「昔からある段差だから大丈夫」と言われても、見ている方は怖い
実家へ帰ったとき、母が居間と廊下の境目で足を引っかけました。
転びはしなかったものの、壁へ手をつき、しばらくその場に立っています。
「今、つまずいたでしょう」と言うと、母は笑って答えました。
「この段差は何十年も前からあるの。慣れているから大丈夫」
確かに、段差は昨日できたものではありません。
けれど、以前は上がっていた足が少し上がりにくくなり、暗い場所では境目が見えにくくなっています。
子どもとしては、次に来たとき母が骨折していたらどうしようと考えます。
一方で、本人の了承なしにマットを捨てたり、工事の話を進めたりすれば、「勝手に年寄り扱いしないで」と反発されそうです。
家の転倒対策は、段差をすべてなくすことから始める必要はありません。
親が実際に歩いている様子を見て、足が止まる場所、何かにつかまる場所、夜に通る場所から直します。
転びやすいのは、大きな階段だけではありません
高齢者の転倒事故は、住み慣れた自宅でも多く起きています。
居間や寝室、玄関、階段・廊下、浴室など、毎日使っている場所にも危険があります。床に置いた物、めくれたカーペット、電源コード、暗い通路、濡れた床なども転倒のきっかけになります。
特に見落としやすいのが、わずかな高さの違いです。
大きな段差なら本人も足を上げようとしますが、小さな敷居やマットの端は段差として意識しにくく、つま先を引っかけやすくなります。政府広報でも、1~2センチほどの段差に注意し、スロープや手すりなどを検討するよう案内しています。
段差だけを直しても、ふらつき、筋力低下、見えにくさ、薬の影響などが残れば転倒することがあります。家と体の両方を見ることが必要です。
「転びそう」なのか「すでに転んだ」のかで、最初の対応を変えます
| 親の状態 | 最初にすること |
|---|---|
| 段差で足が止まる、壁へ手をつく | 実際に歩く様子を見て、危険な場所を一つ直す |
| 最近何度かつまずいている | 家の対策とあわせ、靴、視力、筋力、薬、ふらつきも見る |
| 転んだが、立ち上がれて普段どおり話せる | 痛み、腫れ、動かしにくさなどを見て、必要に応じて医療機関へ連絡する |
| 強い痛みがある、立てない、手足を動かせない | 無理に起こしたり歩かせたりせず、救急要請を含めて判断する |
| 意識がおかしい、ろれつが回らない、けいれんなどがある | 緊急性が高い可能性があるため、ためらわず119番へ連絡する |
救急車を呼ぶべきか迷う場合は、地域によって救急相談窓口の「#7119」などを利用できます。対応地域や利用方法は自治体で異なるため、普段から地域の窓口を調べておくと安心です。
家を見るときは、部屋ごとではなく「親の動線」を歩きます
家族だけで家中を見回すと、目につく段差を次々に直したくなります。
しかし、ほとんど通らない場所より、毎日何度も通る場所を優先した方が現実的です。
最初に歩きたい四つの道
- 寝室からトイレまで
- 居間から台所まで
- 居間から玄関まで
- 脱衣所から浴槽まで
親に普段どおり歩いてもらい、家族は少し後ろから見ます。
次の動きがあった場所をメモしてください。
- 足が止まった
- つま先が段差へ触れた
- 壁や家具へ手を伸ばした
- 体が左右へ揺れた
- 照明をつけずに歩いた
- 物をまたいだ
- 履物が脱げかけた
- 扉を開けながら後ろへ下がった
「ここが危ないと思う」ではなく、「ここで右手を壁についた」と事実で記録します。
危険箇所は、場所ごとに直し方が違います
| 場所 | 転倒につながりやすいもの | 先にできる対策 |
|---|---|---|
| 居間・寝室 | めくれた敷物、こたつ布団、コード、床の新聞や荷物 | 通り道から物を移し、敷物を外すか滑り止めで固定する |
| 寝室からトイレ | 暗さ、布団の縁、寝起きのふらつき、手を置く場所がない | 足元灯を置き、通路を空け、立ち上がる位置を見直す |
