久しぶりに実家へ帰ったとき、親御さんが玄関の段差で一度立ち止まった。
本人は何事もなかったように歩き始めたけれど、以前より足取りがゆっくりになっている。そんな姿を見ると、「元気なうちに一度くらい旅行へ連れて行きたい」と思うことがあります。
一方で、何かあったらどうしようという心配も消えません。
長い移動に耐えられるだろうか。宿の廊下を歩けるだろうか。温泉で転ばないだろうか。せっかく連れて行ったのに、本人が疲れてしまったら、親孝行ではなく自分の満足だったのではないか。
親御さんも、迷惑をかけたくなくて「どこでも大丈夫」「まだ歩ける」と答えることがあります。
子どもは無理をさせたくない。親は子どもをがっかりさせたくない。お互いを思っているのに、肝心の負担が見えないまま計画が進むことがあるのです。
親孝行旅行で最初に決めるのは、行き先ではありません。親御さんが旅先で何を楽しみ、どの動作なら無理なくできるかです。
最初に聞くのは「どこへ行きたい?」ではありません
親御さんへ「どこか行きたい場所はある?」と聞いても、「別にない」「任せるよ」と返ってくることがあります。
旅行へ行きたくないとは限りません。地名を挙げたら費用をかけさせる、予定を組ませる、介助を頼むことになると考え、遠慮している場合があります。
行き先より、旅先で何をしたいかを聞く方が答えやすくなります。
- 温泉に入りたいのか
- 海や山の景色を見たいのか
- 昔住んでいた町やお墓を訪ねたいのか
- 家族で食事をしたいのか
- 宿でゆっくり眠りたいのか
- 孫と同じ時間を過ごしたいのか
たとえば、次のように尋ねます。
「温泉、景色、食事なら、どれが一番楽しみ?」
「昔みたいに何か所も回るのと、宿でゆっくりするのでは、今はどちらが楽そう?」
答えが「みんなで食事できれば十分」なら、遠方の有名温泉へ行かなくても目的は果たせます。
旅行を豪華にすることより、本人が楽しみにしている時間を残すことが先です。
親孝行旅行の満足度は、観光地の数や宿泊料金では決まりません。本人が一番楽しみにしていることを一つ残し、疲れやすい部分を減らすと、旅全体が穏やかになります。
「大丈夫?」ではなく、普段の動作で旅の負担を測ります
親御さんへ「旅行へ行けそう?」と聞けば、多くの場合は「大丈夫」と答えます。
しかし、その大丈夫が、近所の買い物程度を意味するのか、長距離移動や宿泊まで含むのかは分かりません。
旅行の可否は、普段の動作に置き換えて考えます。
| 普段の様子 | 旅行で起こりやすい負担 | 計画に反映すること |
|---|---|---|
| 10分ほど歩くと休みたくなる | 駅構内、駐車場、観光地の移動で疲れる | 乗換えを減らし、車椅子や休憩場所を調べる |
| 階段では手すりが必要 | 駅、宿、寺社、展望台で動けないことがある | エレベーターと段差のない経路を尋ねる |
| 長く座ると腰や脚が痛む | 車やバスで同じ姿勢が続く | 休憩を増やし、片道時間を短くする |
| トイレが近い、動作に時間がかかる | 乗物や団体行動で焦りやすい | トイレの位置と休憩間隔を先に見る |
| 布団からの起き上がりが難しい | 和室で夜間に立てなくなる | ベッドのある客室を選ぶ |
| 浴槽をまたぐときに支えが必要 | 大浴場で転倒するおそれがある | 貸切風呂、客室風呂、入浴しない選択を考える |
| 夕方になると疲れや混乱が強くなる | 遅い到着や慣れない宿で落ち着かなくなる | 早めに宿へ入り、行程を詰め込まない |
「何メートル歩ける?」と聞いても、本人には答えにくいものです。
「駅から宿まで10分くらい歩くけれど、途中で休めれば行けそう?」
「この宿は大浴場まで少し歩くみたい。部屋のお風呂だけでも楽しめそう?」
このように、予定している場面へ置き換えて聞くと、本人も判断しやすくなります。
日帰り・一泊・宿中心は、親御さんが一番疲れる場面で選びます
