二階の寝室へ上がるたびに、膝が痛む。
スーパーまでは車で十五分。今は運転できても、免許を返納した後はどうするのか。庭の草取りも、外壁の修理も、以前ほど簡単にはできなくなっています。
駅に近い小さな家へ移ろうかと夫婦で話し始めたものの、今度は別の迷いが出てきます。
賃貸なら修繕の負担は少ないけれど、八十歳になってから契約を断られないだろうか。中古マンションを買えば住まいは確保できるが、管理費や大規模修繕の負担が続く。どちらかが先に亡くなったとき、一人の年金で払えるのか。
不動産広告を見ても、家賃と販売価格しか書かれていません。
老後の住み替えで比べるべきなのは、今月の支払額だけではありません。
体が弱ったとき、一人になったとき、もう一度住み替えるときまで、誰が費用と手続きを引き受けるのかを比べる必要があります。
賃貸か持ち家かより、先に「次の住み替えがあるか」を考えます
六十代で移った家が、人生で最後の住まいになるとは限りません。
今は夫婦二人で暮らせても、数年後には通院が増えるかもしれません。どちらか一人が介護施設へ入り、もう一人だけが家に残る可能性もあります。
まず、次の三つの時期を考えます。
- 現在:階段、庭、雪かき、買い物、通院などで困っていること
- 一人になった後:一人分の年金や収入で、住居費と生活費を払えるか
- 介護が必要になった後:自宅で支援を受けるか、再び住み替える可能性があるか
近い将来、家族の近くや高齢者向け住宅へもう一度移る可能性が高いなら、売却しやすさだけでなく、身軽に退去できる賃貸が合う場合があります。
反対に、住む地域が固まり、介護サービスを受けながら長く暮らせる間取りで、購入後も十分な現金を残せるなら、持ち家が候補になります。
「何歳まで住むか」ではなく、「どんな状態になるまで、その家で暮らせるか」を考えます。
今の家に危険があるなら、完璧な結論を待ちません
次のような問題が既に起きている場合は、何年もかけて比較する段階ではないことがあります。
- 階段や浴室で転倒を繰り返している
- 車がないと通院や買い物ができない
- 冬の雪かきや夏の庭仕事を続けられない
- 雨漏り、外壁、給湯器など大きな修理が重なっている
- 配偶者の介護に必要な部屋や動線を確保できない
- 災害時に一人で避難するのが難しい
この場合は、現在の家をすぐ売るのではなく、短期間の賃貸や家族宅近くでの仮住まいを使い、生活を試す方法もあります。
一度で「終の住みか」を当てようとすると、住み替えそのものが進まなくなります。安全を確保する移動と、長く住む家の決定を分けても構いません。
賃貸と持ち家の違いは、支払い方と手放し方にあります
| 比べる項目 | 賃貸 | 持ち家 |
|---|---|---|
| 入居時の負担 | 敷金、礼金、仲介手数料、保証料、引っ越し費用など | 購入代金、仲介手数料、登記、税金、ローン関係費用、引っ越し費用など |
| 毎月・毎年の負担 | 家賃、共益費、保証契約の更新費用、火災保険など | ローン返済、固定資産税、保険、修繕費。マンションでは管理費と修繕積立金など |
| 大きな修理 | 契約上の範囲に応じて貸主が対応することが多い | 設備交換、外壁、屋根などを所有者が負担する |
| 体の変化への対応 | 条件に合う別の物件へ移りやすい | 手すりや設備を自分の判断で整えやすいが、改修費がかかる |
| 住まなくなった後 | 契約を終え、荷物を片づけて返す | 売却、賃貸、空き家管理、相続などの手続きが残る |
| 資産としての性質 | 住宅そのものは残らない | 土地や建物が残るが、購入価格で売れるとは限らない |
賃貸は「家賃を一生払い続けるから損」、持ち家は「ローンが終われば住居費がゼロ」と言われることがあります。
どちらも、そのままでは正確ではありません。
賃貸には継続的な家賃がかかりますが、大規模な修繕や売却の負担を持たずに済みます。持ち家も、固定資産税、保険、修繕、マンションの管理費などが続きます。
月額ではなく、十五年分の住居費を同じ紙に載せます
賃貸と購入では、お金を払う時期が違います。
比べるときは、同じ居住期間を決めて総額を出します。十年でも十五年でも構いません。
賃貸で含める金額
- 敷金、礼金、仲介手数料
- 家賃と共益費
- 更新料や保証会社の更新費用
- 火災保険
- 駐車場代
- 将来再び転居する費用
持ち家で含める金額
- 物件価格
- 仲介、登記、税金など取得時の費用
- 住宅ローンの利息と手数料
- 固定資産税、保険
- 管理費、修繕積立金
- 専有部分の設備交換や戸建ての修繕
- 将来の売却費用
- 想定する売却代金
持ち家の売却代金は、購入価格と同じには置きません。不動産会社へ、築年数が進んだ場合の売りやすさも聞いてください。
また、手元のお金をすべて購入へ使わないことも欠かせません。
