「何もないところで転んだ」と聞くと、家族は家中を直したくなります
久しぶりに実家へ行くと、親が食卓につかまりながら歩いている。
理由を聞けば、「この前、廊下で少しよろけただけ」「昨日も尻もちをついたけれど、けがはない」と笑っています。
家族には、少しでは済まないように見えます。
玄関には靴が何足も出ている。廊下には新聞の束が置かれ、夜中に使うトイレまでの照明は暗い。浴室には手すりがなく、親は浴槽の縁へ手をついて立ち上がっています。
「全部危ないから片付けよう」と言うと、親は機嫌を損ねます。
「何十年もこの家で暮らしている」
「年寄り扱いしないで」
「手すりなんて、まだ必要ない」
家族としては、転んで骨折する前に何とかしたい。それでも、本人の家を勝手に変えるわけにもいきません。
この場面では、家全体を一度に安全な家へ作り替えるより、実際に転びそうになった動線を一つずつ見る方が進めやすくなります。
家の危険を減らすことに加えて、体調、歩き方、視力、履物、服用している薬にも目を向けます。住環境だけを直して終わりにしないことが、再発を減らすポイントです。
最初に見るのは、寝室からトイレまでの往復です
高齢者の転倒は、階段のような目立つ場所だけで起きるとは限りません。
寝起きにベッドから立ち、暗い廊下を歩き、急いでトイレへ向かう。毎日繰り返す短い移動に、転びやすい条件が重なることがあります。
親が普段歩く速さで、寝室からトイレまで移動する様子を見せてもらってください。
- 起き上がってすぐ歩き始めていないか
- ベッドや布団から立つとき、何につかまっているか
- 床に衣類、新聞、箱、電源コードがないか
- 敷物やカーペットの端が浮いていないか
- 廊下や足元が暗くないか
- トイレの入口に小さな段差がないか
- 便座へ座るまでに、安定して手を置ける場所があるか
- スリッパや靴下で足が滑っていないか
消費者庁は、高齢者の自宅内での転倒事故が浴室・脱衣所、ベッド・布団、玄関、階段などで発生しているとして、手すりや滑り止め、照明、電源コードの配置などを見直すよう案内しています。
家族が見るだけでは、本人がどこでふらついているか分からないことがあります。
転倒の危険が高い場合は無理に歩かせず、普段の移動をそばで見守りながら、手を伸ばした場所や足が止まった場所をメモします。
家の中は「転んだ場所」より、転ぶ直前の動作から見ます
廊下で転んだからといって、原因が廊下にあるとは限りません。
寝室から急いで出た、後ろを振り返った、床の物を避けようとした、暗い中でスイッチを探したなど、直前の動作に手がかりがあります。
| 場所 | 転びやすい場面 | 今日できる変更 |
|---|---|---|
| 寝室 | 起き上がってすぐ歩く、布団の端へ足を取られる | 立ち上がる側の床を空け、足元灯と安定した椅子を置く |
| 廊下 | 新聞、箱、コードをまたぐ、暗い中を歩く | 床の物を移し、コードを壁際へ寄せ、夜間照明を付ける |
| トイレ | 衣類を上げ下げしながらふらつく、便座から立てない | 足元の物をなくし、手を置く位置と扉の開き方を見直す |
| 玄関 | 立ったまま靴を履く、上がりかまちでよろける | 靴を減らし、安定した椅子を置き、座って履くようにする |
| 浴室・脱衣所 | ぬれた床で滑る、浴槽をまたぐ、片足で着替える | 滑りやすい物を外し、椅子へ座って着替えられるようにする |
| 居間 | こたつ布団やカーペットの端へ引っ掛かる | 動線上の敷物を外すか、端が動かないようにする |
| 階段 | 荷物を持って昇降する、最後の一段を踏み外す | 物を置かず、照明を明るくし、両手を使える状態にする |
| 台所 | 高い所の物を取る、マットへつまずく | よく使う物を腰から目の高さへ移し、不安定な踏み台を使わせない |
| 庭・勝手口 | サンダルで歩く、段差やぬれた地面で滑る | 出入口を片付け、かかとの安定する履物へ替える |
小さな段差だから安全とは限りません。足が以前ほど上がらなくなると、部屋と廊下のわずかな境目や敷物の端にもつまずきます。
段差を見つけたら、目立つ色のテープを貼るだけで済ませず、日常的にまたがなくてよい動線へ変えられないか考えてください。
片付けは「全部捨てる」ではなく、幅一人分の通り道を作ります
実家に物が多いと、家族は一日で片付けようとしがちです。
