「財布に入れていた三万円がない。あなたが持っていったんでしょう」
昨日まで普通に話していた親御さんから、突然そう言われた。
家族は盗っていません。何度説明しても、「家に入ったのはあなただけ」「私を年寄りだと思って馬鹿にしている」と言われます。
疑われた悔しさで声を荒らげたくなる一方、本当に誰かが持ち出したのではないか、詐欺に遭っていないかという心配も残ります。
この場面で難しいのは、親御さんの話を信じるか、否定するかの二択ではありません。
「お金がなくなったと感じていること」と、「誰かが盗ったこと」は分けて扱う必要があります。
最初の返事は、否定でも同意でもなく「一緒に確かめる」です
盗っていない家族が「そんなわけない」「またどこかへ隠したんでしょう」と返したくなるのは自然な反応です。
しかし、親御さんにとっては、本当にお金が消えたように感じられています。その不安まで否定されると、「盗ったうえに、ごまかしている」と受け取られることがあります。
反対に、事実を確かめないまま「きっと誰かに盗られたね」と同意すると、特定の家族、介護職員、近所の人への疑いを強める可能性があります。
最初は、次のように返します。
「三万円が見つからないんだね。それは心配だね。誰が盗ったかを決める前に、最後に見たところから一緒に確かめよう」
自分が疑われている場合は、無実をその場で証明しようとしすぎない方がよいこともあります。
「私が盗ったと思っていることは分かった。私は持っていないけれど、今は言い争わず、通帳と財布を一緒に見よう」
親御さんの訴えを受け止めることは、犯人の話へ同意することではありません。
受け止めるのは「お金がなくなって怖い」という気持ちです。「誰が盗ったか」という結論には、記録を確かめるまで同意も反論もしません。
「なくなったお金」を四つの可能性に分けます
親御さんがお金を盗られたと訴えたときは、最初から認知症の症状として片付けないでください。
実際の盗難や詐欺が起きている可能性もあります。
| 考えられること | 見るもの | 次の動き |
|---|---|---|
| 別の場所へ移した | 財布、封筒、衣類、引き出し、以前の保管場所 | 本人と一緒に、範囲を決めて探す |
| 自分で使った・渡した | レシート、家計簿、ATM明細、通販履歴 | 日付と金額を照らし合わせる |
| 詐欺や不正利用があった | 通帳、カード利用明細、振込履歴、電話やSMS | 金融機関、警察、消費生活窓口へ連絡する |
| 家族や支援者による持ち出し | 出金日時、金銭を扱った人、本人の同意や記録 | 疑われている人だけで調べず、第三者へつなぐ |
現金がいくらあったのか、本人の記憶だけでは分からないこともあります。
「昨日まで五万円あった」と言っていても、実際には数日前に二万円を使っていたという場合があります。一方で、本人の記憶が曖昧だからといって、被害がなかったとは限りません。
次の順番で見ます。
- なくなったとされる金額
- 最後に見た日時と場所
- その後に買い物、通院、集金、来客があったか
- 直近のATM出金、振込、カード利用
- 通帳、印鑑、キャッシュカードもそろっているか
探す時間は15分ほどに区切り、家中をひっくり返さないようにします
お金を見つけようとして、家族が引き出しや衣類を次々に開けると、親御さんは「家を勝手に調べられた」「ほかの物も取られる」と感じることがあります。
探す前に、本人へ範囲を伝えます。
「財布、いつもの引き出し、昨日着ていた服の三か所だけ一緒に見てもいい?」
見つからなければ、その場で何時間も探し続けません。
「今日はここまでにしよう。通帳の出金を見てから、次に探す場所を決めよう」
意外な場所へしまわれていることもあります。
- 古いバッグや上着のポケット
- 布団や衣類の間
- 冷蔵庫や台所の収納
- 仏壇、箱、封筒の中
- 通帳や書類とは別の引き出し
- ごみとしてまとめた紙袋
ただし、本人の許可なく家中を探したり、見つけた場所を笑ったりしないでください。
見つかったときも、「ほら、やっぱり自分で隠したんじゃない」と責める必要はありません。
「ここにあったね。見つかってよかった。次に分かりやすい置き場所を一緒に決めよう」
見つかった後も、親御さんが疑いを取り下げるとは限りません
財布が別の場所から出てきても、「あなたが戻したんでしょう」と言われることがあります。
