「病院で一度診てもらわない?」と言いかけて、また話題を変えてしまう
同じ用件で、親御さんから一日に三回電話がかかってきた。
先週伝えた通院日を忘れ、予約を取り直したことも覚えていません。それでも電話口では、昔と変わらない調子で話します。
今度こそ受診の話をしようと思ったのに、
「最近、忘れることが増えたんじゃない?」
と言った瞬間、親御さんの声が固くなりました。
「年を取れば誰だって忘れる」
「私を病人扱いするな」
その言葉を聞くと、それ以上続けられなくなります。親御さんを傷つけたいわけではない。けれど、何も言わずにいることも、見て見ぬふりをしているようで落ち着きません。
本人に伝えることをためらうのは、勇気がないからではありません。
病名を口にした瞬間、これまでの親子関係が変わるのではないか。運転やお金、自宅での暮らしまで一度に取り上げる話だと思われるのではないか。その先まで考えてしまうから、最初の一言が出なくなるのです。
最初の目的は、「認知症だと認めてもらうこと」ではありません
家族が話す目的は、親御さんを言い負かしたり、病名を認めさせたりすることではありません。
生活の中で起きている変化を、医療や支援につなげられる形にすることです。
物忘れや判断の変化があっても、その原因が認知症とは限りません。
うつ状態、せん妄、薬の影響、睡眠不足、脱水、甲状腺などの身体の病気でも、認知症に似た状態が現れることがあります。診断する前から、家族が病名を決める必要はありません。
本人も、何も気づいていないとは限りません。
予定を忘れたことに戸惑い、家族から指摘される前に話題を変える。以前できた手続きが難しくなり、失敗を見られたくなくて怒る。「頭がおかしくなったのでは」と、本人なりに怖がっている場合もあります。
その状態で「認知症でしょう」と言われれば、心配されたというより、能力を判定されたように聞こえることがあります。
話し合いの目標は、「認知症と認めさせる」ではなく、「最近の変化を医療者と一緒に確かめるところまで進む」です。
切り出す前に、伝える出来事を一つだけ選びます
心配が積み重なっているほど、家族は一度に全部伝えたくなります。
「薬も忘れているし、通帳もなくしたし、同じ物を何度も買っている」
しかし、失敗を並べられた本人には、受診の提案より「これまで隠れて採点されていた」という印象が残ります。
最初の会話では、本人も思い出しやすく、安全や健康に関係する出来事を一つだけ選んでください。
- 病院の予約日を二度間違えた
- 薬が三日分残っていた
- 慣れた店から帰れなくなった
- 鍋を火にかけたまま外へ出た
- 同じ請求書を二度払っていた
「最近、何となく変だ」ではなく、日時と出来事が分かる形にします。
「先週の水曜日、病院の予約日を一日間違えていた」
「日曜日の薬が、今日も袋に残っている」
具体的な出来事なら、本人の性格や能力を評価せずに話せます。
会話は、五つの短い文で組み立てます
長い前置きをすると、本人は「何か重大な話をされる」と身構えます。
話す内容を、次の順番へ絞ります。
1.話す許可をもらう
「少し気になっていることを、10分だけ話してもいい?」
突然始めず、時間を区切ります。本人が疲れている、空腹である、急いでいるときは避けます。
2.実際に起きたことを一つ伝える
「先週、病院の予約日を二回間違えたことが気になっている」
「いつも」「最近ずっと」「何度言っても」と広げず、その出来事だけを扱います。
3.病名を決めていないと伝える
「認知症だと決めているわけではないよ」
家族は診断をするために話しているのではないことを、短く伝えます。
4.受診する理由を具体的にする
「薬や睡眠、体の病気でも似たことがあるらしいから、一度いつもの先生に聞きたい」
「検査を受けなさい」ではなく、何を確かめたいのかを示します。
5.本人が選べる部分を残す
「いつもの先生に聞くのと、もの忘れ外来を探すのと、どちらが話しやすそう?」
受診するかしないかを迫るより、医療へつながる方法の中から選べる形にします。
その日に答えが出なければ、
「今日は決めなくていいよ。来週の火曜日に、もう一度この話だけさせて」
と会話を終えて構いません。
反発されたときは、その場で事実を証明しようとしません
親御さんが反発したからといって、伝え方が失敗だったとは限りません。
