「年のせいかな」で済ませてよい物忘れと、見逃したくない変化
親御さんと電話をしていて、同じ話を何度も聞く。帰省したら、冷蔵庫に同じ豆腐や牛乳がいくつも入っている。病院の予約を忘れていたのに、「そんな約束は聞いていない」と言われる。
こうした場面が続くと、ご家族の頭には「もしかして認知症なのでは」という言葉が浮かびます。ただ、その言葉を口に出すのは怖いものです。親御さんを疑っているようで申し訳ない。本人に言ったら怒るかもしれない。兄弟姉妹に話しても「考えすぎ」と言われるかもしれない。
だからこそ、最初に必要なのは、診断名を当てようとすることではありません。物忘れが「生活のどこに影響しているか」を、静かに見ていくことです。
単なる物忘れか、相談した方がよい変化かは、一回の出来事だけでは判断しにくいものです。同じようなことが繰り返されているか、本人が困っているか、危ない場面につながっているか。この三つを分けると、ご家族も少し落ち着いて見られます。
まず見たいのは「記憶力」よりも、暮らしの中の小さなズレ
「名前が出てこない」「昨日食べたものを忘れる」といった物忘れは、年齢や疲れ、睡眠不足、体調、薬の影響などでも起こることがあります。
一方で、ご家族が注意して見たいのは、暮らしの流れが崩れ始めているサインです。たとえば、予定を忘れるだけでなく、忘れたこと自体を強く否定する。買い物を忘れるだけでなく、同じものを何度も買って冷蔵庫にためる。薬を飲み忘れるだけでなく、飲んだかどうか分からなくなっている。
物忘れそのものより、「その物忘れで生活が困っているか」「安全に影響しているか」を見ると、相談の目安がつかみやすくなります。
| 場面 | 様子を見ることもある変化 | 相談準備を始めたい変化 |
|---|---|---|
| 会話 | 人の名前や言葉がすぐ出てこないことがある | 同じ話や質問を短時間で何度も繰り返し、指摘すると強く怒る |
| 予定 | カレンダーを見れば思い出せる | 病院、支払い、約束を何度も忘れ、本人が約束自体を覚えていない |
| 買い物 | 買い忘れや買いすぎがたまにある | 同じ食品や日用品を大量に買う、腐った食品が冷蔵庫に残る |
| 服薬 | たまに飲み忘れるが、薬ケースで整えられる | 何日分も残る、重複して飲む、飲んだかどうか本人も分からない |
| 火の元 | 家族の声かけで注意できる | 鍋を焦がす、ガスや電気を消し忘れる、本人が覚えていない |
| お金 | 家計簿や通帳を見れば概ね把握できる | 支払い忘れ、通帳やカードの紛失、不要な契約や詐欺電話への不安がある |
| 外出 | 慣れた場所なら一人で行ける | 道に迷う、帰宅に時間がかかる、近所や警察から連絡が来る |
この表で一つ当てはまったから、すぐに認知症という意味ではありません。ただ、複数の項目が重なっている、または危険に関わる項目がある場合は、ご家族だけで様子見を続けない方がよい段階に入っている可能性があります。
家族が見落としやすいのは「できないこと」より「取りつくろい」
親御さんは、子どもに心配をかけたくないものです。物忘れが増えていても、電話では「大丈夫」「ちゃんとやっている」と答えることがあります。
特に遠方に住むご家族の場合、電話の声がしっかりしていると安心してしまいます。ところが、実際に家に行くと、郵便物がたまっている、冷蔵庫の中が乱れている、薬が減っていない、部屋の片づけ方が以前と違う。そこで初めて「あれ?」と気づくことがあります。
これは、親御さんが嘘をついているという話ではありません。本人も困っていることをうまく言葉にできない、または困っている自覚が薄いことがあります。
電話の受け答えだけで判断せず、家の中、郵便物、冷蔵庫、薬、財布、カレンダー、玄関まわりを見てください。生活の乱れは、会話より先に表れることがあります。
- 郵便物や請求書が未開封のままたまっていないか
- 冷蔵庫に同じ食品、期限切れ食品、食べ残しが増えていないか
- 薬の袋や薬ケースが以前より乱れていないか
- カレンダーに予定を書いているのに忘れていないか
- 財布に小銭やレシートが極端に増えていないか
- 玄関に同じ靴や傘、買い物袋が不自然に置かれていないか
