通帳の残高が一段減るたび、使ったことを後悔してしまう
退職金が振り込まれた直後は、長年働いてきた区切りを実感したかもしれません。
住宅ローンを返し、古くなった車を買い替え、家の修理をする。退職を機に夫婦で旅行へ行き、子どもや孫にも少しお金を使う。
どれも理由のある支出だったはずです。
ところが、半年後に通帳を見ると、退職時より数百万円減っています。
毎月の年金だけでは生活費が足りず、足りない分を退職金の口座から移す月も増えてきました。
「この調子では、十年もたないのでは」
「最初に車を買ったのは間違いだったかもしれない」
「今後、病気や介護が始まったらどうするのだろう」
反対に、残高を減らすのが怖くなり、外食や旅行だけでなく、必要な家の修繕まで先延ばしにしている人もいます。
退職金が減ること自体は、必ずしも失敗ではありません。
退職金は、働いていた頃と年金生活との収入差や、老後の大きな支出を補うために使うお金でもあります。
見るべきなのは「減ったかどうか」ではなく、予定した範囲で減っているか、今後必要な分まで使っていないかです。
老後世帯の平均赤字を、そのまま自分の家計へ当てはめない
総務省の2025年家計調査では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、月平均の可処分所得が22万1,544円、消費支出が26万3,979円でした。両者の差は月約4万2,000円です。
65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得が11万8,465円、消費支出が14万8,445円で、差は月約3万円でした。
ただし、夫婦世帯の世帯主平均年齢は77.6歳です。住居費、持病、車の有無、働いている家族がいるかなども、あなたの家庭とは異なります。
「平均では毎月4万円ほど不足しているから、自分も同じでよい」とは限りません。
| 平均額を使える場面 | 平均額では決められないこと |
|---|---|
| 老後に収入と支出の差が生じる場合があると知る | 自分が毎月取り崩してよい金額 |
| 家計の仮の数字として置く | 住宅修繕や車の買い替えを含む必要額 |
| 自分の支出が大きく外れていないかを見る | 持病や介護が始まった場合の支出 |
| 夫婦世帯と単身世帯の違いを見る | 自分の退職金が何年もつか |
平均は出発点です。最終的には、自分の年金額と過去一年間の支出へ置き換えます。
退職金の減り方を、四種類に分ける
通帳では、毎月の生活費も車の購入費も、同じ「残高の減少」に見えます。
それらを一緒にすると、日常生活で使いすぎているのか、予定していた支出が出ただけなのかが分かりません。
| 減った理由 | 具体例 | 見る期間 |
|---|---|---|
| 毎月の生活費の不足 | 食費、光熱費、日用品、通信費など、年金で足りない分 | 一か月ではなく一年平均 |
| 年に数回の支出 | 固定資産税、自動車税、保険料、冠婚葬祭、帰省 | 一年分を12で割る |
| 数年に一度の大きな支出 | 車、給湯器、屋根修繕、家電、歯科治療 | 今後5年から10年 |
| 退職直後だけの支出 | 住宅ローン返済、退職記念旅行、家具の買い替え | 日常の取り崩しとは分ける |
退職直後に500万円減っていても、その大半が住宅ローンの返済なら、毎年500万円ずつ減るわけではありません。
反対に、大きな買い物をしていないのに、毎月10万円ずつ引き出しているなら、そのペースが続いた場合の影響を早めに見た方がよいでしょう。
最初に計算するのは、退職金の残高ではなく「一年の不足額」です
一か月だけでは、税金や旅行、季節の光熱費に左右されます。
できれば過去一年、まだ退職して間もなければ直近三か月から、次の数字を出します。
| 項目 | 入れる金額 |
|---|---|
| 年間の手取り収入 | 実際に入金された年金、給与、個人年金、家賃収入など |
| 年間の通常支出 | 食費、住居、光熱費、通信、日用品、医療、娯楽など |
| 年間の特別支出 | 税金、保険、冠婚葬祭、旅行、家電など |
| 年間の不足額 | 通常支出と特別支出の合計から、手取り収入を引いた額 |
たとえば、年間の手取り収入が300万円、支出が360万円なら、基本的な取り崩しは年間60万円です。
月平均にすると5万円ですが、毎月5万円ずつ使うとは限りません。
固定資産税を払う月は10万円、何もない月は2万円というように動くため、一年間で見ます。
月3万円の差が、十年ではどれくらいになるかを見る
毎月の赤字は小さく見えても、長く続けばまとまった金額になります。
| 毎月の不足額 | 一年間 | 十年間 | 二十年間 |
|---|---|---|---|
| 3万円 | 36万円 | 360万円 | 720万円 |
