久しぶりに実家へ行くと、玄関に隣家からのメモが貼られていた
「庭木の枝が屋根に当たっています。早めに対応してください」
その下には、隣家の電話番号が書かれていました。
親御さんが亡くなってから、実家へ行ったのは数か月前です。家の中の片付けも終わっておらず、きょうだいとは売るか残すかさえ決まっていません。
電話をすれば、これまで放置していたことを責められそうです。費用を請求されたらどうするのか。枝だけでなく、屋根や塀の傷みまで指摘されたら、すぐに直せる金額ではないかもしれません。
そう考えてメモを持ち帰ったものの、数日たっても電話できない。
空き家の近隣トラブルでは、この最初の沈黙が問題を大きくすることがあります。すべてを直す約束はまだできなくても、連絡を受け取ったことと、いつまでに状況を調べるかは伝えられます。
最初に分けるのは、苦情の正しさではなく危険が迫っているかどうかです
隣家から強い言い方をされると、「そこまで言われるほど悪い状態なのか」と反発したくなることがあります。
しかし、最初に争うべきなのは言い方ではありません。人や建物へ被害が及ぶまで、どれほど時間があるかです。
| 現地の状態 | 優先する対応 |
|---|---|
| 屋根材や外壁が現在も落下している、建物や塀が倒れそう、火災が起きている | 人を近づけず、119番や市区町村などへ連絡する。自分で屋根や崩れた場所へ近づかない |
| 太い枝が隣家へ倒れかかっている、屋根材が浮いている、台風や大雪が迫っている | 当日中に現地の状況を把握し、対応できる業者へ緊急点検を依頼する |
| 枝や雑草の越境、害虫、悪臭、郵便物の滞留、窓の破損がある | 対応日を決め、剪定、清掃、防犯、換気などを手配する |
| 見た目が荒れている、管理者が分からず不安だと隣家から言われた | 連絡先と次回の管理予定を伝え、定期的な管理体制を作る |
遠方にいてすぐ現地へ行けない場合は、隣家へ危険な場所へ近づいて撮影するよう頼まないでください。
道路や隣家の敷地から安全に撮れる写真があれば送ってもらい、それが難しければ、現地の修繕業者や空き家管理業者へ点検を頼みます。
「売るか残すか」は後で決められますが、「人に当たりそうな物があるか」は先送りできません。危険除去と空き家の最終的な処分は、別の問題として進めます。
隣家への最初の返事では、謝罪より「次の連絡日」を伝えます
連絡を受けた直後に、責任や費用のすべてを認める必要はありません。
反対に、「うちの木か分からない」「前からそうだった」と否定から入ると、隣家は話を聞いてもらえないと感じます。
最初の電話やメッセージは、次の程度で構いません。
「ご連絡ありがとうございます。ご迷惑をおかけしている状況を調べます。いつごろから、どの部分で困っているか教えていただけますか。可能であれば、安全な場所から撮った写真を送ってください。〇日までに、現地確認の日程をご連絡します」
今すぐ危険がありそうなら、最後を次のように替えます。
「人や建物に当たりそうな状態でしょうか。危険が迫っている場合は、その場所へ近づかずにいてください。こちらでも業者と市役所へ連絡します」
この時点で約束するのは、修理の完了日ではなく、次の報告日です。
業者の手配や共有者の同意が必要なら、いつまでに回答できるか分からないこともあります。その場合は、
「今日は結論を出せませんが、〇日に進捗だけでもご連絡します」
と伝えてください。
現地へ着いたら、修理を始める前に日付入りで状態を残します
壊れた場所を見つけると、すぐ片付けたくなります。
しかし、隣家に損害が出ている場合や保険会社へ連絡する場合、修理前の状態が分かる写真が判断材料になります。
安全な範囲で、次を残してください。
- 建物全体を四方向から撮った写真
- 屋根、雨どい、外壁、軒、窓の破損
- 塀、門、擁壁、物置の傾きやひび
- 越境している枝や雑草と、境界付近の様子
- 動物、害虫、ごみ、悪臭の発生源と思われる場所
- 隣家側に生じた傷や汚れを、相手の許可を得て撮った写真
- 隣家から連絡を受けた日と、現地を見た日
屋根へ上る、腐った床を歩く、傾いた塀を押すといった行動は避けます。
見た目では小さな破損でも、建物内部で腐食が進んでいる場合があります。高所や構造部分は、屋根業者、建築士、工務店などへ見てもらってください。
庭木の越境は、枝の太さと境界を見て剪定を手配します
庭木の枝が隣家へ伸びている場合、所有者側で剪定を手配するのが基本です。
枝が電線、屋根、窓、道路へ触れている場合は、一般的な庭の手入れより危険度が高くなります。高木の剪定や伐採は、植木業者などへ依頼してください。