- 火の元、戸締まり、電気、エアコンの使い方に変化がないか
「探偵のように粗探しする」のではなく、「困っている場所を見つける」感覚で見てください。見つけたいのは、できない証拠ではなく、支え方のヒントです。
物忘れチェックは、本人を責めるためではなく相談の材料にする
家族がやってしまいがちなのが、「また忘れたの?」「何回言えば分かるの?」と責める形で聞いてしまうことです。
心配している側も疲れていますし、つい強い言い方になることはあります。ですが、親御さんからすると、自分が責められている、馬鹿にされている、生活を奪われそうだと感じることがあります。そうなると、次から困りごとを隠してしまうこともあります。
チェックリストは、本人を追い詰めるための採点表ではありません。医師や地域包括支援センターに「最近こういうことが増えています」と伝えるためのメモです。
| 聞き方 | 親御さんが受け取りやすい言い方 |
|---|---|
| また病院を忘れたの? | 病院の日を一緒に見えるところへ書いておこうか |
| 同じものばかり買ってどうするの? | 買い物メモを一緒に作ると、少し楽になるかもしれないね |
| 薬、ちゃんと飲んでるの? | 薬が残っているみたいだから、飲み方を一緒に見てみようか |
| 火を消し忘れたら危ないでしょ | 料理の後だけ、一緒に火の元を見る習慣を作ろうか |
| 認知症じゃないの? | 最近少し困ることが増えているから、体調も含めて一度聞いてみようか |
言い方を少し変えるだけで、話し合いが完全に別物になります。正論で押すより、「一緒に楽にする」方向へ寄せた方が、親御さんも受け入れやすくなります。
日付つきで残したい「相談に役立つ記録」
受診や相談のとき、「最近、物忘れが多いんです」だけでは、状況が伝わりにくいことがあります。
一方で、「6月3日に病院の予約を忘れた」「6月8日に同じ牛乳を4本買っていた」「6月10日に鍋を焦がしたが本人は料理をしていないと言った」のように、日付と出来事があると、専門職側も生活への影響を把握しやすくなります。
| 記録する項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 日付 | 6月12日 午後 |
| 起きたこと | 同じ洗剤を3本買っていた |
| 本人の反応 | 「安かったから」と話したが、前日にも買っていたことは覚えていない様子 |
| 生活への影響 | 食品や日用品の管理が難しくなっている可能性 |
| 危険の有無 | 金銭管理の不安はあるが、現時点で火の危険はなし |
| 家族の対応 | 買い物メモを冷蔵庫に貼った。次回も同じことがあるか見る |
記録は、完璧でなくて大丈夫です。スマホのメモでも、紙のノートでも、家族LINEでもかまいません。大切なのは、思い出したときに短く残すことです。
危険度が高い変化は「様子見」を長くしすぎない
物忘れの中には、少し様子を見てもよいものと、早めに誰かへつなげた方がよいものがあります。
特に、火の元、薬、お金、道迷い、転倒、詐欺や契約トラブルは、生活への影響が大きくなりやすい項目です。
| 変化 | 家族だけで抱えない方がよい理由 | 最初の動き方 |
|---|---|---|
| 火の消し忘れ、鍋焦げ | 火災や近隣トラブルにつながる可能性がある | 調理器具の見直し、火を使わない食事方法、地域包括支援センターへの相談 |
| 薬の飲み忘れ、重複 | 体調悪化や副作用につながる可能性がある | 薬局、かかりつけ医、訪問看護や服薬支援の相談 |
| 支払い忘れ、通帳紛失 | 生活費、公共料金、財産管理に影響する | 支払い状況の確認、家族での見守り、必要に応じて福祉・法律窓口へ相談 |
| 道に迷う、帰れない | 行方不明や事故につながる可能性がある | 連絡先カード、近所との連携、地域包括支援センターや自治体の見守り制度確認 |
| 不要な契約、詐欺電話 | 金銭被害が大きくなることがある | 契約書や電話履歴を確認し、消費生活センターなどへ早めに相談 |
「まだ大丈夫」と思いたい気持ちは自然です。けれど、危険度が高いものほど、早く支えを入れた方が、親御さんの暮らしを守りやすくなります。