| 廊下・階段 | 荷物、暗い足元、滑りやすい靴下、手すりがない | 物をなくし、照明を明るくし、滑り止めや手すりを検討する |
| 玄関 | 上がりかまち、玄関マット、立ったままの靴の着脱 | 安定した椅子や台を置き、マットを固定し、手を支える場所を作る |
| トイレ | 入口の敷居、狭い場所での方向転換、便座からの立ち上がり | 床の物をなくし、立ち上がりに使う手すりの位置を検討する |
| 浴室・脱衣所 | 濡れた床、入口の段差、浴槽をまたぐ動作、立ったままの着替え | 滑りにくい環境を作り、椅子に座って着替え、必要な位置へ手すりを付ける |
| 台所 | キッチンマット、高い棚、運んでいる物で足元が見えない | マットを外すか固定し、よく使う物を手の届く高さへ移す |
消費者庁や政府広報も、コードを通り道から外す、敷物や床の物を減らす、玄関に椅子や手すりを設ける、浴室へ滑り止めや手すりを設けるといった対策を挙げています。
今日できる対策は、「買う」より「どける」が先です
転倒が心配になると、手すり、センサーライト、スロープ、歩行器などを急いで買いたくなります。
しかし、物を増やした結果、通路が狭くなったり、固定されていないスロープが動いたりすれば、別の危険を作ります。
費用をかけずにできること
- 廊下やベッドの周囲に置いた新聞、箱、衣類を移す
- 歩く場所を横切る電源コードを壁側へ寄せる
- めくれるマットや小さな敷物をいったん外す
- 夜間のトイレまでの照明をつけやすくする
- よく使う物を腰から肩の高さへ移す
- 玄関で座って靴を履ける安定した椅子を用意する
- 滑りやすく脱げやすいスリッパを見直す
- 浴室の石けんやぬめりを残さない
一度に家中を片付ける必要はありません。
今夜親が寝室からトイレへ行くなら、まずその道だけを空けます。
置くだけのスロープや手すりが、必ず安全とは限りません
小さな段差へ市販のスロープを置けば、簡単に解決しそうに見えます。
けれど、幅や傾斜が本人の歩き方に合わない、床との間でずれる、端につま先が当たるなど、新たな危険になることがあります。
手すりも、立ち上がる場所や力をかける方向が人によって違います。
設置前に確かめたいこと
- 親は右手と左手のどちらを使うか
- 立ち上がるとき、前へ引くのか下へ押すのか
- 壁に十分な強度があるか
- 手すりを付けることで通路が狭くならないか
- スロープが動かないよう固定できるか
- 車いす、つえ、歩行器を使う可能性があるか
- 扉の開閉を邪魔しないか
壁の下地を確かめずに手すりを取り付けると、体重をかけたときに外れるおそれがあります。
継続的に使う手すりや段差解消は、ケアマネジャー、福祉用具専門相談員、リハビリ職、施工事業者などに実際の動きを見てもらってから決める方が安全です。
段差対策だけでなく、急につまずき始めた理由も見ます
以前は問題なく歩いていた親が、最近になって何度もつまずく場合、家の段差だけが原因とは限りません。
加齢による筋力やバランス能力の低下のほか、病気や薬の作用による立ちくらみ・ふらつき、活動量の低下なども転倒に関係します。
家族が気づきたい変化
- 椅子から立つのに何度も反動をつける
- 以前より歩幅が小さくなった
- 片方の足を引きずる
- 家具や壁を伝って歩くようになった
- 立ち上がった直後にふらつく
- 新しい薬を飲み始めてから眠気やふらつきがある
- 視界がかすむ、暗い場所で足元が見えにくい
- 転ぶのが怖くなり、外出や歩行を避けている
ふらつきや転倒が増えたときは、「年齢だから」で終わらせず、受診時にいつ、どの場面で起きるかを主治医へ伝えます。
薬を自己判断で中止せず、薬の種類や飲む時間について医師や薬剤師へ尋ねてください。
親が対策を嫌がるときは、「危ないから」だけで押し切らない
親にとって家は、自分が長く守ってきた場所です。
子どもから「危ない家」「もう一人では無理」と言われれば、能力まで否定されたように感じることがあります。
避けたい言い方
「もう年なんだから、言うことを聞いて」
「転んでからでは遅い。全部リフォームするよ」