入院、介護、家電の故障、配偶者の死亡などが重なったときに使える現金を残したうえで、購入できる価格を決めます。
夫婦二人の収入ではなく、一人になった後の金額で試します
夫婦で年金を受け取っている間は、家賃十万円や管理費を払えても、一人になれば収入も生活費も変わります。
住み替えの試算では、少なくとも次の二つを作ります。
- 夫婦二人で暮らしている間の収支
- どちらか一人になった後の収支
一人分の収入については、現在の世帯年金を単純に半分にせず、年金事務所などで自分たちの受給見込みを確かめます。
その金額から、住居費、食費、光熱費、医療・介護費、交通費を引きます。
一人になった後も、毎月赤字にならず、急な支出に使えるお金が残るか。
ここを通らない住まいは、夫婦で暮らしている現在には合っても、老後全体には重すぎる可能性があります。
賃貸は「高齢だから借りられない」と決めつけなくて構いません
民間賃貸では、年齢、収入、緊急連絡先、保証会社の審査などが物件ごとに異なります。
高齢であることに加え、単身、保証人がいない、収入が年金のみといった事情から、候補が限られることはあります。
だからこそ、現在の家を売ってから探すのではなく、先に入居条件を確かめます。
不動産会社へは、問い合わせの最初に状況を伝えてください。
「六十八歳で、来年から一人暮らしになる予定です。収入は年金で、家賃保証会社を利用できます。高齢者の入居実績がある物件を探したいです」
断られた物件を一件ずつ回るより、条件を受け入れる貸主や支援制度へつながる不動産会社を探す方が進みやすくなります。
一般の賃貸で難しいときに探せる住宅があります
高齢者は、住宅セーフティネット制度における「住宅確保要配慮者」に含まれます。
制度には、高齢者などの入居を拒まないセーフティネット登録住宅や、入居に関する情報提供、家賃債務保証、見守りなどを行う居住支援法人があります。
二〇二五年十月に始まった居住サポート住宅では、安否確認、訪問などによる見守り、必要に応じた福祉サービスへのつなぎが行われます。
ただし、対象住宅の数、家賃、受けられる支援は地域ごとに違います。
自治体の住宅担当窓口や居住支援法人へは、次のように伝えられます。
「高齢の単身者として民間賃貸へ住み替えたいのですが、保証人と緊急連絡先に不安があります。地域で利用できる登録住宅や居住支援を教えてください」
このほか、地域や所得などの条件が合えば、公営住宅、高齢者向けのUR賃貸住宅なども候補になります。
申し込める住宅の種類や収入条件、募集時期はそれぞれ異なるため、一般の賃貸と並行して調べてください。
終身建物賃貸借と普通の賃貸借は同じではありません
終身建物賃貸借は、高齢者の居住の安定確保に関する法律に基づき、入居者が生きている間は契約が続き、死亡時に終了する仕組みです。
すべての賃貸住宅で利用できるわけではなく、認可を受けた事業者や住宅の基準、入居者の要件があります。
「一生住める」という言葉だけで判断せず、次を契約前に読みます。
- どのような場合に貸主から契約を終えられるか
- 本人から解約するときの予告期間
- 同居する配偶者が残る場合の扱い
- 入居者が亡くなった後の契約と荷物の扱い
- 家賃の前払いがある場合の返還条件
一般の賃貸でも、普通借家契約か定期借家契約かで、契約期間や更新の扱いが違います。
「更新可能」という説明だけでなく、契約書に書かれた種類と期間を確かめてください。
サービス付き高齢者向け住宅は、介護施設と同じとは限りません
サービス付き高齢者向け住宅は、バリアフリー構造を備え、安否確認と生活相談などを提供する高齢者向けの住まいです。
自宅より見守りのある環境で暮らしたい方には候補になります。
一方、介護職員が二十四時間すべての介助をしてくれるとは限りません。介護、食事、生活支援、医療連携の内容と費用は、住宅によって異なります。
見学時には、家賃だけでなく次を聞きます。
- 毎月必ずかかる家賃、共益費、生活支援費、食費
- 安否確認を行う時間と方法
- 夜間に急変した場合の対応
- 介護サービスを誰と契約するのか
- 要介護度が上がっても住み続けられるか
- 入院中にも支払いが続く費用
- 退去を求められる条件
月額表示に食費や介護保険の自己負担が含まれていない場合があります。本人の状態を伝え、通常月に支払う総額を出してもらってください。
持ち家は「買えるか」より「手放せるか」まで見ます
老後に購入するなら、資産価値の上昇を期待するより、暮らしやすさと出口を重視します。
中古マンションの場合は、次を確かめてください。
- 玄関から居室まで段差なく移動できるか
- エレベーターが止まった場合の生活
- 管理費と修繕積立金の現在額
- 大規模修繕の予定と積立金の状況
- 室内の給湯器、配管、浴室などの交換時期
- 介護サービスや訪問看護が利用しやすい立地か
- 将来売る場合の需要が見込めるか
