年金が入った直後は少し増えるのに、次の支給日を待つころには前より残高が少なくなっている。
銀行のアプリを開き、数字を見て、いったん閉じる。気になってもう一度開いても、もちろん残高は元に戻っていません。
「このまま使っていて大丈夫なのか」
「あと何年もつのか」
「今さら働けと言われても難しい」
そんな考えが浮かんでも、食費や光熱費、通院費まで無駄遣いだったとは限りません。退職後や年金生活では、収入より支出が多くなり、計画的に貯金を使う期間もあります。
問題なのは、貯金を使っていることそのものではなく、何に、年間いくら使い、現在のペースが何年続けられるのか分からない状態です。
残高が減っただけでは「取り崩しが早すぎる」とは決められません
たとえば、昨年より貯金が100万円減っていたとしても、その内訳によって意味は変わります。
毎月8万円ほど生活費が不足し、年間で約96万円減ったのであれば、今後も同じペースが続く可能性があります。一方、給湯器の交換に40万円、車検と修理に20万円、入院費に20万円かかった年なら、翌年も同じように減るとは限りません。
総務省の2025年の家計調査では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、可処分所得が月平均22万1,544円、消費支出が26万3,979円で、差額は月4万2,434円でした。65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得11万8,465円に対し、消費支出14万8,445円で、差額は月2万9,980円です。
ただし、これは全国の平均です。持ち家か賃貸か、車が必要か、医療費がどの程度か、年金額はいくらかによって家計は大きく変わります。
「平均より使っているから危険」「平均以内なら安全」とは判断できません。見るべきなのは、よその家庭の金額ではなく、ご自身の貯金がご自身の生活を何年支えられるかです。
老後は、貯金を減らさないことが目標ではありません。必要な生活に使いながら、急な医療費や住まいの修繕にも対応できるペースへ整えることが目標です。
一年分のお金を「日常」「特別」「移動」に分けます
一か月分の家計簿だけでは、取り崩しの本当のペースを見誤ることがあります。
固定資産税、自動車税、車検、家電の買い替え、冠婚葬祭、旅行、帰省などは、毎月発生するものではありません。できれば過去12か月、難しければ直近3か月から、支出を次の三つに分けます。
| 分け方 | 含めるもの | 見方 |
|---|---|---|
| 日常の収支 | 年金、給与、食費、光熱費、通信費、保険料、日用品、通常の通院費 | 今後も続きやすい毎月の赤字を確認する |
| 特別支出 | 住宅修繕、車検、家電、入院、冠婚葬祭、家族への援助、旅行 | 毎年かかるものと、今回限りのものを分ける |
| 自分名義のお金の移動 | 定期預金への移動、証券口座への入金、別銀行への振替 | 残高は減っても、生活に使った支出ではない |
普通預金から100万円減っていても、50万円を定期預金へ移していたなら、生活のために使ったのは残りの部分です。反対に、クレジットカードの未払いが増えている場合は、通帳残高以上に家計が悪化している可能性があります。
まずは次の式で、日常生活による赤字を出します。
日常の年間赤字 = 12か月の日常支出 - 12か月の定期収入
年金が年240万円、日常支出が年300万円なら、日常の年間赤字は60万円です。これとは別に、住宅修繕や車の買い替えなどを特別支出として管理します。
「あと何年もつか」は、使ってよい貯金から計算します
通帳に1,500万円あるからといって、1,500万円すべてを毎月の生活費に使えるわけではありません。
近いうちに必要になるお金を先に取り分けます。
- 住宅の修繕や設備交換に備えるお金
- 車の買い替え、車検、免許返納後の移動に備えるお金
- 医療、入院、介護の初期費用に備えるお金
- 葬儀や住み替えなど、避けにくい支出に備えるお金
- すぐ引き出せない定期預金や、値動きのある金融商品
これらを分けた残りを、ここでは「生活に使える貯金」とします。
おおよその資金寿命 = 生活に使える貯金 ÷ 日常の年間赤字
たとえば、現預金が1,200万円あり、住宅修繕や医療などのために300万円を残したいとします。生活に使える貯金は900万円です。