「一人暮らしは危ないから、家を出た方がいい」
伝わりやすい言い方
「この前ここで壁に手をついていたのが気になった。まず、このマットだけ外して歩きやすいか試さない?」
「家を変えたいのではなく、夜トイレへ行く道だけ安心にしたいんだ」
「手すりを付けると決めず、どこへ手を置くと楽か見てもらうだけにしよう」
「一週間試して使いにくければ、元に戻そう」
本人が困っている場面から始めると、受け入れられやすくなります。
たとえば、「転ばないため」では拒否されても、「玄関で靴を履くときに座れるようにする」なら受け入れられることがあります。
工事をするなら、親が一番よく通る場所から始めます
家全体の段差解消には、大きな費用がかかる場合があります。
最初から全面改修を前提にせず、使用頻度と危険度で優先順位を付けます。
| 優先度 | 場所の例 | 理由 |
|---|---|---|
| 高い | 寝室からトイレ、浴室、玄関 | 毎日使い、夜間や濡れた状態で通る |
| 中程度 | 居間から台所、勝手口 | 頻繁に通るが、使い方を変えられる場合がある |
| 低い | ほとんど使わない客間、物置 | 立入りを減らす方法でも対応できる |
工事前の流れ
- 親の歩く様子を見て危険箇所を記録する
- 本人が困っている動作を聞く
- 手すり、段差解消、家具配置など複数案を比べる
- 介護保険や自治体の助成を使えるか先に聞く
- 施工範囲と見積書を確認する
- 工事後、本人に実際に使ってもらう
介護保険で手すりや段差解消が対象になる場合があります
要支援・要介護認定を受けている方が、現在暮らしている住宅で必要な改修を行う場合、介護保険の住宅改修費を利用できることがあります。
対象となる主な工事は、手すりの取り付け、段差の解消、滑り防止や移動を円滑にする床材の変更、引き戸などへの扉の交換、洋式便器などへの便器の交換と、それらに付帯して必要な工事です。
| 制度の主な点 | 内容 |
|---|---|
| 支給限度基準額 | 原則として一人につき20万円 |
| 保険から支給される割合 | 所得に応じて改修費の7~9割 |
| 利用回数 | 限度額の範囲内なら、複数回に分けられる |
| 申請時期 | 原則として工事前に市区町村へ申請する |
20万円がそのまま受け取れる制度ではありません。
たとえば対象工事が20万円で自己負担1割の方なら、保険給付の上限は18万円となり、本人負担は2万円です。自己負担割合や対象工事、支払い方法は個別に異なります。
介護保険を使いたい場合は、工事を依頼する前にケアマネジャーや市区町村へ連絡します。先に工事をすると、原則として対象にならない可能性があります。
まだ要介護認定を受けていない場合も、先に相談できます
住宅改修へ介護保険を利用するには、原則として要支援・要介護認定が必要です。
ただし、認定を受けていないから、転倒するまで何もできないわけではありません。
市区町村の介護保険窓口や地域包括支援センターへ、次のように伝えてください。
「最近、家の敷居で何度もつまずいています。認定申請が必要な状態か、家を見てもらえる相談先があるか知りたいです」
要介護認定で非該当となった場合でも、市区町村の地域支援事業などを利用できる可能性があります。地域包括支援センターは、介護や生活に関する相談の入口になります。
自治体独自の住宅改修助成、転倒予防教室、訪問相談などが用意されている地域もあるため、住んでいる自治体へ確認してください。
賃貸住宅では、工事前に貸主側の了承も確かめます
賃貸住宅で壁へ手すりを固定したり、床材や扉を変更したりする場合は、大家や管理会社の承諾が必要になることがあります。
口頭だけで進めず、次の内容を確認します。
- どの場所へ、どのような工事をするか
- 壁や床へ穴を開けるか
- 退去時に原状回復が必要か
- 工事業者の指定があるか
- 介護保険申請に必要な承諾書があるか
突っ張り式手すりや置き型手すりなど、建物へ固定しない福祉用具で対応できる場合もあります。
ただし、本人の体格や力のかけ方に合わない製品を自己判断で置かず、専門職へ安定性を見てもらってください。
