買い物袋を持ったまま、壁に手を伸ばしたことはありませんか
玄関で靴を脱ごうとしたとき、片足になった瞬間に体が傾いた。階段を下りている途中、足の置き場が分からなくなり、手すりを強く握った。
転ばずに済むと、「今日は荷物が多かったから」「少し急いでいただけ」と流してしまいがちです。家族に話せば大げさに心配されそうで、黙っている人もいるでしょう。
ただ、玄関と階段は、同じ「家の中」でも危なくなる理由が違います。
玄関では、段差をまたぐ、靴を履く、扉を開ける、荷物を持つといった動作が重なります。階段では、足元を見ながら一段ずつ体重を移し続けなければなりません。特に下りは、踏み外したときに途中で止まりにくい場所です。
消費者庁や政府広報でも、玄関や階段は家庭内の転倒が起こる場所として挙げられ、手すり、滑り止め、照明、履物などの見直しが案内されています。
| 危なかった場面 | 起きていること | 先に変えたいこと |
|---|---|---|
| 玄関で靴を履くときにふらつく | 片足立ちになり、つかまる場所がない | 座って履ける椅子と、立ち上がるときの支えを用意する |
| 上がり框を越えるときに足が上がらない | 段差が高い、足元が見えにくい、荷物で姿勢が崩れる | 荷物を先に置き、照明と踏み台の安定性を見直す |
| 階段を下りるときに足がすくむ | 段の境目が見えにくく、体重移動が怖い | 照明を明るくし、片手を空けて手すりを使う |
| スリッパが脱げそうになる | 足と履物がずれ、踏ん張りにくい | かかとが浮きにくく、足に合う室内履きへ替える |
| 同じ場所で何度もよろける | 家の条件だけでなく、体の変化が重なっている可能性がある | 場所の対策と並行して、体調や服薬の変化を振り返る |
工事の前に、今夜から危ない動作を一つ減らす
転倒対策というと、すぐに手すり工事やリフォームを思い浮かべるかもしれません。けれど、工事を決めるまでの間も玄関と階段は毎日使います。
まずは、転びそうになったときと同じ条件を作らないことから始めます。
今日中に変えられる五つのこと
- 階段と上がり框の周辺に置いてある荷物、新聞、靴を移動する
- 玄関マットがずれる、めくれる、足に引っかかるなら一度外す
- 夜に暗くなる場所は、日中ではなく実際に使う時刻に明るさを見る
- 階段では洗濯物や荷物を一度に抱えず、片手を空ける
- 脱げやすいスリッパや、滑りやすい靴下での移動を避ける
「物を持たずに何度か歩いて確かめよう」と、階段を繰り返し上り下りする必要はありません。不安定な状態で試すこと自体が危険になるためです。
危なかった場所は、離れた位置から写真を撮ってみると原因を見つけやすくなります。玄関なら、扉を開けてから靴を脱ぎ、上がり框を越えるまでの動線が一枚に入るようにします。階段なら、上と下の両側から撮ります。
本人には見慣れた風景でも、写真にすると、靴や荷物で足を置く幅が狭いことや、段の色が床と同化していることに気づく場合があります。
玄関では「またぐ」より先に、座る場所を作る
玄関で転びそうになる人に、「壁につかまればいい」と言っても、ちょうどよい位置に壁があるとは限りません。靴を履くために前かがみになり、そのまま片足で立ち上がる動作は、思っている以上に不安定です。
靴の脱ぎ履きは、立ったまま続けない
玄関に置く椅子は、柔らかく沈むものや、動きやすい折り畳み椅子ではなく、腰を下ろしたときにぐらつかないものを選びます。
座面が低すぎると立ち上がりにくいため、本人が深く沈み込まず、足裏を床につけられる高さが目安になります。椅子を置いたことで通り道が狭くならないかも見てください。
椅子から立つときにつかまるものが必要なら、家具の縁や靴箱の扉で代用しない方が安全です。扉が開いたり、家具が動いたりすることがあるため、体重を支える前提で作られていないものには強く寄りかからないようにします。
踏み台は、置けば安心とは限りません
上がり框が高い玄関では、途中に一段を足すことで上り下りが楽になることがあります。ただし、軽くて動く踏み台や、足を置く面が狭いものは、かえって新しいつまずきの原因になります。
- 乗ったときに傾いたり横へ動いたりしないか
- 上がり框との間に、足が入りそうな隙間がないか
- 踏み台の端が暗い場所でも見えるか
- 踏み台に乗る前後で、手を添えられる場所があるか
- 玄関扉の開閉や家族の通行を妨げないか
本人の足の上がり方や玄関の広さによって、適した高さや位置は変わります。市販品を置くだけで不安が残るときは、福祉用具を扱う事業者や住宅改修に詳しい人に、実際の動きを見てもらう方法があります。
帰宅直後は、一度荷物を置いてから上がる
買い物袋、傘、鍵を持ち、後ろ手で扉を閉めながら段差を上がる。玄関では、こうした「同時進行」がよろけるきっかけになります。
荷物を置ける台や籠を入口近くに用意し、手を空けてから靴を脱ぎます。宅配便を受け取るときも、玄関の段差に立ったまま荷物を抱えず、いったん安全な場所に置いてください。
