「退院できます」と言われた日から、家族の準備は急に始まります
親御さんが入院している間、家族はまず治療のことを考えます。手術はうまくいくのか、病状は落ち着くのか、リハビリは進むのか。そこに気持ちが向くのは当然です。
ところが、ある日病院から「そろそろ退院を考えましょう」と言われると、急に現実が押し寄せてきます。
家に戻れるのか。トイレは一人で行けるのか。薬は飲めるのか。夜中に転ばないか。家族の誰が迎えに行くのか。仕事を休めるのか。介護ベッドや手すりは必要なのか。考えることが一気に増えます。
ここで大切なのは、「退院=入院前の生活に戻る」と思い込まないことです。病気やけがの種類によっては、退院できる状態と、以前と同じ暮らしができる状態は同じではありません。
退院後の介護は、家族の気合いだけで決めるものではありません。病院、地域包括支援センター、ケアマネジャー、介護サービス、家族の分担を組み合わせて考えるものです。
最初に見るのは「家に帰れるか」ではなく「家で何ができるか」
家族としては、できれば親御さんを自宅に戻してあげたいと思うことがあります。本人も「家に帰りたい」と言うかもしれません。
その気持ちは大切です。ただ、自宅へ戻るかどうかは、気持ちだけで決めると危険な場合があります。
まずは、退院後にどこまで自分でできるのかを一つずつ見ます。
| 見ること | 病院で聞きたい内容 | 家族が考えること |
|---|---|---|
| 歩行 | 一人で歩けるか、杖や歩行器が必要か、転倒リスクはあるか | 玄関、廊下、トイレ、浴室まで安全に動けるか |
| 食事 | 普通食でよいか、むせ込みや飲み込みに注意が必要か | 食事づくり、配食、見守りが必要か |
| 服薬 | 薬の種類、回数、飲み忘れた場合の対応 | 薬の管理を本人ができるか、家族や訪問看護が必要か |
| トイレ | 一人で行けるか、夜間の介助が必要か | 寝室からトイレまでの距離、手すり、ポータブルトイレの必要性 |
| 入浴 | 自宅浴が可能か、介助やデイサービス入浴が必要か | 浴室の段差、浴槽の高さ、転倒防止 |
| 認知面 | 説明を理解できるか、物忘れや混乱があるか | 一人で留守番できるか、火の元や服薬管理に不安がないか |
| 医療処置 | 傷の処置、点滴、酸素、カテーテルなどが必要か | 家族が対応できる範囲か、訪問看護が必要か |
この確認をせずに退院日だけが決まると、家に戻ってから家族が慌てます。
「歩ける」と言われても、病院の平らな廊下を歩けることと、自宅の段差や狭いトイレで動けることは違います。病院のベッド横ではできた動作が、自宅では難しいこともあります。
病院では、主治医だけでなく相談員にもつながる
退院後の介護を考えるとき、家族が主治医にだけ聞こうとすると、話が医療中心になりやすいです。
もちろん、病気や治療方針は主治医に聞く必要があります。ただ、退院後の暮らしや介護サービスの相談は、病院の退院支援担当、医療ソーシャルワーカー、看護師、リハビリ担当者などが関わることがあります。
病院によって呼び方は違いますが、「退院後の生活が不安なので、相談できる担当の方につないでください」と伝えて大丈夫です。
病院で聞いておきたいこと
- 退院予定日はいつ頃か
- 退院後に必要な介助は何か
- 通院の頻度はどれくらいか
- 薬の管理で注意することはあるか
- リハビリは継続した方がよいか
- 訪問看護や訪問リハビリが必要そうか
- 介護認定の申請を急いだ方がよいか
- 退院前カンファレンスを開けるか
- 自宅で危ない場所がありそうか
- 家族が対応できない時間帯はどうすればよいか
「退院後に自宅で見られるか不安です。歩行、トイレ、服薬、通院、夜間の見守りについて、家族が何を準備すればよいか相談したいです」と伝えると、話が具体的になります。
退院は、病院を出る日を決めるだけではありません。家で暮らす準備を整える節目です。
介護認定を受けていない場合は、早めに地域包括支援センターへ相談する
親御さんが入院するまで介護保険サービスを使っていなかった場合、退院後に介護が必要になって初めて「介護認定」という言葉に出会うことがあります。
介護認定は、介護保険サービスを使うための大事な手続きです。すぐに結果が出るものではないため、退院が近づいてから慌てると、サービスの調整が間に合いにくくなることがあります。
まだケアマネジャーがいない場合は、親御さんが住んでいる地域の地域包括支援センターや自治体の介護保険窓口に相談します。
