病院の領収書を見ながら、十年先まで同じ金額を掛け算してしまう
血圧の薬を受け取り、歯科で治療を受け、帰りにドラッグストアで湿布を買う。
一回ごとの支払いは、生活が立ち行かなくなるほどではありません。
それでも、年金生活に入ったあとのことを考えると、今月の医療費を十二倍し、さらに二十年分を掛けたくなります。
「夫婦のどちらかが入院したら、貯金はどれくらい減るのだろう」
「年を取れば、薬も通院も増えるはず」
「介護費まで重なったら、とても払えないのでは」
インターネットで老後の医療費を検索すると、大きな生涯総額が出てくることがあります。
その数字を見ても、来月いくら別に取っておけばよいのか、自分が入院したら窓口でいくら必要なのかまでは分かりません。
老後の医療費は、寿命までの総額を一度に準備するより、「普段の通院」と「高額になった月」と「保険の対象外」を分けた方が、家計へ置き換えやすくなります。
平均の月1.8万円は、あなたの上限でも必要額でもありません
総務省の2025年家計調査を基にした集計では、夫婦ともに65歳以上の無職世帯における「保健医療」の支出は、1世帯当たり月1万7,941円でした。医薬品、医療サービス、健康関連用品などを含む家計上の平均であり、入院した世帯だけの金額ではありません。
この数字には、医療費がほとんどかからなかった月も、治療が重なった月も含まれます。
また、家計調査の「保健医療」と、公的医療保険の保険料、介護サービス費、将来必要になる入院費を、すべて同じものとして見ることはできません。
| 平均額から分かること | 平均額だけでは分からないこと |
|---|---|
| 高齢夫婦世帯が、日常の保健医療へ支出した大まかな水準 | 自分の持病、薬、歯科治療に毎月いくらかかるか |
| 老後の生活費へ医療関連支出を入れる必要があること | 入院した月の自己負担上限 |
| 夫婦二人分を合わせた平均的な支出 | 単身世帯や現役並み所得者の負担 |
| 調査時点の世帯が実際に支出した金額 | 今後二十年間に必要となる総額 |
平均より多いから使いすぎとは限らず、少ないから備えが不要とも限りません。
平均額は家計表へ仮置きする数字として使い、最後は自分と配偶者の領収書から置き換えてください。
「老後の医療費」という一つの箱を、四つに分ける
医療に関係する支出をすべて一つにまとめると、どの制度で軽くなり、何を自分で払うのかが見えなくなります。
| 支出の種類 | 主な内容 | 見方 |
|---|---|---|
| 医療保険料 | 国民健康保険、後期高齢者医療などの保険料 | 医療機関で払う治療費とは別に、年金や口座から支払う |
| 保険診療の自己負担 | 診察、検査、治療、保険適用の薬 | 年齢や所得に応じた割合で窓口負担する |
| 保険外・周辺費用 | 差額ベッド、入院中の食事、交通、日用品、一部の歯科材料など | 高額療養費の対象外となるものがある |
| 介護に関する負担 | 介護サービス、福祉用具、施設の居住費・食費など | 医療保険とは別制度だが、合算による負担軽減制度もある |
「医療費に月3万円かかる」と話していても、実際には医療保険料を含んでいる人と、病院の窓口負担だけを指す人がいます。
まず、自分が心配しているのがどの箱なのかを分けます。
病院の窓口で払う割合は、年齢だけでは決まりません
医療費の窓口負担は、69歳までは原則3割、70歳から74歳までは原則2割です。75歳以上の後期高齢者医療制度では、所得に応じて1割、2割または3割となります。自分の割合は、資格確認書やマイナポータルなどの資格情報で確かめられます。
| 年齢・所得の目安 | 窓口負担の原則 |
|---|---|
| 69歳まで | 3割 |
| 70歳から74歳 | 2割。一定の所得がある場合は3割 |
| 75歳以上の一般所得者等 | 1割 |
| 75歳以上で一定以上の所得がある人 | 2割 |
| 75歳以上の現役並み所得者 | 3割 |
同じ治療を受けても、年齢、所得区分、加入している保険によって窓口負担は異なります。
「高齢になれば全員1割」と思い込まず、夫婦それぞれの負担割合を見てください。
高額な治療費には、月ごとの自己負担上限があります
高額療養費制度では、一か月に支払う保険診療の自己負担が、年齢や所得ごとに定められた上限を超えた場合、超過分の支給を受けられます。
直近12か月に高額療養費へ3回以上該当した場合、4回目以降の上限が軽くなる「多数回該当」という仕組みもあります。
ただし、高額療養費は、支払った医療費がすべて一定額で止まる制度ではありません。
| 高額療養費の対象になりやすいもの | 対象外となる主なもの |
|---|---|
| 保険適用の診察・検査・手術 | 入院時の食事負担 |
