夕方、離れて暮らす母親から電話がありました。
「水道の点検だという人が来たから、台所まで見てもらった。でも名刺は置いていかなかった」
何か盗まれた様子はありません。ただ、訪問した会社名も、何を点検したのかもはっきりしない。母親は「感じのいい人だったから大丈夫」と言います。
心配する家族は、「知らない人にドアを開けないで」と強く言いたくなるでしょう。
しかし、親御さんから見れば、宅配便、近所の人、自治体の職員、点検業者をすべて無視するわけにもいきません。耳が聞こえにくく、インターホン越しでは用件が分からないこともあります。
必要なのは、親御さんの人を見る力を試すことではありません。訪問者の身分にかかわらず、同じ手順で対応できる仕組みです。
玄関を開けるかどうかは「服装」ではなく「予定」で決めます
制服を着ている、荷物を持っている、名札を付けている。これだけでは、本物の配達員や点検員だと判断できません。
反対に、本物の配達員でも、委託先や私服に近い服装で来る場合があります。
見た目で相手を当てるのではなく、訪問が予定されていたかで分けます。
| 訪問者の状況 | 玄関での対応 | 家族が決めておくこと |
|---|---|---|
| 配達予定が分かっている宅配便 | インターホン越しに非対面受取を依頼する | 配達日と荷物の送り主を事前に共有する |
| 覚えのない宅配便・代引き荷物 | ドアを開けず、その日は受け取らない | 注文者や送り主を家族が確かめる |
| 事前連絡のない点検業者 | 家へ入れず、契約中の会社へ別に連絡する | 電気・ガス・水道などの契約先を一覧にする |
| 訪問販売・買取業者 | 「必要ありません。帰ってください」と断る | その場で契約・査定・署名をしない |
| 用件が分からない訪問者 | 玄関を開けず、名前と用件だけ聞く | 確認できなければ対応しない |
| 帰らない、脅す、ドアを動かす | 相手と話し続けず110番する | 電話を置く場所と避難する部屋を決める |
「知っている会社名を言ったから」「近所でも工事していると言ったから」では開けません。
予定のない訪問は、いったん断ってから、家族や会社へ確かめればよいのです。
家族ルールは「怪しい人を見抜く」ではなく、「予定が確認できるまでは玄関を開けない」にします。判断を親御さん一人へ背負わせないためです。
宅配便は、在宅中でも非対面で受け取れます
警察庁は、宅配事業者を装った強盗などへの対策として、佐川急便、日本郵便、ヤマト運輸と非対面受取の拡充について連携しています。
各事業者が定める方法に沿う必要はありますが、在宅中でもインターホン越しに、置き配などの非対面受取を希望できます。
親御さんには、次の一文を覚えてもらうだけでも構いません。
「玄関は開けません。荷物を入口の指定場所へ置いてください」
配達員が離れたことをインターホンの画面や窓から確かめてから、荷物を取ります。
冷蔵・冷凍品、代引き、本人確認が必要な荷物など、非対面受取ができないものもあります。その場合は、その場で無理に対応せず、再配達の方法を家族と決めます。
配達予定を家族が把握しているなら、朝の電話やメッセージで伝えます。
「今日は午後に私から果物が届く。送り主は私で、支払いはない。玄関前へ置いてもらって大丈夫」
荷物が届くことだけでなく、送り主、代引きの有無、受取方法まで伝えると迷いが減ります。
覚えのない代引き荷物は、支払わず持ち帰ってもらいます
家族が注文したと思い込み、親御さんが代引き代金を払ってしまうことがあります。
注文した人が分からない、送り主に心当たりがない、金額を聞いていない場合は、その場で受け取らなくて構いません。
「注文した人に確認できないので、今日は受け取りません」
配達員へ詳しい家族構成や、一人暮らしかどうかを説明する必要もありません。
荷物に心当たりがあるかを調べる場合は、訪問者から渡された番号だけを使わず、宅配会社の公式サイトや公式アプリ、家族が持つ注文履歴などから確認します。
「返送費が必要」「受け取らないと家族に迷惑がかかる」と急かされても、玄関先で現金やカードを渡さないでください。
ガス・水道・屋根の点検は、いったん帰ってもらってから確かめます
「近所を点検している」「市から頼まれている」「今見ないと危険」と言われると、断りづらくなります。
実際の点検である場合もありますが、点検をきっかけに家へ入り、高額な修理や商品を勧める事例もあります。
事前に予定を聞いていない訪問では、家へ入れません。
「今日は対応しません。会社名と担当部署を教えてください。こちらから契約先へ確認します」