離れて暮らす家族は、写真だけで工事を決めない
遠方に住む子どもは、実家の写真を見て「この段差へスロープを付けよう」と考えることがあります。
しかし、写真だけでは、親がどちらの足から上がるか、どこへ手を置くか、扉がどちらへ開くかまでは分かりません。
遠方からできること
- 親に普段どおり歩く様子を動画で撮らせてもらう
- 寝室からトイレまでを家族が一緒に歩く
- つまずいた日時と場所をメモする
- 地域包括支援センターの連絡先を調べる
- ケアマネジャーがいる場合は、訪問時に動線を見てもらう
- 見積書や工事前後の写真を兄弟で共有する
親の安全を思うほど、早く決めたくなります。
それでも、住む本人を抜きにして工事を決めると、設置後に使われなかったり、家具で隠されたりすることがあります。
兄弟姉妹とは「工事するか」より、見た事実を共有します
近くに住む家族は、「毎回ひやっとしているから早く直したい」と感じます。
遠方の家族は、「大がかりな工事はまだ早いのでは」と感じるかもしれません。
共有メッセージの例
「母が先月、居間の敷居で2回つまずき、右側の壁へ手をついていました」
「夜のトイレでは廊下の照明をつけず、家具へ手を置いて歩いています」
「まずマットとコードを外し、地域包括支援センターへ手すりの位置を相談します。工事は見積りを見てから決めます」
「危ないと思う」という評価だけでなく、回数、場所、動作を同じ形で伝えると話しやすくなります。
転倒後に外出しなくなった場合も、家だけの問題にしません
一度転ぶと、けがが治っても「また転ぶかもしれない」という怖さが残ることがあります。
歩く量が減ると、筋力やバランス能力がさらに低下し、転倒への不安が強くなる悪循環につながることがあります。
見逃したくない変化
- 転倒後、トイレ以外はほとんど歩かなくなった
- 買い物や散歩へ行かなくなった
- 「もう歩けない」と繰り返す
- 食事量や会話が減った
- 以前できた着替えや入浴を避ける
この場合は、段差だけを直して終わらせず、主治医、ケアマネジャー、地域包括支援センターなどへ、転倒後の生活変化も伝えます。
本人の状態に合った運動やリハビリについては、自己流で無理に行わせず、医療・介護の専門職へ相談してください。
今日するのは、リフォーム会社を探すことではありません
今日は、親が夜に寝室からトイレへ行く道を一緒に歩いてください。
そして、次の五つだけを書きます。
| 見ること | 家の状況 |
|---|---|
| 足が止まった場所 | |
| 手をついた場所 | |
| 段差・マット・コード | |
| 照明をつけずに歩く場所 | |
| 今夜までにどけられる物 |
最初の対策は、手すり工事でなくても構いません。
廊下の箱を一つ移す。
めくれるマットを外す。
夜間に足元が見えるようにする。
玄関へ椅子を置く。
その一つで、明日の転倒リスクを減らせる場合があります。
親の家を安全にしたいと思うのは、今の暮らしを奪いたいからではありません。
できるだけ長く、自分の家で自分の生活を続けてほしいからです。
家中を変える話から始めず、「昨日ここでつまずいたから、今日はこの一か所だけ変えよう」と伝える。
その小さな一歩なら、親の自尊心を守りながら、安全も一緒に考えられます。
出典・確認先メモ
- 政府広報オンライン・消費者庁「高齢者の転倒事故」:自宅内で転倒しやすい場所、段差、敷物、コード、照明、玄関・浴室などの対策に関する確認先。
- 厚生労働省「介護保険における住宅改修」:対象工事、支給限度基準額、自己負担割合、事前申請の流れに関する確認先。
- 厚生労働省「介護サービス情報公表システム」:要介護認定の申請、地域包括支援センター、ケアプランに関する確認先。
- 厚生労働省「地域包括ケアシステム」:高齢者の生活・介護に関する地域の相談体制の確認先。
- 総務省消防庁「救急車利用リーフレット・救急受診ガイド」:転倒後に救急要請や受診を迷う場合の確認先。


