高齢だから日帰りが楽とは限りません。
朝早く家を出て、一日観光し、夜遅く帰宅する日帰り旅行は、宿泊より体力を使うことがあります。
反対に、慣れない場所では眠れない方、夜間のトイレが心配な方にとっては、自宅へ戻れる日帰りの方が落ち着きます。
近場の日帰りが合いやすい場合
- 自宅以外では眠りにくい
- 夜間の排せつや介助に慣れた環境が必要
- 旅行自体にまだ乗り気ではない
- まず短時間の外出から試したい
宿で過ごす一泊が合いやすい場合
- 朝早い出発がつらい
- 一日に往復すると移動時間が長くなる
- 観光より食事や景色を楽しみたい
- ベッドや客室内トイレがあれば泊まれる
観光を一か所に絞った旅が合いやすい場合
- 歩ける時間が短い
- 予定が多いと焦りやすい
- 休憩のたびに体調を立て直す必要がある
- 家族とゆっくり話すことが目的
初回は、近場の日帰りや一泊で試し、帰宅後に何が負担だったかを見る方法があります。
最初から「これが最後の旅行になるかもしれない」と大きな計画を立てると、親御さんも断りにくくなります。次も行ける余白を残すくらいが、ちょうどよいことがあります。
車・電車・バスツアーでは、疲れる場所が違います
自家用車は、自宅から宿まで直接移動しやすく、途中で休憩を増やせます。
ただし、長時間同じ姿勢になりやすく、渋滞中はすぐトイレへ行けません。運転する子どもが疲れれば、親御さんの乗り降りや荷物まで支えられなくなることもあります。
鉄道は車内トイレがある列車を選べる一方、駅の構内移動、ホームへの乗換え、段差が負担になる場合があります。大きな駅では、乗換えだけでかなり歩くこともあります。
バスツアーは行程を考えなくてよい反面、集合時刻や観光時間が決まっています。本人のペースで休憩を延ばしにくいため、歩行距離、トイレ休憩、座席、添乗員の同行を事前に見ます。
交通機関や旅行会社へ配慮を頼む場合は、病名より難しい動作を伝えます。
「高齢の母と利用します。平らな場所はつえで歩けますが、長い階段と10分以上の連続歩行が難しいです。階段を避ける経路や、車椅子を借りられる場所はありますか」
観光庁は、高齢や障害の有無にかかわらず旅行を楽しめる「ユニバーサルツーリズム」を推進しています。対応可能な内容は施設や事業者ごとに異なるため、予約前に具体的な移動経路を尋ねることが欠かせません。
宿へは、玄関から客室までの動きを順番に尋ねます
予約サイトに「バリアフリー対応」「エレベーターあり」と書かれていても、それだけでは宿泊できるか判断できません。
エレベーターを降りた後に階段がある、大浴場だけ別棟にある、食事会場が座敷になっているなど、設備の一部に負担が残ることがあります。
宿へ電話するときは、次のように始めます。
「高齢の父と宿泊を考えています。平地はつえで歩けますが、階段と床からの立ち上がりが難しい状態です。予約前に館内の移動について教えてください」
続けて、次を尋ねます。
- 車や送迎車を玄関近くまで寄せられるか
- 玄関から客室まで階段を使わず移動できるか
- エレベーターに近い客室を選べるか
- 布団ではなくベッドを利用できるか
- 客室内トイレに段差や手すりがあるか
- 食事会場まで何分ほど歩くか
- 座敷ではなく椅子席を用意できるか
- 車椅子やシャワーチェアを借りられるか
希望を伝えたら、予約記録に残っているかも聞きます。
「エレベーターに近いベッドの部屋は確約ですか。それとも希望としての受付でしょうか」
宿のスタッフが荷物運びなどを手伝える場合はありますが、排せつ、着替え、入浴などの身体介助まで対応できるとは限りません。必要な介助は家族で担えるのか、別の支援が必要なのかを分けて考えます。
異性の親子では、大浴場の介助ができないことがあります
娘が父親を、息子が母親を旅行へ連れて行く場合、大浴場で付き添えないことがあります。
脱衣、洗身、浴槽の出入りに支えが必要なら、男女別の大浴場を利用する前提では計画できません。