現在の民法では、隣地の枝が境界を越えている場合、越境された土地の所有者は、枝の所有者へ切除を求められます。
さらに、求めても相当の期間内に切られない、竹木の所有者や所在を知ることができない、急迫の事情があるといった場合には、越境された側で枝を切り取れることがあります。
隣家から「こちらで切ったので費用を払ってほしい」と言われた場合は、すぐに承諾も拒否もせず、次を聞きます。
- いつ切ったのか
- 事前にどの連絡先へ通知したのか
- どの部分に危険があったのか
- 業者の見積書や領収書があるか
- 土地の境界はどこか
境界が分からない状態で、隣家の木まで誤って切らないようにしてください。境界そのものに争いがある場合は、剪定作業と境界問題を分けて扱います。
屋根材・外壁・塀は、台風が来る前に応急措置の可否を聞きます
屋根瓦、板金、外壁材、雨どいなどが外れかけていると、風で飛び、通行人や隣家の建物へ被害を与えるおそれがあります。
「次に帰省したときに見る」では遅い場合があります。
業者へは、
「空き家の屋根材が浮いていると隣家から連絡がありました。全面修理の判断前に、落下防止の応急措置と、危険度の点検をお願いできますか」
と伝えてください。
保険へ加入している場合は、空き家になったことを保険会社や代理店へ伝え、現在の契約で何が補償対象になるかを尋ねます。居住していた頃の契約が、そのまま空き家の状態へ適用されるとは限りません。
すでに隣家の車や建物へ損害が出ているなら、修理代を口頭で約束する前に、事故日時、写真、見積書をそろえ、保険会社へ連絡します。
謝ることと、法的な責任や金額をその場で認めることは同じではありません。
悪臭・害虫・動物は、家の中に発生源が残っていないかを見ます
隣家から「臭う」「虫が増えた」と言われても、発生源が空き家だとすぐ断定できるとは限りません。
ただし、室内や敷地に次の状態があれば、早めの対応が必要です。
- 冷蔵庫や台所に食品が残っている
- 排水口や便器の水がなくなり、下水の臭いが上がっている
- 浄化槽や排水設備が壊れている
- ごみ、布団、衣類などが湿って腐敗している
- 床下や屋根裏へ動物が入り込んでいる
- 雨漏りによって木材や壁にカビが広がっている
殺虫剤を大量にまくだけでは、巣や侵入口が残ります。
清掃、廃棄物の処分、排水設備の点検、侵入口の補修を組み合わせてください。
ハチの巣、野生動物、腐食した床などは、家族だけで処理すると危険です。自治体が対応可能な範囲を聞いたうえで、必要なら駆除・清掃業者へ依頼します。
窓の破損と郵便物の滞留は、不法侵入の入口になります
人が住んでいないと分かる状態は、近隣にとって防犯上の心配になります。
窓ガラスが割れている、玄関の鍵が壊れている、ポストから郵便物があふれている場合は、家の中へ入られやすくなります。
まず、割れた窓や壊れた鍵を補修し、郵便物の転送や停止を行います。
水道、電気、ガスを止めるかどうかは、建物の維持方法や季節によって変わります。凍結防止、換気、通水、警報設備などとの関係があるため、一律にすべて止めるのではなく、各事業者や管理担当者と決めてください。
不審者が出入りしている形跡があっても、家族だけで中へ入り、相手を探さないことです。
現在も侵入が続いている、人の声がする、窓や鍵が壊されている場合は、110番へ連絡します。
隣家に管理を頼み続けると、別の負担が生まれます
近くに住む方から、
「郵便物を取っておきます」
「草が伸びたら切っておきます」
と言ってもらえることがあります。
ありがたい話ですが、隣家を無料の管理人にしないようにしてください。
頼むとしても、「異変があったときに連絡をもらう」程度にとどめます。敷地へ入ること、庭木を切ること、業者を呼ぶことまで任せると、事故や費用をめぐって新しい問題が起こり得ます。
遠方で自分では通えない場合は、家族の担当者を一人決めるか、空き家管理業者へ次の内容を頼みます。
- 外壁、屋根、窓、塀の外観点検
- 通気、換気、排水設備の通水
- 敷地清掃と郵便物の整理
- 庭木、雑草、害虫の状態報告
- 台風、大雪、地震の後の臨時点検
- 写真付き報告と緊急時の連絡
契約前に、見回るだけなのか、清掃や剪定も料金に含むのか、修繕を勝手に発注しないかを聞いてください。
名義が亡くなった親のままでも、管理問題は止まりません
実家の相続手続が終わっていないため、「まだ自分の家ではない」と感じている方もいます。
しかし、登記名義が亡くなった親御さんのままでも、建物の劣化や隣家への越境は進みます。
まず、固定資産税の通知書や登記事項証明書、戸籍関係の書類から、所有者と相続人を調べてください。
きょうだいが複数いる場合は、少なくとも当面の管理について次を決めます。
