膝の痛みで、仕事を二日休んだ。
職場には「来週には戻れます」と伝えたものの、立ち仕事を続けられる自信はありません。
給与明細を開くと、毎月の手取りは12万円ほど。年金も受け取っていますが、それだけでは家賃、食費、通院費を賄えない。仕事を辞めれば身体は楽になるかもしれません。しかし、翌月から何を収入にすればよいのか分からない。
病気が怖いというより、収入が途切れることの方が怖い。
そのため、痛みを隠して出勤する人もいます。反対に、体調を崩した勢いで退職し、後から使えた制度に気づくこともあります。
老後の収入不安は、「貯金が足りるか」だけの問題ではありません。
働けなくなった直後から年金中心の生活へ移るまで、どの収入をどの順番で使えるかが見えないことが、怖さを大きくしています。
まず「給与が入らない一か月」を計算します
何歳まで暮らせるかを計算する前に、働けなくなった翌月の家計を出してください。
見るのは、現在の支出すべてではなく、生活を止めないための最低額です。
- 家賃、住宅ローン、管理費
- 食費、水道光熱費、日用品
- 健康保険料、介護保険料、税金
- 通院費、薬代
- 通信費、交通費
- 借入金や分割払い
- 配偶者や親への生活費
次に、働かなくても入る収入だけを並べます。
- 本人の年金手取り額
- 配偶者の継続的な収入
- 企業年金や個人年金
- 家賃収入など、確実に続く収入
最低生活費 - 働かなくても入る収入 = 毎月の不足額
たとえば、最低生活費が月18万円、年金などの手取りが月11万円なら、不足額は月7万円です。
自由に使える貯金が210万円あっても、医療や住居の予備費として70万円を残すなら、生活費に使えるのは140万円です。
140万円 ÷ 7万円 = 20か月
制度からの給付が何もない場合でも、約20か月は補える計算です。
実際には、傷病手当金などを受けられれば、貯金の減る速度を遅くできる可能性があります。
「働けなくなったら収入がゼロになる」と決めつけず、給与以外の収入、使える給付、最後に貯金という順番で見ます。
使える制度は「いつ・なぜ働けなくなったか」で変わります
同じ病気でも、在職中に休むのか、退職後なのか、仕事が原因なのかによって制度が違います。
| 現在の状態 | 確かめる収入・制度 | 最初に聞く場所 |
|---|---|---|
| 会社員として在職中で、業務外の病気やけがで休む | 有給休暇、休職制度、傷病手当金 | 勤務先、加入中の健康保険 |
| 仕事中・通勤中のけがや、業務が原因と考えられる病気 | 労災保険の療養・休業に関する給付 | 勤務先、労働基準監督署 |
| 退職したが、病気でまだ求職できない | 傷病手当金の継続給付、雇用保険の受給期間延長 | 健康保険、ハローワーク |
| 病気や障害が長期化し、生活や仕事が大きく制限されている | 障害基礎年金、障害厚生年金 | 年金事務所、市区町村 |
| 老齢年金を受けているが、年金だけでは足りない | 年金生活者支援給付金、家計・住居の支援 | 年金事務所、自治体の相談窓口 |
| 家賃、食費、電気、医療を維持できない | 生活困窮者自立支援制度、生活保護 | 自治体の自立相談支援機関、福祉事務所 |
複数の制度が当てはまりそうでも、同じ期間に全額を重ねて受け取れるとは限りません。
それぞれへ「ほかに受けている年金や給付がある」と伝え、調整の有無を聞いてください。
在職中なら、退職届より先に傷病手当金を確かめます
会社の健康保険に加入している方が、業務外の病気やけがで働けず、給与を十分に受けられない場合、傷病手当金の対象になることがあります。
主な条件は、次のとおりです。
- 業務外の病気やけがで療養している
- 医師の意見などから、仕事に就けないと判断される
- 連続する三日間を含め、四日以上仕事を休んでいる
- 休業中の給与がない、または傷病手当金より少ない
支給期間は、支給開始日から通算して一年六か月です。金額は、加入中の健康保険が標準報酬月額などを基に計算します。
休職制度と傷病手当金は別です。
勤務先に休職制度がなくても傷病手当金を受けられる可能性はあります。反対に、会社が休職を認めても、健康保険の支給条件を満たさなければ傷病手当金は出ません。
会社へは、退職を伝える前に次のように聞きます。
「体調のため勤務継続が難しくなっています。退職を決める前に、有給残日数、休職制度、傷病手当金の申請方法を確認したいです」
加入中の健康保険には、次のように伝えてください。
