朝から財布を探し続け、最後には家族が疑われます
親の家を訪ねると、引き出しがすべて開き、衣類や書類が床へ広がっている。
「財布がない。昨日ここへ置いたのに」
一緒に探そうとすると、今度はこう言われます。
「あなたが持っていったんでしょう」
昨日は眼鏡、その前は家の鍵。見つけても数時間後には別の物を探し始めます。
家族も最初は落ち着いて対応していても、何度も続けば疲れます。
「だから決まった場所へ置いてと言ったでしょう」
「私は触っていない」
「また探しているの?」
そう言い返した後で、親の表情を見て後悔することもあるでしょう。
親から疑われるのは、物を探す手伝いをするよりつらいものです。
身の回りの世話をしてきた家族ほど、「なぜ私が盗ったことになるの」と傷つきます。
ただ、親の側では、物の置き場所を思い出せないこと自体が大きな恐怖になっている場合があります。
なくした物を探しているだけではなく、「自分の暮らしを自分で管理できなくなっている」という不安と闘っているのかもしれません。
認知症の人は何も気づいていないとは限らず、失敗やもの忘れが増えたことに本人が不安を感じ、周囲を疑う形で表れることがあると厚生労働省も説明しています。
怒っている最中は、見つけることより興奮を広げないことを優先します
「財布がない」と訴え始めたとき、家族は一刻も早く見つけようとします。
けれども、親が強く興奮している間に何人も加わって部屋を探し回ると、物を動かしたり、質問を重ねたりして、かえって混乱することがあります。
最初の対応は、次の順番にします。
| 順番 | 家族がすること | 言葉の例 |
|---|---|---|
| 1 | なくした物を一つに絞る | 「今探しているのは、茶色い財布で合っている?」 |
| 2 | 困っている気持ちを受け止める | 「見つからないと心配になるね」 |
| 3 | 最後に使った場面へ戻る | 「昨日、買い物から帰った後は何をしたかな」 |
| 4 | 家族一人が一緒に探す | 「私はこちらを見るから、お母さんはバッグを見てくれる?」 |
| 5 | 見つからなければ一度休む | 「10分探したから、お茶を飲んでからもう一度見よう」 |
「ないはずがない」「昨日も同じことをした」と説明しても、今困っている親にとっては解決にならないことがあります。
事実を教える前に、親が感じている「なくなったら困る」という不安を小さくします。
言い返したくなったときは、正しさではなく次の行動を言葉にします
| 避けたい言い方 | 言い換える例 |
|---|---|
| 「自分で置いたんでしょう」 | 「最後に使ったところから一緒に見よう」 |
| 「何回なくせば気が済むの」 | 「よく探す物だから、戻す場所を一つにしよう」 |
| 「そこはもう探したでしょう」 | 「その場所は見たね。次は上着のポケットを見よう」 |
| 「私が盗るわけないでしょう」 | 「私は持っていないよ。なくなって心配だから一緒に探すね」 |
| 「認知症だから忘れたのよ」 | 「最近、探し物で困ることが増えたから、楽になる方法を考えよう」 |
家族が悪くないことまで認める必要はありません。
「盗っていない」という事実は短く伝え、その後は言い争いを続けず、探す場所や次にすることへ話を戻します。
「あなたが盗った」と言われても、犯人探しには参加しません
財布や通帳が見つからないとき、最も身近で世話をしている家族が疑われることがあります。
家族としては、誤解を解かなければ関係が壊れると思うでしょう。
しかし、長く説明したり証拠を示したりしても、置き場所を忘れた不安が残っていれば、納得が続かないことがあります。
疑われた直後の返し方
「私は持っていないよ。でも、ないと困るよね。一緒に探そう」
「盗った人を今決めるより、財布が必要だから、最後に使った場所を見よう」
「今日は見つからなければ、カードを止める必要があるか一緒に考えよう」
興奮が強くなったとき
「今はお互いに声が大きくなっているから、少し休もう。財布のことは忘れず、後でもう一度探すよ」
否定し続けても親がさらに怒る場合は、同じ説明を繰り返さず、別の家族や支援者へ交代します。
家族がつくった認知症の早期発見の目安には、しまい忘れや置き忘れが増えて探し物を続けること、財布や通帳などを盗られたと人を疑うこと、些細なことで怒りっぽくなることなどが挙げられています。ただし、これは診断基準ではなく、受診や相談を考える生活上の目安です。
