久しぶりに実家へ行くと、電気料金の督促状が食卓に置かれていた。
親御さんへ尋ねると、「もう払ったはず」と言います。ところが通帳には同じ日に何度も現金を下ろした記録があり、何に使ったのか本人も思い出せません。
年金の振込額は、生活できないほど少ないわけではない。それでも冷蔵庫には食べ物が少なく、使っていない健康食品の箱が積まれています。
心配になって「これから通帳は私が預かる」と言うと、親御さんは表情を変えました。
「まだ自分のことは自分でできる。財産を取るつもりなのか」
子どもは守りたい。親御さんは、自分の生活を取り上げられたくない。どちらか一方が間違っているとは限りません。
最初に決めるべきなのは、誰が通帳を持つかではなく、親御さんが今どの部分で困っており、どこまでなら自分で決められるかです。
「年金を管理する」を三つの段階に分けます
親御さんのお金が心配になると、子どもが全部管理するか、本人へ任せるかの二択になりがちです。
実際には、支援の程度を三段階に分けられます。
| 支援の段階 | 親御さんがすること | 子どもが手伝うこと |
|---|---|---|
| 一緒に見る | 支払い、買い物、預金の使い方を自分で決める | 請求期限や残高を月に一度一緒に見る |
| 一部を手伝う | 使い道や毎月の生活費を決める | 振込み、口座振替、領収書管理などを補助する |
| 正式な代理・制度を使う | 判断できる範囲で希望を伝える | 銀行の代理人制度や公的な権利擁護制度に沿って支払う |
支払いを一度忘れたからといって、すぐに通帳を預かる必要はありません。
反対に、本人が支出を説明できない状態が続き、家賃や食費まで不足しているなら、「本人に任せたい」という気持ちだけで放置できない場合もあります。
管理の目的は、子どもが親御さんのお金を自由に動かすことではありません。親御さんの生活費、医療費、介護費を守り、本人が望む暮らしを続けられる状態にすることです。
通帳を預かる前に、親御さんと三つだけ確かめます
最初から資産額や相続の話まで広げると、親御さんは警戒しやすくなります。
まず、直近の生活に関係する三点だけを扱います。
- 年金が振り込まれる口座はどれか
- 家賃、光熱費、保険料などが期限どおり払えているか
- 一か月の食費や日用品に、いくら残したいか
切り出すときは、「管理する」「預かる」と決めつけず、困っている部分を具体的に伝えます。
「通帳を取り上げたいわけではないよ。電気代の支払いが遅れていたから、次の年金が入った日に、引落しだけ一緒に見せてもらえない?」
親御さんが拒む場合は、すぐ説得しようとせず、何が嫌なのかを聞きます。
「残高を知られるのが嫌なのか、自分で使えなくなるのが嫌なのか、どちらが近い?」
財産全体を見られることには抵抗があっても、電気代の引落しだけなら一緒に見られる場合があります。
年金は、親御さん自身の暮らしに使うお金です
子どもが管理を手伝うようになっても、年金は家族の共通財布になるわけではありません。
まず確保するのは、親御さん本人の生活に必要な費用です。
- 住居費、光熱費、通信費
- 食費、日用品
- 医療費、薬代、通院交通費
- 介護サービスや見守りの費用
- 衣服、理美容、趣味、交際など本人が望む支出
子どもが親御さんのために買い物や手続きをした場合は、事前に負担方法を決めます。
たとえば、通院のタクシー代、紙おむつ、日用品を子どもが立て替えたなら、領収書を残して後日精算します。
一方、子どもの住宅費、借金、事業資金、孫の学費などへ親御さんの年金を使う場合は、「家族だから」と曖昧にしないでください。
親御さんが援助を希望している場合でも、金額、目的、一度限りか継続かを確かめます。判断力の低下が疑われる時期に、高額な贈与や名義変更を急ぐのは避けます。
キャッシュカードと暗証番号を預かる方法だけに頼らないでください
親御さんから暗証番号を聞き、子どもがATMで生活費を下ろす家庭もあります。
しかし、家族であっても、本人のカードを使うことが銀行に認められた正式な代理手続きとは限りません。
不正利用と区別できない、本人が何を承諾したか分からない、兄弟から使い込みを疑われるといった問題も起こります。
親御さんが内容を理解して意思を伝えられるうちに、取引銀行へ次のように尋ねてください。
「本人が高齢になり、子どもが支払いを手伝う予定です。代理人の登録、代理人カード、見守りサービスなど、銀行で利用できる正式な方法はありますか」
