母が施設へ移った後、誰もいない実家へ入る。
冷蔵庫には調味料が残り、居間には読みかけの新聞。玄関には、母が「また帰ったときに履く」と言っていた靴が並んでいます。
このまま維持するのか。少しずつ片づけるのか。売る話まで進めるのか。
きょうだいへ連絡すると、「まだ母が生きているのに家を処分するのは早い」と言われる。一方で、庭木や固定資産税、雨漏りへの対応は、近くに住む自分へ集まってきます。
実家じまいを始めにくいのは、片づけが大変だからだけではありません。
始めることが、親御さんの帰る場所をなくすことや、家族の思い出を捨てることに見えてしまうからです。
けれど、実家じまいの最初の作業は、家を売ることでも、荷物を捨てることでもありません。
今後この家を誰が使い、誰が管理し、どの状態になったら方針を決めるのかを、家族で確かめるところから始まります。
実家じまいは「家を空にする日」から始まるわけではありません
実家じまいは法律上の一つの手続きではなく、家財の整理、名義の確認、管理、売却、賃貸、解体、契約の終了などをまとめて進める考え方です。
そのため、始める時期によって、行う内容が変わります。
| 実家の状態 | この時期に始めたいこと | まだ急がなくてよいこと |
|---|---|---|
| 親御さんが暮らしており、自分で希望を伝えられる | 家の将来、重要書類、残したい物、家族の役割を話す | 大量処分、売却契約、解体 |
| 入院中・施設へ入居した直後 | 自宅へ戻る可能性、管理担当、郵便・保険・水道などを確かめる | 帰宅の見通しが不明な段階で家を空にすること |
| 誰も住まず、空き家になっている | 建物の安全、施錠、庭、固定費、売却・賃貸の可能性を調べる | 比較せず一社へ売却や解体を任せること |
| 親御さんが亡くなった後 | 財産と負債、相続人、名義、法的な期限を確かめる | 相続するか決める前の大規模処分や契約 |
親御さんが元気な今なら、売るか残すかの結論が出なくても構いません。
「何も分からないまま空き家になる状態」を避ける準備だけでも、実家じまいは始まっています。
親御さんが元気なうちに聞きたいのは「家を売っていい?」ではありません
いきなり売却や処分の話をすると、親御さんは「自分が邪魔になった」「早く家を出てほしいと言われている」と感じることがあります。
最初は、決断を求めない質問から入ります。
「もし入院が長くなったら、家のことは誰に頼みたい?」
「家の中で、勝手に捨ててほしくない物はある?」
「通帳や家の権利に関する書類は、どこに置いてある?」
「将来、誰も住まなくなったら、売る、貸す、残すのうち、今はどれに近い?」
一度の会話ですべて聞く必要はありません。
固定資産税の通知が届いた日、庭の手入れをした日、給湯器を修理した日など、住まいの話が自然に出たときに、一項目ずつ確かめます。
この段階で見つけておきたい物は、次のとおりです。
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書
- 土地・建物の権利関係が分かる書類
- 購入時や相続時の契約書、領収書
- 住宅ローンや抵当権に関する書類
- 境界、測量、私道に関する資料
- 火災保険、地震保険の契約内容
- 親御さんが残したい物の一覧
書類を子どもが持ち帰る場合は、何を預かったかを親御さんへ伝え、写真や一覧を残します。
親御さんが元気なうちの実家じまいは、処分ではなく「意思と所在を確認する作業」です。家をどうするかが決まっていなくても始められます。
「元気なうちに片づけて」は、できなくなった部分から話します
子ども世代から見ると、使っていない食器や古い布団は、処分してよい物に見えます。
親御さんにとっては、いつか使う物、家族が帰ってきたときに必要な物、故人との記憶が残る物かもしれません。
「全部片づけよう」ではなく、生活上の問題が起きている場所へ範囲を狭めます。
「廊下の箱につまずきそうだから、通れる幅だけ空けたい」
「冷蔵庫の中で期限が切れた物だけ、一緒に見たい」
「押し入れ全部ではなく、上の一段だけ今日は分けない?」
処分の判断は、四つに分けると進めやすくなります。
- 今も使う物:元の場所へ戻す
- 残したい物:箱や棚を決め、誰の物か書く
- 家族へ渡したい物:受け取る人へ確かめる
- 本人が処分に同意した物:処分方法と費用を決める
迷う物には期限を付けて保留箱へ入れます。
写真、手紙、仏壇、貴金属、通帳、印鑑、不動産関係書類は、作業の勢いで処分しないでください。
施設入居の直後は、帰宅の見込みと管理方法を分けます
親御さんが施設へ入ったからといって、直ちに実家へ戻らないと決まるわけではありません。
短期入所、リハビリ目的、治療後の一時的な入居であれば、自宅復帰の可能性があります。
一方、帰宅の予定が立たなくても、誰も住まない家を何か月も閉め切れば、雨漏り、カビ、庭木、不審者の侵入などの問題が起こりやすくなります。
入居後の早い段階で、次の役割だけは決めてください。
- 月に何回、誰が実家を見るか
- 郵便物を誰が受け取るか
- 庭木、換気、通水を誰が行うか
- 電気、水道、ガスをどこまで残すか
