予約の電話をかけようとすると、昨日の出来事さえ説明しにくくなる
母が同じ食品を何度も買ってくる。父が薬を飲んだことを忘れ、もう一度飲もうとする。電話では同じ話を繰り返すのに、本人と会うと普段どおりに見える。
「一度、物忘れ外来へ連れて行った方がよいかもしれない」と思い、病院の電話番号まで調べた。
ところが、いざ予約しようとすると言葉が止まります。
いつから始まったのか。週に何回あるのか。単なる年齢による物忘れと何が違うのか。最近いろいろあったはずなのに、順番に説明しようとすると、家族の記憶までぼんやりしてしまいます。
病院へ持っていくメモは、立派な報告書でなくて構いません。
医師が知りたいのは、「物忘れがある」という結論だけではなく、以前の暮らしから何が変わり、その変化が生活へどのような影響を及ぼしているかです。
メモは「認知症の証拠集め」ではありません
家族が記録を始めると、つい親御さんの失敗だけを集めてしまうことがあります。
財布をなくした。約束を忘れた。同じ質問をした。鍋を焦がした。
もちろん、こうした出来事は受診の手がかりになります。ただし、メモの目的は「認知症に違いない」と証明することではありません。
物忘れや判断力の変化には、認知症だけでなく、体調不良、睡眠不足、気分の落ち込み、薬の影響、環境の変化など、さまざまな原因が関係する場合があります。
また、記憶の検査で変化が見つかっても、日常生活への支障がほとんどない状態と、支援が必要な状態では、その後の考え方が異なります。
そのため、家族のメモでは、病名を予想するよりも次の二つを分けて書きます。
- 本人に起きた変化:同じ話、道迷い、言葉が出ない、怒りっぽくなったなど
- 暮らしへの影響:薬を二重に飲みそうになった、支払いが遅れた、料理をしなくなったなど
「認知症だと思う」より、「以前は一人でできた服薬管理が、先月から難しくなった」と書く方が、診察に役立つ情報になります。
A4用紙一枚に、まず六つの項目を埋めます
何日分もの日記を書こうとすると、予約前に疲れてしまいます。最初はA4用紙一枚、またはスマートフォンのメモ一画面で十分です。
| 記録する項目 | 書き方の例 | 避けたい書き方 |
|---|---|---|
| 変化に気づいた時期 | 「2026年3月ごろから、同じ質問が増えた」 | 「かなり前からおかしい」 |
| 実際に起きた出来事 | 「7月5日、昼食を食べた30分後に『まだ食べていない』と言った」 | 「何でもすぐ忘れる」 |
| 起きる頻度と変化 | 「以前は月1回ほど。今は週3~4回ある」 | 「最近ひどくなった」 |
| 生活への影響 | 「薬の飲み忘れがあり、家族が毎晩電話している」 | 「一人暮らしはもう無理だと思う」 |
| 病気・薬・生活の変化 | 「高血圧で通院中。睡眠薬が6月に変更された」 | 「薬はいろいろ飲んでいる」 |
| 本人と家族が困っていること | 「本人は探し物が増えたことを気にしている。家族は運転が心配」 | 「本人には自覚がない。家族は限界」 |
正確な日付を覚えていなければ、「今年の正月ごろ」「入院して退院した後」「配偶者が亡くなってから」のような書き方でも構いません。
大切なのは、すべてを埋めることではなく、変化の前後が伝わることです。
「忘れた回数」より、以前できていたこととの差を伝えます
年齢を重ねると、人の名前がすぐ出てこない、物をどこへ置いたか思い出せないといったことは起こり得ます。
一方、物忘れ外来では記憶だけでなく、判断、注意、言葉、行動、日常生活の変化なども見られます。
メモには、親御さんが昔から苦手だったことではなく、以前はできていたのに、最近できなくなったことを優先して書いてください。
たとえば、次のように言い換えます。
- 「料理ができない」ではなく、「得意だった煮物の手順が分からず、途中でやめた」
- 「お金の管理が苦手」ではなく、「毎月払っていた電気代を2か月続けて払い忘れた」
- 「話が通じない」ではなく、「質問と違う答えをすることが増え、本人も困った表情になる」
- 「性格が変わった」ではなく、「店員へ強い口調で怒ることが、この3か月で3回あった」
- 「道に迷う」ではなく、「10年通っているスーパーから帰れず、近所の人に送ってもらった」