家族にとっては、さらに傷つく言葉です。
それでも、謝罪や訂正を強く求めると、話が再び「盗った・盗っていない」に戻ります。
その日は、次のように終えて構いません。
「私は戻していないけれど、今日は見つかったことを一番にしよう。今後なくならない置き方は、また落ち着いたときに考えよう」
親御さんが自分の記憶違いを認められないのは、家族を傷つけたいからとは限りません。
しまった場所を思い出せない一方で、「自分が忘れた」という感覚を持てず、残った説明として「誰かが持っていった」と考えてしまうことがあります。
疑われた家族が、捜索と金銭管理を一人で担わないようにします
日常的に通っている娘、同居する配偶者、財布を預かる家族など、本人に近い人ほど疑われることがあります。
「お金を触れる人だから怪しい」という考えにつながりやすいためです。
疑われた本人が、親御さんの財布を探し、通帳を確認し、現金を補充するところまで一人で行うと、さらに疑いが強くなる場合があります。
可能であれば、別の家族、ケアマネジャー、地域包括支援センターなど、利害のない人を間に入れます。
きょうだいへは、感情だけでなく事実を伝えてください。
「母から私がお金を盗ったと言われた。今後、私一人で財布や通帳を扱うと疑いが強くなるので、出金記録をきょうだいで共有したい」
担当を変えることは、疑われた人が悪いと認めることではありません。
親子関係と金銭管理を分けるための対応です。
本当にお金が動いている場合は、親御さんの記憶の問題にしません
次のような状態があれば、実際の金銭被害を疑います。
- 身に覚えのないATM出金や振込がある
- キャッシュカード、通帳、印鑑が見当たらない
- 知らない契約、通販、定期購入の請求がある
- 電話の相手へ現金やカードを渡したと話している
- 家族や知人が、本人の年金や預金を繰り返し引き出している
- 本人が生活費を受け取れず、食事や医療に困っている
- お金の話をすると、特定の人が本人を威圧する
カードや通帳を紛失した、不審な出金がある場合は、金融機関の公式窓口へ早めに連絡します。
電話やメッセージに書かれた番号へ折り返さず、通帳、カード、金融機関の公式サイトなどから連絡先を確かめてください。
現在進行中の盗難、脅迫、暴力などがあれば110番です。緊急ではないものの犯罪の可能性を相談したい場合は、最寄りの警察署または警察相談専用電話#9110を利用できます。
訪問販売、定期購入、電話勧誘などの消費者トラブルが疑われる場合は、消費者ホットライン188から地域の消費生活相談窓口につながります。
家族や介護者による持ち出しの可能性も、身内だけで処理しないでください
家族が親御さんの生活費を管理している家庭では、本人の同意を得た支払いと、本人が知らない出金の境目が曖昧になることがあります。
介護費、食費、家の修繕費として使ったつもりでも、領収書や記録がなければ、ほかの家族や本人へ説明できません。
一方で、本人の年金や預金を無断で使う、生活費を渡さない、必要な医療費まで出させないといった状態は、経済的な虐待や権利侵害に当たる可能性があります。
「身内のことだから」と家族会議だけで収めず、市区町村の高齢者担当窓口や地域包括支援センターへ伝えてください。
「母が家族にお金を取られたと話しています。認知症の症状か、実際の金銭被害か判断できません。通帳には説明できない出金があります」
このように、分からない部分も含めて話せます。
疑われている家族と親御さんの間に強い対立や暴力の危険がある場合は、二人だけで出金理由を問い詰めないでください。
急に言い始めた場合は、認知症だけでなく体調の変化も見ます
以前はなかった疑いが、数日で急に強くなった場合は注意が必要です。
高齢者では、感染症、脱水、便秘、痛み、睡眠不足、薬の影響などによって、急に混乱したり、普段と違う言動が出たりすることがあります。
次のような変化を伴う場合は、早めに医療機関へ連絡してください。
- 時間や場所が急に分からなくなった
- 会話がかみ合わず、ぼんやりしている
- 発熱、食欲低下、尿の異常がある
- 薬が追加・変更された
- 夜に眠らず、昼夜が逆転した
- 見えない人や物が見えると言う
- 興奮が強く、家族へ手を上げそうになる
意識がおかしい、立てない、激しい頭痛や胸痛があるなど、急病が疑われる場合は119番を優先します。
繰り返すときは、医師へ「物忘れ」ではなく場面を伝えます