しかし、親にとっては、転倒防止より先に「勝手に物を捨てられる」という警戒が生まれることがあります。
最初は処分を目的にせず、寝室、トイレ、食卓、玄関を結ぶ通り道だけを空けます。
| 家族が言いがちな言葉 | 代わりに使える言葉 |
|---|---|
| 「危ないから全部捨てるよ」 | 「夜トイレへ行く道だけ、何も置かないようにしてもいい?」 |
| 「こんな所に置くから転ぶんだよ」 | 「ここで足が止まっていたから、別の置き場所を一緒に考えたい」 |
| 「もう一人では歩けないでしょう」 | 「一人で動きやすいように、つかまる場所を見直そう」 |
| 「年なんだからスリッパはやめて」 | 「このスリッパ、歩くと脱げそうだね。足に合う物を一緒に探さない?」 |
| 「手すりを付けるから」 | 「どこに手があると立ちやすいか、専門の人にも見てもらわない?」 |
親が残したい物は、別の場所へ移せばよい場合もあります。
通り道へ何も置かないという一つの約束から始めると、家全体の片付けより受け入れてもらいやすくなります。
手すりの代わりにしている家具が、動かないか確かめます
親の歩き方を見ると、壁、食卓、いすの背、タオル掛けなどへ順番につかまっていることがあります。
本人は「支えがあるから大丈夫」と考えていても、体重をかけたときに家具が動けば、かえって転倒につながります。
- キャスター付きのいす
- 軽いワゴンや棚
- 折り畳み式のテーブル
- 吸盤式で固定が弱い器具
- タオル掛けやペーパーホルダー
- 不安定な踏み台
これらを手すり代わりにしていないか見てください。
手すりは、空いている壁へ適当に付ければよいものではありません。立ち上がるとき、向きを変えるとき、段差を越えるときでは、必要な位置や向きが異なります。
親がどちらの足から動かすか、どちらの手で支えたいかを見たうえで、ケアマネジャー、福祉用具の担当者、作業療法士などへ実際の動作を見てもらうと、使わない手すりを付ける失敗を減らせます。
スリッパをやめても、靴下だけでは滑ることがあります
転倒対策としてスリッパを取り上げたところ、親が靴下だけで歩き、かえって滑ることがあります。
履物は「スリッパか裸足か」の二択ではありません。
| 履物の状態 | 気になる点 |
|---|---|
| 足を引きずると脱げるスリッパ | かかとが固定されず、段差で脱げやすい |
| 底がすり減った室内履き | 滑り止めが弱くなっている |
| 大きすぎる靴 | 足が中で動き、つま先が引っ掛かりやすい |
| 裾が長いズボンや寝巻き | 自分の足で裾を踏むことがある |
| 滑りやすい靴下 | フローリング上で足が流れやすい |
| かかとが安定する室内履き | 足の状態に合っているか、着脱しやすいかを見る |
むくみ、外反母趾、足の痛み、爪の変形があると、合う靴を履けず歩き方が変わることもあります。
靴だけを替えて終わらせず、足の痛みや傷がないかも本人へ聞いてください。
転んだ回数ではなく、前後の状況を記録します
診察や介護相談で「最近よく転びます」と伝えても、何が起きているか十分に分からないことがあります。
転倒した日だけでなく、転びそうになった日も短く残します。
| 記録すること | 記入例 |
|---|---|
| 日時 | 7月15日、午前2時ごろ |
| 場所 | 寝室からトイレへ向かう廊下 |
| 直前の動作 | ベッドから起きて、すぐ歩き始めた |
| 履物・照明 | 靴下、廊下の照明は消えていた |
| 転び方 | 右へよろけ、壁へ手をついた |
| けがや症状 | 痛みなし、少しふらつきあり |
| その日の体調 | 食事が少なく、水分もあまり取っていなかった |
| 薬の変化 | 3日前から眠る前の薬が追加された |
記録すると、「いつも夜中」「食後に立つとき」「薬が変わってから」「右へ方向転換するとき」など、家族の記憶だけでは見えなかった傾向が分かります。
可能であれば、危険箇所や普段の歩行を本人の同意を得て写真や短い動画に残すと、医師やケアマネジャーへ生活場面を伝えやすくなります。
急に転び始めたときは、家のせいだけにしません
以前から少しずつ足が弱っていた場合と、数日で急にふらつくようになった場合では、考える順番が違います。
次のような変化があるときは、家具の移動だけで様子を見続けず、かかりつけ医や医療機関へ連絡してください。