- 火災保険が空き家状態でも有効か
- 鍵を誰が何本持っているか
- 近隣からの連絡を誰が受けるか
保険は、居住者がいなくなったことで契約条件や補償に影響する場合があります。「保険料を払っているから大丈夫」と考えず、保険会社や代理店へ現在の使用状況を伝えます。
親御さんの住民票上の住所などが変わり、不動産登記上の住所と異なる場合は、住所変更登記についても確かめてください。
二〇二六年四月から、不動産所有者の住所や氏名に変更があった場合、原則として変更日から二年以内の変更登記が義務化されています。義務化前の変更で未登記の場合は、二〇二八年三月三十一日までが対応期限とされています。
空き家になった日から、家は「保管場所」ではなく管理する不動産になります
荷物が残っていると、家族にはまだ実家が生活の途中に見えます。
しかし、誰も住んでいない期間が始まれば、家の状態は少しずつ変わります。
- 水道管や排水口を長く使わなくなる
- 湿気がこもり、カビや腐食が進む
- 雨漏りや外壁の破損に気づきにくくなる
- 郵便物や庭の状態から留守だと分かる
- 台風や積雪後の被害を発見できない
当面売却や解体をしない場合も、管理計画は必要です。
屋根材の落下、塀の傾き、窓の破損、悪臭、害虫、樹木の越境などがあれば、家族会議の結論を待たず、安全を守る処置を優先します。
自治体から空き家に関する通知が届いた場合は、封筒を放置せず、対象となった状態と対応期限を担当窓口へ聞いてください。
「家族で処分方法を検討中ですが、先に改善しなければならない箇所と期限を教えてください」
窓口へ問い合わせても、売却や解体が自動的に決まるわけではありません。
売却査定より前に、登記上の所有者を確かめます
固定資産税の通知が親御さんへ届いていても、登記名義が祖父母や、さらに前の世代のままということがあります。
実家の所在地を管轄する法務局で登記事項証明書を取得し、土地と建物の所有者を見ます。
併せて、次の点を確かめてください。
- 土地と建物の名義人が同じか
- 共有者がいるか
- 既に亡くなっている人の名義が残っていないか
- 抵当権などの登記があるか
- 建物が登記されているか
- 固定資産税の課税明細と登記内容が合っているか
家族だからといって、名義人である親御さんの家を子どもが自由に売却できるわけではありません。
共有名義なら、売却や解体を一人の判断だけで進めると、後で親族間の問題になる可能性があります。
親御さんの判断力が心配なら、署名を急がせません
親御さんが契約内容や売却後の生活を理解できる状態なら、本人の希望を確かめながら手続きを進めます。
一方、認知症などにより、次のような状態がある場合は注意が必要です。
- 売却する話をした翌日に覚えていない
- 価格や手数料を理解できない
- 相手によって返事が大きく変わる
- 家を売った後も住み続けられると思っている
- 署名する書類の意味が分からない
この状態で、家族や不動産会社が急いで署名を求めるのは避けます。
本人の判断能力が不十分な方の財産管理や契約を支援する制度として、成年後見制度があります。ただし、売却のためだけに簡単に始めて、終わったら自由に終了できる制度ではありません。
地域包括支援センター、法務局、司法書士、弁護士などへ、家の処分だけでなく今後の財産管理全体を含めて話します。
「親名義の実家をどうするか考えていますが、本人が売却内容を理解できる状態か判断に迷います。家族が勝手に進めてはいけない範囲と、利用できる制度を教えてください」
親御さんが亡くなった後は、片づけより先に三つの期限を見ます
葬儀が終わると、電気や家具の処分を早く進めたくなることがあります。
ただし、財産だけでなく、住宅ローン、税金、保証債務などが残っている可能性もあります。
相続の内容を把握する前に、高額な家財処分や解体を契約するのは避けてください。
相続放棄を考える場合は原則三か月以内
相続放棄は、原則として自分のために相続が始まったことを知ったときから三か月以内に、家庭裁判所へ申述します。
財産や負債を調べても判断できない事情がある場合は、期間を延ばす申立てが認められることもあります。
放棄を検討している間は、遺産を売る、家を取り壊すなど、相続財産を大きく動かす前に、家庭裁判所や法律の専門家へ確認してください。
相続税の申告が必要な場合は原則十か月以内
相続税は、すべての相続で申告が必要なわけではありません。
申告と納税が必要な場合は、通常、亡くなったことを知った日の翌日から十か月以内が期限です。
不動産だけでなく、預貯金、保険金、有価証券、負債などを含めて申告の要否を判断します。
不動産を相続したら、相続登記の期限があります
相続により不動産を取得したことを知った日から、原則三年以内に相続登記を申請する義務があります。
二〇二四年四月より前の相続で名義変更をしていない不動産も対象となり、原則として二〇二七年三月三十一日までに対応が必要です。
遺産分割が期限内にまとまらない場合には、相続人申告登記という制度もあります。家族だけで判断せず、法務局へ現在の状態を伝えてください。
親御さんが転居した後の売却には、税の期限が関わる場合があります
