一緒に探している家族が、犯人にされてしまうことがあります
「ここに入れた財布がない。あなたが持っていったんでしょう」
親から突然そう言われ、言葉を失う。
頼まれて買い物や通院を手伝っているのに、よりによって自分が疑われる。否定しても「さっき部屋に入った」「通帳も狙っているんじゃないか」と言われ、腹が立つより先に悲しくなることがあります。
財布を探しているうちに、親の上着の内ポケットから出てきた。それでも謝るどころか、「あなたが今戻した」と言われる。
こんなやり取りが続けば、家族も穏やかではいられません。
「もう二度と探してあげない」
「それなら警察を呼べばいい」
「認知症なんだから分からないでしょう」
そう言い返したくなるのは、自然な反応です。
ただ、親本人には「財布が見つからない」という不安が現実に起きています。記憶から置き場所が抜け落ちると、自分で移したという感覚まで失われ、身近な人が持ち去ったという説明の方が本人の中で筋が通ることがあります。
一方で、本当に外で落としたり、訪問者に持ち去られたりしている可能性もあります。
最初にすることは、親の訴えを事実と決めることでも、妄想と決めることでもありません。本人の不安を落ち着かせながら、現実の被害がないかを順番に確かめることです。
最初の5分は、正誤を争わず「困った気持ち」に返事をします
親に疑われた瞬間、「私は盗んでいない」と証明したくなります。
しかし、親が興奮しているときに正しさを並べても、本人には「誰も自分の話を信じない」という印象だけが残ることがあります。
認知症の人にみられる「もの盗られ妄想」では、訴えを頭から否定せず、「それは困ったね」「一緒に探そう」と気持ちを受け止める対応が勧められています。背景には、物を失った不安や、自分で管理できなくなっていく喪失感が隠れていることがあります。
| 親の言葉 | 最初に返す言葉 | 避けたい返し方 |
|---|---|---|
| 「財布を盗まれた」 | 「それは困ったね。最後に見たところから一緒に探そう」 | 「また自分で隠したんでしょう」 |
| 「あなたが取った」 | 「私が持っているように感じたんだね。財布がないと心配だよね」 | 「人を泥棒扱いしないで」 |
| 「今、返したでしょう」 | 「見つかってよかった。中身も一緒に見ておこうか」 | 「そこにあったでしょ。謝って」 |
| 「警察を呼ぶ」 | 「本当になければ届けよう。その前にカードと中身を確かめよう」 | 「勝手にすれば」 |
| 「誰も信用できない」 | 「怖かったんだね。今日は一緒に置き場所を決めよう」 | 「そんなことを言うなら、もう来ない」 |
「盗まれたことに同意する」のと、「本人が怖がっていることを受け止める」のは別です。
「本当に誰かが盗んだね」と話を合わせる必要はありません。
「そう感じたんだね」「なくなったら心配だよね」と、不安の部分だけを受け止めます。
認知症だと思っても、実際の紛失や盗難を先に外します
同じ訴えを何度も聞いていると、家族は「また始まった」と考えがちです。
ところが、今回は本当に外出先へ置き忘れた、カードを落とした、知らない訪問者が来ていたということもあります。
まず、次の順番で見ます。
| 確かめること | 具体的な見方 | 必要な行動 |
|---|---|---|
| 最後に財布を使った場面 | 買い物、病院、銀行、宅配の支払いなど | レシートや予定表から時間と場所をたどる |
| いつもの保管場所 | バッグ、上着、引き出し、寝具の周辺 | 本人と一緒に一か所ずつ見る |
| 本人が安全のために移した可能性 | タオルの間、衣類の下、箱、冷蔵庫など | 「隠した場所」ではなく「大事な物を置きそうな場所」と考える |
| 外部の人の出入り | 訪問販売、修理業者、知人、介護職など | 訪問記録や家族の予定を確かめる |
| 現金やカードの利用状況 | 身に覚えのない出金、買い物、送金 | 通帳、明細、銀行アプリなどで確認する |
財布を探すときは、家族が一人で家中をかき回すのではなく、親にも参加してもらいます。
「昨日このバッグで病院へ行ったね。まずバッグから見よう」
「大事な物をしまうなら、どの辺りが安心だと思う?」
そう尋ねると、本人が自分で移した場所を思い出すことがあります。
見つけたときも、「ほら、自分で入れたんでしょう」と責めません。
「ここにあったよ。中身を一緒に見よう」と、発見した事実だけを伝えます。