| 状況 | まず相談する先 | 伝えること |
|---|---|---|
| 介護認定を受けていない | 地域包括支援センター、自治体の介護保険窓口 | 入院中で退院後に介護が必要になりそうなこと |
| 要支援・要介護認定がある | 担当ケアマネジャー | 入院前と状態が変わったこと、退院予定 |
| ケアマネが分からない | 地域包括支援センター、自治体窓口 | 担当者や手続きの確認をしたいこと |
| 遠距離で家族が動けない | 病院の相談員、地域包括支援センター | 家族が頻繁に行けないこと、現地で相談先が必要なこと |
| 退院日がかなり近い | 病院の退院支援担当、地域包括支援センター | 急ぎで自宅環境やサービス調整が必要なこと |
「まだ退院日が確定していないから相談できない」と思わなくて大丈夫です。退院日が未定でも、退院後の生活が不安なら相談の入口に立てます。
自宅に戻すか、施設やリハビリ先を考えるかは、家族だけで抱えない
退院後の行き先で多い迷いが、「自宅に戻すか、施設を考えるか」です。
本人が自宅を望んでいる。家族もできれば帰してあげたい。でも、夜間の見守りやトイレ介助が必要かもしれない。仕事もある。兄弟姉妹の協力も限られている。そうなると、気持ちと現実がぶつかります。
この迷いは、家族だけで結論を出そうとすると苦しくなります。
| 選択肢 | 向きやすいケース | 確認したいこと |
|---|---|---|
| 自宅に戻る | 本人の状態が安定し、家族や介護サービスで支えられる | 見守り時間、トイレ、入浴、服薬、通院、夜間対応 |
| 自宅+介護サービス | 一部の介助が必要だが、在宅生活を続けたい | 訪問介護、デイサービス、訪問看護、福祉用具、住宅改修 |
| 一時的な施設利用 | 家の準備が間に合わない、家族の体制が整わない | ショートステイ、介護老人保健施設、費用、空き状況 |
| リハビリを続ける | もう少し機能回復を目指したい | 医師やリハビリ担当の見通し、転院や施設の候補 |
| 施設入居を検討する | 在宅での見守りや介助が難しい | 本人の希望、要介護度、費用、待機状況、医療対応 |
自宅に戻せないことは、家族の愛情が足りないという意味ではありません。
逆に、施設を考えずに自宅へ戻すことが、いつも本人のためになるとも限りません。大切なのは、本人の希望、体の状態、家族の介護力、住まいの環境、費用を分けて見ることです。
退院前に、自宅の危ない場所を一度だけ見ておく
退院後の介護で見落としやすいのが、自宅の環境です。
病院では手すりがあり、床も平らで、ベッドの高さも調整されています。ところが自宅では、玄関の段差、廊下の荷物、狭いトイレ、深い浴槽、暗い階段など、危ない場所がいくつもあります。
退院前に、家族が一度自宅を見ておくだけでも準備しやすくなります。
自宅で見ておきたい場所
- 玄関の段差
- 寝室からトイレまでの動線
- 夜間の足元の明るさ
- 廊下や床に物が置かれていないか
- トイレに立ち座りの支えがあるか
- 浴室の床が滑りやすくないか
- ベッドや布団から起き上がれるか
- キッチンで火を使う可能性があるか
- 緊急時に電話や呼び出しができるか
ここで、いきなり介護ベッドや手すりを買いそろえる必要はありません。本人の状態や介護認定、福祉用具のレンタル、住宅改修の制度などを確認してからの方がよい場合があります。
必要なものを焦って買うより、まず「どこが危ないか」を書き出すことが先です。
家族会議では、気持ちより先に作業を分ける
親御さんの退院後介護は、家族間でもめやすいテーマです。
近くに住んでいる人に負担が偏る。長男・長女だからと期待される。仕事をしている人、子育て中の人、遠方に住む人、それぞれ事情があります。
このとき、「誰が親を見るのか」だけを話すと、話し合いが重くなります。まずは、介護を作業に分けて考える方が現実的です。
| 分ける作業 | 内容 | 頼み方の例 |
|---|---|---|
| 退院日の付き添い | 病院から自宅や施設までの移動、説明を聞く | 退院日だけ半日付き添ってほしい |
| 通院 | 診察予約、送迎、医師の説明を聞く | 月1回の通院だけ交代できないか |
| 服薬管理 | 薬の仕分け、飲み忘れ確認 | 薬カレンダーの準備を一緒にしてほしい |
| 買い物・食事 | 食材、配食、調理、冷蔵庫確認 | 週末の買い物だけお願いしたい |
| 書類手続き | 介護認定、保険、医療費、施設書類 | 書類だけ一緒に見てほしい |
