病院の領収書を見るたび、「この先もっと増えたら」と考えてしまいます
年金生活に入る前に、老後資金を一度きちんと計算しておこうと思った。
食費、光熱費、住居費は、今の家計からある程度想像できます。
ところが、医療費だけは数字が出せません。
今は血圧の薬をもらうため、2か月に一度通院する程度です。それでも、年齢が上がれば病院へ行く回数が増え、入院や手術が必要になるかもしれません。
「老後は医療費だけで何百万円も必要なのだろうか」
「夫婦二人分なら、退職金をほとんど残しておくべきなのか」
「医療保険へ入り直した方が安心なのでは」
こう考え始めると、旅行や家の修繕にお金を使うことまで怖くなります。
一方で、インターネットに出ている「高齢者一人当たりの医療費」を見ても、それが病院で自分が払う金額なのか、保険から支払われる分を含むのか分かりません。
老後の医療費は、一生分を一つの金額で当てるより、支払いの種類と時期を分けた方が現実的に備えられます。
「老後の医療費」には、性質の違う五つのお金があります
病院に関係する支出をすべて医療費として一つにすると、必要額が見えにくくなります。
| お金の種類 | 具体例 | 備える場所 |
|---|---|---|
| 医療保険の保険料 | 国民健康保険料、後期高齢者医療保険料など | 毎月の固定生活費 |
| 保険診療の自己負担 | 診察、検査、手術、薬、保険適用の歯科治療 | 毎月の医療費と入院予備費 |
| 高額療養費の対象外となる費用 | 入院時の食費、希望した個室の差額、日用品など | 入院時の別枠予算 |
| 保険適用外の医療・健康費 | 自由診療、予防目的の費用、一部の歯科・補聴器等 | 予定支出として個別に積み立てる |
| 介護に関する費用 | 介護サービス、施設の居住費、介護用品など | 医療費とは別の介護予算 |
高額療養費で上限が設けられるのは、主に保険診療の自己負担です。健康保険料、入院中の食事、差額ベッド代などがすべて上限内に収まるわけではありません。
「高額療養費があるから医療費の備えはいらない」とも、「入院したら何百万円もすべて自分で払う」とも限りません。
制度で抑えられる費用と、自分で用意する費用を分けます。
最初に用意する金額は、三つを足して出します
老後全体の医療費を予測するのではなく、まず一年間を乗り切るための金額を出します。
最初の医療予備費=直近1年間に払った通常の医療費+入院1回分の予備費+数年以内に予定している保険適用外の費用
| 計算する項目 | 調べ方 |
|---|---|
| 通常の医療費 | 過去12か月の病院・薬局・歯科の自己負担を合計する |
| 入院時の保険診療 | 自分の高額療養費の月額上限を確認する |
| 入院時の対象外費用 | 食事、日用品、交通、個室を希望する場合の差額などを見込む |
| 予定している治療 | 歯科、眼鏡、補聴器などの見積りを取る |
たとえば、夫婦の通常の通院・薬代が年間12万円、歯科等の予定費用が8万円、入院時に使う予備費を20万円と見込むなら、最初の一年は40万円を医療用として分ける計算になります。
これは「老後の医療費は40万円で足りる」という意味ではありません。
現在の家計を基にした一年目の出発点です。持病や治療予定がある世帯では増やし、実際に使わなかった場合は翌年へ繰り越します。
平均額より、過去12か月の領収書の方が役に立ちます
老後の医療費を調べると、年代別の医療費総額が出てくることがあります。
しかし、医療機関にかかった費用の総額と、本人が窓口で払った金額は同じではありません。
窓口負担は年齢や所得によって変わり、高額になった場合には月ごとの負担上限も設けられています。
必要額を出すときは、まず自分の支払いを集めます。
- 病院・診療所の領収書
- 調剤薬局の領収書
- 歯科の領収書
- 治療のために購入した医薬品
- 通院に使った公共交通機関の費用
- 健康保険から戻った高額療養費や保険金
マイナポータルでは、健康保険の資格情報に加え、医療費に関する情報を確認できます。手元の領収書と合わせて使うと、一年分を集計しやすくなります。
| 月 | 病院 | 薬局 | 歯科等 | 戻った給付 | 実質負担 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1月 | 3,000円 | 2,000円 | 0円 | 0円 | 5,000円 |
| 2月 | 0円 | 0円 | 8,000円 | 0円 | 8,000円 |
| 3月 | 12,000円 | 4,000円 | 0円 | 0円 | 16,000円 |
一年分がそろわない場合は、直近3か月を合計して4倍し、仮の年間額を出しても構いません。