戸建てなら、庭、屋根、外壁、階段、道路から玄関までの高低差を見ます。
売却しにくい地域の大きな家を買うと、施設へ移る際に処分できず、維持費と施設費を同時に払うことがあります。
自分が住めなくなった後、家族が半年から一年で売却や管理を進められる物件か。
購入前に、その視点でも不動産会社へ尋ねてください。
今の持ち家をどうするかは、新しい家とは別に決めます
賃貸へ移るからといって、現在の家を必ず先に売る必要はありません。
選択肢には、売却、賃貸、一定期間の保有があります。
ただし、保有したまま新居を借りれば、固定資産税、保険、修繕、草刈りなどの負担と家賃が重なります。
人へ貸す場合も、毎月必ず家賃が入るとは限りません。修繕、空室、管理、入居者対応が発生します。
今の家については、次の三つの金額を取ります。
- 現状のまま売る場合の査定額
- 修繕して売る場合の費用と査定額
- 賃貸へ出す場合の家賃、管理費、必要な修繕費
売却には税金や諸費用が関係する場合があります。購入時の書類、相続関係、住宅ローン残高も含め、不動産会社や税務署などへ事前に確かめてください。
家の広さより、毎週使う場所までの距離を見ます
老後の住み替えでは、駅から何分という数字だけでは生活しやすさを判断できません。
実際に歩き、次の場所までの道を見てください。
- 食品や日用品を買える店
- かかりつけ医、薬局、歯科
- バス停や駅
- 銀行や郵便局
- 家族が車で来る場合の駐車場所
- 災害時の避難場所
坂道、歩道の段差、信号の長さ、夏の暑さ、雨の日の移動も関係します。
物件内では、玄関、トイレ、浴室、寝室を見ます。
車いすを使う予定がなくても、手すりを付けられる壁か、浴室のまたぎは高くないか、寝室からトイレまで暗い廊下を通らないかを確かめてください。
元気な今の好みだけでなく、支援を受ける場面を置いてみます
老後の家は、狭すぎても暮らしにくくなります。
訪問介護の職員が入れるか。家族が泊まれる場所があるか。ベッドの横で介助できるか。玄関で車いすへ乗り移れるか。
反対に、使わない部屋が多ければ、掃除、冷暖房、修繕の負担が増えます。
内見では、家具の配置だけでなく、次の場面を想像します。
「足を痛めて買い物へ行けない一週間を、ここで過ごせるか」
「配偶者が入院し、一人になっても管理できるか」
「朝夕に介護職員が来ても、無理なく動けるか」
この三つが成り立つ家は、現在の便利さだけで選んだ家より、長く使いやすくなります。
高額な身元保証や生活支援を、部屋と一緒に急いで契約しません
賃貸住宅や高齢者向け住宅を探す中で、身元保証、日常生活支援、入院対応、死後事務などをまとめた契約を勧められることがあります。
家族が近くにいない方には役立つ場合がありますが、内容が広く、契約期間も長くなりやすいサービスです。
契約前に、次を分けて見てください。
- 住宅を借りるために必須の契約か
- 何をするときに追加料金が発生するか
- 預けたお金を誰がどのように管理するか
- 解約時や未利用時に返金があるか
- 本人の判断が難しくなった後の契約管理
- 事業者が廃業した場合の対応
「この契約がなければ入居できない」と言われた場合も、その日のうちに支払わず、契約書を持ち帰ります。
内容が理解しにくいときは、消費生活センター、地域包括支援センター、法律の専門家などへ、住宅契約と支援契約を分けて見てもらってください。
夫婦で意見が違うときは、好きな家ではなく四つの場面を比べます
夫は持ち家が安心だと言い、妻は修繕から解放される賃貸を望む。どちらも、老後を守りたい気持ちから出た意見かもしれません。
「賃貸はもったいない」「家を残しても子どもが困る」と言い合うより、候補物件ごとに次の四つを比べます。
- 夫婦二人で暮らす現在
- どちらか一人になった後
- 介護サービスを受けるようになった後
- 住まなくなった後の手続き
「購入か賃貸かを今日決めるのではなく、一人になった後に払える上限を先に決めたい」
こう切り出せば、住まいへの好みを否定せず、同じ条件で話せます。
今日は、賃貸一件と中古物件一件を同じ条件で比べます
まず、住みたい地域で、広さと立地が近い賃貸住宅と中古住宅を一件ずつ選んでください。
賃貸には、初期費用、家賃、共益費、保証料、更新費用を入れます。
中古住宅には、購入価格、取得時の費用、税金、管理費、修繕積立金、将来の修繕を入れます。
そして、二つの金額を出します。
「夫婦二人で十五年暮らす場合」
「一人になった後も五年間住む場合」
正確な結論が出なくても構いません。どの費用が分からないのかが見えれば、不動産会社や自治体へ聞く内容が決まります。
現在の家を売るかどうかは、その後です。
先に次の住まいへ入れる条件と、一人になった後の毎月の上限を確かめる。その二つが決まれば、賃貸と持ち家の比較は、漠然とした老後の心配から、現実に選べる候補へ変わっていきます。


















