葬儀が終わり、家へ戻ると、机の上には役所の封筒、病院の領収書、葬儀社の請求書が重なっています。
親族からは「銀行へ連絡した方がいい」「土地の名義を変えないと」「年金を止めたのか」と、次々に言われます。
けれど、通帳がどこにあるのかも、遺言書があるのかも分かりません。悲しいのか、疲れているのか、頭が動かない。何か忘れている気がして、夜中に何度も封筒を見直す方もいるでしょう。
葬儀後の手続きは、思いついた順に片付けると混乱しやすくなります。
すべてを急ぐ必要はありません。先に見るのは、期限を過ぎると選べなくなる手続きです。
最初に覚える期限は「3か月・4か月・10か月・3年」です
葬儀後の手続きを一枚の一覧にすると、急ぐものと後でよいものを分けられます。
| 時期の目安 | 主な手続き | 先に確かめること |
|---|---|---|
| できるだけ早く | 年金、健康保険、公共料金、勤務先、保険会社などへの連絡 | 亡くなった方が利用・受給していた制度や契約 |
| 原則3か月以内 | 相続放棄・限定承認の検討 | 預貯金だけでなく、借金、保証債務、未払い金 |
| 原則4か月以内 | 所得税の準確定申告と納税 | 亡くなった方に申告が必要な所得があったか |
| 原則10か月以内 | 相続税の申告・納税 | 相続財産が基礎控除を超えるか |
| 原則3年以内 | 相続した不動産の相続登記 | 不動産を取得した相続人と遺産分割の内容 |
3か月、4か月、10か月の期限は、一般には亡くなった事実と自分が相続人であることを知った時点を基準に考えます。配偶者や同居家族など、亡くなった日に相続開始を知った方は、ひとまず死亡日から数えて予定を置くと見落としを減らせます。
最初から不動産の名義変更まで進める必要はありません。先に「遺言書があるか」「相続人は誰か」「借金を含む財産がどれほどあるか」を確かめます。
葬儀の翌日に遺産を分ける話までしなくて構いません
親族が集まっているうちに、誰が家を相続するか、預金をどう分けるかまで決めた方がよいと思うかもしれません。
しかし、遺言書や借金の有無が分からない状態で分配を決めるのは早すぎます。
生命保険、証券口座、借入金、連帯保証、不動産などが後から見つかると、話し合いをやり直すことになります。
葬儀直後の家族には、次のように伝えられます。
「今日は遺産を分ける話まではしません。まず遺言書と、借金を含めた財産を調べます。3か月以内に判断が必要なので、通帳や請求書の場所だけ共有してください」
その場で決めるのは、手続きの担当者と連絡方法だけで十分です。
- 役所や年金を担当する人
- 通帳・保険・不動産の資料を集める人
- 親族へ進み具合を伝える人
- 葬儀費用や立替金を記録する人
一人がすべてを背負う必要はありません。遠方のきょうだいには、電話連絡や資料の一覧化を任せることもできます。
書類を捨てる前に「手続き箱」を一つ作ります
葬儀後は、不要に見える封筒や古い通帳から、財産や契約が分かることがあります。
片付けを急がず、次のものを一か所に集めてください。
- 死亡診断書・死体検案書の写し
- 火葬許可証や火葬後に返された書類
- 葬儀社の見積書、請求書、領収書
- 病院、施設、介護サービスの請求書
- 通帳、キャッシュカード、金融機関からの郵便
- 固定資産税や自動車税の通知書
- 生命保険、損害保険、共済の書類
- 証券会社、投資信託、配当金の通知
- ローン、クレジットカード、借入金の明細
- 年金証書、健康保険、介護保険の書類
- 不動産の権利証、登記識別情報、賃貸契約書
- 携帯電話、電気、ガス、インターネットなどの請求書
死亡診断書の原本は、死亡届と一体になって提出されていることが一般的です。手元のコピーが少ない場合は、必要な手続きごとに何を提出するのかを先方へ尋ねてください。
携帯電話やメールも、すぐ解約しない方がよい場合があります。オンライン口座や契約先からの通知、支払い履歴が残っていることがあるためです。
ただし、故人の暗証番号を推測して勝手に操作するのではなく、相続人としての正規の手続きを通信会社やサービス事業者へ聞きます。
遺言書を見つけても、自宅で封を開けないでください
引き出しや金庫から「遺言書」と書かれた封筒が出てくることがあります。
自宅で保管されていた自筆証書遺言などは、原則として家庭裁判所での検認が必要です。封印されている遺言書は、家庭裁判所で相続人などの立会いのもと開封します。
検認は、遺言書が有効か無効かを決める手続きではありません。遺言書の状態や内容を明らかにし、偽造や変造を防ぐための手続きです。
一方、次の遺言書は原則として検認を必要としません。
- 公証役場で作成された公正証書遺言
- 法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用した遺言書
遺言書がある場合は、遺言執行者が指定されているか、不動産や預金が誰に渡る内容かを確かめます。
遺言書があるか分からないときは、自宅だけでなく、公証役場や法務局の保管制度について調べる方法もあります。
