時に玄関へ車椅子を持ってきてもらうことは可能ですか」
宿が対応できない場合は、その宿が冷たいという意味ではありません。設備、人員、安全管理の都合で難しいことがあります。
その場合は、客室内で過ごしやすい宿、入浴介助に対応する旅行サービス、介助者と利用できる宿など、条件を変えて探します。
食事会場までの二往復が、意外に大きな負担になります
夕食と朝食が別会場の場合、客室と食事会場を少なくとも二往復します。
さらに売店、大浴場、館内の庭園へ行けば、宿の中だけでもかなり歩くことになります。
食事については、料理内容だけでなく、次を見ます。
- 客室から食事会場までの距離
- 階段を使わず行けるか
- 座敷ではなくテーブル席を選べるか
- 肘掛け付きの椅子を用意できるか
- 部屋食の場合、畳に座らず食べられるか
- 朝食会場の混雑時間を避けられるか
部屋食は移動を減らせますが、低い座卓での食事になる場合があります。「部屋食=足腰にやさしい」と決めず、椅子とテーブルの高さまで聞いてください。
送迎ありでも、乗り降りの方法まで聞いておきます
駅から宿の送迎車があれば、歩く距離を大きく減らせます。
ただし、予約が必要、運行時間が限られる、車両のステップが高い、車椅子を載せられないといった場合があります。
送迎を利用するときは、次を伝えます。
「つえを使っており、車の高い段差を上がるのが難しいです。送迎車の乗降口にステップや手すりはありますか」
車椅子の場合は、折りたためるか、本人が座席へ移れるか、車椅子の大きさも聞かれることがあります。
自家用車で行く場合も、駐車場が建物から離れていないか、玄関前で乗り降りしてから車を移動できるかを尋ねます。
入浴する日は、「せっかくだから」を判断基準にしない
旅行当日、普段より疲れている、食欲がない、ふらつく。それでも「温泉まで来たのだから」と入浴したくなることがあります。
高齢者の入浴事故について、消費者庁は、湯温を41度以下、湯につかる時間を10分までとすることを一つの目安に挙げています。また、食後すぐやアルコールが抜けていない状態、睡眠薬などの服用後の入浴を避け、浴槽から急に立ち上がらないよう注意を呼びかけています。
これは、誰にでも同じ入浴方法を勧めるものではありません。心臓、血圧、呼吸器、糖尿病などの持病がある方や、医師から入浴について指示を受けている方は、その指示を優先してください。
次のような日は、少なくとも一人での入浴を避け、宿の客室で休むことを考えます。
- 普段より強い息切れ、胸の違和感、めまいがある
- 発熱、嘔吐、下痢など体調不良がある
- 脚に力が入りにくく、歩行がいつもより不安定
- 移動で強く疲れている
- 飲酒後、または眠気の出る薬を服用した後
同行者がいる場合は、入浴前に声をかけ、長時間戻らなければ様子を見てもらいます。
胸の強い痛み、意識がもうろうとする、呼びかけに反応しない、転倒して動けないなど、急を要する状態では、フロントへ連絡するとともに119番を優先してください。
家族は「危ないからやめて」ではなく、難しい動作を一緒に探します
親御さんが温泉旅行へ行きたいと言うと、ご家族は転倒や急病が心配になります。
本人にとっては、行けない理由ばかり挙げられると、生活を取り上げられたように感じることがあります。一方、ご家族は、旅行に反対したいのではなく、旅先で支えきれないことを心配しているのかもしれません。
「行けるか、行けないか」から話し始めるのではなく、必要な動作を一緒に見ます。
「平らな廊下は何分くらい歩けそう?」
「布団から一人で立てる? ベッドの方がよさそう?」
「浴槽はまたがず、シャワーだけでも旅行を楽しめそう?」
同行するご家族も、できない介助は先に伝えます。
「車椅子を押すことはできるけれど、浴槽の中で身体を持ち上げることは難しいです」
その事実を宿へ伝えれば、貸切風呂、客室浴室、入浴しないプランなど、現実的な選択肢を検討できます。
体調が変わりやすい方ほど、取消条件を先に見ます
足腰に不安がある方の旅行では、当日まで体調を読めないことがあります。
最安値のプランには、予約直後から取消料がかかる、変更できないといった条件が付いている場合があります。価格差が小さければ、直前まで取消料がかかりにくいプランの方が、無理な出発を防ぎやすくなります。
予約前には、次を一つの画面で見てください。
- 無料で取り消せる最終日時
- その後の取消料
- 人数や客室を変更できるか
- 問い合わせ先が宿か予約サイトか
- 希望した客室や設備が確約されているか
電話でバリアフリー客室や高座椅子などを頼んだ場合は、予約確認メールへ記載してもらえるか尋ねます。
「先ほどお願いしたベッドの部屋と、エレベーターに近い客室の希望は、予約記録に残っていますか」
希望として受け付けただけなのか、確実に用意されるのかは、当日の過ごしやすさに関わります。
予約前の電話では、五つの場所について聞けば判断できます
宿へ電話する前に、長い質問表を作る必要はありません。
候補の宿を一軒選び、次のように伝えます。
「足腰に不安があり、宿泊できるかを予約前に確かめたいです。平らな場所はつえで歩けますが、階段、畳からの立ち上がり、浴槽をまたぐ動作が難しい状態です」
続けて、五つを聞きます。
- 玄関から客室まで階段を使わず移動できるか
- ベッドと椅子のある客室を選べるか
- 客室から食事会場と大浴場まで、どのくらい歩くか
- 浴場入口、洗い場、浴槽に段差や手すりがあるか
- 入浴しない場合でも、客室や館内で楽しめるものがあるか
回答を聞いて難しいと感じたら、その場で予約しなくても構いません。
「詳しく教えていただき、ありがとうございました。家族と検討します」で電話を終えられます。
今日は、候補の宿を一軒だけ開き、「玄関から客室まで階段なしで行けるか」を尋ねるところまでで十分です。
そこが通れれば、次に客室、食事、大浴場を見られます。温泉旅行は、浴槽へ入れる人だけのものではありません。今の身体で無理なく泊まり、少し違う景色を見て帰ってこられる宿を選ぶことも、立派な温泉旅行です。













