最後の給与明細を見た夜、住宅ローンだけが同じ金額で残っていた
定年を迎え、毎月振り込まれていた給与がなくなりました。
退職金は入ったものの、通帳には住宅ローンの残高がまだ一千万円以上あります。返済予定表を見ると、完済は七十代。毎月の返済額は、現役の頃と変わりません。
配偶者からは、「退職金で全部返した方が気が楽ではないか」と言われます。
確かに、借金がなくなれば毎月の支払いは消えます。ただ、退職金を大きく使った後に、医療費や介護費、屋根や給湯器の修理が重なったらどうするのか。年金だけで生活できるのかも、まだ計算していません。
完済したい気持ちと、手元のお金を減らす怖さが同時に出てきます。
定年後の住宅ローンは、残高だけを見て決めると判断を誤りやすい問題です。先に見るべきなのは、老後の生活を続けながら毎月返せる金額です。
残債より先に、「退職後の毎月いくら足りないか」を出します
住宅ローンの残高が八百万円だから大丈夫、一千五百万円だから危険、と金額だけでは判断できません。
同じ残高でも、毎月の年金や就労収入、返済期間、家の維持費によって負担は変わります。
最初に、次の四つの数字をそろえてください。
- 現在の住宅ローン残高
- 毎月返済額とボーナス返済額
- 残りの返済期間と完済時の年齢
- 定年後の毎月の手取り収入と生活費
年金額は、ねんきん定期便や「ねんきんネット」の見込額試算で確かめます。再雇用やパートを予定している場合も、いつまで働けるか分からないため、就労収入がなくなった後の計算を別に作ります。
毎月の収支は、次の形で見てください。
年金などの手取り収入-生活費-住宅ローン-固定資産税や修繕費の月割額=毎月の余裕または不足額
生活費には、食費や光熱費だけでなく、医療費、車、保険料、マンションの管理費・修繕積立金なども含めます。
返済後に毎月数万円残るなら、直ちに完済する必要はないかもしれません。反対に、再雇用収入がある間だけ黒字で、年金生活に入ると赤字になるなら、今の返済方法を続ける前提から見直します。
退職金で一括返済する前に、完済後の通帳残高を見ます
住宅ローンを一括返済すれば、以後の利息を減らし、毎月の固定費をなくせます。
しかし、一括返済で老後資金の大半を使うと、家はあっても生活費に使える現金が足りなくなることがあります。
返済へ回す金額を決める前に、退職金から次のお金を除いてください。
- 年金の受給が始まるまでの生活費
- 毎月の赤字を補うための資金
- 医療や介護に備える資金
- 住宅設備や外壁、屋根などの修繕費
- 車の買替えや家族への支出など、数年以内に予定する費用
- すぐ引き出せる予備資金
例えば退職金が二千万円、ローン残高が一千万円でも、一千万円をそのまま返済へ使えるとは限りません。
完済後に残る一千万円で、今後の生活費不足と修繕費を賄えるかまで見ます。
また、全部返すか、何もしないかの二択ではありません。一部だけ繰り上げて返し、毎月の返済額を軽くする方法もあります。
返済を見直す方法は、毎月の負担と総支払額が反対に動くことがあります
| 方法 | 期待できること | 先に確かめること |
|---|---|---|
| 現在の契約を続ける | 退職金や預貯金を手元に残せる | 年金生活後も毎月黒字を保てるか |
| 一部繰上返済 | 返済期間または毎月返済額を減らせる場合がある | 返済後に十分な生活資金が残るか、手数料はいくらか |
| 返済期間の延長・返済額の軽減 | 毎月の返済負担を抑えられる場合がある | 審査、変更後の完済年齢、総返済額の増加 |
| 借り換え | 金利や返済条件を変えられる可能性がある | 年齢・収入などの審査、諸費用、団信への加入条件 |
| 自宅を売却して住み替える | ローンや住宅維持費を減らせる可能性がある | 売却後の手取り、残債、次の住居費、引っ越し費用 |
