年金の振込日を過ぎた通帳を開き、前回より少なくなった残高を見て、すぐ閉じる。
生活を派手にしているつもりはありません。大きな買い物もしていない。それでも、固定資産税、家電の故障、通院、孫へのお祝いが重なると、数十万円が短期間で減っていきます。
子どもからは「今いくら残っているの」と聞かれる。心配してくれているとは分かっていても、財産を調べられているようで答えたくない。
一方で、自分でも老後資金があと何年持つのか説明できません。
70代のお金の見直しで難しいのは、貯める時期から使う時期へ移っているのに、どこまで使ってよいかの基準が見えないことです。
「同年代より多いか少ないか」ではなく、今の収入と暮らしで、資金がどのように減っていくかを確かめるところから始めます。
70代で見るべきなのは、貯金額より五つの数字です
老後資金を見直すとき、「70代なら貯金はいくら必要か」と平均額を調べても、自分の答えにはなりません。
持ち家か賃貸か、夫婦か一人か、車が必要か、介護を受けているかで、必要なお金は変わります。
| 見る数字 | 確かめる内容 | 判断できること |
|---|---|---|
| 毎月の手取り収入 | 年金、給与、定期的な収入の実際の入金額 | 毎月使える上限 |
| 通常月の生活費 | 住居、食費、光熱費、通信、医療、交通など | 普段の生活が黒字か赤字か |
| 一年に数回の支出 | 税金、保険、車検、修繕、冠婚葬祭など | 毎月見えない取り崩し額 |
| 数年以内の大きな支出 | 住宅修繕、車、介護、引っ越し、家電交換など | 近いうちに現金で残す金額 |
| 一人になった場合の収支 | 年金、住居費、生活費、介護体制の変化 | 夫婦の一方が亡くなった後の不足額 |
この五つが分かれば、「貯金が1,000万円だから安心」「500万円しかないから危険」といった一つの数字だけの判断から離れられます。
老後資金の見直しは、財産を数える作業ではなく、毎年いくら減り、その減り方をどこまで受け入れられるかを見る作業です。
年金は額面ではなく、二か月ごとの振込額を半分にします
年金額改定通知書には年金額が記載されていますが、実際に生活へ使えるのは、保険料や税金などが差し引かれた後の金額です。
日本年金機構の年金振込通知書では、「控除後振込額」が口座へ入る予定額です。年金は原則として二か月分ずつ振り込まれるため、毎月使える年金額を考えるときは、控除後振込額を二で割ります。
たとえば、二か月ごとの振込額が28万円なら、家計上の月収は14万円として扱います。
そこへ給与や家賃収入など、継続して得られる収入だけを足してください。
子どもから時々もらう援助、満期を迎えた保険金、預金の解約金は、毎月の収入には入れません。一度だけ入ったお金を生活費へ混ぜると、家計が黒字に見えてしまいます。
年金額や控除の内容が分からない場合は、年金振込通知書や「ねんきんネット」で確認できます。通知書をなくしたときは、年金事務所へ再交付や確認方法を尋ねてください。
生活費は一か月ではなく、通帳の一年分から出します
「食費は月5万円くらい」「電気代は1万円ほど」と記憶だけで計算すると、実際より少なくなりがちです。
直近12か月の通帳、クレジットカード、現金の引出しを見ます。
毎月ほぼ同じ金額が出ているものは、通常月の生活費です。
- 家賃、住宅ローン、管理費
- 食費、日用品
- 電気、ガス、水道
- 電話、インターネット、放送・動画サービス
- 医療費、薬代
- 車や公共交通機関の費用
- 保険料
- 趣味、交際、外食
現金で何に使ったか思い出せない部分は、無理に一円まで分けなくても構いません。「現金支出」として金額を残します。
家計簿を新しく一年間付ける必要もありません。すでに終わった一年の記録から、今の暮らしにかかっている金額を出す方が早く分かります。
固定資産税や家電の故障を「たまたまの出費」にしない