- 数時間から数日で、急に歩けなくなった
- 立つと強くふらつく、意識が遠のく感じがある
- 片側の手足に力が入りにくい、しびれる
- ろれつが回らない、会話がかみ合わない
- 発熱、食欲低下、嘔吐、下痢など体調変化がある
- 薬が追加・変更されてから眠気やふらつきが出た
- 転倒を繰り返し、以前できた動作が急に難しくなった
転倒の原因には加齢による身体機能の低下だけでなく、病気や薬の影響もあり、薬による立ちくらみやふらつきが関係する場合があります。服用中の薬を自己判断で中止せず、処方薬、市販薬、サプリメントを含めて医師や薬剤師へ見せてください。
複数の医療機関から薬が出ている場合は、お薬手帳と手元にある薬をまとめ、どの薬をいつ飲んでいるかを一度確認してもらいます。
転んだ後は、急いで立たせる前に様子を見ます
親が床へ倒れていると、家族は反射的に腕を引いて立たせようとします。
しかし、強い痛みやけががある状態で無理に起こすと、本人にも介助する家族にも負担がかかります。
まず声をかけ、反応、呼吸、出血、痛む場所、手足を動かせるかを見ます。
| 転倒後の状態 | 動き方の目安 |
|---|---|
| 反応がない、呼吸がおかしい | 119番へ連絡する |
| 強い衝撃を受けた、様子が明らかにおかしい | 無理に動かさず、119番または救急相談を利用する |
| ろれつが回らない、片側に力が入らない | 脳卒中なども考え、すぐ119番へ連絡する |
| 強い痛みがあり、立てない | 無理に立たせず、救急要請や医療機関への連絡を考える |
| 本人は動けるが、頭を打った、痛みが続く | 受診の必要性を医療機関や救急相談窓口へ聞く |
| けがは見当たらない | しばらく普段との違いを見て、転倒状況を記録する |
消防庁は、転倒・転落で強い衝撃を受けた場合や、普段と様子が違う場合に注意し、判断に迷うときは実施地域の救急相談窓口「#7119」などを利用するよう案内しています。
家族一人では親を起こせない場合も、力任せに持ち上げないでください。救急性がない場合でも、訪問介護事業所やケアマネジャーなど、日頃の支援先に対応方法を聞いておくと慌てにくくなります。
「運動不足だから歩かせる」だけでは、怖さが残ることがあります
一度転ぶと、本人が歩くこと自体を怖がる場合があります。
転ばないよう座っている時間が増え、足腰がさらに弱り、ますます立ちにくくなることもあります。
だからといって、家族が「歩かないともっと弱る」と無理に散歩へ連れ出すのも危険です。
まず、本人がどの動作を怖がっているか見ます。
- 立ち上がる瞬間が怖い
- 方向転換でふらつく
- 段差だけ越えにくい
- 屋外の傾斜や人混みが怖い
- 杖の使い方が合っていない
- 痛みがあって足へ体重をかけられない
歩行器や杖は、持てば必ず安全になる道具ではありません。高さや使い方が合わないと、かえって姿勢が崩れることがあります。
通所・訪問リハビリを利用している場合は理学療法士や作業療法士へ、介護サービスを利用している場合はケアマネジャーや福祉用具専門相談員へ、家の中の動作も含めて見てもらいます。
住宅改修は、工事を頼む前に介護保険の対象になるか聞きます
手すりや段差解消が必要だと思うと、すぐ工務店へ依頼したくなります。
ただし、要支援・要介護認定を受けている人が介護保険の住宅改修費を利用する場合は、原則として工事前の申請が必要です。
介護保険では、手すりの取付け、段差の解消、滑り防止や移動を円滑にする床材への変更、引き戸等への扉の取替え、洋式便器等への取替えなどが住宅改修の対象として示されています。支給限度基準額は原則として生涯20万円で、所得に応じて費用の7~9割が給付対象となります。
工事前には、次の順番で進めます。
- ケアマネジャーまたは自治体の窓口へ相談する
- 本人が実際に立つ・歩く動作を見てもらう
- 改修する場所と理由を決める
- 施工業者から見積もりを取る
- 自治体へ工事前の申請を行う
- 承認や案内を確認してから工事を始める
先に工事をすると、やむを得ない事情が認められる場合を除き、給付の対象にならない可能性があります。
賃貸住宅の場合は、家主や管理会社の承諾も必要になることがあります。手すりをねじで固定できない場合には、置き型の手すりや福祉用具の利用が合うこともあるため、自己判断で工事方法を決めない方がよいでしょう。