カードが見当たらないときは、探し続けるより先に利用を止めます
財布が見つからず、キャッシュカードやクレジットカードが入っていた場合は、「家のどこかにあるはず」と何時間も探し続けない方がよい場面があります。
発行元の銀行やカード会社へ連絡し、利用停止など必要な手続きを聞いてください。警察庁も、落とし物にキャッシュカードやクレジットカードなどが含まれる場合は、発行元へ連絡して利用停止等を行うよう案内しています。
- キャッシュカード:取引銀行へ連絡する
- クレジットカード:カード会社へ連絡する
- 運転免許証やマイナンバーカード:発行元の案内を確認する
- 落とした可能性がある:利用した店や交通機関へ問い合わせる
- 見つからない:警察へ遺失届を出す
遺失届は、都道府県によってオンラインで届け出られる場合があります。急ぐ場合やオンライン受付に対応していない地域では、警察署や交番へ直接届け出ます。
財布を誰かに持ち去られた可能性がある、不審な出金がある、訪問者へカードを渡した形跡がある場合は、単なる置き忘れとして終わらせません。
今まさに犯人がいるなど緊急の事件は110番、緊急ではないが犯罪や被害の可能性について警察へ相談したい場合は、最寄りの警察署または警察相談専用電話「#9110」が案内されています。
「もの盗られ妄想かも」と考える前に、起き方を記録します
財布が見つかるたびに家族が片付けて終わらせていると、受診時に「最近もの忘れがあります」としか説明できないことがあります。
家族が見ておきたいのは、訴えの内容だけではなく、起きる前後の状況です。
| 記録すること | 記入例 |
|---|---|
| 日時 | 7月15日午後7時ごろ |
| なくなったと言った物 | 財布、現金2万円、キャッシュカード |
| 疑われた人 | 同居している長女 |
| 見つかった場所 | 寝室のタオルの下 |
| 本人の様子 | 強い口調、落ち着かず部屋を行き来した |
| その日の体調 | 食欲が少ない、昼寝が長かった、便秘気味 |
| 直前の変化 | 来客があった、通院した、薬が増えた |
| 対応と結果 | 一緒に探し、見つかった後は30分ほどで落ち着いた |
次のような繰り返しがある場合は、医療・介護の窓口へ伝える材料になります。
- 自分でしまったことを忘れ、何度も盗まれたと訴える
- 財布以外にも、通帳、印鑑、衣類などが盗まれたと言う
- いつも世話をしている家族ばかりを疑う
- 見つかっても「犯人が返した」と考えが変わらない
- 怒鳴る、警察へ繰り返し電話する、家族を家へ入れない
- 金銭管理、服薬、買い物など、ほかの生活にも変化が出ている
もの盗られ妄想などの行動・心理症状は、周囲の対応だけでなく、健康状態、生活環境、心理的な不安などの影響も受けます。家族が言い聞かせれば治る問題と考えず、背景を見ていくことが必要です。
疑われる相手がいつも同じなのは、嫌われているからとは限りません
もの盗られの訴えでは、毎日世話をしている配偶者や娘、息子が疑われることがあります。
一番尽くしている人が、一番強く責められる。
家族にとっては納得しがたいことですが、本人と接する回数が多く、財布の置き場所やお金の管理にも関わっている人ほど、本人の中で出来事と結びつきやすい面があります。
親から責められ続けている人は、一人で対応しない仕組みを作ってください。
| 家族の負担 | 変えられること |
|---|---|
| 毎回同じ人が疑われる | 別の家族や介護職にも、探す場面へ入ってもらう |
| 言い合いになってしまう | 「今は話してもお互いつらいから、10分後に戻る」と一度離れる |
| 兄弟に状況を信じてもらえない | 日時、見つかった場所、対応を共有する |
| 通帳や現金を管理しているため疑われる | 出入金と領収書を記録し、家族間で見えるようにする |
| 家へ行くのが怖くなっている | ケアマネジャーや地域包括支援センターへ、家族の疲労も伝える |
本人を否定しないことと、家族が暴言や攻撃をすべて我慢することは同じではありません。
怒鳴り合いになりそうなら、財布の安全だけ確かめてその場を離れても構いません。
「今はお互いに落ち着かないから、少ししてからまた探そう」
そう伝え、別の家族や支援者へ交代します。
財布の置き場所は、隠せない場所ではなく「本人が選べる場所」にします
再発を防ぐため、家族が財布を預かってしまいたくなることがあります。