突然、自分の記憶や判断力について話されたのです。すぐ受け入れられない方が自然なこともあります。
「私をボケ扱いするのか」と言われたら
「そう聞こえたならごめん。できない人だと決めたいわけじゃない。予約を間違えた理由を、体調も含めて見てもらいたいんだ」
「ボケなんて言っていない」と言葉の訂正に入るより、何のために話しているのかへ戻します。
「お前だって忘れるだろう」と言われたら
「そうだね。私も忘れるよ。誰の方が忘れるかを比べたいんじゃなくて、生活で困ることが増えていないかを知りたいんだ」
加齢による物忘れとの違いを、その場で講義する必要はありません。
「病院には行かない」と言われたら
「今日は行くと決めなくていい。私からいつもの先生に、どういう受診がよいか聞くだけでもいい?」
受診の了承が得られなくても、家族が準備を進められる余地を残します。
声を荒らげて話せなくなったら
「今は続けるとけんかになるから、今日はここでやめるね。心配していることは変わらないから、別の日に話したい」
怒っている最中に説得を続けると、受診の話ではなく、親子の勝ち負けになってしまいます。
「私、認知症なの?」と聞かれたら、曖昧な嘘をつかない
本人から直接尋ねられたときに、「そんなわけない」「年齢のせいだよ」と打ち消すと、その場は収まるかもしれません。
けれども、本人がすでに自分の変化を感じている場合、心配をまともに聞いてもらえなかったという孤独が残ります。
家族に診断はできません。
だから、次のように答えます。
「まだ分からない。私には認知症かどうかは決められないよ。ただ、最近気になることがあるから、体調や薬も含めて先生に見てもらいたい」
本人が「もし認知症だったらどうなるの」と尋ねた場合も、「何もできなくなる」「施設へ入る」といった将来を一度に話す必要はありません。
「診断が付いても、すぐ生活が全部変わるわけではないよ。できることを続けるために、今の状態を知りたい」
病名を隠すことと、本人を怖がらせないことは同じではありません。
家族全員で囲むと、本人は説明ではなく尋問だと感じます
きょうだいで意見をそろえてから話そうとすると、全員が実家へ集まる形になりがちです。
家族側には「皆で心配していると伝えたい」という意図があっても、本人には自分一人が責められているように見えます。
最初に話す人は、本人が比較的話を聞きやすい一人に絞ります。
- 普段から連絡を取っている子ども
- 本人が信頼しているきょうだいや親族
- 長く通っているかかりつけ医
- 付き合いのあるケアマネジャー
長男、同居家族などの立場だけで決める必要はありません。
家族間では、本人に話す前に、次の点だけ共有します。
- 受診を勧める理由となる出来事
- 最初に話す人
- 本人の前で言わないこと
- 受診後も本人の生活を急に変えないこと
一人が受診を勧め、別の家族が横から「運転もやめてもらわないと」と加えると、本人には受診が生活を奪う入口に見えてしまいます。
運転、お金、施設、相続の話は、安全上の緊急性がない限り、同じ日に全部扱わない方が話を進めやすくなります。
受診の目的は狭く伝えますが、行き先を偽る必要はありません
本人を受診させるため、「血圧の診察だけ」と言って、実際にはもの忘れ外来へ連れて行く方法を考える方もいます。
本人が診察室で初めて目的を知れば、だまされたと感じ、その後の通院や家族の話を拒む可能性があります。
認知症という言葉を最初から強調する必要はありませんが、受診の目的を偽らないことも大切です。
「最近の物忘れと、眠れていないことを一緒に見てもらう」
「薬が今の体に合っているか、記憶への影響も含めて聞く」
「年齢による変化なのか、治療できる原因がないかを調べる」
このように、実際に確かめる内容を伝えます。
かかりつけ医がいる場合は、まず普段の受診で話す方法があります。かかりつけ医は、これまでの病気や薬、以前の様子を把握しているため、必要に応じて専門医療機関へつなげてもらえます。
かかりつけ医がいない場合は、もの忘れ外来や認知症疾患医療センターなどが候補になります。
一度断られても、次に話せる関係を残します
その日の会話で受診が決まらなくても、何も進まなかったわけではありません。
本人が受診の話を拒む背景には、病名への恐怖だけでなく、次のような心配が隠れていることがあります。