| 保険適用の薬 | 希望して利用した差額ベッド代 |
| 保険適用の入院費 | 先進医療などの保険外診療部分 |
| 保険適用の訪問看護など | 病衣、テレビ、日用品、交通費 |
| 条件を満たした世帯内の自己負担 | 自由診療の歯科治療など |
協会けんぽも、保険外診療、入院時の食事代、差額ベッド代などは、高額療養費の対象外になると案内しています。
入院費を考えるときは、「高額療養費の上限」だけでなく、対象外費用を別の行に書く必要があります。
2026年8月から高額療養費の上限が見直されます
高額療養費制度は、2026年8月診療分から、所得に応じた月額上限の見直しと、新たな年間上限の導入が予定されています。年間上限は8月から翌年7月までの医療費を対象とする仕組みで、2027年8月からは所得区分の細分化も予定されています。
古い一覧表を見て、自分の上限を決めつけないでください。
入院や高額な治療の予定がある場合は、次の情報を用意し、加入している医療保険へ尋ねます。
- 治療を受ける予定の年月
- 本人の年齢
- 窓口負担割合
- 所得区分
- 同じ医療保険に加入する家族
- 過去12か月の高額療養費の利用回数
質問するときは、こう伝えられます。
「2026年10月に入院予定です。私の所得区分で、高額療養費の月額上限はいくらになりますか。窓口での支払いを上限までにする手続きも教えてください」
入院が決まったら、支払い方法を退院後まで待たない
高額な医療費が見込まれる場合、マイナ保険証を利用して限度額情報の提供へ同意するか、必要に応じて限度額適用認定証を準備すると、窓口で支払う保険診療分を自己負担上限までに抑えられる場合があります。複数の医療機関を受診した場合などは、別途申請が必要になることもあります。
| 入院前にすること | 聞く相手 |
|---|---|
| 高額療養費の所得区分と上限を知る | 加入している健康保険、国民健康保険、後期高齢者医療の窓口 |
| 限度額情報を窓口で使えるか知る | 病院の入退院窓口、加入している保険者 |
| 個室を使う場合の料金を知る | 病院の入院案内・医事窓口 |
| 食事、病衣、日用品の負担を知る | 病院の入院案内 |
| 退院後に必要な通院・介護を知る | 主治医、退院支援担当、医療ソーシャルワーカー |
病院から渡された入院案内は、治療の説明だけでなく、費用のページにも目を通してください。
入院月の予算は、五つの欄で作る
「入院したら100万円かかるかもしれない」と考えると、必要以上に怖くなります。
次の五つへ分けて見積もります。
| 欄 | 書く金額 | 調べ方 |
|---|---|---|
| 保険診療の自己負担 | 自分の高額療養費上限を基準にする | 加入している医療保険へ確認 |
| 入院時の食事 | 入院予定日数から概算する | 病院の案内と所得区分による減額の有無を確認 |
| 部屋代 | 個室を希望する日数分 | 差額室料と同意条件を病院へ確認 |
| 入院中の日用品 | 病衣、紙おむつ、テレビ、洗濯、売店など | レンタル料金表と持参できる物を見る |
| 家に残る人の負担 | 交通、外食、家事代行、駐車場など | 家族の面会・付き添い回数から見積もる |
医療費が高額療養費の範囲内でも、個室を長く利用し、家族が遠方から何度も通えば、家計から出る金額は増えます。
「治療費」と「入院に伴って増える生活費」を分けてください。
差額ベッド代は、個室なら必ず払うとは限りません
差額ベッド代は、患者が特別な療養環境を選ぶ「選定療養」の一つです。料金や設備、利用条件は医療機関ごとに異なります。
病院から個室を案内された場合は、署名する前に次の内容を聞きます。
- 一日当たりの料金はいくらか
- 料金が発生する日数をどう数えるか
- 本人の希望による個室利用か
- 治療上や病院側の都合による利用か
- 途中で一般病室へ移れるか
静かな環境を希望して個室を選ぶこと自体は悪くありません。
ただし、高額療養費で軽くならない支出として、別に払えるかを見てから決めます。
普段の医療費は、過去一年の領収書が最も近い目安です
持病がある人と、年に一度しか受診しない人では、必要額が違います。
家計調査の平均を使う前に、過去一年分を次の形で集計します。
| 項目 | 一年分の合計 | 月平均の出し方 |
|---|---|---|
| 病院・診療所 | 窓口で支払った保険診療分 | 合計を12で割る |
| 歯科 | 定期検診と治療費 | 年単位の支出として別に残してもよい |
| 薬局 | 処方薬の自己負担 | 通院回数と合わせて見る |
| 市販薬 | 治療目的で購入した薬 | 季節による偏りも見る |
| 通院交通費 | 公共交通や必要な移動費 | 遠方の通院だけ別にする |