日常の赤字が月7万円なら、年間赤字は84万円です。
900万円 ÷ 84万円 = 約10.7年
月の赤字を4万円まで減らせれば、年間赤字は48万円となり、単純計算では約18.7年になります。
月3万円の違いでも、長い期間では大きな差になります。
ただし、この計算は将来を保証するものではありません。物価、医療費、介護費、住まい、家族構成、収入は変わります。90歳まで、95歳までなど複数の期間で試し、年に一度は計算し直す方が現実的です。
次の状態があれば、取り崩しの見直しを先延ばしにしない方がよいです
| 今起きていること | 考えられる問題 | 先に行うこと |
|---|---|---|
| 毎月いくら不足しているか分からない | 赤字の原因が見えず、対策を選べない | 直近3か月の収入と支出だけを合計する |
| 特別支出が毎月のように続く | 実際には日常支出になっている可能性がある | 過去12か月の特別支出を並べ、毎年型と一回型に分ける |
| 税金、保険料、家賃、公共料金を貯金で払えなくなりそう | 生活維持に関わる期限が近い | 支払期限の前に、請求元や自治体へ連絡する |
| カードの分割払い、リボ払い、借入で生活費を補っている | 貯金の減少に加えて債務が増えている | 新たな借入で埋めず、残高・金利・返済額を確認する |
| 配偶者に残高や借入を伝えていない | 一人が倒れたときに家計を引き継げない | 全額を見せる前に、毎月の赤字と支払予定を共有する |
| 覚えのない引き出しや契約がある | 詐欺、不要契約、認知機能の変化も考えられる | 明細を保存し、金融機関やご家族と事実を確認する |
「まだ数百万円あるから大丈夫」と思っていても、毎月の赤字が大きければ時間は短くなります。
逆に、残高が減っていても、一時的な修繕費が原因で、日常の収支は均衡していることもあります。怖さの大きさではなく、数字の中身で判断します。
家計を削る順番を間違えると、暮らしの方が先に弱ります
貯金が減っていると分かると、食費や楽しみを真っ先に削りたくなります。
しかし、食事を極端に減らす、通院を控える、人付き合いをすべて断る、といった見直しは、健康や孤立の問題につながりかねません。
次の順番で見ると、生活を壊しにくくなります。
1.使っていない支出を止める
見ていない有料放送、使っていないアプリ、重複した会員サービス、ほとんど利用しない固定電話の契約などを確認します。
一件ずつの金額は小さくても、「何となく続いている支出」は比較的止めやすい項目です。
2.金額の大きい固定費を一つずつ見る
保険、通信、車、住居費は家計への影響が大きい一方、解約や変更に不利益がある場合もあります。
保険は保障内容、解約返戻金、再加入の難しさを確認せずに解約しないでください。車も、通院や買い物に欠かせない地域では、手放すことで別の交通費が増えることがあります。
3.特別支出に年間予算を付ける
旅行、家族への援助、冠婚葬祭、家電、住まいの修繕は、ゼロにできないものもあります。
「その都度、貯金から出す」のではなく、今年は年間いくらまでと上限を決めます。家族への援助も、頼まれるたびに渡すより、金額と期間を決めた方が双方のためになります。
4.収入側で確認できるものを確認する
年金額を思い込みで計算している場合は、「ねんきんネット」などで実際の見込額や受給状況を確認します。
働ける方は勤務日数を少し増やす選択肢もありますが、健康状態や年金、税、社会保険への影響は人によって異なります。無理な就労を前提にせず、増える手取りと負担を比べて判断します。
貯金を減らさないために、焦って投資を始める必要はありません
「このままでは足りない」と思ったとき、投資で増やして取り戻そうと考えることがあります。
ただし、毎月の生活費が不足している状態で、近く使うお金まで値動きのある商品へ移すと、必要な時期に損失が出ている可能性があります。
先に分けるのは、次の三つです。
- 今後数年の生活に使うお金
- 医療や修繕など、急な支出に備えるお金
- 当面使う予定がなく、値下がりにも耐えられるお金
投資をしている方も、損失が怖いからと慌てて全部売る、反対に生活費まで追加投資する、といった判断は避けます。
まず家計の赤字額を把握し、生活資金と運用資金を分けてから考えます。
ご家族が心配しているときは、通帳を取り上げる話から始めません