家族にとっては小さな出来事でも、以前との違いが分かれば診察の手がかりになります。
時系列は、三つの出来事があれば伝えられます
何年分もの変化を完璧に思い出す必要はありません。
まず、次の三つを選びます。
- 最初に気づいた出来事
- 受診を考えるきっかけになった出来事
- 直近で起きた出来事
たとえば、次のように並べます。
「2025年の秋ごろ、約束を忘れることが増えました。2026年5月に、同じ家電を二度注文したことから受診を考えました。先週は、通い慣れた郵便局から帰れなくなり、近所の人に連絡してもらいました」
この三点があれば、変化が徐々に進んだのか、ある時期から急に起きたのかを伝えやすくなります。
症状に波がある場合も、そのまま書いてください。
「朝は普段どおりだが夕方になると混乱する」「よく眠れた日は会話が通じやすい」「入院後から急に様子が変わった」といった情報も診察の材料になります。
薬、睡眠、病気、入院歴は、記憶とは別の欄に書きます
本人の様子だけに気を取られると、持病や薬の情報が抜けてしまいます。
予約前には、次の内容を分かる範囲でまとめます。
- 現在治療中の病気
- 過去の脳梗塞、頭部外傷、手術、入院歴
- 服用している処方薬、市販薬、サプリメント
- 薬が追加・変更された時期
- 睡眠時間、昼夜逆転、いびき
- 食欲や体重の変化
- 飲酒量
- 視力や聴力の低下
- 最近の退職、引っ越し、入院、死別など生活上の変化
薬の名前を一つずつ書き写すより、お薬手帳を持参する方が確実です。複数の医療機関へ通っている場合は、それぞれの診察券や処方内容もまとめておきます。
補聴器や眼鏡を使用している方は、普段使っているものを持参してください。聞こえにくさや見えにくさがあると、質問や検査へ答えにくくなる場合があるためです。
本人に見せられるメモと、家族だけで伝えたい内容を分けてもよい
本人の隣で、「財布を盗まれたと言う」「運転が危ない」「家族へ暴言がある」と読み上げるのは難しいことがあります。
本人は責められていると感じ、診察そのものを拒むかもしれません。家族も、本人との関係が悪くなることを恐れて、本当に困っていることを言えなくなる場合があります。
そのようなときは、メモを二つに分けます。
本人と一緒に確認できるメモ
- 最近、本人が困っていること
- 受診の目的
- 病気や薬の情報
- 本人が今後も続けたい生活
医療者へ別に伝えたい補足
- 物盗られの訴えや幻覚
- 火の不始末や運転上の危険
- 金銭管理や契約上の問題
- 怒鳴る、手が出るなどの行動
- 本人の前では話しにくい家族の負担
家族だけの補足を、診察前に提出できるかは医療機関によって異なります。予約時に次のように尋ねます。
「本人の前では説明しにくい出来事があります。事前にメモを送るか、受付で渡すことはできますか」
別室で家族の話を聞くかどうかも、病院の体制や当日の状況によって変わります。できると決めつけず、予約時に聞いておくと落ち着いて受診できます。
予約の電話では、症状を全部説明するより七つを聞きます
物忘れ外来は、病院によって予約方法が異なります。
本人や家族が直接予約できるところもあれば、かかりつけ医からの紹介や紹介状を求めるところもあります。初診日に検査をする病院、検査日を別に設ける病院、家族など普段の様子を知る人の同伴を求める病院もあります。
予約の電話では、まず次のように伝えます。
「母の物忘れと生活の変化について、一度診ていただきたいと考えています。初診の予約方法と必要なものを教えてください」
続けて、次の七つを聞きます。
- 本人または家族から直接予約できるか
- 紹介状が必要か
- 普段の様子を知る家族の同伴が必要か
- 初診にどの程度の時間がかかるか
- 当日に予定される診察や検査
- 食事、服薬、運転などについて事前の指示があるか
- 持参する書類やメモ
医療機関へ伝えるのは、診断名の予想ではなく、受診を考えた理由です。
「認知症かもしれません」だけで終わらず、「薬の飲み忘れと同じ買い物が増え、一人暮らしを続けるうえで心配があります」と一言添えると、状況が伝わりやすくなります。
受診当日に持っていくものは、病院の案内を優先します
持ち物は医療機関によって異なりますが、一般的には次のようなものが候補になります。
