午前2時、玄関で靴を履く音がした
物音で目を覚ますと、親が上着も着ずに玄関へ立っています。
「どこへ行くの」と聞くと、
「家へ帰る」
「会社へ行かないと遅刻する」
「子どもを迎えに行く」
と、今の生活とは合わないことを言います。
外は暗く、車も通ります。転倒したり、道が分からなくなったりすることを考えると、家族は慌てて腕をつかみたくなるでしょう。
「こんな時間に何を言っているの」
「ここが家でしょう」
「絶対に外へ出ないで」
と強く言えば、親はますます玄関を開けようとするかもしれません。
家族の側にも、
「今夜も眠れないのか」
「目を離した自分が悪いのではないか」
「鍵を増やすしかないのか」
「認知症だと決まったわけでもないのに、誰へ話せばよいのか」
という焦りがあります。
今夜の目標は、親を言い負かすことでも、二度と外出しないと約束させることでもありません。
まず事故を防ぎ、なぜ出ようとしたのかを一つだけ拾い、翌日以降の支援につなげることです。
今の状況を四つに分けると、次の行動を選びやすくなります
| 現在の状況 | 最初にすること | 避けたいこと |
|---|---|---|
| 玄関で出かけようとしている | 理由を聞き、上着や靴を整えながら時間を作る | 腕を強くつかむ、怒鳴る、正しさを言い聞かせ続ける |
| 外へ出たが姿が見えている | 安全な距離で付き添い、車道や段差から離す | 後ろから急に捕まえる、一人で無理に連れ戻す |
| 姿が見えず居場所が分からない | すぐ110番し、家族内で捜索と自宅待機の役割を分ける | 朝まで待つ、家族だけで遠くまで探し続ける |
| 急に様子が変わった・体調がおかしい | 発熱、けが、まひ、話しにくさなどを見て医療へつなぐ | すべてを認知症や加齢のせいにする |
同じ夜間外出でも、本人が目の前にいる場合と、すでに居場所が分からない場合では、優先順位が違います。
迷ったときは、「説得より安全」「原因探しより現在地の把握」と考えてください。
親を止める前に、「どこへ行くのか」を一度聞く
夜中に「会社へ行く」「家へ帰る」と言われると、間違いを訂正したくなります。
しかし、本人の中では、出かける理由があることがあります。
- 仕事へ行く時間だと思っている
- 昔住んでいた家へ帰ろうとしている
- 家族を迎えに行かなければならないと思っている
- トイレや台所を探しているうちに玄関へ来た
- 暑い、寒い、痛い、眠れないなど居心地の悪さがある
- 物音や夢で不安になり、安全な場所を探している
まず、短く聞きます。
「どこへ行く予定なの?」
「何か気になることがある?」
「誰かを迎えに行くの?」
返ってきた答えが現実と違っていても、すぐ否定せず、本人が急いでいる理由を探します。
認知症の人への支援では、本人の気持ちや意思を一方的に退けず、その人が自分の意思に基づいて暮らせるよう支える姿勢が重視されています。
玄関では、正しさを説明するより五分の時間を作ります
親が外へ出ようとしているときは、次のような声かけを試します。
| 親の言葉 | 声かけの例 |
|---|---|
| 「会社へ行かないと」 | 「仕事のことが気になっているんだね。外は寒いから、上着を着て予定を一緒に見よう」 |
| 「家へ帰る」 | 「帰りたいんだね。どの辺りの家か教えてくれる?少しお茶を飲みながら聞かせて」 |
| 「子どもを迎えに行く」 | 「心配なんだね。私も一緒に確認するから、まず靴を履き替えよう」 |
| 「放っておいて」 | 「分かった。邪魔はしないよ。暗いから私も少し一緒に歩かせて」 |
声を低くし、一度に多くの説明をしないことがポイントです。
予定表を見る、温かい飲み物を出す、トイレへ案内する、本人が慣れている音楽を流すなど、別の行動へ移れることもあります。
それでも出かける場合、安全に付き添える状況なら、近所を短く一緒に歩いて戻る方法もあります。
家族一人では支えられない、本人が興奮している、車道へ向かうおそれがある場合は、無理に体を押さえ込まず、警察や救急へ助けを求めてください。
腕をつかむほど興奮する場合は、家族の安全も守ります
玄関をふさいだ家族を押す、物を投げる、大声を出すなどの状態になることがあります。
その場合は、本人の正面へ立ち続けず、少し距離を取ります。
- 玄関前へ家族全員で集まらない
- 大声で指示を繰り返さない
- 刃物や割れやすい物から離れる
- 子どもや体の弱い家族を別の部屋へ移す
- 一人で押さえ込もうとしない
- 本人や家族がけがをしそうなら警察や救急へ連絡する