介護認定を受けていなくても、家族から相談できます
親がまだ介護サービスを利用していないと、「この程度で相談してよいのか」と迷うことがあります。
転倒を繰り返している、入浴やトイレが危ない、家族だけでは家の見直し方が分からない場合は、親が住む地域の地域包括支援センターへ家族から状況を伝えられます。
地域包括支援センターは、市町村が設置する高齢者の総合相談窓口で、保健・医療・介護予防や生活上の困りごとについて支援しています。必要に応じて、介護認定やケアマネジャー、地域のサービスへつないでもらえます。
電話では、次のように話せば十分です。
「一人暮らしの母が家の中で転ぶことが増えました。夜のトイレと浴室が心配です。家を見てもらえる支援や、介護認定が必要かを聞きたいです」
転んだ回数だけでなく、本人の暮らし方も伝えます。
- 一人暮らしか、同居家族がいるか
- 日中や夜間に一人になる時間
- 転倒した場所と時刻
- 入浴、排泄、食事、買い物の様子
- 通院先と服用している薬
- 家族が訪問できる頻度
- 本人が困っていることと、拒んでいること
一人暮らしなら、転ばない対策と「転んだ後」の備えを分けます
どれだけ家を整えても、転倒を完全にゼロにすることはできません。
一人で暮らしている場合は、事故を防ぐ対策に加えて、転んだ後に助けを呼べる方法も決めます。
| 備えること | 具体的な方法 |
|---|---|
| 連絡手段 | 携帯電話を身に着ける、手の届く場所へ固定電話を置く |
| 緊急連絡先 | 家族、近隣者、介護事業所の順番を決める |
| 見守り | 定時連絡、配食、訪問、緊急通報サービスなどを検討する |
| 家へ入る方法 | 緊急時の鍵の扱いを本人と家族で決める |
| 医療情報 | 服薬、持病、連絡先を救急時に分かる場所へ置く |
見守り機器を導入するときは、本人に無断で監視するのではなく、何を検知し、誰へ通知するのかを説明します。
機器を置くだけで、転倒時に必ず救助されるとは限りません。通知を受けた後、誰が電話し、誰が駆けつけ、反応がなければどうするかまで決めておきます。
今日直すなら、夜の通り道から三つだけ変えます
親が転びやすくなったと気づくと、手すり、リフォーム、介護サービスなど、決めることが一気に増えます。
今日は、家全体を完成させなくて構いません。
寝室からトイレまで歩き、次の三つだけ変えてください。
- 床へ置かれた物と電源コードを通り道から外す
- 夜中に足元が見える照明を付ける
- 立つときにつかんでいる家具が動かないか確かめる
その後、直近の転倒を4行で残します。
- いつ:
- どこで:
- 何をしていて:
- 体調や薬の変化:
急なふらつきや体調変化があれば医療機関へ連絡する。少しずつ歩きにくくなっているなら、記録を持ってかかりつけ医や地域包括支援センターへ相談する。手すりなどの工事を考えるなら、契約前に介護保険の手続きを聞く。
この順番なら、「家が悪い」「親が注意しないから悪い」と誰かを責めずに進められます。
転倒対策は、親を動かなくするためのものではありません。
自分でトイレへ行く、玄関で靴を履く、いつもの食卓まで歩く。そうした今の暮らしを、できるだけ安全に続けるための支えです。
出典・確認先メモ
- 消費者庁「高齢者の転倒事故に注意しましょう」「住環境における高齢者の事故について」:自宅内で転倒しやすい場所、段差、敷物、照明、コード、浴室などの対策に関する確認先。
- 政府広報オンライン「たった一度の転倒で寝たきりになることも。転倒事故の起こりやすい箇所は?」:転倒の原因、家の中の危険、薬や運動機能との関係に関する確認先。
- 厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針」:高齢者の薬物有害事象、処方薬・市販薬等を含めた薬剤確認に関する確認先。
- 厚生労働省「介護保険における住宅改修」:手すり、段差解消、床材・扉・便器の変更、工事前申請、支給限度基準額に関する確認先。
- 厚生労働省「地域包括ケアシステム」「家族介護に直面している方への支援を知りたい」:地域包括支援センターの役割と家族からの相談に関する確認先。
- 総務省消防庁「救急受診ガイド」「突然のこんな症状の時にはすぐ119番」:転倒後や急な症状で救急要請・救急相談を考える際の確認先。