毎月の年金だけで暮らせているように見えても、年間では貯金が減っていることがあります。
原因になりやすいのが、毎月ではない支出です。
- 固定資産税、自動車税
- 火災保険、自動車保険、年払いの保険料
- 車検、タイヤ、修理
- 給湯器、エアコン、冷蔵庫などの交換
- 冠婚葬祭、帰省、親族への贈り物
- 旅行、年会費、まとまった趣味費
一年間の合計が36万円なら、毎月3万円を使っているものとして家計へ入れます。
年金の手取りが月16万円、通常の生活費が14万円でも、年払いの月割りが3万円あれば、実際には月1万円の赤字です。
この赤字を預金から補うこと自体は、すぐに失敗ではありません。老後資金は使うために準備してきたお金でもあります。
ただし、年間12万円の取り崩しだと思っていたものが、実際は年間60万円だったなら、使い方を見直す必要があります。
「あと何年持つか」は、毎年の不足額から計算します
大まかな見通しは、複雑な計算をしなくても出せます。
毎年の収入-毎年の支出=一年間の黒字または赤字
毎年30万円の赤字で、生活に使える預貯金が900万円なら、単純計算では30年分です。
毎年100万円の赤字なら、同じ900万円でも9年分になります。
実際には物価、病気、介護、住まいの修繕などがあるため、この年数どおりには進みません。それでも、「なんとなく減っている」という状態から、減り方の速さをつかめます。
預貯金の全額を計算へ入れないこともポイントです。
近く住宅修繕へ使う200万円や、家族から預かっているお金があるなら、それを除いた金額で計算します。
預貯金は「日常・近い将来・しばらく使わない分」に分けます
70代から資産を見直すとき、すべてを普通預金へ移す必要も、反対に高い利回りの商品へ移す必要もありません。
使う時期で置き場所を分けます。
日常生活に使うお金
年金の受取口座や生活費口座へ置くお金です。光熱費やカード代の引落しが重なっても不足しない金額を残します。
数年以内に使う可能性があるお金
住宅修繕、車の買い替え、引っ越し、医療・介護などに備える資金です。値下がりしたときに売らなくても済む、出し入れしやすい形で置きます。
当面使う予定のないお金
すでに運用している金融商品などです。商品の仕組み、値下がりの可能性、解約条件を理解できているかを見ます。
現金を一つの金融機関へ多く置いている場合は、預金保険制度の対象と保護範囲も確かめてください。利息の付く普通預金や定期預金などは、原則として一金融機関につき預金者一人当たり元本1,000万円までと、その利息等が保護されます。
だからといって、急いで口座を増やす必要があるとは限りません。名義、管理方法、家族が把握できるかも含めて決めます。
夫婦の老後資金は、一人になった場合も計算します
夫婦二人の年金と生活費だけを見ていると、一方が亡くなった後の家計が抜けます。
二人分の食費や光熱費は減っても、住居費、固定資産税、管理費、通信費などは半分になりません。
一方、年金収入は現在と同じではなくなります。
遺族年金を受け取れるか、受け取れる場合にいくらになるかは、亡くなった方の年金加入歴、受給していた年金、残された方の年齢や年金などによって異なります。
「夫の年金の半分がそのまま入る」「二人分のうち多い方を選べる」といった思い込みで計算しないでください。
年金事務所へは、次のように尋ねられます。
「夫婦で年金を受給しています。夫が先に亡くなった場合と、妻が先に亡くなった場合について、残る年金の見込みをそれぞれ知りたいです」
見込み額が分かったら、一人分の食費だけを減らすのではなく、一人になって増える可能性がある支出も入れます。
- 家事や買い物を外部へ頼む費用
- 通院のタクシー代
- 見守りや緊急通報サービス
- 住み替えや施設入居の初期費用
医療費は「大病なら何百万円」とだけ考えない
病気への備えが心配になると、医療費として大きな金額を別に残したくなります。