探す場所は、部屋全体ではなく「最後の動作」からたどります
家中を手当たり次第に探すと、親も家族も疲れます。
物の名前ではなく、その物を使った動作から探します。
| 探している物 | 最後の動作から見る場所 |
|---|---|
| 財布 | 買い物袋、上着、冷蔵庫の近く、レシートを置く場所 |
| 鍵 | 玄関、靴箱、バッグ、脱いだ上着、郵便物のそば |
| 眼鏡 | 新聞、テレビのリモコン、寝床、洗面所、食卓 |
| 通帳 | 郵便物、封筒、衣類の間、古いバッグ、書類箱 |
| 薬 | 食卓、水を飲む場所、寝床、冷蔵庫、別の薬袋 |
| 携帯電話 | 充電場所、座っていた椅子、布団、買い物袋 |
見つけた人が黙って元の場所へ戻すと、親には「突然現れた」ように感じられます。
できる範囲で本人にも見つかった場所を見てもらいます。
「台所の買い物袋に入っていたよ。昨日、買った物と一緒に置いたみたいだね」
原因を責めるためではなく、次に探す手がかりとして伝えます。
見つからない物は、危険度によって対応を変えます
| なくした物 | その場の対応 |
|---|---|
| 家の中で使う眼鏡やリモコン | 時間を区切って探し、見つからなければ一度休む |
| 家の鍵 | 戸締まりを確かめ、紛失の可能性があれば鍵交換も検討する |
| 財布・現金 | 最後に使った店や金額を確認し、家族間で記録する |
| キャッシュカード | 外へ持ち出した可能性があれば、取引銀行へ利用停止を相談する |
| 健康保険証・本人確認書類 | 外部での紛失が疑われる場合は、発行元へ対応を聞く |
| 薬 | 見つからないまま追加で飲ませず、薬局や処方元へ連絡する |
特に薬は、「どこかで飲んだかもしれない」状態で、家族の判断だけでもう一度飲ませないようにします。
飲んだ量が分からない、体調に変化がある場合は、処方した医療機関や薬局へ状況を伝えてください。
定位置は「家族にとって片付いた場所」ではなく、親が置きやすい場所にします
家族は、財布や通帳を見えない引き出しへしまった方が安全だと考えます。
ところが、親が場所を覚えにくくなっている場合、見えない所へ入れた物は、なくなった物になりやすくなります。
定位置を作るときの工夫
- 財布、鍵、眼鏡など、よく探す物から一つずつ始める
- 玄関や食卓など、親が自然に通る場所へ置く
- ふたのない浅い箱やトレーを使う
- 文字だけでなく、財布や鍵の写真を貼る
- 家族全員が同じ場所へ戻す
- 置き場所を頻繁に変えない
- 予備を作れる物と、作らない方がよい物を分ける
| 物 | 置き方の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 眼鏡 | 食卓と寝室にケースを一つずつ置く | 古い度数の眼鏡と混ぜない |
| 鍵 | 玄関の目線の高さに大きなトレーを置く | 住所が分かる名札を付けない |
| 財布 | いつものバッグごと決まった棚へ置く | 多額の現金を入れたままにしない |
| 携帯電話 | 一か所で充電する | 充電場所を家族が勝手に変えない |
| 通帳・印鑑 | 本人と相談し、保管方法を家族内で共有する | 家族が無断で持ち出さない |
家族が片付けのために場所を変えると、親から見れば「そこにあった物を家族が持っていった」と感じることがあります。
移動が必要な場合は、本人が見ている前で行い、元の場所へ「財布は玄関の棚へ移しました」と短い案内を残します。
隠す場所をすべてなくそうとすると、別の場所へ隠すことがあります
大切な物を守ろうとして、衣類の間、布団の下、空き箱などへしまうことがあります。
家族が見つけるたびに隠し場所を封じても、本人が不安なままなら別の場所へ移すかもしれません。
本人が「ここなら安心」と思える保管場所を一緒に作ります。
本人へ聞く言葉
「財布を見える所に置くのは心配かな。どこなら安心できそう?」
「通帳は毎日使わないから、この箱へ入れて、箱の場所だけ一緒に決めない?」
「誰かに持っていかれるのが心配なら、家族が勝手に動かさない場所を作ろう」
貴重品の管理が難しくなっている場合は、本人の意思を確かめながら、保管する現金を少額にする、支払い方法を簡素にするなど、生活全体の管理も見直します。
探し物の記録は、回数を数えて責めるためではありません
受診や介護相談では、「最近ひどい」「いつも怒っている」だけでは状態が伝わりにくいことがあります。