外出を防げても、家族がけがをしては生活を続けられません。
家族の対応が悪かったから興奮した、と一人で背負わないでください。身体の不調、不安、環境の変化など、複数の要因が重なっていることがあります。
姿が見えないときは、朝まで待たず警察へ連絡します
家中を見てもいない。近所を一周しても見つからない。本人の携帯電話もつながらない。
この段階では、「いつもの散歩かもしれない」と待たず、110番してください。
警視庁も、家族等が行方不明になった場合は、すぐ110番するか警察署へ届け出るよう案内しています。
警察へは、次の内容を伝えます。
- 氏名、年齢、身長、体格
- 最後に姿を見た時刻と場所
- 着ていた服、靴、帽子、バッグ
- 眼鏡、杖、補聴器などの特徴
- 認知症の診断や持病の有無
- 服薬や医療上の注意点
- 携帯電話や位置情報機器を持っているか
- 以前住んでいた家、勤め先、よく行く店など
- 過去にも外出して迷ったことがあるか
- 本人の最近の写真
写真は、免許証用の古い写真より、現在の髪形や顔つきが分かる物が役立ちます。
家族で探すときは、一人を自宅に残します
全員が外へ探しに出ると、親が自力で帰宅したときに誰もいないことがあります。
警察へ連絡した後、家族内で役割を分けてください。
| 役割 | すること |
|---|---|
| 警察との連絡役 | 情報の追加、発見連絡、写真の準備を行う |
| 自宅で待つ人 | 本人の帰宅に備え、電話を受けられる状態にする |
| 近くを確認する人 | 本人がよく行く場所を、安全な範囲で見る |
| 親族・施設への連絡役 | 本人が向かいそうな場所や関係者へ連絡する |
家族だけで暗い川沿い、線路、山道などへ入らないでください。
自動車で探す場合も、運転しながら周囲を見回したり、携帯電話を操作したりせず、安全を優先します。
自治体によっては、警察、地域包括支援センター、事業者、地域住民などが連携する見守りネットワークを設けています。事前登録が必要な場合もあるため、平常時に地域包括支援センターや自治体へ制度を尋ねておくとよいでしょう。
見つかった直後は、叱るより体の状態を見ます
親が見つかると、安心と怒りが一度に出てきます。
「どれだけ心配したと思っているの」
「もう絶対に出ないで」
と言いたくなるでしょう。
しかし、本人は自分が行方不明になったという認識がなく、責められた理由が分からない場合があります。
まず、次の状態を見てください。
- 転んだ傷や出血がないか
- 頭を打った可能性がないか
- 手足が冷え切っていないか
- 暑い時期に汗、ふらつき、脱水がないか
- 息苦しさや胸の痛みがないか
- 片側の手足の動かしにくさや話しにくさがないか
- 普段より強くぼんやりしていないか
けがや体調の異変がある場合は、医療機関や救急へつなぎます。
落ち着いている場合は、
「戻ってきてくれてよかった。寒かったでしょう」
と迎え、体を休めてから、警察や捜索に協力した人へ発見の連絡をします。
初めて急に夜中へ出たなら、認知症だけが原因とは限りません
以前は夜中に外へ出たことがない人が、突然、時間や場所を取り違えた場合は、体調や薬の変化も見ます。
- 発熱、咳、排尿時の痛みなど感染症を疑う症状
- 水分や食事が取れていない
- 便秘や強い痛みがある
- 転倒し、頭を打った可能性がある
- 新しい薬が始まった、薬の量が変わった
- 睡眠薬、抗不安薬、かぜ薬などを使用した
- 入院、引っ越し、介護者の交代など環境が変わった
- 急に会話がかみ合わなくなった
急な混乱や夜間の異常行動は、認知症の進行だけでなく、薬剤、脱水、感染症、低血糖、頭部のけがなどに伴う状態で起こることがあります。国立長寿医療研究センターも、急な変化では身体疾患や薬剤などを考える必要があると案内しています。
急に始まった、数時間で様子が大きく変わる、発熱やけがを伴う場合は、翌週の物忘れ外来まで待たず、かかりつけ医や救急へ状況を伝えてください。
繰り返す夜間外出は、日時だけでなく直前の出来事を記録します
医師やケアマネジャーへ「夜に出歩きます」とだけ伝えても、原因や対策を考える材料が足りない場合があります。
一週間ほど、次の表を使って記録します。
| 記録すること | 記入例 |
|---|---|
| 出ようとした日時 | 7月20日 午前1時30分 |
| 本人が言ったこと | 「会社へ行かなければ」と言った |
| 直前の様子 | 夕方に2時間眠り、夕食は半分だけ食べた |
| 体調 | 便秘3日目、昼から腰痛を訴えていた |