しかし、本人の同意なく取り上げると、「やはり家族に取られた」という思いを強める可能性があります。
本人がまだ自分で管理できる部分があるなら、一緒に置き場所を決めます。
- 財布の定位置を一か所にする
- 目立つ色のトレーや箱を用意する
- 置き場所に「財布」と大きく表示する
- 外出用バッグを一つに絞る
- 財布に家の中で見つけやすい目印を付ける
- 持ち歩く現金を本人と話して少額にする
- 通帳・印鑑・カードと日常用の財布を分ける
定位置を決めても、本人が「盗まれないように」と別の場所へ移すことはあります。
そこで、財布の写真と置き場所を紙に書き、本人がよく見る場所へ貼る方法もあります。
ただし、来客にも見える場所へ暗証番号や資産情報を書かないでください。
位置情報を確認できる紛失防止タグなどを使う場合も、本人に無断で追跡するのではなく、「財布を探すために付けてもいい?」と説明します。機器を導入しても、もの盗られの訴えや不安そのものがなくなるとは限りません。
家族がお金を預かるなら、財布を取り上げる前に管理方法を決めます
多額の現金を持ち歩く、同じお金を何度も下ろす、訪問販売へ支払ってしまうなど、金銭面の危険が出ていることもあります。
この場合も、「危ないから全部預かる」と家族だけで決めると、親との関係がさらに悪化することがあります。
まず、本人ができる部分と、家族が支える部分を分けます。
| 現在の状態 | 考えられる支え方 |
|---|---|
| 買い物はできるが、大金を持つと不安 | 日常用の少額財布を一緒に作る |
| 現金を何度も下ろす | 銀行と本人を交え、取引通知や代理人制度などを聞く |
| 請求書の支払いを忘れる | 口座振替や家族との確認日を検討する |
| 家族が立て替えや出金をしている | 出金日、金額、使途、領収書を残す |
| 契約や財産管理の理解が難しい | 地域包括支援センターなどへ権利擁護の方法を尋ねる |
消費者庁は、認知機能が低下した高齢者の消費者被害を防ぐため、本人の様子の変化に気づき、声をかけ、消費生活センターや地域包括支援センターなどへつなぐ見守りを案内しています。
家の中に見慣れない契約書や商品が増えた、同じ会社から何度も請求されている、知らない人が通帳やカードを扱った形跡がある場合は、財布をなくした問題だけで終わらせず、消費者ホットライン188や地域包括支援センターへ状況を伝えます。
「急に言い始めた」ときは、認知症の進行と決めつけません
何か月もかけて徐々に物忘れが増えた場合と、昨日までなかった疑いが突然始まった場合では、受診時の伝え方が変わります。
高齢者や認知症の人には、感染症、脱水、便秘、痛み、睡眠不足、薬の影響などを背景に「せん妄」が起こり、急に話がまとまらなくなったり、幻覚や妄想が出たりすることがあります。認知症の症状が急速に悪化した場合は、身体の病気が隠れていないかを含めた医療的な確認が必要です。
| 見られる変化 | 考えたい行動 |
|---|---|
| 数時間から数日で急に疑い深くなった | 当日中を目安に、かかりつけ医などへ状態を伝える |
| ぼんやりする時間と興奮する時間が入れ替わる | せん妄なども含め、早めに医療機関へ相談する |
| 発熱、食欲低下、尿の異常、強い痛みがある | 身体症状と行動変化を一緒に伝える |
| 転倒や頭を打った後から様子が違う | 経過を見続けず、医療機関へ連絡する |
| 薬が増えた・変わった後から始まった | 薬を自己判断で中止せず、処方医や薬剤師へ伝える |
| ほとんど眠らず、食事や水分も取れない | 早めに医療機関へつなぐ |
顔や手足の片側が動かしにくい、ろれつが回らない、意識がおかしい、激しい頭痛など急な神経症状がある場合は、通常の認知症相談を待たず、救急要請を考えてください。
また、刃物を持つ、家族へ手を上げる、自分を傷つけようとする、家から追い出そうとして危険が迫っている場合は、家族だけで抑え込まず安全な距離を取り、警察や救急へ連絡します。
受診を嫌がる親には「盗られ妄想を診てもらう」と言わなくてもかまいません
家族が「認知症かもしれないから病院へ行こう」と言うと、親が強く拒むことがあります。
本人からすれば、問題は自分の記憶ではなく、財布を盗んだ周囲の人です。「おかしいのは私ではない」と思っている状態で認知症の話を持ち出せば、さらに疑われることがあります。
受診を勧めるなら、本人が感じている困りごとに沿って伝えます。
| 本人の様子 | 切り出し方の例 |