雨の日には、濡れた靴底、傘から落ちた水、湿った床も加わります。濡れた場所はそのままにせず、本人がかがみ込まなくても家族が拭けるよう、近くに道具を置いておくと動きやすくなります。
階段では「急がない」だけでなく、手を空ける仕組みを作る
階段で転びそうになった人ほど、怖さを見せないように早く通り過ぎようとすることがあります。家族の前では普通に上り下りし、一人になると壁を触りながらゆっくり移動している人もいます。
階段では、次の動作を同時にしないことが基本になります。
- 荷物を抱えながら下りる
- スマートフォンを見ながら移動する
- 後ろを振り返りながら足を進める
- 家族と話しながら急いで追いつこうとする
- 照明を消してから残りの段を下りる
洗濯物や掃除道具は、一度で運びきらなくていい
二階から洗濯籠を抱えて下りると、足元と手すりの両方が使いにくくなります。小さい袋に分ける、家族がいる時間に頼む、階ごとに掃除道具を置くなど、階段で運ぶ量そのものを減らします。
何度も往復する方が疲れる場合は、本人に運ばせる回数を増やすのではなく、家族の役割や物の置き場所を変える方が現実的です。
照明は「明るいか」より、段の端が見えるか
天井の照明が点いていても、本人の体で足元に影ができたり、段板と床が同じ色で境目が分かりにくかったりします。
階段の上から見たときと、下から見たときの両方を確かめます。電球を替えるだけで改善しない場合は、足元灯や人感センサー付き照明を追加する方法もあります。
段の先端に目印や滑り止めを付ける場合は、端が浮いたり、厚みにつま先が引っかかったりしない製品と施工方法を選びます。貼った直後だけでなく、剥がれや緩みがないか定期的に見ることも必要です。
手すりは「付いている」だけでは、安心とは言い切れません
手すりがあっても、必要なところまで届いていない、握りにくい、体重をかけると動く状態では、十分に使えません。
玄関では、段差を上がる瞬間だけでなく、椅子から立つ、向きを変える、靴を履くといった動作のどこで支えが必要かを見ます。階段では、最初の一段へ足を出す前から握れ、最後の一段を下りきるまで手を離さずに済むかが判断材料になります。
設置位置は、本人の動きを見て決める
- 右手と左手のどちらで握ると安定するか
- 上りと下りで使いたい側が変わらないか
- 手すりを握るために体をひねっていないか
- 立ち上がるときに、腕を無理に伸ばしていないか
- 家族の通行や扉の開閉を妨げないか
左右どちらに付けるか、両側に必要かは、利き手だけでは決められません。痛み、麻痺、関節の動かしにくさ、階段の形によって使いやすい側が変わるためです。
壁付け手すりは、下地を含めて十分に固定する必要があります。また、据え置き型や突っ張り型などの手すりにも、それぞれ想定された使い方があります。NITEは、手すりの固定や周囲の隙間、安全マット自体への引っかかりなども含め、対策を総合的に考える必要があるとしています。自己判断で取り付ける前に、製品の説明と設置条件を確かめてください。
家の問題だけでよいのか、三つの分かれ道で考える
玄関や階段で転びそうになった原因が、すべて段差や照明にあるとは限りません。だからといって、すぐに病気だと考えて怖がる必要もありません。
次の三つに分けると、何を優先するか決めやすくなります。
| 状況 | 考えられる方向 | 次の動き |
|---|---|---|
| 暗い時間や荷物を持ったときなど、特定の条件で起きる | 照明、履物、荷物、段差など住環境の影響が大きい | 同じ条件を減らし、危なかった場所を重点的に直す |
| 玄関以外でもつまずく、回数が増えた、歩き方が変わった | 筋力、視力、関節、体調、薬などが重なっている可能性がある | 危なかった日時と状況をメモし、かかりつけ医や薬剤師に伝える |
| 突然強くふらつく、片側に力が入らない、ろれつが回らない | 急いで対応すべき病気の可能性がある | 様子を見ながら階段を使わせず、119番を考える |
薬の作用や副作用で、立ちくらみやふらつきが出る場合もあります。最近薬が追加・変更された、飲む時間が変わったというときは、自己判断で中止せず、医師や薬剤師へ「いつ、どこで、どのようにふらついたか」を伝えます。
すぐに119番を考えたい変化
- 急に立っていられないほどふらついた
- 顔の片側が動きにくい、ゆがんでいる
- 突然、片方の腕や足に力が入らなくなった
- ろれつが回らず、言葉が出にくい
- 意識がない、返事がおかしい
- 階段から落ちるなど、強い衝撃を受けた
これらは消防庁が、ためらわず救急車を呼んでほしい症状として案内しているものです。119番を呼ぶか迷う場合は、地域で利用できれば救急相談窓口の「#7119」などもあります。
実際に転んだときは、すぐ立たせることを優先しない
家族が転んだ音を聞くと、反射的に腕を引いて起こしたくなります。しかし、強い痛みがある状態で無理に立たせると、けがを悪化させる可能性があります。