一週間ほど、起きた場面を短く記録します。
| 記録すること | 記入例 |
|---|---|
| 日時 | 7月18日 午前9時 |
| 探していた物 | 財布 |
| 見つかった場所 | 冷蔵庫横の買い物袋 |
| 直前にしていたこと | 前日にスーパーへ行った |
| 本人の様子 | 娘が盗ったと怒り、30分探した |
| その日の体調 | 睡眠不足、食事少なめ、便秘気味 |
| 家族の対応 | 反論をやめ、一緒に買い物袋を見た |
毎日細かく書き続ける必要はありません。
何を探しやすいか、何時ごろ怒りやすいか、体調や生活の変化と重なっていないかを見るための記録です。
探し物と怒りが急に増えたときは、認知症の進行だけと決めません
以前から物忘れがあっても、数日で急に探し物が増えた、夜中まで歩き回る、会話がかみ合わなくなったという場合は、体調の変化が隠れていることがあります。
- 発熱、せき、息苦しさがある
- 水分や食事を取れていない
- 排尿時の痛みや尿の変化がある
- 便秘や腹痛が続いている
- 転倒や打撲の後から様子が変わった
- 強い痛みがある
- 新しい薬を始めた、薬の量を変えた
- 昼夜が逆転し、ほとんど眠れていない
- ぼんやりして反応が弱い時間と、興奮する時間がある
認知症のある人では、身体疾患や外傷を自分からうまく訴えられず、体調悪化が行動や心理面の変化として現れる場合があります。症状が急に強くなったときは、かかりつけ医へ普段との違いを伝えてください。
薬の中には、高齢者の認知機能やせん妄へ影響する可能性があり、服薬内容の見直しが必要になる場合もあります。自己判断で中止せず、お薬手帳を持って医師や薬剤師へ相談します。
突然のろれつの異常や片側の麻痺があれば、探し物の問題として様子を見ません
次の症状が突然現れた場合は、認知症や物忘れのせいと考えず、119番を含む救急対応を考えてください。
- ろれつが回らない、言葉が出にくい
- 顔の片側がゆがむ
- 片方の腕や脚へ力が入らない
- 急に立っていられないほどふらつく
- 突然、反応が鈍くなった、意識がはっきりしない
- 突然の激しい頭痛や高熱がある
厚生労働省は、突然の麻痺やろれつの異常、急に立てないほどのふらつきなどを、救急車を呼ぶ目安として案内しています。
受診を勧めるときは、「認知症を調べる」と正面から迫らなくても構いません
親が「私はぼけていない」と怒る場合、認知症検査を受けさせようと説得するほど話がこじれることがあります。
探し物そのものではなく、最近の生活上の困り事や体調を理由にします。
親への伝え方
「最近、物を探す時間が増えて疲れているように見える。目や耳、薬、睡眠も含めて一度診てもらわない?」
「認知症と決めるためではなく、急に怒りっぽくなった理由を先生に聞きたいんだ」
「私も一緒に行って、最近困っていることを説明するよ」
「いつもの薬を見てもらうついでに、探し物が増えたことも話そう」
本人が受診を拒んでいても、家族だけで先にかかりつけ医や地域包括支援センターへ状況を伝え、受診の切り出し方を聞くことはできます。
受診時には、探し物以外の変化も一緒に伝えます
| 医師へ伝えること | 具体例 |
|---|---|
| 始まった時期 | 半年前から、ここ1週間で急に悪化 |
| 探す物と回数 | 財布と鍵をほぼ毎日探す |
| 疑いの言葉 | 娘が持っていったと言う |
| 生活への影響 | 外出できない、眠れない、食事を中断する |
| ほかの物忘れ | 同じ質問、薬の飲み忘れ、支払い忘れ |
| 体調 | 発熱、痛み、便秘、排尿、食欲、睡眠 |
| 薬の変化 | 新しい薬、増量、市販薬の使用 |
| 家族の負担 | 毎晩電話があり、介護者も眠れていない |
認知症の診断は、日常生活の聞き取りだけでなく、診察、認知機能検査、血液検査、画像検査などを組み合わせて行われます。探し物だけで家族が病名を決める必要はありません。
地域包括支援センターには、診断がついていなくても相談できます
「病院へ行くほどか分からない」「親が受診を嫌がる」「家族が対応に疲れている」という段階でも、親が暮らす地域の地域包括支援センターへ相談できます。
相談時に伝える例
「母が毎日財布や鍵を探し、私が盗ったと怒ります。まだ認知症の診断はなく、受診も拒んでいます」
「探し物への対応で家族が疲れており、家の環境づくりや受診の進め方を聞きたいです」