利用できる制度、対象となる取引、必要書類は金融機関によって異なります。
代理人として登録しても、定期預金の解約、投資商品の売却、大口の振込みなど、すべてを同じように行えるとは限りません。何ができるのかを書面で見ます。
年金事務所への問い合わせも、家族というだけでは代行できないことがあります
「年金がいくら入っているか」「通知書をなくしたので再発行したい」と、子どもが年金事務所へ問い合わせることがあります。
年金の相談や手続きを代理人へ委任する場合は、原則として本人が作成した委任状と、代理人の本人確認書類などが必要です。
委任内容は、「年金額を知りたい」「振込通知書を再交付してほしい」など、できるだけ具体的に記載します。
親御さんへは、次のように目的を限定して頼めます。
「年金全体を私が管理するためではなく、振込通知書の再交付方法を聞くための委任状を書いてほしい」
病気や認知機能の低下などにより、本人が委任状を作成できない場合には別の扱いがあるため、年金事務所へ現在の状態を伝えて必要書類を聞いてください。
子どもが手伝うなら、親名義のお金と自分のお金を混ぜません
親御さんの生活費を管理するとき、子どもの口座へまとめて移すと、残高が見えにくくなります。
相続が発生したときに、親御さんのお金と子どものお金を区別できなくなることもあります。
管理を手伝う場合も、親御さん名義の口座を基本にします。
実務上は、年金が入る口座から固定費を払い、日常の買い物に使う金額を別に分ける方法があります。
- 年金の振込先と固定費の引落し口座を確認する
- 食費や日用品の一か月分だけを分ける
- 大きな支払いは、本人へ内容を伝えてから行う
- 子どもが立て替えた金額は領収書と一緒に記録する
- 親御さんのため以外には使わない
本人が現金を自由に持ちたい場合は、一週間分や一か月分の生活費を本人へ渡し、残りを勝手に制限するのではなく、次の補充日を一緒に決めます。
兄弟への説明は、残高ではなく入出金の記録を共有します
一人の子どもが親御さんの近くに住み、通院や買い物まで引き受けていると、自然にお金の管理も集中します。
遠方の兄弟からは、「年金をいくら使っているのか」「通帳を見せてほしい」と言われる。管理している側は、何も手伝わないのに疑われているようで腹が立つことがあります。
兄弟間の不信を減らすには、すべての財産を常時公開するより、管理している範囲と支出だけを定期的に共有します。
月に一度、次の内容を一枚にまとめます。
- 年金などの入金額
- 住居費、光熱費、医療・介護費
- 現金で渡した生活費
- 家族が立て替え、精算した金額
- 一万円を超える臨時支出と用途
親御さんが内容を理解できる場合は、兄弟へ何を伝えてよいか本人の意向も聞きます。
「お母さんの了承を得て、生活費と医療費だけ月に一度共有する。預金全体や相続の話は、今は別に扱いたい」
管理する子どもへの交通費や手間をどう扱うかも、後から自分の判断で差し引かず、家族で先に決めてください。
一度の物忘れではなく、生活への影響を見ます
通帳を探した、支払いを一度忘れたというだけで、認知症や財産管理能力の低下を決めつけることはできません。
一方、次のような変化が重なっている場合は、単なるうっかりとして済ませず、支援の方法を考えます。
- 公共料金や家賃の支払い忘れが繰り返される
- 同じ商品を何度も購入する
- 大きな出金の用途を説明できない
- 知らない相手へ送金しようとする
- 契約内容を理解できないまま署名する
- 必要な食費や医療費を残せない
- 以前できていた銀行や役所の手続きが難しくなった
「認知症だから通帳を渡して」と迫るのではなく、起きた事実を記録します。
「この二か月で電気代の支払い忘れが二回あり、同じ健康食品が四箱届いている」
この伝え方なら、医療機関や地域包括支援センターにも状況を説明しやすくなります。
本人が契約内容を理解できるなら、日常生活自立支援事業もあります
親御さんだけでは支払いや福祉サービスの手続きが難しくなっていても、支援契約の内容は理解できる場合があります。
そのような方を対象に、社会福祉協議会などが実施する日常生活自立支援事業があります。
地域や本人の状態によりますが、次のような支援が行われます。
- 福祉サービスを利用するための手続き
- 預金の払戻しや支払いなど日常的な金銭管理
