いつもの買い物なのに、帰宅が一時間遅れただけで落ち着かなくなります
母親は、午後三時に近所のスーパーへ出かけました。
歩いて往復しても、普段なら一時間ほどです。ところが、五時になっても帰ってきません。
携帯電話を鳴らしても出ず、スーパーへ電話しても見当たらないと言われます。
家族が手分けして探し始めた頃、母親は隣町の交番で保護されていました。
道路工事でいつもの道を通れず、曲がる場所が分からなくなったそうです。
無事だった安心から、つい強い言葉が出ます。
「もう一人で出かけないで」
「どうして分からなくなった時点で電話しないの」
「迷惑をかけたことが分かっている?」
母親は黙り込み、翌日から買い物へ行かなくなりました。
家族は事故や行方不明を防ぎたい。本人は、これまでどおり自分で買い物や散歩を続けたい。
どちらか一方だけを守ろうとすると、家族は見張り続けることになり、本人は自分の生活を奪われたように感じます。
外出をゼロにする前に、「どんな条件で迷ったのか」と「迷った後に家へ戻る仕組み」を分けて考えます。
一度道を間違えたことと、繰り返し帰れなくなることは同じではありません
道に迷ったからといって、すぐ認知症と決めつけることはできません。
道路工事、暗さ、疲労、視力や聴力の変化、初めての場所などでも、方向が分からなくなることがあります。
| 起きた状況 | 次に見たいこと |
|---|---|
| 工事や店の移転で景色が変わった | いつもの道なら問題なく歩けるか |
| 夕方や雨の日だけ迷った | 明るさや見え方に困っていないか |
| 遠出や初めての場所で迷った | 慣れた地域でも同じことが起きるか |
| 体調が悪い日に迷った | 発熱、脱水、薬の変更などがなかったか |
| 近所で何度も帰れなくなる | 時間、場所、目的地の理解にも変化がないか |
| 出かけた目的を本人が説明できない | 買い物や金銭管理など、ほかの生活場面にも変化がないか |
| 以前と違う遠い場所で見つかる | 同じ方向へ向かう傾向や、昔の家・職場を探していないか |
一回の失敗を理由に外出を全面禁止するのではなく、その後一週間ほど、外出した時間、目的地、経路、帰宅時刻を見ます。
近所でも迷う、約束した場所へ行けない、同じ話を繰り返すなど別の変化もある場合は、地域包括支援センターやかかりつけ医へ具体的な出来事を伝えます。認知症が心配な段階から、地域包括支援センターは本人と家族の相談を受け、必要に応じて医療や介護の支援につなぎます。
急に道が分からなくなった場合は、年齢や物忘れだけで片づけません
昨日まで問題なく歩いていた人が、急に場所や家族を認識できなくなった場合は、認知機能の変化以外の体調不良も考える必要があります。
次の症状が同時に出ているときは、外出対策を考えるより救急対応を優先します。
- 顔の片側がゆがむ、しびれる
- ろれつが回らず、うまく話せない
- 突然、片方の手足に力が入らなくなった
- 急にふらつき、立っていられない
- 意識がはっきりしない
- 強い頭痛や呼吸の苦しさがある
厚生労働省は、顔の片側の異常、ろれつの回りにくさ、片方の手足の脱力、急な強いふらつきなどを、迷わず119番を考える症状として案内しています。
暑い日に長時間外へ出ており、自力で水を飲めない、意識がはっきりしない場合も救急車を呼びます。
最初の一週間は、「何分遅れたか」より迷いやすい条件を探します
| 記録すること | 書き方の例 |
|---|---|
| 外出した時刻 | 15時10分 |
| 行き先 | 駅前スーパー、郵便局 |
| 予定した経路 | 商店街を通るいつもの道 |
| 帰宅予定 | 16時30分 |
| 実際の帰宅時刻 | 17時20分 |
| 迷った場所 | 工事中の交差点付近 |
| 本人の説明 | 目印の薬局が見つからなかった |
| その日の条件 | 夕方、雨、寝不足 |
本人を試すための記録ではありません。
「一人で出かけられるか」を採点するのではなく、明るい時間なら帰れる、工事中の道だけ難しいなど、安全に外出できる条件を探します。
親の外出を守る準備は、持ち物を増やす前に行き先を一つに絞ります
買い物、銀行、病院を一度に回ると、予定が変わったときに本人も家族も居場所を追いにくくなります。
外出に不安が出始めた時期は、一回の外出を一つの目的にします。
| 決めておくこと | 具体例 |
|---|---|
| 今日の行き先 | 駅前スーパーだけ |
| 通る道 | 交番と郵便局の前を通る道 |
| 家を出る時刻 | 午前10時 |
| 帰宅予定 | 午前11時30分 |
| 休む場所 | スーパー入口のベンチ |
| 困ったときに行く場所 | 交番、いつもの薬局、店のサービスカウンター |
道順は「二つ目の角を右」より、「赤い郵便局のところを右」というように、本人が普段使っている目印で伝えます。