「一人暮らしで、鍵や通帳をなくすことが増えています。生活全体でどこまで見守りが必要か考えたいです」
地域包括支援センターでは、保健・医療・介護に関する相談を受け、必要に応じて認知症疾患医療センターや認知症初期集中支援チームなどの関係機関と連携しています。かかりつけ医やもの忘れ外来も相談先になります。
家族が怒ってしまった日は、失敗ではなく交代が必要な合図です
同じ物を何度も探し、「あなたが盗った」と言われ続ければ、家族も冷静ではいられません。
怒鳴ってしまったからといって、家族として失格なのではありません。
一人で対応を続ける限界が来ているということです。
家族内で決めたいこと
- 探し物の電話を最初に受ける人を一人へ固定しない
- 興奮が強いときは別の家族へ交代する
- 物を移動した人が家族の共有メモへ残す
- 財布や鍵の定位置を家族全員で統一する
- 通帳や現金の管理を一人だけで抱えない
- ケアマネジャーや支援者にも探し物の状況を共有する
家族から親へ伝える例
「さっきは私も大きな声を出してごめんね。財布がなくなって心配だったことは分かったよ」
謝るのは、盗ったと認めることではありません。
声を荒らげたことだけを謝り、事実の争いを蒸し返さないようにします。
状態別に、今日の対応を一つへ絞ります
| 現在の状態 | 今日すること |
|---|---|
| 今まさに怒って探している | なくした物を一つに絞り、10分だけ一緒に探す |
| 家族が盗ったと疑われている | 短く否定し、犯人探しではなく最後の使用場面へ戻る |
| 財布や鍵を毎日探す | 本人が使いやすい場所へ、写真付きの定位置を一つ作る |
| 通帳やカードをなくす | 銀行へ紛失対応を聞き、保管方法を本人と家族で決める |
| 薬をなくした、飲んだか分からない | 追加で飲ませず、薬局や処方元へ連絡する |
| 数日で急に怒りが強くなった | 発熱、食事、水分、排泄、痛み、薬の変更を見て受診する |
| 受診を嫌がっている | 家族だけでかかりつけ医か地域包括支援センターへ相談する |
| 家族が限界を感じている | 対応する人を交代し、家族の負担も相談時に伝える |
今日するのは、家中を片付けることではなく一つの定位置を作ることです
親の探し物を減らそうとして、家を一度に整理し直す必要はありません。
物の場所を大きく変えると、かえって「いつもの場所からなくなった」と感じることがあります。
まず、親が最もよく探す物を一つ選んでください。
財布なら、親が帰宅したときに必ず通る場所へ、ふたのない大きめのトレーを置きます。
トレーには財布の写真を貼り、家族も勝手に別の場所へ移さないようにします。
次に、今日の探し物について四つだけ書きます。
| 書くこと | 記入例 |
|---|---|
| 探していた物 | 茶色い財布 |
| 始まった時間 | 午前9時ごろ |
| 見つかった場所 | 買い物袋の中 |
| その日の変化 | 前夜に眠れておらず、朝食も少なかった |
親が怒った理由を今日すべて理解できなくても構いません。
盗ったと疑われた傷つきが、すぐ消えなくても当然です。
それでも、「正しいのはどちらか」を決める時間を短くし、「どうすれば次に困りにくいか」へ少しずつ移ることはできます。
見つけること、受診につなぐこと、家族が休むこと。その三つを一人で同時に抱えなくてよいのです。
今日は最もよく探す物の定位置を一つ決め、起きたことを四行だけ残してください。
その記録が、親を叱るしかなかった毎日から、家族以外の人にも状況を伝え、支えを増やす最初の一歩になります。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省「認知症の人と接するときの心がまえ」:もの忘れに気づいた本人の不安や、周囲を疑う言動の背景を考える際の資料。
- 認知症の人と家族の会「認知症 早期発見のめやす」:探し物、置き忘れ、物を盗られたという訴え、怒りっぽさなどの生活上の変化を確かめる際の資料。
- 国立長寿医療研究センター「認知症の診断・治療」「認知症の身体合併症」:診断の進め方と、急な行動変化に身体疾患が関係する可能性を確かめる際の資料。
- 厚生労働省「認知症に関する相談先」:地域包括支援センター、かかりつけ医、もの忘れ外来などを調べる際の確認先。
- 厚生労働省「こんな時は迷わず119へ」:突然の麻痺、ろれつの異常、急なふらつきなどの救急要請の目安を確かめる際の資料。















