久しぶりに友人から旅行へ誘われ、反射的に「行きたい」と思った。
ところが、宿の予約画面を開いた途端、隣の部屋にいる親御さんの咳が聞こえてくる。
自分だけ温泉へ行ってよいのか。旅行中に転んだらどうするのか。兄弟から「介護を置いて遊びに行くの?」と思われないだろうか。
行きたい気持ちはある。それと同時に、楽しみにしている自分を責める気持ちも出てきます。
介護を大切に思う気持ちと、介護から少し離れたい気持ちは、どちらか一方が偽物なのではありません。毎日そばにいるからこそ、家を空ける場面を具体的に想像できてしまうのです。
ただし、旅行へ行くかどうかを罪悪感だけで決めると、何年たっても出発できません。
判断の中心に置くのは、「自分が楽しんでよいか」ではなく、「留守中の生活と安全を誰がどう支えるか」です。
旅行をやめても、介護の苦しさが消えるとは限りません
旅行を断れば、その日は親御さんのそばにいられます。
しかし、断った後に「また自分だけ我慢した」と感じることがあります。その気持ちを表に出せず、普段なら流せる一言に腹が立ったり、介助中の声が強くなったりすることもあるでしょう。
反対に、旅行へ行けば必ず元気になるとも限りません。出先で何度も電話を確認し、結局ほとんど休めなかったということもあります。
大切なのは、旅行を万能薬にすることでも、自分勝手な行動として禁止することでもありません。
厚生労働省の家族介護者支援に関する資料でも、介護と仕事・社会参加・自分自身の生活を両立し、介護者の心身の健康や生活の質を保つことが支援の目標として示されています。介護者の生活は、介護が始まった日に終了するものではありません。
「旅行へ行く資格があるか」を考えるより、「一泊家を空けても介護が崩れない仕組みがあるか」を見ます。足りない部分が分かれば、旅行を諦める前に補う方法を探せます。
出発できるかどうかは、留守中の六つで判断します
旅行の日数より先に、普段自分が担っていることを分けます。
| 留守中に必要なこと | 確かめる内容 | 任せる候補 |
|---|---|---|
| 食事・水分 | 何時に何を食べるか、むせや食事制限があるか | ご家族、配食、訪問介護、施設 |
| 服薬 | 薬の種類、時間、飲み忘れ時の対応 | ご家族、看護・介護サービス、施設 |
| 排せつ・着替え | 一人でできる範囲、夜間の介助、失敗時の対応 | ご家族、訪問介護、ショートステイ |
| 移動・転倒予防 | ベッド、トイレ、玄関まで安全に動けるか | ご家族、介護サービス、施設 |
| 見守り | 火の使用、外出、電話、認知症による行動への対応 | ご家族、通所・宿泊サービス、見守りサービス |
| 急変時の対応 | 誰へ連絡し、どの状態なら救急要請するか | 担当者を一人決め、連絡先を共有 |
食事を置いておけば一人で過ごせる方と、夜間の排せつや服薬に介助が必要な方では、留守の作り方が違います。
「普段から数時間なら一人で過ごせる」ことと、「一晩一人でも安全」なことも同じではありません。
日中だけの外出なら、デイサービスやご家族の訪問で対応できる場合があります。宿泊を伴うなら、夜間の転倒、トイレ、服薬、徘徊なども含めて考える必要があります。
初めて休むなら、いきなり二泊三日にしなくてもよい
旅行へ行くために大がかりな準備を始めると、それだけで疲れてしまいます。
最初は、家を空ける時間を段階的に延ばす方法があります。
数時間の外出
昼食を外で取る、美容院へ行く、映画を見る。まずは連絡を受ければ戻れる範囲で、介護から離れる時間を作ります。
朝から夕方までの日帰り
デイサービスの利用日や、ご家族が来られる日に合わせます。帰宅後に介護が集中すると余計に疲れるため、夕食や入浴まで誰が担うかも決めておきます。
近場で一泊
初めて泊まりで離れる場合は、交通手段が複雑でない場所や、必要なら帰宅できる距離を選ぶと気持ちの負担を減らせます。
一度で理想的な旅行を実現する必要はありません。
短時間の外出で問題が見つかれば、次の旅行前に直せます。たとえば「夕方の薬が分かりにくかった」「親御さんから何度も電話が来た」「兄弟が緊急時の判断に迷った」といったことが、次の引き継ぎ項目になります。
ショートステイは「介護者の都合で預ける場所」ではありません
泊まりで家を空けるとき、選択肢になるのが短期入所生活介護、いわゆるショートステイです。
ショートステイは、要介護者などが施設へ短期間入所し、食事、入浴、排せつなどの支援を受けるサービスです。本人の生活を支えるだけでなく、家族の身体的・精神的な介護負担を軽くすることも目的に含まれています。
冠婚葬祭や介護者の病気だけでなく、介護者が休息を取る目的も利用を検討する理由になります。