| 眼鏡・補聴器など | 購入・修理費 | 数年ごとの支出として積み立てる |
医療保険者から届く「医療費のお知らせ」や医療費通知も、支払いの振り返りに使えます。一定の記載要件を満たす医療費通知は、確定申告の医療費控除でも利用できます。
医療費通知に載らない市販薬、交通費、保険外費用もあるため、家計簿や領収書と合わせてください。
毎月の備えと、数年に一度の備えを同じ口座にしない
日常の通院費は、月の生活費として払う方が管理しやすい支出です。
一方、入院や高額な歯科治療などは、毎月同じ金額が出ていくものではありません。
| 備え方 | 対象にする支出 |
|---|---|
| 毎月の生活費へ入れる | 定期通院、処方薬、市販薬、定期的な交通費 |
| 年単位で取り分ける | 歯科治療、眼鏡、補聴器、検査、予防接種 |
| 医療予備費として分ける | 高額療養費上限、入院食、個室、入院用品 |
| 介護費として別に見る | 介護サービス、福祉用具、施設費、住宅改修 |
医療予備費は、医療費の生涯総額を貯めるための口座ではありません。
一度の入院や検査があっても、生活費の口座を急に空にしないための置き場所です。
夫婦の場合は、二人分を単純に二倍しない
夫婦二人の医療費を考えるとき、平均額を二倍するだけでは実態とずれることがあります。
片方は定期通院が多く、もう片方は歯科だけという家庭もあります。
高額療養費では、同じ医療保険に加入する家族の自己負担を合算できる場合があります。ただし、年齢、医療機関ごとの金額、加入している保険などによって合算条件が異なります。
| 夫婦で分けて書くこと | 夫 | 妻 |
|---|---|---|
| 加入している医療保険 | 保険者名 | 保険者名 |
| 窓口負担割合 | 1割・2割・3割 | 1割・2割・3割 |
| 定期通院 | 診療科と回数 | 診療科と回数 |
| 毎月の処方薬 | 月平均 | 月平均 |
| 高額療養費の所得区分 | 該当区分 | 該当区分 |
同じ住所で暮らす夫婦でも、別の医療保険に加入している場合は、同じ世帯として合算できないことがあります。
「夫婦だから合算できる」と決めず、保険者名まで見てください。
医療費と介護費が重なる家庭には、年単位の合算制度があります
年齢を重ねると、通院や薬に加えて、訪問介護、デイサービス、福祉用具などの費用が発生することがあります。
高額医療・高額介護合算療養費制度では、同じ医療保険の世帯について、毎年8月から翌年7月までの医療保険と介護保険の自己負担を合算し、所得や年齢に応じた基準額を超えた場合に、超過分が支給されます。
ただし、医療の食事負担、差額ベッド代、介護施設の居住費や食費など、保険給付の対象外部分は合算に含まれないものがあります。
夫婦の一方が医療、もう一方が介護を利用している場合も、加入状況によって対象になる可能性があります。
市区町村の介護保険窓口と、加入している医療保険へ、次のように尋ねます。
「夫の医療費と妻の介護サービス費が続いています。高額医療・高額介護合算療養費の対象になるか、申請方法を教えてください」
医療費控除は、支払った医療費がそのまま返る制度ではありません
医療費控除は、本人や生計を一にする家族のために一年間で支払った対象医療費が一定額を超えた場合、確定申告で所得から差し引ける制度です。
基本的には、実際に支払った対象医療費から、保険金や高額療養費などで補てんされた金額と、10万円または総所得金額等の5%のうち低い方を差し引いて控除額を計算します。
| 誤解しやすいこと | 実際の考え方 |
|---|---|
| 10万円を超えた分が全額返る | 所得から差し引く控除であり、還付額は所得や税額による |
| 医療に使った物はすべて対象 | 治療に必要な医療費などが対象で、健康増進目的の支出は原則異なる |
| 生命保険の給付金は関係ない | 医療費を補てんする給付金は、対象となった医療費から差し引く |
| 夫婦は別々に申告するしかない | 生計を一にする家族分を、実際に支払った人がまとめられる場合がある |
医療費が増えた年は、領収書や医療費通知、保険金の支給通知を捨てずにまとめてください。
市販薬の制度は、通常の医療費控除と同時には使えません
対象となる市販薬を一定額以上購入し、健康診査など一定の取組をしている場合には、セルフメディケーション税制を選べることがあります。
ただし、通常の医療費控除とセルフメディケーション税制は選択制で、同じ年に両方を併用することはできません。
薬局のレシートだけを見て決めず、病院や歯科を含めた一年間の医療費と比較します。
民間の医療保険は、不安になった日に増やさない
老後の医療費を考えると、入院保険や医療保険を新たに増やしたくなることがあります。