本人が受診を嫌がるときは、いきなり病名の話をしない
親御さんに「認知症かもしれないから病院に行こう」と言うと、強く拒否されることがあります。
それは、親御さんにとって「自分はおかしくなった」と言われたように聞こえるからかもしれません。ご家族は心配で言っていても、本人には攻撃に感じられることがあります。
受診をすすめるときは、認知症という言葉から入らず、体調や生活の困りごとから入る方が話しやすいことがあります。
- 「最近疲れやすそうだから、体調を一度見てもらおう」
- 「薬の量が多いから、飲み合わせも含めて聞いてみよう」
- 「眠れていないなら、その相談もできるかもしれない」
- 「忘れやすさがあると生活が大変だから、楽にする方法を聞いてみよう」
- 「家族だけで考えるより、第三者に聞いた方が安心できると思う」
どうしても本人が嫌がる場合は、ご家族だけで先に地域包括支援センターや自治体の高齢者福祉担当課へ状況を相談する方法もあります。いきなり本人を連れて行けなくても、家族が準備できることはあります。
家族だけで抱え込まないための相談先
親御さんの物忘れが増えたとき、ご家族だけで「認知症かどうか」「受診させるべきか」「介護サービスを使うべきか」を決めようとすると、かなり苦しくなります。
まずは、相談先ごとの役割を分けて考えると動きやすくなります。
| 相談先 | 向いている相談 | 持っていくとよいもの |
|---|---|---|
| かかりつけ医 | 体調、薬の影響、睡眠、持病との関係を見てもらいたいとき | 薬の一覧、最近の変化メモ、家族が気づいた出来事 |
| もの忘れ外来 | 物忘れや認知機能について医療的に相談したいとき | 日付つきの記録、困っている生活場面、本人の様子 |
| 地域包括支援センター | 介護、見守り、家族の負担、生活支援を含めて相談したいとき | 本人の生活状況、家族構成、困っていることのメモ |
| 自治体の高齢者福祉担当課 | 地域の制度、見守り、介護認定などを知りたいとき | 住所、年齢、現在の困りごと、緊急度 |
| 消費生活センター | 不要な契約、詐欺電話、定期購入など金銭トラブルがあるとき | 契約書、請求書、電話番号、購入履歴 |
相談は、何かをすぐ決める場所ではありません。状況を話し、選択肢を知る場所です。まだ受診や介護サービスに進むか決めていない段階でも、「家族として気になっている」と伝えてかまいません。
今日からできる一歩は、親を説得することではなく、出来事を一つ書くこと
親御さんの物忘れが増えたと感じたとき、いちばん難しいのは「どこから始めるか」です。
病院に連れて行く。兄弟に話す。介護の相談をする。全部大事そうに見えて、どれも重く感じます。
だから、今日の一歩はもっと小さくて大丈夫です。最近あった出来事を一つだけ、日付つきで書いてください。
- 同じ話を何回くらいしたか
- 薬や病院の予定を忘れたか
- 冷蔵庫や郵便物に変化があったか
- 火の元や戸締まりで気になることがあったか
- お金や契約で不自然なことがあったか
- 本人が困っている様子だったか、怒ったか、覚えていなかったか
一つ書くと、次に見る場所が分かります。三つたまると、家族に話しやすくなります。五つたまると、相談先に状況を伝えやすくなります。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省「認知症に関する相談先」
- お住まいの市区町村の高齢者福祉担当課
- 地域包括支援センター
- かかりつけ医、もの忘れ外来、認知症疾患医療センター
- 消費生活センター、警察相談窓口など地域の相談窓口
相談窓口の名称、受付方法、利用できる制度は地域や時期によって変わる場合があります。実際に相談する際は、お住まいの自治体や各窓口で最新情報をご確認ください。
親御さんの物忘れに気づくと、ご家族の心はざわつきます。けれど、焦って病名を決める必要はありません。まずは、暮らしのどこに変化が出ているかを見て、日付つきで一つ残す。それだけでも、家族だけで抱え込まないための大事な一歩になります。