その場合は、次の選択肢を調べます。
- 家族で利用できる貸切風呂
- 浴室や温泉が付いた客室
- 介助者が同伴できる入浴設備
- 大浴場を使わず客室のシャワーだけにする
- 温泉以外の食事や景色を旅行の中心にする
貸切風呂にも、入口の段差、滑りやすい床、深い浴槽がある場合があります。「貸切だから安心」と考えず、浴槽の縁、手すり、浴室用椅子、利用時間を宿へ尋ねてください。
高齢者の入浴中の事故は、持病や前兆がなくても起こる可能性があります。消費者庁は、湯温を41度以下、湯につかる時間を10分までとすることを一つの目安に挙げ、食後すぐや飲酒後、睡眠薬などの服用後の入浴を避けるよう注意を促しています。
持病がある方や、医療機関から入浴について指示を受けている方は、その内容を優先してください。
薬は「いつもの袋」だけでなく、内容が分かる形で持ちます
旅行中は食事や起床の時刻が変わり、薬を飲む時間もずれやすくなります。
必要な日数分の薬だけでなく、予備、お薬手帳、薬の名称が分かる情報を用意します。電子版のお薬手帳を使っている場合も、スマートフォンの充電切れに備え、服薬内容を家族も把握しておくと安心です。
薬について分からない点があるときは、自己判断で回数や時間を変えず、旅行前に医師または薬剤師へ尋ねます。
「旅行へ行ってもよいですか」だけでは、相手も判断しにくいことがあります。
「片道2時間の車移動で一泊します。夕食時刻が普段より遅くなりそうですが、薬の時間はどうすればよいですか」
「温泉に入る予定があります。服用後の入浴で気をつけることはありますか」
このように、移動時間、宿泊数、食事、入浴の予定を伝えます。
最近薬が変わった、体調が安定していない、旅行先で医療的な処置が必要という場合は、予約を確定する前に医療機関へ伝えてください。
食事とトイレは、観光地より先に決めます
親御さんが旅先で困りやすいのは、特別な観光より、日常の食事や排せつです。
食事では、アレルギーだけでなく、かたい物が噛めない、むせやすい、量が多いと食べられない、塩分などの指示があるといった事情があります。
宿へは、単に「高齢者向けでお願いします」ではなく、必要な内容を伝えます。
「かたい肉や生野菜は食べにくいのですが、やわらかい料理への変更は可能ですか」
「食事量が少ないため、品数を減らすことはできますか。難しければ残しても問題ありませんか」
対応には追加料金がかかることや、変更できない場合もあります。直前ではなく、予約時に尋ねます。
トイレについては、親御さんが「まだ大丈夫」と言っているうちに休憩を入れます。高速道路や観光地では、次のトイレまで時間がかかることがあるためです。
- 車内や列車内にトイレがあるか
- 立寄り先に洋式トイレがあるか
- 手すりや広い個室が必要か
- 夜間、客室からトイレまで安全に移動できるか
- 着替えや失禁用品を家族が持っているか
本人が恥ずかしがる場合は、人前で繰り返し尋ねず、出発前に家族の一人が短く聞きます。
「途中で慌てないように、休憩は1時間ごとでよさそう? もっと早い方が楽?」
認知症や介助がある場合は、普段の支援者にも予定を伝えます
認知症があっても、状態や支援方法によっては旅行を楽しめます。
ただし、慣れない場所で夜に混乱する、部屋を間違える、外へ出ようとする、服薬を拒むといった可能性がある場合、ご家族だけで抱え込まない準備が必要です。
担当のケアマネジャー、施設職員、訪問看護師など、普段の様子を知る人へ、次のように伝えます。
「家族で一泊旅行を考えています。夕方の混乱や夜間のトイレを含め、普段と違う場所で注意した方がよいことを教えてください」
相談したからといって、旅行を許可されたり禁止されたりするわけではありません。家族が見落としている負担や、持参した方がよい物を知るための話です。