| その日の変化 | デイサービスが休みで、昼間の外出なし |
| 家族の対応 | 予定表を見せ、お茶を飲むと落ち着いた |
| 外出した場合 | 自宅から100メートル先で家族と戻った |
毎晩同じ時刻なのか、昼寝が長かった日に多いのか、排泄や痛みと重なるのかを見ると、対策を考えやすくなります。
記録は親を監視するためではなく、家族の記憶だけに頼らず、医療・介護の人へ状況を渡すためのものです。
「帰らなければ」と言う場所に、その人の生活歴が隠れていることがあります
親が向かおうとする場所には、以前の仕事、子育て、買い物などの記憶が関係していることがあります。
| 本人の言葉 | 家族が確かめること |
|---|---|
| 「会社へ行く」 | 以前の勤務時間、制服や仕事道具を探していないか |
| 「子どもを迎えに行く」 | 子育て中の習慣や、夕方の不安がないか |
| 「家へ帰る」 | 昔住んでいた家、実家、安心できた場所を指していないか |
| 「買い物へ行く」 | 食べ物や日用品がないと思っていないか |
| 「誰かが呼んでいる」 | 夢、物音、幻覚、聞こえにくさなどがないか |
話の内容が事実と違っていても、本人が感じている不安まで嘘とは限りません。
「会社はもう辞めたでしょう」と訂正するだけでなく、仕事でどのような役割を担っていたのかを聞き、日中にできる役割を作る方法もあります。
洗濯物を畳む、新聞を取りに行く、翌日の予定を一緒に書くなど、本人が「することがある」と感じられる日課が落ち着きにつながる場合があります。国立長寿医療研究センターも、出かけるまでの時間に本人が興味を持てる日課や家族と行う活動を作る方法を紹介しています。
玄関は「出られなくする」だけでなく、家族が気づける形にします
夜間外出が続くと、鍵を増やして完全に出られなくしたくなります。
ただし、複雑な施錠だけに頼ると、火災や災害時の避難、本人の興奮など別の問題が起きる可能性があります。
家の状況に合わせ、次のような方法を組み合わせます。
- 玄関が開いたときに鳴るチャイムやセンサーを付ける
- 家族が使う場所へ通知が届く見守り機器を検討する
- 廊下やトイレまでの足元を照らす
- トイレや寝室の場所が分かる表示を付ける
- 玄関付近の段差、マット、物を減らす
- 夜に履く靴や上着を安全な物へ整える
- 窓や勝手口も含め、本人が出る経路を確かめる
機器を設置する際は、本人の尊厳やプライバシーにも配慮し、家族だけで決めにくい場合はケアマネジャー、地域包括支援センター、福祉用具の担当者などへ相談してください。
持ち物には、見つけた人が連絡できる手がかりを残します
夜間外出を完全に防げない場合も考え、発見につながる備えをします。
- 普段着る上着や靴へ名前を入れる
- 家族の連絡先を書いたカードを持ってもらう
- 自治体の見守りシールや登録制度を調べる
- 本人が使える携帯電話を充電する
- 位置情報を確認できる端末を検討する
- 現在の全身写真を定期的に撮る
衣服へ連絡先を書く場合、住所や詳しい病歴など、拾った人全員へ知られる必要のない情報まで書かないようにします。
位置情報機器は、本人が外してしまう、充電が切れる、屋内では位置がずれるなどの可能性があります。
機器だけへ頼らず、警察への連絡、地域の登録、近所の見守りなどと組み合わせてください。
近所には、病名より「困ったときの連絡方法」を伝えます
親の状態を近所へ知られることに抵抗を感じる家族もいます。
すべてを詳しく説明する必要はありません。
信頼できる近隣の人や、よく行く店の人へ、
「夜や早朝に一人で歩いていて、行き先が分からない様子なら、この番号へ連絡をお願いします」
と伝える方法があります。
本人の同意や家族関係、地域の状況を考えながら、伝える相手と内容を絞ってください。
地域での見守りや、認知症を理解して手助けする認知症サポーターなど、家族以外が支える仕組みも進められています。
一人暮らしの親なら、夜だけの問題として扱わない
別居している親が夜中に外へ出ていると分かっても、子どもが毎晩泊まることは難しいでしょう。
一人暮らしの場合は、外出対策だけでなく、現在の生活全体を見ます。
- 食事や水分を取れているか
- 薬を予定どおり飲めているか
- 昼夜が逆転していないか
- 室温や寝具が合っているか
- トイレを間違えずに使えるか
- 転倒や火の不始末がないか
- 電話や来客へ適切に対応できるか
- 昼間に人と会う機会があるか
夜間外出が始まったことは、本人が一人で安全に暮らすための支えを見直す合図になる場合があります。