健康診断だけで指摘を受けた、通院回数が増える予定があるという場合は、その分を上乗せします。
入院に備える金額は、高額療養費の上限だけでは決まりません
高額療養費制度では、医療機関や薬局で支払う保険診療の自己負担が、ひと月の上限額を超えた場合に、超えた分が支給されます。上限額は年齢と所得によって異なります。
高額になることが分かっているときは、マイナ保険証を利用するか、必要に応じて限度額適用認定証の手続きをすることで、窓口での支払いを限度額までに抑えられる場合があります。
ただし、次の費用は高額療養費の対象外です。
- 入院中の食費
- 本人の希望による差額ベッド代
- 保険適用外の治療や材料
- 寝巻き、洗面用品、テレビカードなどの日用品
- 家族の交通費や宿泊費
- 留守中の家事・ペット・配食などの費用
入院時の食事負担や差額ベッド代などは、高額療養費の上限とは別に支払います。
| 入院予備費へ入れるもの | 確認方法 |
|---|---|
| 保険診療の自己負担 | 加入先へ自分の高額療養費上限を聞く |
| 入院中の食費 | 病院の入院案内で負担額を確認する |
| 病室の費用 | 無料の病室と有料個室の違いを聞く |
| 日用品・レンタル | 寝巻き、タオル、紙おむつ等の料金表を見る |
| 通院・家族の移動 | 交通費、駐車料金、宿泊の可能性を見込む |
| 退院後の生活 | 配食、家事支援、福祉用具等が必要かを考える |
高額療養費は暦月ごとに計算されます。
月末から翌月にまたがって入院すると、それぞれの月で自己負担を計算することになるため、入院予備費を作るときは、可能であれば一か月分だけでなく二か月分の上限も確認しておくと慌てにくくなります。
差額ベッド代は、「個室に入れば必ず払う」とも限りません
入院費の心配で大きくなりやすいのが、個室や少人数室の料金です。
病院から提示された部屋に差額がある場合は、次の点を聞きます。
- 差額のかからない病室は空いているか
- 一日当たりの差額はいくらか
- 入院日と退院日も一日分として数えるか
- 治療上の必要による個室なのか、本人の希望なのか
- 同意書に記載された金額と説明が一致しているか
「入院だから仕方がない」とその場で署名せず、希望と費用を家族で共有します。
本人や家族の都合で選んだ差額ベッド代は、医療費控除の対象にならないと国税庁は案内しています。
個室を選ぶ可能性があるなら、医療予備費の中へ入れます。個室を希望しない場合は、その意思を入院時に伝えてください。
持病がある人は、「一年分」より治療の周期で計算します
糖尿病、心臓病、腎臓病、がんなどで継続治療を受けている場合は、健康な人と同じ方法では見積りにくくなります。
| 治療の状態 | 計算方法 |
|---|---|
| 毎月ほぼ同じ通院・薬 | 直近3〜6か月の平均を12倍する |
| 数か月ごとに高額な検査がある | 通常月と検査月を分けて年間合計を出す |
| 手術・入院の予定がある | 病院へ概算と対象外費用を聞く |
| 治療が長期化している | 多数回該当などの対象を保険者へ聞く |
| 複数の医療機関へ通っている | 同じ月の自己負担をまとめて記録する |
高額療養費では、直近12か月に3回以上上限へ達した場合、4回目以降の限度額が下がる「多数回該当」があります。加入先が変わった場合など、回数を引き継げないこともあるため、保険者へ確認してください。
人工透析など一定の長期高額疾病では、通常の高額療養費とは別の自己負担上限が設けられている場合もあります。該当する治療を受けている方は、医療機関や保険者へ受療証等の手続きを聞きます。
夫婦二人分は、単純に一人分を二倍しないようにします
夫婦の医療費を考えるときは、二人の健康状態を別々に書きます。
| 本人 | 配偶者 |
|---|---|
| 定期通院の回数 | 定期通院の回数 |
| 薬代 | 薬代 |
| 歯科・眼科等の予定 | 歯科・眼科等の予定 |
| 高額療養費の区分 | 高額療養費の区分 |
| 加入している健康保険 | 加入している健康保険 |
同じ健康保険の世帯で、同じ月に複数人が医療費を負担した場合などは、条件を満たせば世帯合算ができることがあります。70歳未満と70歳以上では合算方法も異なるため、加入先へ聞いてください。
一方、夫婦が別々の医療保険へ加入している場合は、同じ方法で合算できないことがあります。
「夫婦だから一つの上限」と決めつけず、それぞれの保険者名と所得区分を確認します。
健康保険料は、医療予備費からではなく毎月の生活費へ入れます
老後の医療費を考えるとき、病院の窓口負担だけを見て、健康保険料を忘れることがあります。