| 5万円 | 60万円 | 600万円 | 1,200万円 |
| 8万円 | 96万円 | 960万円 | 1,920万円 |
| 10万円 | 120万円 | 1,200万円 | 2,400万円 |
これは運用益、物価の変化、医療・介護、大きな買い物を含めない単純計算です。
将来を正確に予測する表ではなく、「毎月あと2万円減らすと、十年で240万円違う」と、家計を見直す効果をつかむために使います。
退職金を四つの置き場所へ分ける
残高を一つの口座だけで管理すると、その全額を使えるようにも、全額を守らなければならないようにも見えます。
目的ごとに分けると、生活費へ回せる範囲が見えてきます。
| 置き場所 | 入れるお金 | 使う場面 |
|---|---|---|
| 日常生活の補充資金 | 一、二年分の年間不足額 | 年金で足りない毎月の生活費 |
| 予定済みの大きな支出 | 車、住宅修繕、家電、旅行などの見積額 | 使う時期が分かっている支出 |
| 緊急予備費 | 医療、介護、災害、家族の急な事情へ備える分 | 予定外の支出 |
| 当面使う予定のない資金 | 三つの資金を除いた残り | 長期の生活や将来の選択肢を守る |
銀行口座を必ず四つ作る必要はありません。
一つの口座でも、紙や表計算で「残高2,000万円のうち、300万円は修繕、300万円は予備費」と分けられれば構いません。
大事なのは、通帳にある全額を、毎月の不足補填に使えるお金だと思わないことです。
取り崩せる金額は、使い道が決まった分を除いてから割る
次の式で、現在のペースをおおまかに見られます。
基本の取り崩しに使える資金 = 金融資産 − 予定済みの大きな支出 − 緊急予備費
おおよその年数 = 基本の取り崩しに使える資金 ÷ 年間の不足額
たとえば、次の家庭を考えます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 退職金を含む金融資産 | 2,000万円 |
| 住宅修繕と車の買い替え | 400万円 |
| 医療・介護などの予備費 | 300万円 |
| 基本の取り崩しに使える資金 | 1,300万円 |
| 年間の不足額 | 60万円 |
単純に割ると、約21年分になります。
ただし、21年間もつことを保証する計算ではありません。支出が増える年もあれば、働いて収入が増える年もあり、運用している資産は値動きします。
この家庭で見るべきなのは、「2,000万円あるから安心」でも、「毎月5万円減るから危険」でもなく、予定支出を除いた1,300万円に対して年間60万円を使う計画になっているという点です。
60歳から年金受給までの取り崩しは、受給後と分ける
定年から公的年金を受け取り始めるまでに期間がある場合、その間は取り崩し額が大きくなります。
たとえば、60歳で退職して65歳から年金を受け取るなら、最初の五年間は「年金生活の赤字」ではなく、「年金受給前の生活費」を退職金でつないでいる状態です。
| 時期 | 主な収入 | 取り崩しの見方 |
|---|---|---|
| 退職から年金受給前 | 再雇用収入、失業等給付、企業年金、その他収入 | 受給開始までの期間限定の不足として計算する |
| 年金受給開始後 | 公的年金、就労収入、個人年金など | 長期的に続く年間不足額を計算する |
| 仕事を辞めたあと | 年金中心 | 就労収入がなくなった場合に再計算する |
「ねんきんネット」では、今後の働き方や受給開始年齢などの条件を設定し、将来の年金見込額を試算できます。現在と同じ条件を前提とする簡易試算と、就業期間や受給開始年齢を変える詳細試算があります。
年金額が分からないまま退職金だけを割り算せず、受給前と受給後の表を分けてください。
何歳までの計画を作ればよいか迷ったら、複数の年齢で残高を見る
2025年の簡易生命表では、65歳時点の平均余命は男性19.68年、女性24.52年です。平均では、男性は84歳台、女性は89歳台までの期間に当たります。
平均余命は、資金が尽きてもよい年齢を示す数字ではありません。平均より長く暮らす人もいるからです。
一つの年齢だけでなく、80歳、85歳、90歳、95歳など、複数の時点で残高を見ます。
| 見る時点 | 考えたいこと |
|---|---|
| 退職から5年後 | 退職直後の大きな支出が落ち着き、通常の生活費が見えたか |
| 75歳 | 車、住宅、通院方法を見直す予定があるか |
| 85歳 | 配偶者が一人になった場合の収入と支出はどう変わるか |
| 90歳・95歳 | 介護や住み替えに使える予備費が残るか |
95歳までの生活費をすべて現金で確保しなければならない、という意味ではありません。