公的医療保険には、医療機関や薬局で支払った一か月の自己負担が、年齢や所得に応じた上限を超えた場合に、超えた分が支給される高額療養費制度があります。
ただし、差額ベッド代、入院時の食事代、先進医療、交通費、日用品など、対象外になる費用があります。
また、高額療養費制度は2026年8月以降に上限額などの見直しが予定されています。自分の上限を古い資料だけで決めず、後期高齢者医療広域連合、市区町村、加入している健康保険などへ確かめてください。
入院が決まった場合は、病院の相談窓口へ次のように伝えます。
「医療費の自己負担上限と、制度の対象外になる入院費を分けて教えてください」
医療費の上限だけでなく、退院後に介助や配食が必要になる可能性も含めて資金を考えます。
介護費は、サービス費だけでなく食費と住まいも見ます
介護保険サービスの利用者負担は、所得などに応じて一割、二割または三割です。
月々の利用者負担が所得区分ごとの上限を超えた場合、高額介護サービス費として超過分が支給される仕組みがあります。
ただし、食費、居住費、日常生活費、支給限度額を超えて利用したサービスなどは、対象外になる場合があります。
施設入居を考えるとき、「介護保険があるから大丈夫」とも、「介護には何千万円必要」とも決めつけないでください。
ケアマネジャーや施設には、次の三つを分けた見積りを求めます。
- 介護保険サービスの自己負担
- 食費、居住費、日用品など保険外の費用
- 医療、理美容、通院付き添いなど別にかかる費用
所得や資産などが一定以下の場合、施設の食費・居住費や高額な介護サービス費について負担軽減を受けられることがあります。申請が必要な制度もあるため、住んでいる市区町村へ対象になるか尋ねます。
持ち家と車は、売れる財産ではなく毎年出ていく費用でもあります
持ち家があると、「いざとなれば売れるから」と考えます。
しかし、売却するまでは固定資産税、火災保険、修繕、管理費などがかかります。地方や老朽化した住宅では、希望する時期や価格で売れないこともあります。
車も同じです。売ればお金になりますが、それまでは税金、保険、車検、ガソリン、駐車場、修理が続きます。
資産一覧には、評価額だけでなく年間維持費も書いてください。
住み続けたい家を、老後資金の不足分としてすぐ売却する必要はありません。ただ、屋根、外壁、給湯器、水回りなど、数年以内に必要になりそうな修繕は見積りへ入れます。
子どもへの援助は、自分たちの生活費を残してから決めます
70代になると、子どもの住宅購入、孫の進学や結婚などで援助を頼まれることがあります。
助けたい気持ちはあっても、一度渡したお金を、後から介護費として返してもらえるとは限りません。
援助前には、次の順番で考えます。
- 毎年の赤字を補えるお金が残るか
- 住宅修繕や車など、近い将来の支出を確保できているか
- 夫婦の一人が亡くなった後の生活費が残るか
- 援助後に医療・介護費を子どもへ頼むことにならないか
断りにくいときは、援助の可否をその場で答えず、金額を計算する時間を取ります。
「助けたい気持ちはあるけれど、今後の生活費と介護費を見てから返事をする。今週中には決めないよ」
高額な贈与には贈与税が関係する場合があります。非課税制度の名称だけで判断せず、使う時期の条件を税務署などで確かめてください。
不足を取り戻そうとして、老後資金を一度に運用しない
年間の赤字が見えると、「預金のままでは減るだけだ」「投資で増やさなければ」と焦ることがあります。
しかし、近く生活費へ使うお金を値動きの大きい商品へ移すと、必要な時期に値下がりしている可能性があります。
特に、次の勧誘にはその場で応じないでください。
- 元本保証なのに高い利益が出ると言われる
- 著名人や公的機関の名前を使って信用させる
- 今日中に申し込まないと損だと急かされる
- SNSやメッセージアプリだけで手続きが進む