戸籍を集めて「相続人が誰か」を確定します
相続人は、家族が普段認識している範囲だけでは確定できません。
亡くなった方に前の婚姻で生まれた子がいる、認知した子がいる、養子縁組をしているといった場合、その方も相続人になる可能性があります。
一般に、相続手続きでは次の戸籍類を集めます。
- 亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍・除籍・改製原戸籍
- 相続人の現在の戸籍
- 亡くなった方の住民票の除票や戸籍の附票
相続関係が複雑な場合は、戸籍を集めるだけで時間がかかります。
複数の銀行や登記手続きを行うなら、法務局の「法定相続情報証明制度」も利用できます。戸籍類と相続関係を表した一覧図を法務局へ提出し、認証された一覧図の写しを無料で交付してもらう制度です。
一覧図の写しを複数取得しておくと、戸籍の束を銀行ごとに提出して返却を待つ手間を減らせることがあります。
財産調査は、プラスの財産と借金を同じ日に始めます
通帳や不動産を調べる一方で、借金の調査を後回しにすると、相続放棄の判断が遅れます。
財産は、次の四つに分けます。
預貯金・現金・金融商品
- 銀行、信用金庫、ゆうちょ銀行などの預貯金
- 証券口座、投資信託、株式、債券
- 電子マネー、暗号資産、ネット銀行
- 自宅や貸金庫に保管している現金
不動産・動産
- 自宅、土地、農地、山林、賃貸物件
- 自動車、貴金属、骨董品など
- 共有名義の不動産や未登記建物
受け取る可能性があるお金
- 生命保険金
- 死亡退職金
- 未支給年金
- 医療費や保険料などの還付金
借金・未払い・保証
- 住宅ローン、カードローン、事業融資
- クレジットカードの未払い
- 税金、医療費、施設費、家賃
- 個人間の借入金
- 連帯保証や事業上の債務
生命保険金や未支給年金は、契約内容や制度上、相続財産とは異なる扱いになることがあります。しかし、相続税や家族の生活設計に関係するため、財産一覧には別枠で記載しておきます。
借金が分からない間は、故人の財産を処分しない方が安全です
相続放棄は、自分のために相続が始まったことを知ったときから、原則3か月以内に家庭裁判所へ申述します。
借金が多い可能性があるなら、この期限を最優先で考えてください。
相続放棄を検討している間に、相続財産を売却したり、自分のために使ったりすると、相続を承認したと扱われる可能性があります。
次の行為は、自己判断で進めず、弁護士や家庭裁判所へ扱いを確かめた方が安全です。
- 故人のキャッシュカードで預金を引き出す
- 故人の車や貴金属を売る
- 不動産を処分する
- 借金の一部を遺産から返済する
- 形見では済まない価値のある物を分ける
葬儀費用や故人の医療費をどこから支払うかについても、相続放棄を考えている場合は個別に確かめてください。
銀行口座は、解約より先に支払いの流れを確かめます
金融機関が口座名義人の死亡を知ると、その口座の入出金が停止されるのが一般的です。
これは預金を相続人の一人が勝手に引き出さないようにするためでもあります。
口座が止まると、次の引き落としもできなくなる可能性があります。
- 配偶者が住み続ける家の電気・ガス・水道
- 家賃や住宅ローン
- 携帯電話、インターネット
- 保険料や施設費
- クレジットカードの利用代金
銀行へ連絡する前に、通帳や明細から継続が必要な支払いを拾い、別口座や払込票へ切り替えます。
一方で、必要な支払いがあるからと、故人のカードと暗証番号を使って引き出すのは避けてください。
遺産分割前でも一定の範囲で預金を払い戻せる制度があります。葬儀費用や生活費が必要な場合は、金融機関へ次のように聞きます。
「相続手続きが終わる前に必要な支払いがあります。遺産分割前の預金払戻し制度を利用できるか、必要書類と上限を教えてください」
正式な相続手続きに必要な書類は、遺言書や遺産分割協議書の有無、金融機関によって異なります。
年金・保険・勤務先のお金は、相続とは別に申請します
亡くなった方が年金を受けていた場合は、未支給年金や遺族年金の対象になることがあります。
亡くなった月分までの年金で、まだ支払われていない分は、一定の遺族が未支給年金として請求できる場合があります。
マイナンバーが日本年金機構へ収録されている方は、年金受給権者死亡届を省略できる場合がありますが、未支給年金や遺族年金は別途請求が必要です。
勤務先や健康保険へは、次の制度の対象にならないかを聞きます。
- 死亡退職金
- 弔慰金
- 健康保険の埋葬料・埋葬費
- 国民健康保険などの葬祭費
- 会社の団体生命保険や福利厚生
制度名、金額、申請期限、必要書類は加入先によって異なります。
電話では、次のように伝えれば構いません。
「加入者が亡くなりました。資格喪失の手続きと、遺族が申請できる給付金をまとめて教えてください」
保険証や資格確認書、介護保険被保険者証など、返却が必要なものも自治体や保険者へ確認します。
準確定申告は、全員に必要な手続きではありません