加入するかどうかを考える前に、現在の保障を一枚へ書き出します。
- 入院一日当たりの給付額
- 手術給付金
- 一回の入院で支払われる日数
- 通算の支払限度日数
- 先進医療特約の有無
- 保険料を何歳まで払うか
- 解約した場合の扱い
公的医療保険で上限が設けられる保険診療分と、差額ベッドや収入減など自分で備える部分を分けます。
月々の保険料を老後も払い続けることが、預貯金で備えるより家計に合うかを見てください。
既往歴や年齢によって保険料や加入条件は変わるため、その場で契約を急がず、契約概要や注意喚起情報を持ち帰って比較します。
医療費が怖くても、受診を遅らせる前に支払い方法を聞く
検査や治療を勧められたとき、費用を聞けずに受診を先延ばしにする人がいます。
支払いが難しい可能性がある場合は、治療を断る前に病院の会計窓口や医療相談窓口へ伝えてください。
「払えません」だけでなく、次のように聞きます。
- 保険診療分の概算はいくらか
- 高額療養費を使った場合の窓口負担はいくらか
- 入院時に保険外でかかる費用は何か
- 限度額情報を利用する手続きは済んでいるか
- 支払期限や分割について相談できるか
- 利用できる公費負担や助成制度があるか
病院には、医療費や退院後の生活、利用できる制度について相談を受ける医療ソーシャルワーカーなどがいる場合があります。
病名や治療内容によって利用できる助成制度も異なるため、治療費の見積もりと制度を同時に聞いてください。
子どもへ医療費の心配を話すなら、援助のお願いから始めない
老後の医療費が心配でも、子どもには迷惑をかけたくないと黙っている家庭があります。
反対に、不安が高まった日に「入院したら助けて」と言えば、子どもも金額が分からず身構えます。
先に、分かっていることを共有します。
| 共有すること | 伝え方の例 |
|---|---|
| 加入している医療保険 | 「二人とも後期高齢者医療へ加入している」 |
| 窓口負担割合 | 「父は1割、母は2割になっている」 |
| 定期通院 | 「父は月一回、母は三か月に一回通院している」 |
| 医療予備費 | 「入院時の保険外費用に使うお金を別にしている」 |
| 家族に頼みたいこと | 「お金より、入院時の書類と連絡先を一緒に見てほしい」 |
援助を頼むかどうかは、実際の不足額が見えてから考えられます。
まず、緊急時に保険情報と病院の連絡先が分かる状態を作る方が、家族も動きやすくなります。
今日するのは、生涯分の医療費を計算することではありません
老後の医療費がどれくらいになるか、正確に言い当てることはできません。
病気の種類、所得、治療方法、入院期間、介護の有無によって変わるからです。
今日は次の四つだけを書いてください。
- 過去一年間に病院・歯科・薬局で払った合計
- 加入している医療保険と窓口負担割合
- 自分の高額療養費の所得区分と上限
- 入院時に個室を希望するかどうか
そのうえで、家計表を三行に分けます。
| 家計の行 | 入れる金額 |
|---|---|
| 普段の医療費 | 過去一年の実費を12で割った金額 |
| 年に数回の医療費 | 歯科、眼鏡、検査などの予定額 |
| 入院への予備費 | 高額療養費上限と、食事・個室・日用品の想定額 |
老後の医療費は、平均額をそのまま貯めるより、自分の通院実績と公的制度の上限を組み合わせた方が見通しを立てやすくなります。保険診療の上限と、上限に含まれない費用を分けてください。
病気になったときの金額を、今すべて用意できなくても構いません。
どの保険へ聞けばよいか。高額になった月の上限はいくらか。入院時に別に払う物は何か。
そこまで分かれば、「いくらかかるか分からない」という不安は、毎月の備えと手続きの問題へ変わります。
まずは医療費通知か、一年分の領収書を一つの場所へ集めるところから始めてください。
出典・確認先メモ
- 総務省統計局「家計調査」:高齢夫婦無職世帯を含む家計の収入・支出に関する確認先。
- 厚生労働省「窓口負担割合等のご相談窓口について」:年齢・所得別の医療費窓口負担割合に関する確認先。
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」:月額上限、多数回該当、2026年8月以降の見直しに関する確認先。
- 協会けんぽ「高額な医療費を支払ったとき」:差額ベッド代、食事代など高額療養費の対象外費用に関する確認先。
- 厚生労働省「高額医療・高額介護合算療養費制度について」:医療と介護の自己負担を年単位で合算する制度の確認先。
- 国税庁「医療費を支払ったとき」:医療費控除の対象期間、計算方法、保険金等の扱いに関する確認先。


