- 隣家や自治体からの連絡を受ける人
- 点検や修繕を依頼する人
- 緊急費用を一時的に支払う人
- 後で費用をどのように精算するか
「兄が相続する予定だから」「妹が近くに住んでいるから」と曖昧に任せると、誰も動かないまま時間が過ぎます。
相続登記は2024年4月から義務化されています。不動産を相続で取得したことを知った日から、原則として3年以内の申請が必要です。過去の相続も対象になるため、名義がそのままなら法務局で手続を確かめます。
隣家から修理代を求められたら、感情と損害の話を分けます
空き家の枝が外壁を傷つけた、屋根材が車へ落ちた、雨水が隣地へ流れ込んだ。
このように具体的な損害を伝えられた場合、所有者へ賠償責任が生じる可能性があります。
ただし、電話口で金額まで決めないでください。
次の資料を受け取ります。
- 被害が起きた日時と場所
- 被害箇所と空き家側の状態が分かる写真
- 修理前の写真
- 修理業者の見積書
- すでに修理した場合は請求書や領収書
- 隣家から過去に連絡を受けた記録
返答は、
「ご不便をおかけしていることは承知しました。原因と補償範囲を保険会社や関係者へ確かめるため、写真と見積書を送ってください。〇日までに改めてご連絡します」
とします。
相手の被害を疑うような言い方も、金額を見ずに全額支払う約束をすることも避けます。
自治体から通知が来たら、売却が決まるまで放置できません
適切に管理されない空き家は、市区町村から「管理不全空家」や「特定空家」として指導などを受けることがあります。
管理不全空家は、そのまま放置すれば特定空家になるおそれがある状態です。
指導後も改善されず勧告を受けると、土地に適用されていた固定資産税などの住宅用地特例を受けられなくなる場合があります。
倒壊や衛生上の著しい問題がある特定空家では、助言・指導、勧告、命令へ進み、命令に従わなければ過料や行政代執行の対象になることがあります。行政による撤去費用は、所有者へ請求される場合があります。
通知が届いたら、封筒のまま置かず、次の内容を見てください。
- 問題とされている箇所
- 現地調査や回答の期限
- 求められている措置
- 担当部署と連絡先
電話では、
「通知を受け取りました。売却や相続の方針は未定ですが、危険箇所への応急対応を先に進めたいです。市が確認した箇所と、期限までに最低限必要な対応を教えてください」
と伝えます。
自治体へ連絡したからといって、直ちに売却や解体を命じられるわけではありません。現在の危険と、今後の管理方法を具体的に話すための連絡です。
管理を続けられないなら、「いつまで保有するか」を決めます
空き家をすぐ売りたくない事情がある場合、短期間管理しながら家族で考えることはできます。
ただし、「いつか決める」では、庭木も建物も傷み続けます。
例えば、
「今後3か月は管理業者へ点検を頼み、その間に売却、賃貸、解体の見積もりを一つずつ取る。3か月後の家族会議で方針を決める」
と期限を置きます。
残すなら、年間の管理費と修繕費を誰が負担するのかまで決めてください。
誰も住む予定がなく、費用も現地対応も引き受けられない場合は、思い出だけを理由に保有し続けることが、家族と近隣の双方へ負担を残すことがあります。
危険が迫っているときは、家族の同意を待たず安全を優先します
通常の草刈りや清掃であれば、家族と費用を話し合ってから日程を決められます。
一方、屋根材が落下している、塀が道路側へ傾いている、倒木が電線へ接触しそうといった場合は、売却方針や遺産分割が決まるまで待てません。
人を近づけず、消防、市区町村、電力会社、修繕業者など、状況に合う相手へ連絡してください。
現在火災が起きている、建物が崩れて人が巻き込まれるおそれがある場合は119番を優先します。不法侵入者が現在も建物内にいる、放火や破壊が行われている場合は110番です。
今日は隣家へ「いつ返事をするか」だけを伝えます
すぐ現地へ行けなくても、最初の連絡はできます。
隣家からメモ、電話、手紙を受け取っているなら、次の一文を送ってください。
「ご連絡を受け取りました。状況を調べ、〇日までに現地確認または業者手配の日程をご連絡します。人や建物に危険が迫っている場合は、その場所へ近づかず、現在の状態をお知らせください」
次に、現地へ行ける家族か業者を一人決めます。
今日は修繕費も、売却も、相続の分け方も決めなくて構いません。
連絡を止めないこと。危険を見に行く人を決めること。次の返事の日付を約束すること。
この三つだけでも、隣家にとっては「放置された家」から「管理する人のいる家」へ変わります。


