亡くなった方に所得税の確定申告が必要な所得があった場合、相続人などが代わりに申告する「準確定申告」を行います。
期限は、相続開始を知った日の翌日から原則4か月以内です。
たとえば、次のような方は申告の要否を早めに確かめます。
- 自営業や個人事業をしていた
- 不動産の家賃収入があった
- 複数の勤務先から給与を受けていた
- 公的年金以外にも所得があった
- 株式や不動産を売却していた
- 生前に確定申告を毎年行っていた
反対に、所得状況によっては準確定申告が不要な場合もあります。
申告が必要か分からなければ、前年の確定申告書、源泉徴収票、年金の源泉徴収票、賃貸収入の帳簿などを用意し、税務署や税理士へ確認してください。
相続税は「基礎控除を超えるか」を早めに試算します
相続税は、すべての相続で発生するわけではありません。
正味の遺産額などが、次の基礎控除額を超える場合に、相続税の申告が必要になる可能性があります。
3,000万円+600万円×法定相続人の数
たとえば法定相続人が3人なら、基礎控除額は4,800万円です。
ただし、相続税の計算では、預金や不動産だけでなく、一定の生命保険金、死亡前の贈与、借金、葬式費用なども関係します。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などを使うことで納税額がゼロになる場合でも、特例を受けるために申告が必要なことがあります。
相続税の申告・納税期限は、相続開始を知った日の翌日から原則10か月以内です。
自宅以外にも不動産がある、非上場会社の株式がある、名義預金が疑われる、生前贈与が多いといった場合は、財産評価に時間がかかります。申告期限の直前ではなく、相続人と財産の全体像が見えた段階で税理士への依頼を検討します。
遺産分割は、財産一覧を全員で共有してから始めます
遺言書がなく、複数の相続人がいる場合は、遺産を誰が取得するかを話し合います。
話し合いの前に、財産一覧を全員へ見せてください。
- 金融機関名、支店名、残高
- 不動産の所在地と評価の目安
- 保険金や死亡退職金
- 自動車、株式、事業用財産
- 借金、税金、未払い費用
- 葬儀費用や各家族の立替金
一部の家族だけが通帳を持ち、口頭で残高を伝える形では、後から「隠している財産があるのでは」と疑われやすくなります。
話し合いでは、金額だけでなく、不動産を相続した後の管理費や固定資産税も見ます。
「実家を誰が欲しいか」ではなく、「誰が維持できるか、売却するなら誰が進めるか」まで決めておくと、相続後の負担を減らせます。
話し合いがまとまったら、遺産分割協議書を作成します。一般には相続人全員が内容に同意し、署名と実印による押印を行います。
遺産分割後は、財産ごとに名義変更を進めます
誰が何を相続するか決まったら、財産ごとの手続きへ移ります。
- 銀行預金の解約・名義変更
- 証券口座の移管・売却
- 生命保険金の請求
- 不動産の相続登記
- 自動車の名義変更
- 賃貸物件や事業契約の承継
- ゴルフ会員権、貸金庫、各種出資金の手続き
不動産を相続で取得した方は、その取得を知った日から原則3年以内に相続登記を申請する義務があります。
正当な理由なく申請を怠ると、過料の対象になる可能性があります。
遺産分割が期限までにまとまらない場合は、相続人申告登記という制度で基本的な申請義務を果たす方法もあります。ただし、後に遺産分割が成立した場合は、その内容に沿った登記が別途必要です。
どこで止まっているかによって頼る相手を変えます
相続の手続きを一人の専門家がすべて担当するとは限りません。
| 困っていること | 主な相談先 |
|---|---|
| 相続放棄、遺産争い、使途不明金、相続人同士の対立 | 弁護士 |
| 不動産の相続登記、相続人申告登記 | 司法書士、法務局の登記手続案内 |
| 相続税、準確定申告、財産評価 | 税理士、税務署 |
| 年金、健康保険、葬祭費など | 年金事務所、市区町村、加入していた保険者 |
| 預金の相続手続き | 各金融機関の相続窓口 |
電話では、すべて説明しようとしなくて構いません。
「父の葬儀が終わりました。相続人は母と子ども二人です。借金があるか分からず、3か月以内に何を調べるべきか聞きたいです」
このように、分かっていることと、分からないことを分けて伝えます。
今日は死亡日から三つの期限だけを予定表へ入れます
今夜、通帳や戸籍をすべてそろえる必要はありません。
スマートフォンの予定表を開き、亡くなった日を起点として、次の三つを仮に登録してください。
- 3か月後の一週間前:「相続放棄の判断期限を確認」
- 4か月後の一週間前:「準確定申告の要否を確認」
- 10か月後の一か月前:「相続税の申告期限を確認」
相続開始を知った日が死亡日と異なる場合や、個別事情がある場合は、家庭裁判所や税務署へ正確な期限を確かめます。
予定を入れたら、次に行うのは遺産分割ではありません。
遺言書を探し、借金を含む財産を調べる。
そこまでできれば、葬儀後の相続手続きは、すでに正しい順番で始まっています。