名刺を受け取るためにドアを開ける必要はありません。インターホン越しに会社名、担当者名、用件を聞きます。
確認するときは、訪問者が示した電話番号ではなく、検針票、契約書、自治体や会社の公式サイトに掲載された番号を使ってください。
本物の点検であれば、あらためて訪問日時を調整できます。「今しかできない」と玄関を開けさせようとする相手へ、その場で応じる必要はありません。
親御さんが断れないときは、短い言葉を一つに決めます
訪問販売を断れないのは、判断力が低いからとは限りません。
長年、人を玄関先で追い返すのは失礼だと考えてきた方もいます。相手が若い人なら、「仕事で来ているのに気の毒」と感じることもあるでしょう。
長い説明をすると、相手には会話を続ける余地ができます。
次の一文だけで十分です。
「必要ありません。帰ってください」
「家族に聞かないと」「お金がないので」と答えると、「家族へ説明します」「分割払いがあります」と返される場合があります。
断る理由を説明せず、契約しない意思だけを伝えてください。
特定商取引法では、訪問販売の事業者に対し、勧誘前に事業者名、勧誘目的、商品やサービスの種類を告げることが求められています。また、消費者が契約しない意思を示した後、その場で勧誘を続けたり、後日あらためて勧誘したりすることは禁止されています。
相手が話をやめない場合は、
「契約しません。これ以上帰らないなら警察へ連絡します」
と伝え、ドアを開けないまま通話を終えます。
家へ入れてしまっても、親御さんを責めるところから始めません
訪問者が帰った後、家族が「どうして開けたの」「前にも言ったでしょう」と責めると、次に同じことが起きたとき隠される可能性があります。
先に、被害や契約の有無を確かめます。
- 家の中へ入ったか
- どの部屋を見たか
- 通帳、現金、貴金属、カードに触れたか
- 住所、電話番号、家族構成を伝えたか
- 書類へ署名・押印したか
- 現金やカードで支払ったか
- 次に来る日時を約束したか
聞き方は、責任追及ではなく事実の確認にします。
「怒っているのではなく、次に何を止めればよいか知りたい。何を聞かれ、何を渡したか順番に教えて」
訪問者の名刺、契約書、見積書、領収書、チラシは捨てずに残します。日時、人数、服装、車、話した内容も、覚えている範囲で記録してください。
契約してしまった場合は、工事や追加の支払いを止めます
訪問販売で商品や工事を契約した場合、法律で定められた書面を受け取った日から数えて8日以内であれば、原則として書面や電子メールなどによりクーリング・オフできる場合があります。
すでに工事が始まった、商品を受け取ったという場合も、自分だけで諦めないでください。
ただし、契約の種類、金額、使用状況などによって対象外となる場合があります。事業者へ電話する前に、消費者ホットライン188へ契約内容を伝えると、地域の消費生活センターなどにつながります。
第一声は、次の形で構いません。
「母が昨日、訪問してきた業者と屋根工事を契約しました。契約書と見積書があります。工事はまだです。クーリング・オフの方法を確認したいです」
事業者から「もう材料を発注した」「解約料が必要」と言われても、先に支払わず、書類と説明を相談窓口へ見てもらいます。
現金・通帳・カードを渡した場合は、訪問者を探すより先に止めます
訪問者へ現金、通帳、キャッシュカード、クレジットカードを渡した場合は、家族だけで相手を追いかけないでください。
次の順に連絡します。
- 今も相手が家にいる、脅されている場合は110番
- キャッシュカードや通帳を渡した場合は金融機関
- クレジットカードを渡した場合はカード会社
- 暗証番号やインターネットバンキング情報を伝えた場合も金融機関
- 契約や支払いの問題は188
暗証番号を伝えていなくても、カードを渡したなら金融機関へ連絡してください。
口座からすでにお金が動いている場合は、取引日時、金額、振込先などを銀行と警察へ伝えます。
110番と#9110は、訪問者が今いるかどうかで分けます
訪問者が帰らない、怒鳴っている、ドアノブを動かしている、勝手に敷地へ入っている場合は、相手の身元を家族が調べるより110番が先です。
室内に入られた場合は、無理に押し出したり、写真を撮るために近づいたりしないでください。鍵のかかる部屋や外へ安全に移動できるなら距離を取り、警察へ現在地と状況を伝えます。
「知らない訪問者が帰らず、玄関のドアを開けようとしています。私は家の中にいます」