ただし、「来週旅行だから、すぐ一泊お願いしたい」と連絡しても、希望日に空きがあるとは限りません。本人の状態、施設の受入条件、医療的な対応、送迎、費用なども異なります。
旅行を考え始めた段階で、担当のケアマネジャーへ次のように伝えます。
「来月、一泊だけ介護から離れる時間を取りたいです。今の状態で利用できるショートステイと、予約までに必要な準備を教えてください」
旅行先まで決めてからではなく、「休みを取りたい」という段階で伝えて構いません。
医療的な管理が必要な方では、介護老人保健施設や介護医療院などが行う短期入所療養介護が選択肢になることもあります。どのサービスが合うかは、本人の状態と地域の受入状況によって異なります。
ショートステイは、できれば旅行前に一度試します
初めて利用する施設へ、いきなり数日泊まることを嫌がる親御さんもいます。
認知症がある場合、場所や職員が変わることで落ち着かなくなることも考えられます。一方で、家族が心配していたほど抵抗なく過ごせる方もいます。
可能であれば、旅行のかなり前に見学や短い利用を検討します。
施設へ伝えておきたい内容は、次のような日常の情報です。
- 普段の起床・就寝時刻
- 食事の形態、食べにくい物、アレルギー
- 服薬の時間と方法
- トイレの頻度や夜間の介助
- 入浴で難しい動作
- 不安になりやすい時間帯や声のかけ方
- 補聴器、眼鏡、つえ、歩行器などの使用
- 体調が変わったときの連絡先
「迷惑をかけないように、困る行動は黙っておこう」と考えると、現場で対応が難しくなります。
夜になると家へ帰ろうとする、薬を拒むことがある、大きな声に驚きやすいなど、介護している家族だから分かることを先に伝える方が、安全に過ごしやすくなります。
親御さんへは、「あなたが重荷だから」と聞こえない言葉を選びます
旅行のためにサービスを使うと伝えることが、最もつらい方もいます。
「あなたの介護に疲れたから旅行へ行く」と受け取られれば、親御さんが傷つくのではないか。そう考えて話を先延ばしにしてしまいます。
伝えるときは、相手を説得する長い説明より、事実と予定を短く話します。
「来月、一晩家を空ける予定があります。その間、安全に食事や薬のことを頼める場所を一緒に決めたいです」
初めての施設を嫌がる場合は、見学や体験から始めることを伝えます。
「いきなり何日も泊まるのではなく、まず見に行って、嫌なところがないか一緒に確かめよう」
「私だって休みたい」と感情をぶつけたくなる日もあるでしょう。その気持ちまで否定する必要はありません。ただ、サービス利用を決める話し合いでは、これまでの我慢を一度に精算しようとすると、話が止まってしまいます。
本人が強く拒む場合は、ご家族だけで押し切らず、ケアマネジャーや施設職員からサービスの内容を説明してもらう方法があります。
兄弟や親族へ頼むときは、「見ておいて」では伝わりません
家族へ頼むときに起きやすいのが、介護の量に対する認識のずれです。
毎日介護している人にとっては当然の手順でも、たまに来る兄弟には分かりません。
「土曜日だけお願い」と頼んだ側は、服薬、食事、排せつ、戸締まりまで含めたつもりでも、頼まれた側は「昼に一度顔を見ればよい」と考えることがあります。
依頼は、時間と行動を区切ります。
「土曜日の午前10時から日曜日の午後5時までお願いしたいです。必要なのは、昼と夜の食事、午後7時の薬、就寝前の戸締まり、日曜朝の安否確認です」
できないことも聞きます。
「夜のトイレ介助までできそうですか。難しければ、そこは別の方法を探します」
断られた場合に、「家族なのに」と責めても介護体制はできません。
兄弟ができる範囲と、介護サービスで補う範囲を分けます。送迎だけ、買い物だけ、緊急連絡の受け役だけでも、役割になることがあります。
留守番を頼む人へ渡すのは、介護日記ではなく一枚の引き継ぎです
旅行前に何十項目も説明すると、頼まれた人も覚えられません。
一枚にまとめる内容は、次の範囲で十分です。
- 本人の氏名・生年月日:救急受診時に必要
- 服薬:薬、時間、飲み忘れ時の連絡先
- 食事:形態、禁止食品、水分の取り方
- 移動:つえ、歩行器、転倒しやすい場所
- 排せつ:介助が必要な時間と方法
- 緊急連絡:旅行中の連絡先、ケアマネジャー、かかりつけ医
- 救急要請の目安:意識、呼吸、強い痛み、転倒など
- 保管場所:保険証等、薬、お金、鍵
旅行中の連絡先は、一人に集める方が混乱を減らせます。
親御さん、兄弟、事業所からそれぞれ電話が来る仕組みでは、旅行者は常にスマートフォンを見続けることになります。
「通常の報告は夕方6時に一度。転倒、発熱、薬の間違いなどがあれば、その時点で電話」のように分けておきます。
旅行中に何度も電話したくなったら、事実と想像を分けます