長生きした場合にも、住まいと医療・介護の選択肢を残せるかを見るための点検です。
退職一年目だけの支出を、毎年続く支出にしない
退職直後は、これまで後回しにしていた買い物が重なりやすい時期です。
- 自宅の修繕
- 車や家電の買い替え
- 退職記念の旅行
- 子どもへの援助
- 仕事用ではない服や家具の購入
- 保険や通信契約の見直しに伴う支出
これらを毎月の生活費と一緒にすると、「退職後は年間500万円必要だ」と見えてしまいます。
家計簿には、「通常生活」「退職時のみ」「数年に一度」の印を付けます。
一年目の残高だけで一生のペースを決めず、半年後と一年後に通常支出を取り出して見直してください。
ペースが速くなっているサインは、残高より先に日常へ出ます
- 年金が入る前に、生活口座の残高が足りなくなる
- 退職金口座から毎月いくら移したか分からない
- 税金や車検を「急な出費」として毎回退職金から出している
- 年間予算を決めず、旅行や家電をその都度決めている
- クレジットカードの支払額を見てから資金を移している
- 夫婦のどちらかしか、退職金の残高を知らない
- 子どもへの援助額が、当初の予定より増えている
- 生活費の不足を、投資商品の売却で毎月補っている
一つ当てはまったから、すぐに生活を切り詰める必要はありません。
ただし、退職金を使った理由と金額を説明できない状態は、ペースを判断できない状態です。
まず三か月分の口座履歴を見て、退職金から出たお金を用途別に分けます。
家計を減らすなら、毎月の楽しみより大きな固定費から見る
不安になると、最初に外食や趣味をやめたくなります。
しかし、月に一度の外食をやめても、使っていない車、過大な保険、広すぎる住まいなどの負担が残れば、取り崩しペースはあまり変わらないことがあります。
| 先に見る支出 | 見直す質問 |
|---|---|
| 車 | 二台必要か、何歳まで運転するか、買い替え額を抑えられるか |
| 保険 | 現在の公的保障や預貯金と、保障内容が重なっていないか |
| 住まい | 修繕費、固定資産税、管理費を長く負担できるか |
| 通信・定額契約 | 使っていない回線、動画、会員契約がないか |
| 子どもへの援助 | 一回の援助か、今後も続く援助か。上限を決めているか |
| 旅行・趣味 | 一律にやめず、年間で使える枠を作れるか |
楽しみをすべて削ると、退職後の生活そのものが苦しくなります。
「旅行は年20万円まで」「外食は月1万円まで」のように、使ってよい枠を作る方が、残高を恐れながら一円も使えない状態を避けられます。
子どもへの援助は、「余ったら出す」ではなく老後資金と分ける
住宅購入、孫の進学、失業など、子どもから援助を求められることがあります。
助けたい気持ちは自然ですが、一度の援助で終わるのか、毎月続くのかによって、老後資金への影響は異なります。
| 援助前に決めること | 具体的な内容 |
|---|---|
| 援助の上限 | 老後の予備費を除いた範囲で、最大いくらまでか |
| 回数 | 今回限りか、一定期間続けるか |
| 夫婦の合意 | 片方だけで決めず、残高への影響を共有する |
| 贈与・貸付の区別 | 返済を求めるのか、贈与とするのか |
| 税務上の扱い | 金額や用途に応じて、必要なら税務署などへ確かめる |
子どもを助けるために、自分たちの医療・介護予備費まで渡すと、後に子どもが生活費を支えることになりかねません。
断るか全額出すかではなく、「今回は50万円まで」「毎月の援助はできない」と範囲を伝えます。
夫婦で管理するなら、残高より三つのルールを共有する
退職金を受け取った本人だけが管理し、配偶者は残高や使い道を知らない家庭があります。
反対に、配偶者が日常の家計を担っていても、大きな支出は本人が単独で決めている場合もあります。
少なくとも、次の三つを共有します。
- 毎年いくらまでを生活費の不足に使うか
- いくら以上の買い物は二人で話すか
- どの残高になったら家計を見直すか
たとえば、次のように決められます。
「今年の基本取り崩しは年間72万円まで。10万円を超える予定外の支出は、買う前に話す。年末残高が1,500万円を下回ったら、車と保険を含めて見直す」
月ごとの細かな使い方で責め合うより、年間の上限と見直す線を決める方が話しやすくなります。
投資で減りを取り戻そうとする前に、近く使うお金を分ける
退職金が減っていると、「運用して増やさなければ」と焦ることがあります。
株式や投資信託などは預貯金より高い収益を期待できる場合がありますが、元本割れの可能性があります。金融庁も、金融商品には安全性・収益性・流動性のすべてを同時に満たすものはなく、目的に応じた使い分けが必要だと説明しています。
投資を考える場合も、少なくとも次のお金とは分けます。
- 今後一、二年の生活費不足に使うお金