行きと帰りで別の道を使わず、しばらくは同じ経路を繰り返す方が混乱しにくくなります。
外出前に用意したいのは、連絡先・最近の写真・充電の三つです
| 準備するもの | 入れておく内容 |
|---|---|
| 連絡先カード | 家族の電話番号、本人の名字、支援が必要なこと |
| 本人が持つ身元確認用品 | 自治体の見守りシール、登録番号、連絡先付きキーホルダーなど |
| 携帯電話 | 家族へワンタッチで電話できる設定、十分な充電 |
| 家族が保管する写真 | 最近の顔写真と全身写真 |
| 当日の服装写真 | 出発前に上着・帽子・バッグが分かるよう撮影 |
| 少額の現金・交通手段 | 帰りのバスやタクシーに使える範囲 |
連絡先カードを財布へ入れるだけでは、保護した人が見つけられない場合があります。
本人が受け入れられるなら、普段使うバッグの分かりやすい場所や、衣服へ付けられる見守りシールも検討します。
自治体によっては、個人情報を表面に出さず、登録番号やQRコードなどを通じて家族へ連絡できる見守りシールを配布しています。制度の名称、対象、費用、情報の管理方法は地域によって異なります。
「迷子札」と呼ばず、本人にも役立つ物として一緒に選びます
家族には安全対策でも、本人には子ども扱いや監視のように感じられることがあります。
| 避けたい言い方 | 伝え直す例 |
|---|---|
| 迷子になるから名札を付けて | 具合が悪くなったとき、私へ連絡してもらえる札を持たない? |
| 勝手に遠くへ行かないで | 帰りが遅いと心配だから、行き先だけ教えてね |
| GPSでいつも見ているから | 困ったときだけ居場所を探せる物を、一緒に試してみない? |
| もう一人では無理 | 明るい時間と、いつもの道ならどうか一緒に試したい |
出かけることを止めたいわけではないよ。
この前みたいに道が変わったとき、私へ連絡できる方法を一つ持ってほしいんだ。
カード、携帯電話、靴に入れる物の中なら、どれが使いやすそう?
本人が一つ拒んだら、すべての対策を諦める必要はありません。
携帯電話が嫌なら連絡先カード、首から下げる物が嫌なら靴やバッグに入れる物というように、本人が持ち続けられる方法へ変えます。
携帯電話は、持っているだけでは連絡手段になりません
外出時に携帯電話を持っていても、着信に気づかない、画面を操作できない、家族の番号を探せないことがあります。
- 家族の番号を一番上へ固定する
- ワンタッチ発信や音声操作を設定する
- 着信音と振動を本人が気づく強さにする
- ロック解除を複雑にしすぎない
- 外出前に充電残量を見る
- 家族から電話が来たときの出方を一緒に練習する
- 本人が普段持つバッグや服の同じ場所へ入れる
新しい機種へ急に替えるより、本人が慣れた端末を簡単な設定へ変えた方が使いやすいことがあります。
外出中に電話へ出ないことも想定し、携帯電話だけへ安全を預けないようにします。
GPSは「見れば必ず見つかる道具」ではありません
位置情報端末は、現在地を探す助けになりますが、本人が持って出なければ使えません。
| 選ぶときに見ること | 理由 |
|---|---|
| どこへ入れるか | バッグを替えても持ち出せるか |
| 充電頻度 | 家族が無理なく充電を続けられるか |
| 端末の大きさ | 本人が外したり置いていったりしないか |
| 位置の更新間隔 | 表示が実際の居場所とどの程度ずれるか |
| 屋内・地下での使用 | 建物内では正確に表示できない場合がある |
| 検索する人 | 通知を受け、実際に迎えへ行ける人がいるか |
| 月額と追加費用 | 検索、駆け付け、通信などに別料金がないか |
自治体によっては、行方不明になる心配のある認知症の人を対象に、GPS端末の貸与や利用料の補助を行っています。たとえば神戸市や大阪市では、一定の対象要件のもとで位置情報端末を利用する制度がありますが、費用や申込先は地域ごとに異なります。
機器を買う前に、親の住所を担当する地域包括支援センターへ、自治体の貸与・助成制度がないか尋ねてください。
自治体のSOSネットワークは、行方不明になる前に登録できます
自治体によっては、道に迷って行方が分からなくなる可能性のある人について、顔写真、全身写真、身体的特徴、緊急連絡先などを事前に登録できます。
行方不明になった際には、警察、自治体、地域包括支援センター、交通機関や協力事業者などが情報を共有し、早期発見へつなげます。
| 登録時に準備することの例 | 内容 |
|---|---|
| 顔写真 | 眼鏡や普段の髪形が分かる最近の写真 |
| 全身写真 | 体格、姿勢、歩き方の特徴が分かる写真 |
| 身体的な特徴 | 身長、ほくろ、傷、眼鏡、補聴器など |
| よく行く場所 | 店、駅、公園、昔の家や職場 |
| 移動方法 | 徒歩、自転車、バス、電車 |