出発後も、頭の一部がずっと家に残っているように感じることがあります。
電話が鳴っていないのに、何か起きた気がする。食事中にもスマートフォンを見てしまう。楽しめない自分に、さらに罪悪感を持つこともあります。
そのときは、次の二つを分けます。
- 新しい事実がある:連絡が来た、体調が変わった、担当者が対応に迷っている
- 新しい事実はない:予定どおり報告を受けたが、自分の頭の中で悪い場面を想像している
新しい事実があるなら、引き継ぎどおりに対応します。
何も起きていないのに心配が続く場合は、次の報告時刻まで電話を待ちます。心配しないよう命令するのではなく、「次に確認する時間は決まっている」と自分へ伝えます。
旅行先で介護のことを考えてしまっても、旅行の失敗ではありません。何年も担ってきた役割を、家を出た瞬間に切り替えられないのは自然なことです。
旅行を延期した方がよいのは、罪悪感があるときではなく安全が整わないときです
次のような状態では、旅行を否定するのではなく、出発日や介護体制の見直しを優先します。
- 急な発熱、呼吸苦、強い痛みなど、本人の体調が安定していない
- 最近転倒が続き、移動方法が決まっていない
- 服薬内容を変更した直後で、様子を見る必要がある
- 夜間に介助が必要なのに、対応者が決まっていない
- 徘徊、火の不始末、暴力など、安全に関わる行動への対策がない
- 本人を一人にする予定だが、自分で助けを呼べない
- 引き受ける人が内容を理解しておらず、連絡先も共有されていない
反対に、本人の状態が落ち着き、必要な支援と緊急時の連絡方法が決まっているなら、罪悪感だけを理由に中止しなくてもよいでしょう。
予定の変更が起きても対応できるよう、交通や宿泊の取消条件も先に見ておきます。
ケアマネジャーには「旅行したい」とそのまま伝えて構いません
ケアマネジャーへ休みたいと話すと、「介護をしたくない家族だと思われるのでは」と心配になる方がいます。
しかし、家族介護者の身体的・精神的な負担を減らすことは、介護サービスが担う役割の一つです。
すでに介護保険サービスを利用している場合は、次のように伝えます。
「介護を続けるために、来月一泊休みたいと考えています。今のサービスだけでは留守中のどこが足りないか、一緒に見てください」
旅行の許可を求めるのではなく、介護体制の組み替えを相談します。
介護認定を受けていない、担当ケアマネジャーがいない場合は、介護される方の居住地を担当する地域包括支援センターへ連絡できます。地域包括支援センターは、市町村が設置する高齢者の総合相談窓口で、介護サービスや地域の支援につなぐ役割があります。
電話では、次の一言で始められます。
「家族を介護しています。介護者が一泊家を空けるために使える支援を知りたいのですが、まだ何から始めるか分かりません」
電話したからといって、すぐ施設利用や申請を決めなければならないわけではありません。現在の状態で何が使えそうか、準備にどのくらいかかるかを聞くところから始められます。
帰宅後に頑張りすぎると、休んだ時間を打ち消してしまいます
旅行から帰ると、「留守にした分を取り戻さなければ」と感じることがあります。
いつも以上に料理を作り、掃除をし、親御さんの話を何時間も聞く。結果として、帰宅した日の夜には旅行前より疲れていることもあります。
帰宅後にすることは、埋め合わせではありません。
- 本人の体調と、留守中に変わったことを聞く
- 薬や食事で困った点がなかったか確かめる
- 頼んだ人や事業所へお礼を伝える
- 次回の引き継ぎへ一つだけ追記する
親御さんへ何度も謝る必要もありません。
「留守の間、ありがとう。困ったことはなかった?」と聞けば、次の介護に必要な情報を受け取れます。
旅行中に問題がなかったなら、それは「自分がいなくても大丈夫だった」という寂しい証明ではありません。介護を一人だけで抱えない形を、一つ作れたということです。
今日は旅行を予約せず、ケアマネジャーへ一文送るところまでで十分です
休みたいと思った日に、行き先、宿、家族分担、施設利用まで全部決める必要はありません。
まず、担当のケアマネジャーへ次の一文を送ります。
「来月、介護者が一泊家を空けたいと考えています。留守中に必要な支援と、ショートステイを含む選択肢を教えてください」
担当者がいなければ、親御さんがお住まいの市区町村名と「地域包括支援センター」で検索し、窓口名だけを確かめます。
旅行へ行くかどうかは、その回答を聞いてから決めても遅くありません。
罪悪感を無理に消す必要もないのです。心配が残ったままでも、介護が安全に回る準備を一つ増やせます。その準備は、今回の旅行だけでなく、介護者の病気や冠婚葬祭など、急に家を空ける場面にも役立ちます。