相手は帰ったが、不審な訪問だった、同じ地域を回っているようだという場合は、警察相談専用電話#9110や最寄りの警察署へ相談できます。
#9110は、発信地を管轄する都道府県警察の相談窓口につながります。一部の電話から利用できない場合があるため、その場合は都道府県警察の窓口番号を使います。
防犯機器を買う前に、玄関まわりの手順を変えます
録画機能付きインターホンや見守りサービスが役立つ家庭もあります。
ただ、高額な機器を付けても、訪問者が来るたびに玄関を開けてしまえば、十分な対策になりません。
まず、お金のかからない部分から変えます。
- 昼間も玄関を施錠する
- 配達予定を家族で共有する
- 親御さんが使える断り文句を決める
- 契約中の電気・ガス・水道会社の連絡先をまとめる
- 家族へ電話する前でも、予定のない訪問は断る
- 現金、通帳、印鑑、カードを玄関近くへ置かない
そのうえで、訪問者の声が聞こえない、画面が小さく顔を確認できない、夜間の玄関が暗いといった問題に合わせて、機器の変更を検討します。
親御さんが操作できるかも見てください。高機能でも、ボタンが多く使えなければ負担になります。
親御さんの家へ貼るメモは、屋外ではなく室内に置きます
玄関の外へ「高齢者の一人暮らしです」「家族へ確認します」といった表示を出すと、家族構成を訪問者へ知らせることになります。
対応手順は、インターホンの横など、親御さんだけが見られる室内へ置いてください。
文字は四行程度にします。
- 玄関は開けない
- 荷物は入口へ置いてもらう
- 点検と契約は家族へ確認してから
- 帰らない人は110番
電話番号を載せるなら、家族、警察相談#9110、金融機関など、用途を一緒に書きます。
「困ったら電話」だけでは、緊張したときに誰へ連絡するか迷うからです。
繰り返し契約する、訪問を覚えていない場合は生活全体を見ます
一度ドアを開けたからといって、認知症を疑う必要はありません。
ただし、次のことが繰り返される場合は、防犯ルールだけでは足りない可能性があります。
- 同じ業者と何度も契約している
- 訪問者が来たこと自体を覚えていない
- 契約書や領収書が家の複数箇所から出てくる
- 現金が減っても理由を説明できない
- 聞こえにくさや見えにくさで相手を確認できない
- 訪問者を強く怖がり、日常の宅配便にも出られない
- 生活費が不足するほど購入や支払いが続いている
聴力、視力、記憶、孤独感など、別の困りごとが関係していることがあります。
地域包括支援センターは、高齢者本人や家族の生活、介護予防、権利擁護などを扱う地域の総合窓口です。
電話では、診断を求める必要はありません。
「一人暮らしの母が訪問販売を繰り返し契約し、誰が来たか覚えていません。防犯だけでなく、生活全体をどのように見守ればよいか聞きたいです」
地域包括支援センターが契約解除を直接行うとは限りません。契約は188、犯罪の心配は警察、健康や記憶の変化は医療機関など、内容に合う先へつないでもらいます。
家族の見守りは、監視ではなく「判断を減らす仕組み」にします
離れて暮らす家族が心配になると、すべての荷物や来訪者を管理したくなることがあります。
しかし、親御さんには、自分の家で自分らしく暮らしたい気持ちがあります。
「何も分からないのだから全部こちらに任せて」と言えば、協力を拒まれることもあるでしょう。
次のように、親御さんが困っている場面だけを一緒に減らします。
「誰が本物か当ててもらうのではなく、予定のない人には全員同じ返事にしない?」
「宅配便まで出ないでとは言わない。玄関前に置いてもらって、相手が帰ってから取る形にしよう」
必要であれば、親御さんの同意を得て、近くの親族や信頼できる近所の方へ連絡先を伝える方法もあります。
本人の知らないところで広く見守りを頼むのではなく、誰へ何を頼むかを一緒に決めてください。
今日は、インターホン越しの言葉を一度だけ練習します
注意事項を何度も説明するより、実際の訪問を想定して一回練習した方が残ります。
家族が訪問者役になり、親御さんに次の言葉を言ってもらってください。
宅配便なら「玄関前に置いてください」
点検なら「予定を聞いていません。会社へ確認します」
販売なら「必要ありません。帰ってください」
帰らないなら「警察へ連絡します」
言い間違えても構いません。訪問者の正体を判断できなくても、玄関を閉めたまま時間を作れれば十分です。
今夜は、この四つの言葉を大きな文字で書き、玄関の内側へ置いてください。親御さん一人の注意力ではなく、家の仕組みで訪問者を止める第一歩になります。


