まず声をかけ、意識がはっきりしているか、どこを打ったか、痛くて動かせない場所がないかを聞きます。
- 頭を強く打った
- 意識がぼんやりしている、会話がかみ合わない
- 出血が止まらない
- 脚や腕の形が明らかに不自然
- 腰や脚が強く痛み、自力で立てない
- 息苦しさや急な体調変化がある
このような場合は無理に移動させず、119番へ状況を伝えます。迷う場合には、地域の救急相談窓口やかかりつけ医へ連絡する方法もあります。
一度立てたとしても、頭を打った、痛みが続く、時間がたってから吐き気や様子の変化が出たときは、そのままにせず医療機関へ連絡してください。
高齢の親には「危ないから禁止」ではなく、いつもの動きを見せてもらう
親の家を訪ねたとき、階段でよろける姿を見ると、「もう二階へ行かないで」「一人で玄関を使わないで」と言いたくなります。
ただ、本人にとって階段の先には寝室や洗濯物があり、玄関の先には買い物や近所付き合いがあります。使うこと自体を止めるだけでは、生活が成り立たない場合があります。
まず、本人が普段どのように動いているかを見せてもらいます。
家族:「この前、玄関で少しふらついていたのが気になっているんだ。年だからと言いたいわけじゃなくて、どの動きがやりにくいのか見せてもらってもいい?」
本人:「別に大丈夫だよ。急いでいただけだから」
家族:「じゃあ急がなくていいときに、いつも通り靴を履くところだけ見せて。椅子を置くなら、邪魔にならない場所を一緒に考えたい」
「転ぶよ」「危ないよ」を繰り返すより、「右足を上げるときがつらい?」「夜だけ見えにくい?」「荷物を置く場所があれば楽?」と聞く方が、具体的な対策につながります。
家族が手伝う場合も、本人の腕を急に引いたり、後ろから体を押したりしないようにします。どこに立ち、どのように支えるとよいか分からない場合は、理学療法士、作業療法士、ケアマネジャーなどに実際の動きを見てもらう選択肢があります。
工事を考えるなら、見積もりより先に「どの動作を助けたいか」を決める
「手すりを一本付けてください」だけで工事を頼むと、本人が使わない位置に付いたり、必要な場所まで届かなかったりすることがあります。
相談するときは、危なかった場面を次のように伝えます。
- 玄関の上がり框を下りるとき、右足を出すのが怖い
- 椅子から立つ瞬間につかまる場所がない
- 階段の下り始めで、手すりをつかむ前にふらつく
- 夜は段の端が見えにくい
- 洗濯物を二階から運ぶ必要がある
写真だけでは、手の届く位置や体重のかけ方まで分かりません。可能であれば、本人が普段使う時間帯に現地を見てもらいます。
介護保険を使う可能性があるなら、工事前に動く
要支援・要介護認定を受けている方の住宅改修では、手すりの取り付け、段差の解消、滑りにくい床材への変更などが介護保険の対象になる場合があります。
原則として、ケアマネジャーなどへ相談し、工事前に自治体へ申請する流れです。先に工事をすると給付の対象にならないことがあるため、契約や着工を急がず、お住まいの市区町村で最新の条件を確かめてください。
まだ介護認定を受けていない場合も、地域包括支援センターや自治体の高齢者福祉担当窓口で、住まいの安全や介護予防について尋ねられます。自治体独自の助成制度がある地域もありますが、対象者、工事内容、申請時期はそれぞれ異なります。
賃貸住宅では、壁への穴開けや設備の固定について、所有者や管理会社の承諾が必要になることがあります。介護保険の申請でも、住宅所有者が本人ではない場合に承諾書を求める流れが示されています。
一度に家全体を直さなくても、最も怖い一歩から変えられます
玄関と階段のすべてを一日で安全にしようとすると、何から始めるか分からなくなります。
今日は、転びそうになった瞬間を一つだけ思い出してください。
- 靴を履くために片足になったとき
- 買い物袋を持って上がり框を越えたとき
- 階段の一段目へ足を出したとき
- 夜、照明が届かない段を下りたとき
- スリッパが足から外れそうになったとき
その一歩で必要だったのが、椅子なのか、空いた片手なのか、明かりなのか、手すりなのかを考えます。
家の中で怖さを感じるようになったことは、本人の注意が足りないという意味ではありません。これまで無意識にできていた動作に、今の体や暮らしが合わなくなってきただけかもしれません。
まず物を一つどけ、今夜の照明を点け、荷物を置く場所を決める。それでも怖さが残るなら、写真と「どの動きで困るか」を持って、家族や地域の窓口へ話してみてください。大きな工事を決める前にも、暮らしを少し安全にする一歩は始められます。
出典・確認先メモ
- 消費者庁「高齢者の転倒事故に関する注意喚起」
- 政府広報オンライン「転倒事故の起こりやすい箇所と予防」
- 厚生労働省「介護保険における住宅改修」「福祉用具・住宅改修」
- 消防庁「救急車を上手に使いましょう」
- 製品評価技術基盤機構(NITE)「手すりの事故防止対策報告書」


