- 通帳、印鑑、年金証書など大切な書類の預かり
- 定期的な訪問による生活状況の確認
本人との契約に基づく制度であるため、本人が契約内容を理解できることが条件になります。
子どもだけで申し込んで管理を任せる制度ではありません。
市町村の社会福祉協議会へは、次のように尋ねます。
「母は支払い手続きが難しくなっていますが、説明すれば自分の希望を話せます。日常生活自立支援事業の対象になるか、本人と一緒に相談したいです」
初回相談と、契約後の利用料の扱いは地域によって異なるため、訪問頻度と費用を確認してください。
契約や財産管理そのものが難しい場合は、成年後見制度を検討します
親御さんが、預金の管理だけでなく、介護サービスの契約、不動産、保険、相続などを自分で判断することが難しくなっている場合は、家族の口約束だけでは対応できないことがあります。
成年後見制度は、認知症などにより判断能力が十分ではない方を法律面から支援する制度です。
現在の制度には、本人の判断能力に応じた後見、保佐、補助と、判断能力があるうちに契約しておく任意後見があります。
ただし、「銀行からお金を下ろしたい」という一つの用事だけで、急いで申立てを決める制度ではありません。
家庭裁判所が必要性や本人の状態を見て後見人等を選びます。家族が候補者を挙げても、その人が必ず選ばれるとは限らず、専門職が選任されて報酬が本人の財産から支払われる場合もあります。
検討するときは、地域包括支援センターや自治体の成年後見制度に関する中核機関などへ、次のように伝えます。
「母が年金の使い道や契約を理解することが難しくなっています。日常生活自立支援事業で足りる状態か、成年後見制度が必要な状態かを見分けたいです」
年金を管理している子どもが使い道を説明しない場合
すでに兄弟の一人が通帳を持っており、ほかの家族へ残高や支出を説明しないことがあります。
すぐに「使い込んでいる」と決めつける必要はありません。親御さんの介護費を立て替えていた、記録を付ける余裕がなかったという場合もあります。
まず、人格ではなく管理方法を尋ねます。
「責めたいわけではない。お母さんの生活費が足りているか知りたいので、直近三か月の年金入金、固定費、医療・介護費だけ共有してほしい」
それでも説明を拒み、次のような状態がある場合は、家族だけで話し合いを続けない方がよいでしょう。
- 親御さんに食費や医療費が渡されていない
- 親御さんが通帳を返してほしいと言っても返さない
- 管理している家族の借金や買い物に使われている
- 不自然な出金、送金、名義変更がある
- 親御さんとほかの家族が会うことを妨げている
本人の財産を不当に処分したり、本人から不当に財産上の利益を得たりする行為は、経済的虐待に当たる可能性があります。
高齢者虐待か判断できない段階でも、市区町村や地域包括支援センターへ状況を伝えられます。
親御さんが拒むときは、管理範囲を一段階小さくします
子どもが心配しても、親御さんが「自分でできる」と譲らないことがあります。
このとき、通帳を隠したり、暗証番号を無理に聞き出したりすると、関係が壊れ、必要な支援まで拒まれるかもしれません。
緊急の危険がなければ、提案を小さくします。
- 請求書の期限だけ一緒に見る
- 年金振込日に残高を確認する
- 高額な契約だけ、署名前に家族へ連絡してもらう
- 固定費を口座振替へ変更する
- 通帳は本人が持ち、記帳だけ一緒に行う
親御さんには、いつまで続けるかも伝えます。
「全部を管理するつもりはないよ。三か月だけ、電気代と家賃が払えているか一緒に見て、その後はまた決めよう」
本人の自由を残しながら、生活上の危険だけを減らす方法です。
次の年金振込日は、三つの引落しだけ一緒に見ます
今日は、通帳を預かるか、成年後見制度を使うかまで決めなくて構いません。
親御さんへ、次の一文だけ伝えてください。
「次の年金が入った日に、家賃、電気代、医療費の三つだけ、払えているか一緒に見せてほしい」
通帳全体を調べるのではなく、生活に欠かせない三項目から始めます。
支払いができていれば、今は見守りを続けられます。忘れが重なっていれば、口座振替や銀行の代理手続き、社会福祉協議会の支援を一つずつ検討できます。
親御さんのお金を守ることと、親御さんからお金を取り上げないことは、両立できます。最初の一回は、「管理する日」ではなく、二人で暮らしの支払いを確かめる日にしてください。


