|---|---|
| 財布がなくなり不安が強い | 「最近、探し物で疲れているみたいだから、体調も一度見てもらおう」 |
| 眠れていない | 「夜眠れないことを先生に聞いてみない?」 |
| 薬が増えた後に変化した | 「薬が今の体に合っているか、先生に見てもらおう」 |
| かかりつけ医がいる | 「いつもの診察で、最近困っていることを一緒に話そう」 |
| 受診を強く拒否する | 家族だけで地域包括支援センターやかかりつけ医へ先に相談する |
厚生労働省は、家族が認知症かもしれないと感じたときの相談先として、地域包括支援センター、かかりつけ医、認知症疾患医療センター、もの忘れ外来などを案内しています。地域包括支援センターは、必要に応じて認知症初期集中支援チームなどとも連携します。
家族だけで相談するときは、次の情報を持って行きます。
- いつごろから財布を盗られたと言うようになったか
- どのくらいの頻度で起きるか
- 誰を疑うことが多いか
- 財布が見つかる場所
- 買い物、服薬、火の扱いなど、ほかに変わったこと
- 最近始めた薬、病気、入院、転倒の有無
- 家族がどの程度疲れているか
「本人より、疑われている自分の方が限界です」と伝えても構いません。家族の負担も、支援を考えるための重要な情報です。
警察を呼ぶと言われたときも、慌てて止めなくて大丈夫です
親が「警察へ電話する」と言い出すと、家族は近所や警察に迷惑をかけるのではと焦ります。
その場で電話を奪うと、「通報させないのは犯人だからだ」と疑いを強めることがあります。
危険がなければ、次の順番で話してみてください。
- 「本当になければ届けよう」と受け止める
- 財布の色、中身、最後に使った場所を一緒に書く
- カード会社や銀行への連絡が先でよいか尋ねる
- もう一度、外出時のバッグと衣類だけ探す
- 見つからなければ、家族が付き添って警察へ相談する
警察へ届けることが、必ずしも悪い結果になるわけではありません。
財布の特徴や経緯を説明する過程で、本人が置いた場所を思い出すこともあります。本当に紛失していれば、遺失届につなげられます。
ただし、特定の介護職、近所の人、家族を証拠なく犯人だと決め、相手の自宅へ押しかけたり、実名を周囲やインターネットへ広めたりすることは止めます。
「犯人を決めるのは警察に任せよう。私たちは、なくなった時間と場所を伝えよう」と話します。
今日できることは、財布の定位置と家族の返事を一つずつ決めることです
親から泥棒扱いされた傷つきは、財布が見つかっても消えないことがあります。
本人を理解しなければと思っても、何度も責められれば優しくできない日もあります。
そんな日に、完璧な介護を目指す必要はありません。
まず、家族の返事を一つに決めます。
「なくなったら心配だね。一緒に、いつもの場所から見よう」
次に、財布を置くトレーや箱を一つ用意します。
そして今日の出来事を、次の4行だけメモします。
- 何時ごろ:
- 何を盗られたと言ったか:
- どこで見つかったか:
- その日の体調や変化:
本当に見つからなければ、カードの利用停止と遺失届へ進む。
同じ訴えが続けば、記録を持ってかかりつけ医や地域包括支援センターへ伝える。
急に様子が変わったなら、認知症のせいと片付けず医療機関へ連絡する。
この三つを分けておけば、親の言葉をすべて信じるか、すべて無視するかの二択になりません。
親の不安を受け止めることと、疑われた家族の心を守ることは、どちらか一方ではありません。
その場で答えが出ないときは、「今日は一人で対応しない」と決めてもよいのです。家族、ケアマネジャー、医療機関などへ一部分ずつ渡しながら、本人とあなたの生活が壊れない形を作っていきましょう。
出典・確認先メモ
- 厚生労働省・日本認知症学会「被災した認知症の人と家族の支援マニュアル」:もの盗られ妄想への声かけ、環境・健康状態の影響、せん妄を疑う変化に関する確認先。
- 厚生労働省「認知症に関する相談について」:地域包括支援センター、かかりつけ医、認知症疾患医療センターなどの確認先。
- 警察庁「落とし物の届出・検索」:財布を紛失した場合の遺失届、カード等の利用停止に関する確認先。
- 警察庁「警察相談専用電話 #9110」:緊急ではない警察相談と、110番を使う場面の確認先。
- 消費者庁「身近な人の被害に気が付いたら」:高齢者の消費者被害に気づいた場合の見守りと相談先に関する確認先。