| 緊急連絡 | 転倒、体調不良、病院からの連絡 | 仕事中に出られない時間だけ連絡先になってほしい |
| 費用分担 | 介護サービス、自費支援、交通費 | 毎月の負担をどう分けるか話したい |
家族会議で大事なのは、立派な結論を一日で出すことではありません。誰が何をできるのか、できないことは外部に頼めるのかを見えるようにすることです。
費用は「介護サービス代」だけでなく、退院後の生活費まで見る
退院後の介護では、介護サービスの料金だけに目が行きがちです。
しかし実際には、通院交通費、紙おむつ、配食、福祉用具、住宅改修、家族の交通費、仕事を休むことによる収入減など、細かな支出が重なります。
| 費用の種類 | 例 | 確認先 |
|---|---|---|
| 介護保険サービス | 訪問介護、デイサービス、福祉用具、ショートステイ | ケアマネジャー、自治体 |
| 医療費 | 通院、薬、訪問診療、訪問看護 | 病院、薬局、医療機関 |
| 自費サービス | 保険外の付き添い、見守り、家事支援 | サービス事業者、ケアマネ |
| 住まいの準備 | 手すり、段差解消、ベッド、マット、照明 | ケアマネ、福祉用具事業者、自治体 |
| 家族の負担 | 交通費、仕事を休む、宿泊、食事 | 家族間で共有 |
| 日用品 | 紙おむつ、尿取りパッド、消毒、介護用品 | 薬局、介護用品店、自治体 |
費用が不安なときは、家族だけで「いくらかかるのだろう」と考え続けるより、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談し、使える制度や支援を確認した方が進みやすくなります。
退院前カンファレンスがあるなら、遠慮せず家族の不安を出す
退院前には、病院、本人、家族、ケアマネジャー、介護サービス事業者などが集まり、退院後の生活について話し合う場が設けられることがあります。
こうした場では、家族が遠慮してしまうことがあります。
「忙しそうだから聞きにくい」「こんなことまで聞いていいのか」「できないと言ったら冷たい家族だと思われるのでは」と感じるかもしれません。
でも、退院後に困るのは本人と家族です。できること、できないことは、早めに伝えた方が安全です。
退院前に伝えてよいこと
- 家族が仕事で日中は不在になる
- 夜間の介助は続けられないかもしれない
- 通院の付き添いを毎回はできない
- 自宅に段差が多く、転倒が心配
- 本人が薬を飲み忘れそうで不安
- 遠方に住んでいて頻繁には来られない
- 費用の上限を先に知りたい
- 本人が一人で火を使うのが心配
「できません」と言うのは冷たいことではありません。できないことを隠したまま退院すると、本人も家族も危なくなることがあります。
今日できる一歩は、退院後の生活を一枚のメモにすること
親御さんの退院後介護を考えると、決めることが多すぎて頭がいっぱいになります。
自宅か施設か。介護認定はどうするか。誰が迎えに行くか。お金は足りるか。仕事は休めるか。兄弟姉妹は手伝ってくれるのか。考え始めると、脳内に退院準備委員会ができて、朝まで会議を続けそうになります。
そんなときは、今日すべてを決めなくて大丈夫です。
まず紙に、次の6つだけ書いてください。
- 退院予定日はいつ頃か
- 本人が一人でできること
- 本人が一人では難しいこと
- 家族が毎日できること
- 家族だけではできないこと
- 病院・地域包括・ケアマネに聞くこと
このメモがあると、病院にも、地域包括支援センターにも、家族にも話しやすくなります。
退院後の介護は、家族の愛情だけで抱えるものではありません。本人の暮らしを守るためにも、家族の生活を守るためにも、使える制度や人の手を組み合わせて考えてよいのです。
まずは今日、病院の相談員に「退院後の生活について相談したい」と伝えてみてください。そこから準備を始めれば、退院後の不安は少しずつ形にできます。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省:地域包括ケアシステム、地域包括支援センターに関する情報
- 厚生労働省:要介護認定、介護保険制度に関する情報
- 厚生労働省資料:医療機関における退院支援、医療ソーシャルワーカーに関する情報
- 市区町村:介護保険、要介護認定、地域包括支援センターの窓口
- 医療機関:退院支援担当、医療ソーシャルワーカー、看護師、リハビリ担当者