返済期間を延ばせば毎月の返済額は下がりやすくなりますが、利息を払う期間が長くなり、総返済額が増えることがあります。
一方、繰上返済には、毎月の返済額を維持して期間を短くする方法と、期間を大きく変えず毎月の返済額を下げる方法があります。取扱いは金融機関や契約によって異なります。
老後の見直しでは、利息を最も減らせる方法より、年金生活に入っても返済と生活を両立できる方法を優先します。
返済が苦しくなる前に、最初に借入先へ連絡します
住宅ローンの返済条件を変更できるかどうかは、現在借りている金融機関が判断します。
「まだ延滞していないから相談するのは早い」と考える必要はありません。
収入が減る時期と不足額が分かっている段階の方が、返済方法を検討する時間を確保できます。
金融機関へは、次のように伝えてください。
「〇月に定年となり、手取り収入が月〇円から〇円へ減りました。住宅ローン残高は〇円、毎月返済は〇円です。〇月以降は毎月〇円ほど不足する見込みです。返済額の軽減、返済期間の変更、ボーナス返済の見直しが可能か、変更後の返済額と総返済額を試算してください」
電話する前に用意するのは、次の資料です。
- 返済予定表や現在の残高が分かる書類
- 退職前後の収入が分かる書類
- 年金の見込額
- 預貯金と退職金の金額
- 毎月の家計支出
- ほかのローンや借入れの残高
返済条件の変更には審査があり、希望どおりになるとは限りません。だからこそ、「返済が苦しいです」だけでなく、どの時期から、毎月いくら不足するのかを伝えます。
ボーナス返済が残っているなら、年二回の不足を別に見ます
現役時代は賞与で払っていた金額が、定年後も返済予定へ残っていることがあります。
月々の返済は年金から出せても、六月や十二月だけ二十万円、三十万円を用意できない。こうした返済計画は、年間収支では黒字に見えても、特定の月に資金が足りなくなります。
借入先へ、ボーナス返済部分を毎月返済へ振り替えられるか、返済条件変更の対象になるかを尋ねてください。
変更後の月額だけでなく、手数料、返済期間、総返済額も書面で受け取ります。
変動金利なら、現在の返済額だけで老後計画を作りません
変動金利型や一定期間だけ金利を固定する住宅ローンでは、将来の適用金利や返済額が変わる可能性があります。
契約によって、金利を見直す時期、返済額を変更する時期、上限の扱いは異なります。
返済予定表と契約書を見て、次を金融機関へ聞いてください。
- 現在の適用金利
- 次回の金利見直し時期
- 返済額が変わる時期
- 金利が上がった場合の試算
- 固定金利へ変更できるか、その費用
借り換えを検討する場合も、広告の金利だけでは比較できません。
事務手数料、登記費用、保証料などを含めた総額と、完済までの返済額で比べます。退職後は収入や年齢、健康状態などが審査へ影響する可能性があるため、今の金融機関の条件変更と借り換えを同時に比べてください。
団体信用生命保険は、「どんなときに残債がなくなるか」を読み直します
住宅ローンへ団体信用生命保険が付いている場合、借りている人が亡くなったときや、契約で定める状態になったときに、保険金がローン返済へ充てられる仕組みがあります。
ただし、保障内容は契約ごとに異なります。
病気になった、仕事を辞めた、収入が減ったというだけで、返済がなくなるわけではありません。
夫婦のどちらが保険の対象者か、連帯債務やペアローンの場合にどこまで返済されるかも確かめてください。
「加入しているはず」で終わらせず、保障対象、終了年齢、保険金請求の条件を金融機関へ聞きます。
夫婦二人の返済計画と、一人になった後の計画を分けます
夫婦の年金を合わせれば返せるとしても、どちらかが亡くなった後は世帯の収入が変わります。
配偶者がその家へ住み続けるなら、一人分の収入で住宅ローン、固定資産税、修繕費を負担できるかを見てください。
家族へ話すときは、退職金を返済に使うかどうかだけを議題にしません。