親御さんや配偶者の貯金が急に減っていると、ご家族は「何に使ったの」「通帳を見せて」と言いたくなります。
一方、本人にとっては、自分のお金を管理されるようで抵抗を感じることがあります。隠したいのではなく、生活まで取り上げられそうで怖いのかもしれません。
最初は、残高の全公開を求めるより、観察できた事実から話します。
「半年で残高がかなり減っているように見えて、少し心配になった。使い方を責めたいのではなく、毎月いくら不足しているのかだけ一緒に見てもいい?」
本人が拒む場合は、すぐに押し切らず、何を心配しているのかを伝えます。
「全部を管理したいわけではないよ。入院したときや、急な修理が必要なときのお金が残るかだけ確認したい」
ただし、覚えのない高額な出金、同じ商品の繰り返し購入、誰かへの継続的な送金、公共料金の滞納などがある場合は、単なる節約の話ではありません。詐欺や契約トラブル、判断力の変化も含めて、明細と事実を早めに確認します。
今月の生活が維持できない場合は、長期計画より支払期限を優先します
貯金が減ることへの不安と、今月の家賃や光熱費が払えない状態は、分けて考える必要があります。
次の状態なら、年間家計をきれいに作る前に、期限の近い支払いから対応します。
- 家賃や住宅ローンの支払いが難しい
- 電気、ガス、水道の停止予告が届いている
- 税金や保険料の督促が届いている
- 必要な食事や医療費を出せない
- 借入を繰り返さないと生活できない
請求書や督促状を手元に置き、支払先へ「全額を期限までに払うことが難しいため、利用できる手続きや相談方法を確認したい」と伝えます。連絡しただけで免除や分割が認められるわけではありませんが、放置するより選択肢を確認しやすくなります。
生活そのものが維持できなくなるおそれがある場合は、お住まいの自治体にある自立相談支援機関で、家計、仕事、住まいなどをまとめて相談できる場合があります。ご本人だけでなく、ご家族や周囲の方から相談を受け付ける窓口もあります。
家計の相談では「商品」より先に、数字を見てもらいます
自分で計算しても判断しにくい場合は、相談先へ次の資料を持参すると話が早くなります。
- 年金や給与など、定期収入が分かる書類
- 直近3か月から12か月の通帳や明細
- 家賃、住宅ローン、保険料、通信費などの固定費
- 預金、定期預金、保険、金融商品、借入の残高
- 今後予定している修繕、車、医療、介護などの支出
最初の一言は、難しく考えなくて構いません。
「貯金が減る速度が早い気がします。商品を選ぶ前に、今の赤字額と、あと何年生活できるかを整理したいです」
年金額が分からない場合は日本年金機構、将来の家計全体を試算したい場合は金融庁のライフプランシミュレーター、金融商品の勧誘を受けずに家計を整理したい場合はJ-FLECの相談サービスなどが確認先になります。
相談をしたからといって、その場で投資、保険、契約を始める必要はありません。まず計算結果を持ち帰り、ご家族とも共有してから決められます。
今日は「一年前と同じ日の残高」を比べるところまでで構いません
今夜、家計簿を完璧に作る必要はありません。
通帳や銀行アプリで、現在の残高と、およそ一年前の同じ時期の残高を確認してください。自分名義の別口座へ移したお金を除き、いくら減ったかを見ます。
次に、この一年で大きかった支出を三つだけ挙げます。
住宅修繕、車、入院、家族への援助など一回限りの支出なのか、それとも毎月の生活費で減ったのか。そこまで分かれば、漠然とした「すぐなくなるかもしれない」という怖さを、計算できる問題へ変えられます。
今夜決めるのは、保険の解約でも、投資でも、家を売ることでもありません。
一年でいくら減り、そのうち日常の赤字はいくらだったのか。
まず、その数字を一つ確かめるところからで十分です。
出典・確認先メモ
- 総務省統計局「家計調査報告 2025年平均結果の概要」 citeturn939420search4turn388702view2
- 日本年金機構「ねんきんネットによる年金見込額試算」 citeturn939420search1
- 金融庁「ライフプランシミュレーター」 citeturn939420search7
- 金融経済教育推進機構 J-FLEC「はじめてのマネープラン」 citeturn939420search2
- 厚生労働省「生活困窮者自立支援制度」 citeturn752062search3


