- 金融機関ではなく個人名義の口座へ振込みを求められる
- 家族には話さない方がよいと言われる
金融商品を検討するなら、事業者の登録、手数料、損失の可能性、途中解約、相続時の手続きを書面で見ます。
分からない説明が一つでも残るなら、振込みや口座移管を止めてください。
家族が管理を手伝うときも、通帳を取り上げない
子どもが親御さんの家計を心配し、通帳やカードを預かろうとすることがあります。
本人が支払いを忘れる、同じ物を繰り返し買う、詐欺の勧誘へ応じるといった変化があれば、支援は必要です。
それでも、本人の同意なくすべての口座を管理すると、生活を奪われたように感じることがあります。
まず、支援する範囲を小さくします。
- 請求書の開封と期限の確認だけを一緒に行う
- 毎月の引落し一覧を本人と作る
- 高額な振込みだけ家族へ連絡する
- 生活費口座と貯蓄口座を分ける
- 銀行の高齢者向け見守りや代理手続きについて聞く
判断力の低下が進み、契約や財産管理が難しくなっている場合は、家族内だけで管理者を決めず、地域包括支援センターや自治体の権利擁護窓口などへ状況を伝えます。
家賃や医療費が払えない場合は、投資より先に制度を確かめます
貯金の減少が心配という段階なら、年間収支を見ながら支出を調整できます。
一方、次の状態は、通常の節約だけで長く様子を見ない方がよい状態です。
- 家賃、住宅ローン、光熱費が遅れている
- 必要な受診や薬を減らしている
- 税金、医療保険料、介護保険料の通知を放置している
- 生活費をカードローンやリボ払いで補っている
- 食事の回数や冷暖房を極端に減らしている
この場合は、新しい金融商品や高額な買い物を止め、通知に記載された窓口へ期限前に連絡します。
所得などの要件を満たす年金受給者には、年金生活者支援給付金が支給される制度があります。対象か分からない場合は、届いている請求書類を持って年金事務所や市区町村へ尋ねてください。
生活全体が維持できない場合は、市区町村の福祉担当窓口へ、次のように伝えられます。
「年金と預金で生活していますが、家賃と医療費を払うと食費が足りません。利用できる制度と、支払いについて先に連絡すべき窓口を教えてください」
話したからといって、直ちに財産を処分させられたり、特定の手続きを強制されたりするわけではありません。現在の収入、資産、支出に応じて、使える制度があるかを確かめる入口です。
家計を人に見せるなら、商品を売らない窓口から始めます
自分だけでは老後資金の減り方を計算しにくい場合は、金融経済教育推進機構J-FLECの家計管理や生活設計に関する相談を利用できます。
個別の商品を勧めてもらう場所ではなく、収入と支出を見える形にし、今後の資金計画を考えるための窓口です。
持参または手元に用意するものは、次の範囲で足ります。
- 年金振込通知書
- 直近一年の通帳やカード明細
- 預貯金と金融商品の残高
- 住宅、車、借入れの状況
- 数年以内に予定する大きな支出
第一声は、次のように伝えます。
「70代夫婦です。毎年いくら預金を取り崩しているか分からず、一人になった場合も心配です。金融商品を選ぶ前に、現在の家計が何年続くか見たいです」
今夜は年金の「控除後振込額」だけ見ます
今夜、保険の解約や家の売却、投資の変更まで決める必要はありません。
年金振込通知書か通帳を開き、直近の年金振込額を一つだけ見てください。
その金額を二で割り、紙や電卓へ「毎月の年金手取り」として残します。
次に、家賃または住居費、電気・ガス・水道、通信費の合計だけを引きます。
まだ食費や医療費まで計算できなくても構いません。
70代の老後資金は、残高を見て怖くなった日に大きく動かすものではありません。実際に入る一か月分の年金から、今の暮らしがどこまで賄えているかを見る。その一つの数字が、使ってよいお金と、残すべきお金を分ける出発点になります。


