「現在休業しており、退職も検討しています。傷病手当金の対象になる条件と、退職後も継続して受けるための条件を教えてください」
退職後の継続給付には、退職前の加入期間や、退職日時点で傷病手当金を受けられる状態にあることなどの条件があります。
退職日に出勤すると、退職後の継続給付へ影響する場合もあります。最終出勤日と退職日を自己判断で決めず、健康保険へ先に聞いてください。
仕事が原因なら、健康保険ではなく労災の可能性があります
仕事中の転倒、荷物運搬中の腰のけが、通勤途中の事故などは、労災保険の対象になる可能性があります。
長時間労働や職場での強い心理的負担が病気に関係している場合も、個別に判断されます。
仕事が原因かもしれないのに、「自分の持病だから」と決めて健康保険だけで処理しないでください。
次の資料を残します。
- 事故や症状が出た日時・場所
- そのとき行っていた仕事
- 上司や同僚へ報告した記録
- 勤務表、残業時間、メール
- 受診した医療機関と診断内容
勤務先が労災ではないと言っても、最終的な認定を会社だけで決めるわけではありません。
労働基準監督署へは、次のように伝えられます。
「仕事中の出来事をきっかけに働けなくなりました。労災に当たるかは分かりませんが、申請に必要な記録と手続きを教えてください」
退職後すぐ働けないなら、失業給付を収入へ入れないでください
雇用保険の基本手当、いわゆる失業給付は、退職した人すべてに自動的に支払われるものではありません。
働く意思と能力があり、仕事を探しているにもかかわらず就職できない状態が基本です。
病気やけがで、すぐには働けない場合は、原則として通常の基本手当をその時点では受けられません。
退職後、病気やけがなどで引き続き三十日以上働けない場合は、基本手当を受けられる期間の延長を申請できる可能性があります。
これは療養中の生活費を毎月支払う制度ではありません。働ける状態になった後に求職し、給付を受ける期間を残すための手続きです。
ハローワークへは、次のように聞いてください。
「退職しましたが、病気で今すぐ求職できません。基本手当の受給期間延長が必要か、申請時期と書類を教えてください」
傷病手当金を受けている場合は、そのことも伝えます。
65歳以上で離職した方の高年齢求職者給付金も、働く意思と能力があることが前提です。「働けない期間の生活費」として見込む前に、自分の状態で対象になるかを確認してください。
長く働けない状態なら、障害年金の可能性を病名だけで判断しません
障害年金は、寝たきりの方だけの制度ではありません。
身体、精神、内部疾患などにより、日常生活や仕事が大きく制限されている場合に対象となる可能性があります。
ただし、「前の仕事を続けられない」という事実だけで決まる制度でもありません。
主に、次の点が関係します。
- その病気やけがで初めて医療機関を受診した日
- 初診日に国民年金・厚生年金のどちらへ加入していたか
- 保険料の納付要件を満たしているか
- 日常生活や労働がどの程度制限されているか
- 障害認定日や請求日の状態
特に重要なのが初診日です。
今の病院へ移る前に別の医院で診てもらっていた場合、最初の医療機関と受診日が必要になることがあります。
診察券、処方箋、お薬手帳、紹介状、過去の健康保険の記録などを捨てないでください。
年金事務所へは、病名だけでなく生活の状態を伝えます。
「病気で退職し、家事や外出にも制限があります。障害年金の可能性と、初診日を確認するために必要な資料を教えてください」
障害認定日に基準へ該当せず、その後悪化した場合の事後重症による請求には、原則として65歳になる前の期限があります。
60代前半で症状が長引いている方は、「もう少し様子を見てから」と後回しにせず、請求できるかだけでも早めに確認してください。
60代前半で収入が足りなくても、老齢年金の繰上げは即決しません
60歳から65歳までの間は、老齢年金を繰り上げて受け取れる場合があります。
働けなくなり収入が途切れると、すぐ請求したくなるかもしれません。
しかし、繰上げ受給には次の注意があります。
- 請求時期に応じて年金額が減額される
- 減額は生涯続く
- 請求後は原則として取り消せない
- 繰上げ後は国民年金への任意加入や追納ができなくなる
- 事後重症などによる障害年金を請求できなくなる場合がある
持病があり、障害年金を検討する可能性がある方は、特に順番を誤らないことが大切です。
年金事務所へ、傷病手当金、障害年金、老齢年金の繰上げを一緒に伝えてください。