| 緊急連絡先 | 実際に迎えへ行ける家族等 |
| 医療・介護情報 | 持病、服薬、利用中の介護サービス |
必要な写真や対象条件は自治体によって違います。横浜市の一部地域では、最近の顔写真と全身写真、緊急連絡先などを登録情報として求めています。
事前登録をしていなくても警察へ行方不明者届を出せます。登録していないことを理由に、連絡を遅らせないでください。
親が認知症の診断を受けていなくても、地域包括支援センターへ話せます
「診断がないから、自治体の窓口へ行くのは早い」と思うことがあります。
しかし、地域包括支援センターでは、認知症かもしれないと感じた段階や、家族が対応に迷っている段階から相談できます。
78歳の母が、いつもの買い物から帰れず、隣町で保護されました。
認知症の診断は受けていません。
外出を続けるために利用できる事前登録、見守りシール、GPS、受診先について教えてください。
地域包括支援センターは、相談内容に応じて、認知症疾患医療センター、認知症初期集中支援チーム、介護サービスなどと連携します。
近所へ協力を頼むときは、親の情報を広げすぎません
親がよく利用する店や近隣住民に、可能な範囲で協力を頼めることがあります。
ただし、本人の病名や家庭事情を広く伝える必要はありません。
母が道に迷ったとき、この店を目印にしているようです。
一人で困っている様子があれば、こちらの番号へ電話をいただけると助かります。
店内で見守っていただくだけで、家まで送っていただく必要はありません。
- 本人の同意を得られる範囲で頼む
- 協力を頼む人を限定する
- 迎えや介助まで当然のように頼まない
- 家族の連絡先だけを伝える
- 協力できない日があることを前提にする
認知症サポーターなど、地域で本人と家族をさりげなく支える仕組みも広がっています。厚生労働省は、認知症の人が外出や社会生活を続けられるよう、周囲が自然に手助けする地域づくりを進めています。
見つからないとき、家族だけで何時間も探さないようにします
「もう少し探してから警察へ」と思っている間にも、本人が遠くへ移動することがあります。
家の中、敷地、普段立ち寄る近所を短時間で確かめても見つからず、居場所が分からない場合は、すぐに110番をするか警察署へ届け出てください。警視庁も、家族等が行方不明になった場合は、すぐに110番または警察署へ届け出るよう案内しています。
警察へ連絡した後、自治体のSOSネットワークへ登録している場合は、区市町村や地域包括支援センターなどの登録窓口にも連絡します。
| 警察へ伝えること | 準備する内容 |
|---|---|
| 最後に見た時刻と場所 | 午後3時、自宅玄関を出た |
| 外出の目的 | 駅前スーパーへ買い物 |
| 服装 | 紺の上着、灰色のズボン、黒い帽子 |
| 持ち物 | 赤いバッグ、携帯電話、財布 |
| 身体的特徴 | 身長、体格、眼鏡、歩き方 |
| 移動手段 | 徒歩、自転車、交通系ICカードの有無 |
| よく行く場所 | スーパー、駅、以前住んでいた家 |
| 健康状態 | 持病、服薬、けがの可能性 |
| 本人の写真 | 最近の顔写真、当日の服装写真 |
警察へ届ける際には、行方不明者の写真や関係資料を持参するよう案内されています。
電話をかける人と探す人を同じ一人に集中させません
| 役割 | 行うこと |
|---|---|
| 警察への連絡 | 届出、情報の更新、発見後の連絡 |
| 自宅待機 | 本人が戻った場合の対応、固定電話の受信 |
| 近隣の確認 | 普段の店、駅、公園などを安全な範囲で見る |
| 自治体への連絡 | SOSネットワーク、地域包括支援センターへ伝える |
| 情報の集約 | 家族や知人からの目撃情報を一人へ集める |
家族全員が外へ探しに出ると、本人が自宅へ戻ったときに誰もいないことがあります。
一人は自宅や電話の近くに残り、情報の窓口を一本にします。
SNSへの投稿は、警察と相談してから情報の範囲を決めます
早く見つけたい気持ちから、氏名、顔写真、住所、病歴などをすぐ公開したくなることがあります。
しかし、公開した情報は発見後も残ったり、別の目的に使われたりする可能性があります。
- 警察や自治体のネットワークで共有できる範囲を先に聞く
- 自宅の詳しい住所や電話番号を直接公開しない
- 情報提供の連絡先を家族個人へ集中させすぎない
- 発見されたら、投稿を削除・更新する
- 本人が戻った後の生活や尊厳にも配慮する
都道府県や市区町村を越えた情報共有の仕組みもあるため、まず警察と自治体へ連絡します。
見つかった直後は、叱る前に体調とけがを見ます
何時間も探した後に親が見つかると、安心と怒りが一度に出てきます。
しかし、本人も自分がどこにいるか分からず、怖い時間を過ごしていたかもしれません。
見つかってよかった。まず座ろう。
痛いところや、気分が悪いところはない?