後期高齢者医療の保険料などは、所得や自治体等によって決まり、医療機関へ行かなかった月も支払います。窓口での自己負担割合も、年齢と所得により異なります。
| 毎月の家計に入れるもの | 臨時の医療予備費に入れるもの |
|---|---|
| 健康保険料 | 高額な検査・入院の自己負担 |
| 通常の通院・薬代 | 差額ベッド・入院用品 |
| 定期的な歯科・眼科 | 予定していない歯科治療等 |
| 医療保険の保険料 | 給付されるまでの一時的な立替え |
保険料と病院代を同じ予備費から払うと、毎年必ず出るお金と、病気になったときだけ出るお金が混ざります。
介護費は医療費と混ぜず、重なったときの制度だけ知っておきます
入院後に介護が必要になると、医療費と介護費が同時に発生することがあります。
ただし、介護保険サービスの自己負担、施設の居住費・食費、介護用品などは、医療費と同じ予算ではありません。
| 医療費として見るもの | 介護費として見るもの |
|---|---|
| 診察、手術、投薬、医療機関のリハビリ | 訪問介護、デイサービス、施設利用 |
| 病院での保険診療 | 介護保険の福祉用具、住宅改修等 |
| 調剤薬局の薬 | 介護用品、見守り、配食等 |
同じ世帯で医療保険と介護保険の自己負担が高額になった場合、一定の条件で年間の負担を軽減する高額医療・高額介護合算制度があります。自動的にすべて戻るとは限らないため、市区町村や保険者へ申請方法を聞きます。
老後資金を作るときは、医療予備費と介護予備費を別の行に置き、実際に両方が重なったときに合算制度を確認します。
歯科・眼鏡・補聴器は、分かっている分だけ予定表へ入れます
老後の医療費で家計を大きく動かすのは、突然の入院だけとは限りません。
歯の治療、眼鏡の買い替え、補聴器など、ある程度予想できる支出もあります。
- 歯科で今後必要と言われている治療
- 入れ歯や補綴物の作り直し
- 眼鏡やコンタクトレンズの変更
- 補聴器の購入・調整
- 予防接種や健康診断
保険適用となる範囲は、治療内容や製品、自治体の助成などによって異なります。
すべてを医療費として一括して見積もるより、予定が見えた時点で見積りを取り、何年後に使うかを決めます。
| 予定 | 時期 | 見積額 | 毎月の積立額 |
|---|---|---|---|
| 歯科治療 | 1年後 | 12万円 | 1万円 |
| 眼鏡の買い替え | 2年後 | 6万円 | 2,500円 |
医療予備費から突然出すのではなく、分かっている費用は積立てへ移します。
民間の医療保険は、加入する前に三つの数字と比べます
医療費が不安になると、入院保険や一時金の保障を増やしたくなることがあります。
その前に、次の三つを並べます。
- 自分の高額療養費の上限
- 現在持っている医療予備費
- 既存の保険から受け取れる給付
| 既存契約で見ること | 確認内容 |
|---|---|
| 入院給付金 | 日額、支払日数、短期入院の扱い |
| 入院一時金 | 一回の入院でいくら受け取れるか |
| 手術給付金 | 対象となる手術と金額 |
| 保障期間 | 何歳まで保障が続くか |
| 保険料 | 今後の総支払額と家計への負担 |
公的制度と預貯金で対応できる範囲が分かれば、保障を増やす必要があるかを考えやすくなります。
反対に、持病や収入減に備えたい理由が明確なら、どの不足を補う保険なのかを確認できます。
不安だけを理由に新しい保険へ急いで加入したり、現在の契約を内容を見ずに解約したりしないでください。
医療費控除は、先に払うお金を減らす制度ではありません
一年間に支払った医療費が一定額を超えると、医療費控除を受けられる場合があります。
控除額は、実際に支払った医療費から、高額療養費や入院給付金などの補てん額を差し引き、さらに原則10万円を引いて計算します。総所得金額等が200万円未満の人は、10万円ではなく総所得金額等の5%が基準になります。
これは所得から控除する仕組みで、支払った医療費がそのまま全額戻る制度ではありません。
また、入院用品や本人都合の差額ベッド代など、対象にならない費用もあります。
医療費控除を見込んで予備費を少なくするのではなく、支払い後の税負担を調整できる制度として考えます。
貯蓄が少ないときは、治療を我慢する前に支払額の見通しを聞きます
医療費の備えが十分でないからと、必要な検査や治療を先延ばしにすると、かえって状態が悪化することがあります。
高額な治療や入院を案内されたら、支払う前に次を聞いてください。
| 聞く内容 | 聞く相手 |
|---|---|