- 免許をすぐ取り上げられると思っている
- 通帳や自宅を家族に管理されるのが怖い
- 施設へ入れられると思っている
- 検査でできないことを見られたくない
- 家族へ迷惑をかけたくない
- 費用が心配である
「病院へ行きたくない」という返事だけで終えず、
「病院へ行くと、何が一番心配?」
と一つだけ聞いてください。
返事がなければ、追及しません。
運転が心配なら「受診しただけで直ちに返納を決める話ではない」、費用が心配なら「予約前に料金や保険の扱いを聞く」など、拒否の理由に合わせて次の提案を変えます。
本人へもう一度話す前に、家族だけで準備できることがあります
本人が受診を拒んでいても、家族が何もできないわけではありません。
まず、直近の変化を日付付きで残します。
| 記録すること | 記録例 |
|---|---|
| 起きた日時 | 7月8日午後2時 |
| 実際の出来事 | 同じ用件で30分間に3回電話した |
| 生活への影響 | 病院の予約を取り消したと思い込んでいた |
| 身体の変化 | 夜眠れていない。食事量が減った |
| 薬や環境の変化 | 2週間前に睡眠薬が変更された |
| 本人の受け止め | 忘れていないと言い、話題を変えた |
医療機関へは、受診前に家族の情報を渡せるか尋ねます。
「本人は認知症という言葉に抵抗があります。家族が気づいている生活の変化を、診察前にメモでお渡しできますか」
医療機関は家族から情報を受け取れても、本人の同意がなければ診療内容を家族へ詳しく説明できない場合があります。どのような方法が可能か、受付へ事前に聞いてください。
受診そのものが難しい場合は、親御さんの住所地を担当する地域包括支援センターへ、家族だけで話せます。
「母に物忘れと支払いの失敗が増えていますが、受診の話をすると怒って終わります。本人への伝え方と、受診へつなぐ方法を家族だけで相談したいです」
地域包括支援センターは診断を行う場所ではありませんが、かかりつけ医、認知症疾患医療センター、認知症初期集中支援チーム、訪問診療など、地域で利用できる支援へつなぐ入口になります。
急な混乱や事故の危険は、伝え方を整えるより先に対応します
数か月かけて徐々に物忘れが増えている場合は、本人と話す時期や言葉を選べます。
一方、数時間から数日のうちに急に会話が成り立たなくなった、場所が分からなくなった、強く興奮するようになった場合は、認知症の始まりと決めつけないでください。
脱水、感染症、薬の影響、せん妄などでも、急な混乱が起きることがあります。
急に次の症状が現れた場合は、受診を説得する会話より119番を優先します。
- 呼びかけへの反応が悪い
- 顔の片側がゆがむ
- 片方の手足に力が入らない
- ろれつが回らない
- 立てない、激しくふらつく
- けいれんしている
- 薬を大量に飲んだ可能性がある
- 転倒して頭を打ち、その後に吐いたり眠り込んだりしている
また、火の不始末、危険な運転、詐欺への送金、行方不明などがすでに起きている場合は、本人が病名を受け入れるまで安全対策を待つことはできません。
本人と一対一で話すと暴力になる可能性がある場合も、家族だけで説得せず、医療機関、地域包括支援センター、警察などへ実際の行動を伝えます。
今夜は、本人へ伝える最初の一文だけ下書きします
親御さんに認知症の可能性をどう伝えるか、会話の結末まで用意する必要はありません。
直近で気になった出来事を一つ選び、次の形へ当てはめてください。
「この前の〇〇が気になっている。認知症だと決めたわけではなく、△△も含めて先生に見てもらいたい」
たとえば、
「先週、病院の予約日を二回間違えたことが気になっている。認知症だと決めたわけではなく、薬や睡眠も含めて先生に見てもらいたい」
ここまで下書きできれば十分です。
話す日は、本人が疲れていない時間を選び、10分で終えると決めます。受診の返事をその場で取れなくても、次に話せる日を一日だけ決めて終えます。
病名を言うか、言わないかの二択ではありません。
本人が今もできていることを残しながら、生活で起きた変化を一緒に確かめる。その話し方なら、認知症という言葉を家族の判定ではなく、医療者と確認するための入口へ戻せます。