財布や通帳を何度もなくし、毎回誰かを疑う。見つかった後も「戻した」と主張する。お金以外にも、同じ質問、服薬忘れ、支払いの失敗が増えている。
このような状態が続く場合は、かかりつけ医やもの忘れ外来へ生活上の変化を伝えます。
受診時には、次のように具体的に話します。
「この一か月に三回、現金を盗られたと娘を疑いました。二回は別の引き出しから見つかりましたが、本人は娘が戻したと言っています」
あわせて、次のことを伝えます。
- 最初に訴えた時期
- 疑われる相手が毎回同じか
- 一日のうち、強く訴える時間帯
- 睡眠、食事、排泄、服薬の変化
- 財布以外の置き忘れや生活上の失敗
- 本人と家族がどの程度困っているか
本人へ「妄想だから病院へ行こう」と伝えると、受診を拒むことがあります。
「お金がなくなることが続いて心配だから、薬や体調の影響がないか先生に聞こう」
このように、本人が困っていることを受診理由にできます。
繰り返し探さなくてよい保管方法へ変えます
大事な物を隠しては忘れる状態が続くと、毎回の捜索で本人も家族も消耗します。
本人の同意を得ながら、保管方法を単純にします。
- 日常用の財布を一つに決める
- 財布の置き場所を一か所に固定する
- 持ち歩く現金を必要な範囲へ減らす
- 現金を入れた日と金額を短く記録する
- 税金や公共料金を口座振替へ切り替える
- 通帳、印鑑、カードを同じ袋へまとめない
- 本人と家族が一緒に残高を見る日を決める
ただし、本人に黙って現金や通帳を取り上げると、「やはり家族が盗った」という疑いを強めることがあります。
キャッシュカードと暗証番号を家族が預かり、本人名義の口座から日常的に出金する方法も、後から使途を説明できなくなるおそれがあります。
金融機関によって代理手続きや支援の仕組みが異なるため、本人が意思を示せる段階で、口座の金融機関へ適切な方法を聞いてください。
金銭管理を任せる制度は、本人の状態に合わせて選びます
家族だけで管理するのが難しくなった場合も、すぐに一つの制度へ決める必要はありません。
本人が契約内容を理解できる状態で、日常的な支払い、預金の出し入れ、福祉サービスの手続きに支援が必要な場合は、社会福祉協議会が窓口となる「日常生活自立支援事業」を利用できることがあります。
一方、判断能力が大きく低下し、契約や財産管理を本人だけで行うのが難しい場合は、成年後見制度が選択肢になることがあります。
成年後見制度は、家族が自由に預金を使えるようにする制度ではありません。家庭裁判所が選任した成年後見人等が、本人の利益を考えて財産管理や契約を行います。
どちらの制度にも対象条件、費用、できることとできないことがあります。
まず地域包括支援センターや社会福祉協議会へ、現在本人が理解できていることと、家族が困っている金銭管理を伝えてください。
家族の気持ちが限界に近いときは、距離を取ることも対応です
何度も泥棒扱いされれば、親御さんに優しくできなくなることがあります。
助けたい気持ちと、もう顔を見たくない気持ちが同時に出ても不思議ではありません。
強い言い争いになりそうなら、その場を終える言葉を決めておきます。
「今日はこれ以上話すと、お互いに傷つくから帰るね。お金の記録は別の人にも見てもらう」
「私は盗っていない。その話で二人だけでは解決できないから、次はケアマネジャーにも入ってもらう」
親御さんの不安を理解することと、家族が侮辱や暴力に耐え続けることは同じではありません。
疑われた家族を一時的に金銭管理から外し、第三者を入れることで、関係を保てる場合があります。
今日は、直近一回の訴えをそのまま記録します
今夜、認知症か盗難かを決める必要はありません。
親御さんが言った言葉を、評価せずに一回分だけ残してください。
- 言った日時
- なくなった金額や物
- 最後に見たと言った場所
- 疑っている相手
- その後、どこから見つかったか
実際の出金やカード紛失があれば、金融機関へ連絡します。
記録と合わない訴えが繰り返されるなら、その一回分を持って、かかりつけ医または地域包括支援センターへ次のように伝えてください。
「本当に盗難があるのか、認知機能や体調の変化なのか、家族だけでは分けられません。最初に何を確認すればよいか教えてください」
親御さんを説得しきってから連絡する必要はありません。事実と分からないことを分けて伝えるところから始められます。