「病気で働けず、老齢年金の繰上げも考えています。障害年金を請求できる可能性と、繰上げた場合に失う権利を確認してから決めたいです」
「ねんきんネット」では、受給開始年齢などの条件を変えて老齢年金の見込額を試算できます。
月額だけでなく、65歳から受け取る場合との差と、生涯減額されても当面の生活を維持する必要があるかを比べます。
すでに年金を受けている場合は、年金額ではなく手取りで不足を見ます
年金からは、介護保険料、医療保険料、税金などが差し引かれる場合があります。
家計へ入れるのは通知書に書かれた控除前の年額ではなく、実際の振込額です。
年金は通常、二か月分ずつ振り込まれるため、一回の振込額を二で割り、一か月分の手取りとして計算します。
所得などの要件を満たす年金受給者は、年金生活者支援給付金の対象になる場合があります。
すべての低年金者へ自動的に支給されるとは限らず、請求書の提出が必要となることがあります。日本年金機構から届いた給付金の案内を、広告だと思って捨てないようにしてください。
「老齢年金を受給しています。年金生活者支援給付金の対象か、未請求の手続きがないか確認したいです」
年金事務所へ電話するときは、基礎年金番号が分かる書類と、年金振込通知書を手元に置きます。
働けないのに食費や家賃が足りない場合は、貯金が尽きるまで待ちません
家賃、食事、電気、薬を払えない状態なら、長期の老後設計より今月の生活を優先します。
自治体の生活困窮者自立支援制度では、家計、住まい、仕事などの問題をまとめて扱う窓口があります。
連絡するときは、制度名を詳しく知っている必要はありません。
「病気で働けなくなり、来月の家賃と生活費が不足します。どの制度を申請できるか、支払期限の前に相談したいです」
持参できる場合は、次の資料を用意します。
- 通帳と直近の入出金
- 年金や給与の通知
- 家賃、電気、保険料などの請求書
- 医療費、薬代
- 退職日や休業状況が分かる書類
- 利用中・申請中の給付
収入や資産を活用しても最低限の生活を維持できない場合には、生活保護の対象となる可能性があります。
年金を受け取っていることだけで、直ちに対象外になるわけではありません。世帯の収入と、地域や世帯状況に応じた最低生活費などを比べて判断されます。
相談・申請先は、住んでいる地域を担当する福祉事務所です。
窓口へ行っただけで、住まいや財産についてすべてその場で決められるわけではありません。現在の収入、資産、病状、住まいを伝え、まず制度の対象となる可能性を聞いてください。
家族には「働けないかもしれない」ではなく、一か月の不足額を伝えます
本人が働けなくなると、配偶者や子どもも今後の負担を心配します。
家族から「少しでも働けないの」「貯金があるなら大丈夫でしょう」と言われ、責められたように感じることもあります。
一方、家族は、いつから、いくら足りなくなるか分からないままでは動けません。
話すときは、できないことだけでなく、現在分かっている数字と手続きを伝えます。
「来月から給与がなくなると、年金だけでは月6万円足りません。傷病手当金を申請できるか木曜日に健康保険へ聞きます。結果が出るまでは貯金から二か月分を出し、その後の負担をもう一度話したいです」
家族へすぐ金銭援助を求める必要はありません。
まず、制度から入る金額、開始時期、貯金で補える期間を共有します。それでも不足する場合に、金銭、買い物、通院、手続きなど、頼みたい役割を分けます。
今夜は、通帳ではなく給与明細の「健康保険」を見ます
今夜、老後のお金をすべて計算する必要はありません。
現在働いている方は、直近の給与明細を開き、「健康保険料」が引かれているか見てください。
引かれていれば、保険証や資格情報のお知らせで加入先の名称を確かめます。
次に、加入先へ伝える一文を下書きしてください。
「病気で仕事を休んでおり、今後働けなくなる可能性があります。傷病手当金の条件と、退職する前に必要な手続きを教えてください」
すでに退職している方は、離職票の退職日と、最初に受診した医療機関の名前を確認します。ハローワークの受給期間延長や、障害年金の初診日を尋ねる土台になります。
働けない未来を一度に解決することはできません。
それでも、「来月いくら足りないか」「今の自分はどの制度の入口にいるか」は今日分けられます。
退職、年金の繰上げ、家族への援助依頼といった戻しにくい判断は、その答えを受け取ってからでも遅くありません。


















