「病院に行こう」と言った瞬間、親の顔つきが変わったあの感じ
同じ話を何度も繰り返す。鍋を焦がすことが増えた。通帳や鍵を探して家中を歩き回る。今日が何日か、あやふやになっている。そんな変化に気づいて、勇気を出して「一度、病院で診てもらわない?」と言ってみたら、親の顔がさっと険しくなった。
「俺はボケてない」「馬鹿にするな」「病院なんか行かん」。
それきり、話は進まないまま。そんな経験をした人が、この記事を開いていると思います。
口には出せない気持ちが、いくつも重なっているのではないでしょうか。
「もし認知症だったら、と思うと、確かめるのが怖い」
「でも、確かめないまま放っておくのも怖い」
「親のプライドを傷つけたくない。でも、このままではいけない」
先に伝えておきます。親が受診を嫌がるのは、頑固だからでも、あなたを困らせたいからでもありません。そこには、本人なりの切実な理由があります。そして、伝え方には工夫の余地があり、あなたの味方になってくれる人もいます。
この記事では、「認知症」という言葉を正面からぶつけずに、受診へつなげていく方法を、一緒に考えていきます。
嫌がるのは頑固だからではない。断る側の気持ちを先に知る
受診を拒む背景には、たいてい次のような気持ちがあります。ここを理解しておくと、こちらの声のかけ方が自然と変わります。
- 認めたくない気持ちと、「認知症だったら」という発覚への強い不安
- そもそも自分では困っていると思っていない(自覚しにくいことがある)
- 「年寄り扱いされた」「バカにされた」と、プライドや尊厳が傷つく感覚
だから、「認知症の検査に行こう」とストレートに言うほど、本人は身構えて守りに入ります。これは自分を守るための自然な反応で、わざと困らせているわけではありません。責める前に、この一点を思い出してください。
「認知症」と言わずに誘う。声かけの言い換え例
同じ「受診してほしい」でも、言葉を変えるだけで受け取り方が大きく変わります。
| 身構えさせやすい言い方 | 受け入れやすい言い方 |
|---|---|
| 認知症じゃないの?検査に行こう | 健康診断のついでに、脳の健康チェックも受けてみない? |
| 最近ボケてきたよ、心配だよ | もの忘れ、歳のせいかもね。一緒に診てもらって安心しようよ |
| お母さんのために言ってるの | 私が安心したいの。私のために、一度だけ診てもらって |
コツは三つあります。「認知症」という言葉を使わず、一般的な健康チェックとして誘うこと。「一緒に受けよう」と、本人を一人にしないこと。そして、目的を「あなたのため」より「家族の私が安心したいから」に置きかえることです。認知症のある人にも、家族を気づかう気持ちはしっかり残っています。「あなたに何かあったら私が困る」という素直な言葉は、思いのほか届きます。
いちばん効きやすいのは、かかりつけ医からの一言
家族がいくら言っても動かないのに、信頼している医師の一言なら、すんなり受け入れる。これは、とてもよくあることです。だから、かかりつけ医を味方にするのが近道です。
段取りはこうです。定期受診などの機会の前に、家族から先に医師へ、気になっている様子を伝えておきます。そのうえで、「本人は認知症の検査と言うと強く抵抗するので、健康診断という形で切り出してほしい」と頼んでおくと、医師も配慮しやすくなります。診察のなかで医師から「ついでに脳も診ておきましょうか」と言ってもらえれば、本人の抵抗はぐっと下がります。かかりつけ医が専門でなくても、もの忘れ外来などの専門医へ紹介状を書いてもらえます。
「いつ頃から」「どんな様子か(例:同じ話を繰り返す、日付が曖昧、探し物が増えた)」「生活で困っていること」「家族が心配していること」を、A4一枚程度にまとめて受付に預けておくと、医師が状況をつかみやすくなります。
どこで検査を受けられるのかを、先に知っておく
受診先が分からないと、それだけで足が止まります。おおまかに知っておきましょう。
| 受診先 | 特徴 | こんなときに |
|---|---|---|
| かかりつけ医 | 行き慣れていて本人が安心。専門医への紹介の起点になる | まずはここから。信頼関係を使える |
| もの忘れ外来 | 認知症を専門に診る外来(精神科・脳神経内科など) | 専門的に詳しく調べたいとき |
| 認知症疾患医療センター | 都道府県などが指定した専門医療機関。相談・鑑別診断を行う | 紹介状を持って、専門的な診断を受けたいとき |
| 地域包括支援センター | 受診先の紹介や、家族の困りごと相談ができる窓口 | かかりつけ医がいない、どこに行くか迷うとき |
「どこがいいか分からない」なら、かかりつけ医か地域包括支援センターに、家族だけで先に電話して聞いてしまって大丈夫です。順番に案内してくれます。
「もの忘れ=認知症」とは限らない、を味方につける