| 保険診療の概算額 | 医療機関の会計・医事窓口 |
| 高額療養費の限度額 | 加入している健康保険・市区町村 |
| 入院中の食費・病室・レンタル | 入院案内・病棟窓口 |
| 支払い方法や利用できる制度 | 病院の相談窓口、医療ソーシャルワーカー等 |
| 低所得区分等の扱い | 健康保険、市区町村、後期高齢者医療窓口 |
高額療養費の上限は年齢・所得区分で異なり、低所得者向けの区分もあります。自分には使えないと決めず、保険者へ世帯状況を伝えてください。
医療費の相談をすることは、治療を断ることではありません。
治療を続けるために、支払額と時期を先に知る手続です。
子どもが親の代わりに調べるときは、貯金額だけを見ないようにします
親が「病院代が心配だから検査は受けない」と言うと、子どもは強く説得したくなるかもしれません。
反対に、親が民間保険へいくつも加入していると、「無駄だから解約した方がよい」と感じることもあります。
先に、次の四つを一緒に見てください。
- 現在加入している健康保険と自己負担割合
- 高額療養費の所得区分
- 直近一年の通院・薬代
- 民間保険から受け取れる給付
親の預貯金は、将来子どもが受け取る財産ではなく、本人の治療と生活のためのお金です。
一方で、契約内容を理解しないまま高額な保険料を払い続けている、必要な治療を我慢している場合は、本人の希望を聞きながら見直します。
切り出すときは、次のように伝えられます。
「病院へ行けと言いたいだけではないよ。実際にいくらかかるのか、高額療養費を使うといくらになるのかを一緒に聞いて、その後で決めよう」
状況別に、最初に確保する範囲を変えます
| 現在の状況 | 最初に計算する範囲 |
|---|---|
| 持病がなく通院も少ない | 直近一年の実費+入院1回分の予備費 |
| 毎月薬を飲んでいる | 通常月の医療費を12倍+検査月+入院予備費 |
| 手術や入院の予定がある | 自分の限度額+食事・病室・日用品+退院後費用 |
| 夫婦ともに持病がある | 二人の通常費+各自の限度額+世帯合算の可否 |
| 医療と介護の両方を使っている | 医療費と介護費を別計算し、年間合算制度を確認 |
| 収入・貯蓄が少ない | 所得区分の限度額、保険料軽減、病院の支払相談 |
健康状態が変われば、必要額も変わります。
60歳で立てた金額を、75歳まで一度も見直さない方が危険です。
誕生月や年金通知が届いた月など、年に一度だけ医療費の表を更新してください。
今日することは、「一生分」ではなく四つの数字を書くことです
老後の医療費を完璧に予測することはできません。
それでも、今の自分に必要な一年分は計算できます。
- 直近12か月に病院・薬局・歯科で払った額:
- 自分の高額療養費の月額上限:
- 入院時に別途必要になりそうな額:
- 3年以内に予定している歯科等の費用:
高額療養費の上限が分からなければ、資格情報に書かれた保険者へ、こう聞きます。
「入院に備えて家計を計算しています。現在の年齢と所得区分では、高額療養費の月額上限はいくらですか。マイナ保険証を使う場合の窓口負担と、事前に必要な手続も教えてください」
この四つを足した金額を、最初の医療予備費として分けます。
健康保険料は毎月の生活費へ、介護費は別の予算へ置いてください。
計算した額が小さくても、平均より少ないと心配する必要はありません。
反対に、持病や治療予定があれば、平均より多くても使いすぎではありません。
老後の医療費は、誰かの平均へ自分を合わせるものではなく、自分の通院歴と制度を使って決めるお金です。
今日は何十年分も用意しようとせず、一年分と入院一回分を見える場所へ分けるところから始めてください。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」:所得・年齢別の自己負担限度額、多数回該当、制度見直し、マイナ保険証等による窓口負担に関する確認先。
- 全国健康保険協会「高額療養費」:対象外費用、世帯合算、多数回該当、特定疾病等に関する確認先。
- 厚生労働省「高齢者医療制度」:後期高齢者医療の窓口負担、保険料、制度改正に関する確認先。
- 厚生労働省「高額介護合算療養費制度」:医療保険と介護保険の年間自己負担を合算する制度の確認先。
- 国税庁「医療費を支払ったとき」:医療費控除の計算方法と補てん額の扱いに関する確認先。
- 国税庁「医療費控除の対象となる入院費用の具体例」:差額ベッド代、入院用品、食事等の税務上の扱いに関する確認先。
- マイナポータル「健康保険証」:保険資格、一部負担割合、限度額適用区分、医療費情報等の確認先。


