帰ってから、次は困らない方法を一緒に考えよう。
- 転倒による傷や痛みがないか
- 水分を取れているか
- 暑さや寒さで体調を崩していないか
- 薬を飲み忘れていないか
- 財布や持ち物を失っていないか
- 誰かとのトラブルや事故がなかったか
発見されたら、警察やSOSネットワークなど、捜索を依頼したすべての窓口へ連絡します。
迷った理由は、「本人がしっかりしていないから」ではなく道の途中から探します
| 迷った理由の例 | 次回変えること |
|---|---|
| 工事で目印がなくなった | 別の目印を一緒に見つける |
| 帰り道が暗くなった | 午前中だけ外出する |
| 複数の用事を回った | 一回一か所にする |
| 携帯電話を置いて出た | 玄関に持ち物札を置く |
| 途中で昔の知人宅へ向かった | 本人が向かおうとした理由を聞く |
| 疲れて休み、方向が分からなくなった | 距離を短くし、休む場所を決める |
家へ鍵をかけて出られなくする、靴を隠すなどの対応は、本人の不安や怒りを強めることがあります。
外出そのものを止める前に、時間、経路、同行、地域の支援を変えられないかを考えます。
一人で出かける条件を、家族と本人で三段階に分けます
| 状態 | 外出方法の例 |
|---|---|
| 慣れた道なら帰宅できる | 明るい時間、決まった店、連絡手段を持って一人で行く |
| 帰宅が遅れる、道を間違えることがある | 近所まで同行し、店内だけ一人で過ごす |
| 近所でも繰り返し帰れなくなる | 家族、ヘルパー、地域支援者等と出かける方法を組む |
一度迷ったから一生一人で出られない、と決める必要はありません。
一方で、短期間に繰り返す、交通事故につながりかけた、夜間に遠くまで歩いたという場合は、「本人が嫌がるから」と元のままに戻さず、支援を増やします。
家族が仕事中で付き添えない場合も、選択肢は家族だけではありません
- 訪問介護の買い物同行や外出支援
- デイサービスなど通う予定を作る
- 地域の通いの場や見守り活動
- 移動支援や自治体独自の生活支援
- 配食・買い物支援を利用し、外出の目的を減らす
- 親しい人との散歩時間を決める
利用できる制度は、本人の状態、要介護認定、自治体によって異なります。
地域包括支援センターへは、「迷うので外出を止めたい」ではなく、「買い物や散歩を続けるために、家族以外の同行や見守りを使えないか」と伝えてください。
認知症の人の日常生活における意思決定支援では、外出も本人の意思を尊重しながら周囲が支える場面の一つとされています。
今日するのは、玄関へ鍵を増やすことではありません
今日は、次の三つだけ準備してください。
- 親の最近の顔写真と全身写真を一枚ずつ撮る
- 家族の電話番号を書いたカードを、普段のバッグへ入れる
- 親の住所を担当する地域包括支援センターへ、SOS登録の有無を尋ねる
次に外出するときは、行き先、帰宅予定、当日の服装を一人の家族と共有します。
見守りの目的は、親が外へ出ないようにすることではありません。
迷ったときに助けを求められ、家族が早く動けるようにすることです。
本人がこれまで続けてきた散歩や買い物には、運動だけでなく、人との会話や自分で選ぶ楽しさもあります。
その生活を残せる範囲を探しながら、危険が増えた部分だけ支援で補います。
まずは「もう出ないで」と言う前に、親がいつも持って出る物を一つ見つけ、そこへ帰宅につながる連絡先を入れるところから始めてください。
出典・確認先メモ
- 警察庁・警視庁:認知症に係る行方不明者の状況、地域ネットワークとの連携、行方不明時の早期届出。
- 厚生労働省:認知症に関する相談先、地域包括支援センター、認知症初期集中支援チーム。
- 厚生労働省:認知症の人を地域で自然に支える考え方と、地域の見守り体制。
- 自治体のSOSネットワーク:顔・全身写真や特徴の事前登録、警察・交通機関等との連携。
- 自治体のGPS・見守りシール事業:位置情報端末の貸与・補助、個人情報へ配慮した身元確認用品。