受診をためらう気持ちの奥には、「認知症だと決まってしまうのが怖い」があります。だからこそ、逆の事実を伝えると、本人も受け入れやすくなります。
もの忘れの原因は、認知症だけではありません。なかには、治療で改善する可能性のあるものもあります。たとえば、甲状腺の働きの低下、脳に水がたまるタイプの病気、頭を打ったあとの出血、うつ、薬の影響、脱水など。こうした「治るもの忘れ」を見逃さないためにも、一度診てもらう意味があります。
また、仮に認知症だったとしても、早い段階で分かれば、進行を遅らせる薬や、これからの暮らしの準備、本人の希望の確認ができます。「白黒つけて突きつけるため」ではなく、「治せるものを見逃さないため」「早めに手を打つため」。この角度で伝えると、受診が前向きなことに感じられます。ただし、原因や診断は医師が判断するものなので、断定はせず「診てもらってから」と構えてください。
やってはいけないのは、「嘘で連れ出す」と「問い詰め」です
よかれと思ってやりがちですが、逆効果になる対応があります。
まったくの嘘(別の用事だと偽るなど)で騙して病院へ連れて行くのは、避けたほうが無難です。その場は乗り切れても、後で「だまされた」と分かったとき、信頼関係が崩れ、次からの通院がもっと難しくなります。「健康診断として誘う」という言いかえと、「嘘でだます」は別ものと考えてください。前者は本人の尊厳を守る工夫、後者は信頼を削る行為です。
また、「ボケたんじゃないの」と決めつけたり、「どうして行かないの!」と問い詰めたりするのも、守りを固くさせるだけです。接するときは、しゃがんで目線を合わせ、穏やかな声で。強い口調は、たいてい拒否を強くします。
それでも、どうしても受診してくれないとき
工夫を重ねても動いてくれないことはあります。そんなときの受け皿も、知っておいてください。
- 認知症初期集中支援チーム…医療と介護の専門職がチームで自宅を訪問し、受診やサービスにつなぐ支援をしてくれます。地域包括支援センターが窓口です
- 訪問診療…外出そのものが難しい場合、医師に自宅へ来てもらえる場合があります
- 同年代の力…友人や近所の人から「自分も検査を受けたら別の病気だった」といった体験談を話してもらうと、他人事として受け入れやすくなることがあります
一度で決めようとせず、何度かに分けて、タイミングを変えて誘ってみてください。渋々でも受診につながるケースは少なくありません。家族だけで抱え込まず、まず専門職に相談することが、遠回りに見えて近道です。
立場によって、まず動きやすいことは違います
あなたがどの立場かで、最初の一歩は変わります。
| あなたの立場 | まず動きやすいこと |
|---|---|
| 同居している子ども世代 | 症状を日付でメモし、かかりつけ医に事前相談。健康チェックとして誘う |
| 離れて暮らす子ども世代 | 親の住所地の地域包括支援センターに相談。帰省に合わせて受診を段取り |
| 配偶者(自分も高齢) | 一人で説得せず、子ども世代やかかりつけ医を巻き込む。「一緒に受けよう」と誘う |
| 本人がこの記事を読んでいる場合 | 「治るもの忘れ」の確認として、健康チェックの気持ちで一度受診してみる |
今日は、受診させなくて大丈夫です
ここまで読んで、「結局どう切り出せば」とまだ迷っているかもしれません。それでいいです。今日、親を病院に連れて行く必要はありません。
今日できるのは、もっと小さなことです。
- 気になる様子を、日付と一緒にメモしておく
- かかりつけ医か地域包括支援センターに、家族だけで先に相談する
- 次の声かけを「健康診断のついでに」に言いかえる準備をする
親が受診を嫌がるのは、あなたの伝え方が下手だからではありません。本人も、心のどこかで不安を抱えているからです。「認知症」と決めつけずに、健康を気づかう入り口をそっと用意すること。それが、いちばん本人を傷つけない進め方です。
焦らなくて大丈夫です。今日の一歩は、責めるのをやめて、味方(かかりつけ医や地域包括)に先に相談すること。それだけで、十分に前へ進んでいます。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省「認知症に関する相談について」(地域包括支援センター・認知症疾患医療センター・相談窓口の案内)
- 受診先や進め方に迷うときは、まずかかりつけ医、またはお住まい(親御さんの住所地)の地域包括支援センターへ。どうしても受診が難しいときは、認知症初期集中支援チームについても地域包括で相談できます。
- 認知症の人と家族の会 電話相談:0120-294-456(携帯・PHSは050-5358-6578/通話有料)。介護経験者が相談に応じます。受付時間などは変更される場合があります。
- もの忘れの原因や診断は医師が行います。治せる原因が隠れていることもあるため、自己判断せず、早めに専門職・医療機関にご相談ください。