- マイナンバーカードまたは健康保険資格を確認できるもの
- 診察券
- 紹介状、過去の検査結果、画像データ
- お薬手帳
- 病歴や入院歴が分かるもの
- 家族が作った経過メモ
- 普段使っている眼鏡、補聴器、杖
- 緊急連絡先
予約時刻だけでなく、受付へ到着する時間も聞いてください。問診票の記入や認知機能の検査があるため、予約時刻より早い来院を求める医療機関があります。
診察や検査が長時間になることもあるので、トイレ、食事、服薬の時間についても事前に考えておくと安心です。ただし、検査前の飲食や服薬を自己判断で中止してはいけません。病院から指示された内容に従ってください。
初診だけで病名や今後の方針がすべて決まるとは限りません
物忘れ外来では、本人と家族への聞き取り、身体や神経の診察、認知機能の検査などが行われます。
必要に応じて、血液検査、心電図、MRIなどの画像検査が組み合わされる場合もあります。検査を別の日に行い、後日の再診で結果や今後の方針を説明する医療機関もあります。
したがって、初診の日に「認知症かどうか」「どの種類か」「薬を始めるか」がすべて確定するとは限りません。
受診後に聞きたいことも、メモへ一つだけ残しておくと役立ちます。
- 現時点で考えられる原因は何か
- 追加で必要な検査は何か
- 結果説明はいつか
- 運転、服薬、金銭管理で今すぐ変えることはあるか
- 次回までに記録することは何か
- かかりつけ医や地域包括支援センターと連携する必要があるか
分からない言葉が出たら、その場ですべて理解したふりをする必要はありません。
「家族へ説明したいので、今の段階で分かっていることと、まだ分からないことを分けて教えてください」
と聞けば、診断途中の内容を整理しやすくなります。
親御さんが受診を嫌がるときは、病名を先に決めない
家族から「物忘れ外来へ行こう」と言われると、本人は「認知症扱いされた」「もう一人で暮らせないと言われる」と受け取ることがあります。
忘れていることを次々に指摘し、受診を迫るほど、本人が身構える場合もあります。
伝えるときは、家族の結論ではなく、本人が困っていることを入口にします。
「最近、探し物が増えて自分でも疲れると言っていたね。薬や睡眠の影響も含めて、一度診てもらわない?」
「認知症と決めるためではなく、今の状態を確かめてもらいたい」
本人が受診を拒む場合は、無理に車へ乗せる前に、かかりつけ医や地域包括支援センターへ家族だけで状況を伝える方法もあります。
ただし、本人に別の目的だとうそをつき続けると、受診後の信頼関係を損ねることがあります。「健康状態を確認する」「薬や睡眠も含めて診てもらう」など、事実から外れない伝え方を選びます。
急に様子が変わったときは、予約日を待たないでください
数か月かけて少しずつ物忘れが増えている場合は、予約を取り、経過をメモしながら受診日を待つことができます。
しかし、数時間から数日の間に急に会話がかみ合わなくなった、意識がもうろうとしている、普段と全く違う行動を取るといった場合は、通常の物忘れとは別に、急な病気や体調変化を考える必要があります。
特に、次の症状が突然現れた場合は、物忘れ外来の予約日を待たず、119番を含む救急対応を優先してください。
- 顔の片側がゆがむ
- 片方の腕や脚に力が入らない
- ろれつが回らない、言葉が出ない
- 人の話を急に理解できなくなった
- 突然の激しい頭痛がある
- 意識がもうろうとして呼びかけへの反応が悪い
- 頭を強く打った後に様子が変わった
発熱、脱水、薬の変更などの後から急に混乱した場合も、まずはかかりつけ医や救急相談を含む医療機関へ連絡してください。
今夜は、最初の出来事を一行だけ残します
予約前に、完璧な記録用紙を作る必要はありません。
スマートフォンのメモを開き、最初に次の一行を入力してください。
「最初に違和感を持ったのは○月ごろ。○○が起き、それまで一人でできていた△△が難しくなった」
次に、予約を考えるきっかけとなった出来事を一つ加えます。
この二行があれば、予約の電話で話し始められます。残りの情報は、予約日までに少しずつ足せば構いません。
家族が今日決めるのは、認知症かどうかではありません。親御さんに起きている変化を、医療者へ伝わる形で一つ残すことです。