親御さんが施設や子どもの家へ移った後、実家を数年間そのままにすることもあります。
以前住んでいたマイホームを売った場合、一定の要件を満たせば譲渡所得から最高三千万円を控除できる特例があります。
過去に住んでいた家については、原則として、住まなくなってから三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までに売ることが要件の一つです。
親御さんが亡くなった後、相続した一定の空き家を売る場合にも、別の特別控除があります。老人ホームなどへ入居していた場合でも、要介護認定、家の利用状況、建築時期などの要件を満たせば対象になる可能性があります。
ただし、家を人へ貸す、親族が住む、解体する、土地を別用途に使うなどの行動により、特例の条件へ影響する場合があります。
売却を考えているなら、先に税務署や税理士へ、次のように聞いてください。
「親が施設へ移って空き家になった実家を売る予定です。売却期限と、貸したり解体したりする前に確認すべき特例を教えてください」
特例を使えると決めつける必要はありません。期限の有無を知ってから、片づけや売却の日程を決めます。
売る・貸す・残す・壊すは、家財を全部出す前に比べます
家財を空にしてからでなければ、不動産会社へ話せないと思う方もいます。
実際には、荷物が残っている段階でも、現地調査や査定に対応する会社があります。
先に四つの可能性を比べます。
- 売る:現状のまま売れるか、修繕や解体が必要か
- 貸す:修繕費、家賃、管理費、空室リスクはいくらか
- 残す:固定資産税、保険、草刈り、点検を誰が負担するか
- 壊す:解体費、解体後の税金、土地の使い道はどうなるか
不動産会社へは、売却を前提にせず伝えます。
「まだ売ると決めていません。現状のまま売る場合、家財を処分した場合、解体した場合の違いを知りたいです」
査定を受けたからといって、媒介契約や売却を始める必要はありません。
複数の会社へ同じ条件を伝え、価格だけでなく、売れるまでの見込み、必要な修繕、家財処分の範囲も聞いてください。
きょうだいで揉めたら、家への思いと管理負担を別々に話します
実家を残したい人が管理を担当するとは限りません。
遠方のきょうだいは「まだ売らなくていい」と考え、近くにいる家族が草刈り、郵便物、近隣対応を続けていることもあります。
「親の家を大切に思っていない」「自分だけが大変だ」と言い合う前に、次の事実を共有します。
- 年間の固定資産税、保険、管理費
- 実家へ行った回数と交通費
- 修理が必要な箇所
- 親御さんの希望
- 売却や賃貸の査定結果
- 今後一年、管理できる人と回数
「売るか残すかを今日決める前に、次の半年を誰が管理し、費用をどう分けるか決めたい」
結論ではなく、保留している間の責任を決めます。
親御さんが亡くなった後の共有不動産では、固定資産税を払っている人や管理している人だけで処分を決めないでください。
片づけ業者へ頼む前に、作業範囲と所有者を分けます
実家の物量が多く、家族だけでは終わらないこともあります。
業者へ頼むこと自体は問題ではありませんが、「家の中を全部処分」で契約すると、残したい物まで運び出されるおそれがあります。
見積もり前に、部屋や棚へ印を付けます。
- 業者が処分してよい場所
- 家族が先に確認する場所
- 触れてはいけない物
- 買い取りを希望する物
- 金庫や重要書類がある場所
契約書では、追加料金が発生する条件、家電や危険物の扱い、買い取り代金、作業後の清掃、キャンセル料を見ます。
貴重品が見つかった場合の連絡方法も、作業前に決めてください。
急いで動くべき実家と、時間をかけられる実家があります
建物に大きな危険がなく、管理担当と費用負担が決まっているなら、数か月かけて家族の意向や売却条件を調べられます。
一方、次の状態では、思い出の整理より安全確保を優先します。
- 屋根材、外壁、塀が落下・倒壊しそう
- 雨漏りや水道管の破損が広がっている
- 窓や鍵が壊れ、不審者が入れる
- 害虫、悪臭、ごみで近隣へ影響が出ている
- 庭木が道路や電線、隣地へ大きく越境している
- 自治体から改善を求める通知が届いている
人や車へ落下物が当たりそうなど、今すぐ危険が迫っている場合は、現場へ無理に入らず、市区町村、消防、警察などへ状況に応じて連絡してください。
今日は、固定資産税の課税明細を一枚だけ見ます
実家じまいの話を家族全員へ切り出す前に、固定資産税の納税通知書に付いている課税明細を探してください。
土地と建物の所在地、名義、家屋の種類、面積を見ます。
見つからない場合は、親御さんへこう聞きます。
「家を片づける話ではなく、税金の書類がどこにあるかだけ教えてほしい」
書類の名義と、親御さんが思っている所有者が違っていたら、その時点で処分や売却を進めず、登記事項証明書を取得します。
名義が分かれば、次に話すべき人が見えます。
実家を残すか手放すかは、今日決めなくても構いません。まず、誰の家なのかを確かめる。その一枚から始めれば、思い出を急いで捨てずに、後から困る手続きだけを先回りできます。


