宿にも、必要な範囲で状態を伝えます。ただし、宿泊施設は介護施設ではありません。常時の見守り、排せつ介助、徘徊への対応などが必要なら、家族で担えるのか、付き添いを増やすのか、旅行形態そのものを見直すのかを決めます。
親孝行を一人で背負うと、同行する子どもが先に疲れます
旅行を企画した人が、運転、荷物、受付、親御さんの歩行、薬、写真撮影まで一人で担うと、旅の途中で余裕がなくなります。
兄弟や配偶者と行く場合は、役割を分けます。
- 親御さんの隣を歩く人
- 荷物を持つ人
- 宿や交通機関と話す人
- 薬と診療情報を管理する人
- 運転する人と、運転中に親御さんを見る人
「みんなで手伝う」だけでは、実際には企画した人へ集中しがちです。
「私は運転と宿の受付を担当するので、お父さんの歩行とトイレはお願いしたい」と行動で分けます。
親御さんにも、旅行中にできることは自分でしてもらいます。先回りしてすべて奪うと、本人が子ども扱いされたように感じる場合があります。
時間がかかっても自分で着替えたい、杖があれば歩きたいという希望があるなら、危険がない範囲で待つことも親孝行の一部です。
当日の延期は「失敗」ではなく、旅行の安全管理です
予約をした後は、多少体調が悪くても行かなければ損だと思いやすくなります。
しかし、高齢の方は、前日まで元気でも当日に状態が変わることがあります。
次のような場合は、出発を急がず、旅行の延期や医療機関への連絡を考えます。
- 発熱、嘔吐、下痢がある
- 普段と違う強い息切れや胸の違和感がある
- 食事や水分を十分に取れていない
- 歩行がいつもより不安定で、転倒している
- 呼びかけへの反応や会話の様子が普段と違う
- 強い眠気、めまい、ふらつきがある
急な胸の痛み、呼吸困難、意識がもうろうとしている、呼びかけに反応しないなど、緊急性がある状態では119番を優先してください。
体調の変化に備え、予約時には無料で取り消せる期限、その後の取消料、変更方法、連絡先を見ておきます。最安値でも変更できないプランより、体調を見ながら判断できるプランが合うことがあります。
親御さんが断ったとき、「今しかない」で説得しない
準備を進めた後で、親御さんが「やっぱり行かない」と言うことがあります。
子どもとしては、せっかく調べたのにと思うでしょう。「もう高齢なのだから、行けるうちに」と説得したくなるかもしれません。
けれど、親御さんには、体力以外の理由があることもあります。
- 家の外でトイレに失敗するのが怖い
- 子どもへ介助される姿を見せたくない
- 慣れない場所で眠れない
- 旅行代を負担させたくない
- 留守中の家やペットが気になる
- 長く家を離れること自体が落ち着かない
まず、旅行の良さを説明するより、何が負担なのかを尋ねます。
「行きたくない気持ちは分かったよ。長い移動が嫌なのか、泊まるのが嫌なのか、そこだけ教えてもらえる?」
泊まりが嫌なら日帰り、遠出が嫌なら近所の食事、温泉が嫌なら自宅で家族が集まる方法もあります。
旅行に連れて行くことだけが親孝行ではありません。本人が望んでいない旅行を成功させるより、今一緒にできることへ形を変える方が、親子の負担を減らせます。
今日は旅行を予約せず、親御さんへ二つだけ聞きます
行き先、宿、交通手段を一度に決める必要はありません。
まず親御さんへ、次の二つを聞いてください。
「温泉、景色、食事の中なら、今はどれを一番楽しみたい?」
「旅行で一番しんどそうなのは、歩くこと、車に乗ること、泊まることのどれ?」
一つ目の答えが旅行の目的になり、二つ目の答えが削るべき負担になります。
「食事を楽しみたい」「泊まるのは嫌」という答えなら、次に探すのは温泉旅館ではなく、近場の日帰り食事プランかもしれません。
親孝行旅行は、子どもが立派な計画を完成させる行事ではありません。親御さんの今の身体と気持ちに合わせて、無理なく一緒に過ごせる時間を見つけることです。予約は、その形が見えてからで間に合います。