- 数年以内に予定する住宅修繕や車の購入費
- 医療や介護へ備える緊急予備費
- 近く納税や保険料の支払いに使うお金
市場が下がったときに、生活費のために売らなければならない状態は避けたいものです。
運用するかどうかより先に、当面使う資金と、しばらく使う予定のない資金を分けてください。
取り崩さなさすぎて、必要な支出まで我慢していないか
退職金を一円でも減らしたくない気持ちが強くなると、暮らしの安全に関わる支出まで止めることがあります。
- 壊れかけた給湯器を使い続ける
- 転びやすい段差を直さない
- 歯や目の治療を先延ばしにする
- 暑くても冷房を控えすぎる
- 家族に会うための交通費も惜しむ
- 行きたかった場所を、理由なく毎年先送りする
退職金を残すことは目的ではありません。
今と将来の生活を守るために使うことが目的です。
生活の安全、健康、住まいの維持に必要な支出と、急がなくてもよい支出を分けます。
一年ごとの見直しでは遅い家庭も、毎日残高を見る必要はありません
残高を毎日見ても、物価や医療費まで予測できるわけではありません。
見直す日を先に決めます。
| 見直す時期 | 見ること |
|---|---|
| 毎月 | 生活口座への補充額が予定内か |
| 三か月ごと | 予定外の引き出しと、支出が増えた理由 |
| 年に一度 | 年間収入、年間支出、金融資産残高、翌年の大きな支出 |
| 生活が変わったとき | 退職、年金受給開始、配偶者の死亡、入院、介護、住み替え |
一時的に支出が増えただけなら、生活全体を慌てて変える必要はありません。
年間の不足額が二年続けて増えた、予備費へ手を付け始めたという場合は、家計の組み替えを考える時期です。
自分たちだけでは判断しにくいときは、商品を買う前に家計表を見てもらう
退職金の残高、年金、住宅、保険、運用資産が複数に分かれていると、夫婦だけでは取り崩しペースを判断しにくいことがあります。
金融経済教育推進機構のJ-FLECでは、家計管理や生活設計、年金、資産形成などに関する個別相談の無料体験や電話相談を実施しています。無料相談では、特定の金融商品やサービスの提案・推奨は行わないと案内されています。
相談する場合は、「退職金を運用したい」とだけ伝えるより、次の数字を用意します。
- 夫婦の年齢
- 年金などの年間手取り収入
- 一年間の生活費
- 退職金を含む金融資産
- 住宅ローンやその他の負債
- 今後十年の大きな支出
- 現在の年間取り崩し額
相談の目的は、金融商品を選ぶことではなく、現在のペースでどの年齢まで資金が残るかを複数の条件で見てもらうことです。
今日決めるのは、何歳まで一円も減らさないかではありません
まず、通帳や口座の残高を一枚に書きます。
次に、残高から次の金額を引いてください。
- 今後五年以内に使う予定が決まっているお金
- 医療・介護・災害などのため残したい予備費
- 子どもへの援助など、すでに約束しているお金
残った金額が、日常生活の不足を補うために使える資金の一つの目安です。
その金額を、直近一年の不足額で割ります。
結果が思ったより短くても、今日すべての支出を止める必要はありません。
月5万円の不足を4万円にできるか。車の買い替え時期を延ばせるか。週二日の仕事で収入を少し増やせるか。住まいの維持費は今後どう変わるか。
取り崩しペースは、使う額だけでなく、収入、住まい、大きな買い物を組み替えることで変えられます。
退職金が減ることを失敗と考えるのではなく、何のために、年にいくら減る計画なのかを言葉にしてください。理由が分かる減少は管理できますが、用途の分からない減少は見直す必要があります。
今日は、直近三か月に退職金の口座から出した金額へ、生活費、年払い、大きな買い物、予定外の四つの印を付けるところまでで十分です。
減った残高を眺め続けるのではなく、次の一年に使ってよい金額を決めることから始めてください。
出典・確認先メモ
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果」:65歳以上の夫婦・単身無職世帯の収入、支出、差額を考える際の確認先。
- 厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表」:65歳時点の平均余命など、老後資金の計画期間を考える際の確認先。
- 日本年金機構「ねんきんネットによる年金見込額試算」:働く期間や受給開始年齢を変えた年金見込額の確認先。
- 金融庁「資産形成の基本」:金融商品の安全性・収益性・流動性、元本割れの可能性、目的に応じた資金管理の確認先。
- 金融経済教育推進機構「J-FLECはじめてのマネープラン」:家計管理、生活設計、年金などの無料相談に関する確認先。


