すぐ施設入居と決める必要はありませんが、家族の訪問だけで支えられるか、介護サービスや地域の見守りを加えるかを考えます。
翌朝は、本人を連れて行けなくても地域包括支援センターへ電話できます
認知症の診断を受けていなくても、家族だけで地域包括支援センターへ相談できます。
地域包括支援センターでは、保健医療や介護に関する相談を受け、必要に応じて認知症疾患医療センター、認知症初期集中支援チーム、介護サービスなどへつなぎます。
電話では、次のように伝えます。
「80代の父が昨夜2時に『会社へ行く』と言って外へ出ました。これまでにも夕方に帰ると言うことはありましたが、夜中の外出は初めてです。家族だけで夜間の安全を守るのが難しく、受診先と利用できる支援を相談したいです」
すでにケアマネジャーがいる場合は、翌朝に連絡し、夜間外出の記録を見せます。
必要に応じて、日中の活動、訪問・通所サービス、短期間の宿泊、家族の休息などを含め、ケアプランを見直します。利用できる内容は本人の状態や地域によって異なります。
受診時は「徘徊します」だけでなく、変化を具体的に伝えます
医療機関へは、夜間外出の有無だけでなく、始まる前後の変化を伝えてください。
| 医師へ伝えること | 具体例 |
|---|---|
| 始まった時期 | 2週間前から週3回、玄関へ行くようになった |
| 本人の言葉 | 「会社へ行く」「ここは自分の家ではない」と言う |
| 昼間の様子 | 長く昼寝し、外出や会話が減った |
| 体調変化 | 便秘、食欲低下、発熱、排尿回数の増加 |
| 薬の変化 | 睡眠薬が追加された、飲み忘れが増えた |
| 環境変化 | 入院後、引っ越し後、家族の介護者が交代した |
| 生活への影響 | 家族が毎晩起きており、仕事を休んでいる |
本人の前で話しにくい内容は、受付でメモを渡せるか事前に尋ねます。
認知症に似た症状を起こす病気もあるため、早めに適切な診断を受けることが重要とされています。
家族が一晩中見張る生活を、通常の介護にしない
一度外へ出た後、家族が交代で玄関の前へ座り、眠らず見守ることがあります。
緊急時には必要でも、それを毎晩続けることはできません。
家族が睡眠不足になれば、仕事中の事故、体調悪化、親への強い言葉につながることがあります。
| 家族の状態 | 翌日に伝えること |
|---|---|
| 毎晩、外出を止めている | 夜間の安全を家族だけでは守れない |
| 仕事を遅刻・欠勤している | 介護で就労に影響が出ている |
| 怒鳴る、押さえつけることが増えた | 家族も限界で、事故の心配がある |
| ほかの家族が協力しない | 主な介護者一人へ負担が集中している |
| 一人にするのが怖く外出できない | 日中を含め見守りの支援が必要 |
「まだ家で介護できています」と言うより、実際に眠れていない日数や仕事を休んだ回数を伝える方が、緊急性を共有しやすくなります。
今日することは、玄関へ新しい鍵を付けるだけではありません
夜中に親が外へ出ることがあるなら、今日は次の五つを紙へ書いてください。
- 最後に外へ出た日時
- 本人が言っていた行き先と理由
- その日の体調、昼寝、食事、服薬
- 外へ出たときに着ていた服
- 警察・家族・支援者へ連絡する順番
次に、現在の顔と全身が分かる写真を一枚用意し、家族が見つけられる場所へ保存します。
そして翌朝、かかりつけ医、ケアマネジャー、地域包括支援センターのうち、つながっている所へ一本連絡してください。
電話では、
「夜間に外へ出たことがあり、次は家族だけでは止められないかもしれません」
と伝えます。
夜間外出をゼロにできないからといって、家族の見守りが足りないわけではありません。
本人には本人なりの目的があり、家族には眠らなければ続けられない生活があります。
行き先を聞くこと、見失ったらすぐ警察へ連絡すること、翌日に医療と介護へ状況を渡すこと。この三つを家族だけで抱えず、地域の人へ分けていくことが、次の夜の安全につながります。
出典・確認先メモ
- 警視庁「行方不明者相談のご案内」
- 警察庁「認知症に係る行方不明者への対策」
- 厚生労働省「認知症に関する相談について」
- 厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」
- 国立長寿医療研究センター「認知症の人と上手に向き合うために」
- 国立長寿医療研究センター「よくある質問・Q&A」