「今日は完済するか決めたいのではなく、二人で暮らす場合と、一人になった場合の月額を見たい。退職金を使った後にいくら残るかまで比べたい」
子どもから「不足したら助ける」と言われても、金額と期間が決まっていなければ返済計画には入れない方が安全です。
親子の支援を前提にするなら、毎月いくらを、いつまで負担できるのかを具体的に話します。
売却を考えるときは、査定額とローン残高の差だけでは足りません
このまま返済を続けるのが難しい場合は、自宅を売って小さい家や賃貸住宅へ移る方法があります。
売却を検討するときは、次の形で手取りを出してください。
売却価格-住宅ローン残高-仲介手数料や登記などの費用-引っ越し費用=住み替えに使える金額
査定額がローン残高を上回っていても、売却費用を差し引くと手元にほとんど残らないことがあります。
反対に、売却価格でローンを完済できない場合、差額を自己資金で補えるか、金融機関が抵当権の抹消に応じる条件は何かを確かめなければなりません。
返済の継続が難しく、売却代金だけでは完済できない場合には、金融機関の同意を得て任意売却を検討することがあります。任意売却後も残った債務の返済が必要になる場合があるため、単に家を売れば借金が消えるとは限りません。
売却査定を受けても、すぐ媒介契約を結ぶ必要はありません。
「通常売却で見込める価格、売却に必要な費用、ローン完済後の手取り、売れるまでの期間を出してください」と依頼します。
次回の返済が難しいなら、繰上返済や借り換えの比較より先に動きます
数年後が心配という段階なら、返済方法を比較する時間があります。
一方、次回の口座引落し額が足りない、すでに督促を受けている、税金や生活費も払えない状態では、行動の順番が変わります。
まず借入先へ、支払日と不足額を伝えてください。
住宅ローンを払うために、カードローンや高金利の借入れを重ねると、毎月の不足がさらに大きくなります。
住宅ローン以外にも借入れがあり、返済条件を変えても生活が成り立たない場合は、全国銀行協会のカウンセリングサービスや法律相談などで、債務全体を見てもらう方法があります。
第三者へ聞くなら、商品の申込みではなく家計全体を見てもらいます
金融機関は、自社の住宅ローンについて返済条件を検討する窓口です。
一方、住宅ローンを返すべきか、退職金を残すべきか、住み替えるべきかは、老後の家計全体を見なければ決められません。
第三者へ相談するときは、
「金融商品の購入ではなく、年金生活に入った後の収支と、住宅ローンへ退職金をいくら使えるかを試算したいです」
と伝えてください。
金融経済教育推進機構のJ-FLECには、家計管理や生活設計について相談できる無料体験があります。全国銀行協会には、銀行ローンの返済が難しい人を対象とした無料のカウンセリングサービスがあります。
ただし、こうした窓口が金融機関との契約変更を決定したり、個別の不動産を売却したりするわけではありません。家計の見方や、次に連絡すべき相手を確かめるために利用します。
今日は返済予定表の四か所へ印を付けます
退職金を動かす前に、住宅ローンの返済予定表を開いてください。
「現在残高」「毎月返済額」「最終返済日」「完済時の年齢」の四か所へ印を付けます。
次に、ねんきんネットなどで確認した月々の年金見込額を横へ置きます。
その二枚を手元に、借入先へ次の一文を伝えてください。
「定年後の手取りでは、住宅ローンを払うと毎月〇円不足する見込みです。延滞する前に、返済額の軽減、期間変更、ボーナス返済の見直しについて、変更後の月額と総返済額を教えてください」
今日は一括返済も売却も決めなくて構いません。
定年後の収入で払い続けられる金額と、金融機関が提示できる条件を知る。そこまで進めば、退職金を使うか、返済を延ばすか、住まいを変えるかを、焦らず比べられるようになります。


















