二階へ上がるたびに膝が痛む。庭の手入れも、以前より時間がかかる。
子どもからは「元気なうちに、駅や病院に近い場所へ移った方がいい」と言われ、家賃の安い物件を探し始めた。
月々の住居費は、今より下がりそうです。
ところが、不動産会社から渡された費用明細には、敷金、礼金、保証料、保険料、鍵交換代と、聞き慣れない項目が並んでいる。そこへ引っ越し代や家具の処分費を足すと、思っていた以上の金額になります。
「引っ越した方が暮らしやすい」と頭では分かっていても、長年貯めたお金が一度に減るのを見ると、今の家に残った方がよい気もしてきます。
老後の住み替えでは、家賃だけでなく、移る前・移る日・移った後の三つの時期に出るお金を分けて考える必要があります。
老後の引っ越し費用は、四つの財布に分けて考えます
「初期費用は家賃の何か月分ですか」と聞いても、引っ越し全体に必要な金額は分かりません。
まず、費用を次の四つへ分けます。
- 新居を契約する費用:敷金、礼金、前家賃、仲介手数料、保証料、保険料など
- 家と荷物を移す費用:引っ越し業者、荷造り、不用品処分、清掃など
- 旧宅と新居が重なる費用:二重家賃、管理費、駐車場、光熱費など
- 新生活を始める費用:カーテン、照明、安全用品、家具・家電の買い替えなど
このほかに、引っ越し後も手元へ残す生活予備費があります。
契約時に払えるかどうかだけでなく、その後に病院代や家電の故障が重なっても生活を続けられるかまで見てください。
「契約できる金額」と「引っ越しても生活が続く金額」は同じではありません。初期費用を払った後の預貯金残高まで試算します。
家賃7万円の賃貸へ移る場合、総額は60万円を超えることがあります
次は、費用の抜けを見つけるための仮の試算です。
家賃7万円、管理費5,000円の賃貸住宅へ移り、敷金と礼金が各1か月、現在の住居と1か月重なるケースを想定します。
| 費用項目 | 仮の金額 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 敷金 | 7万円 | 退去時の精算方法、返還条件 |
| 礼金 | 7万円 | 返還されない費用 |
| 前家賃・管理費 | 7万5,000円 | 日割り分と翌月分の両方が必要か |
| 仲介手数料 | 7万7,000円 | 家賃1か月分と消費税を払う契約例 |
| 家賃保証の初回費用 | 3万7,500円 | 仮に賃料等の50%とした例。実際は契約先による |
| 火災保険・鍵交換など | 4万円 | 任意項目か必須項目か、更新費用 |
| 引っ越し代 | 8万円 | 距離、荷物量、時期、階段、作業内容で変わる |
| 不用品処分・清掃 | 5万円 | 家具や家電の種類、自治体の処分方法 |
| 旧宅との重複費用 | 7万5,000円 | 解約予告期間と新居の入居開始日 |
| カーテン・照明・安全用品 | 5万円 | 新居で再利用できない物を先に調べる |
この例では、合計が約62万円になります。
これは全国共通の相場ではありません。敷金・礼金がない物件なら下がりますし、遠距離の引っ越し、大型家具の処分、家電の買い替えがあれば大きく増えます。
大切なのは、「家賃7万円なら、初期費用もそれほど高くないだろう」と考えず、自分の条件で一項目ずつ金額を入れることです。
敷金・礼金ゼロでも、初期費用がゼロになるわけではありません
敷金・礼金なしの物件は、契約時の負担を減らせることがあります。
ただし、前家賃、仲介手数料、家賃保証料、火災保険料、鍵交換代、室内消毒費、退去時清掃費などが別に計上される場合があります。
特に見落としやすいのが、退去時に支払う費用を契約時の特約で決めているケースです。
「敷金ゼロだから安い」と判断する前に、次の内容を見ます。
- 契約時に振り込む総額
- 毎年または更新時に必要な保証料・保険料
- 退去時の清掃費やエアコン清掃費
- 短期間で解約した場合の違約金
- 更新料と更新事務手数料
不動産会社には、項目が分かれた書面を求められます。
「申込みの前に、契約時に必要な総額と、入居後・退去時に借主が払う費用を一枚にしていただけますか」
分からない項目を「一般的な費用です」とだけ説明された場合は、何のサービスに対する費用なのか、外せるのかを聞いてください。
仲介手数料は、請求された金額をそのまま払う前に内訳を見ます
居住用賃貸住宅の仲介手数料について、国土交通省は、貸主と借主から受け取る合計額の上限を、原則として家賃1か月分の1.1倍以内としています。
また、事前に一方の承諾を得ている場合を除き、貸主または借主の一方から受け取れる額は、家賃1か月分の0.55倍以内です。
実際には、借主の承諾を得たうえで、家賃1か月分と消費税を請求する契約もあります。
金額だけでなく、自分が何に承諾しているかを見てください。
「借主負担が家賃1か月分になっている理由と、承諾する書面の場所を教えてください」
なお、長期間使われていない一定の空き家などでは、貸主側の仲介手数料に特例が適用される場合があります。通常の賃貸と条件が違うときは、誰がいくら負担する契約なのかを書面で確かめます。
一番抜けやすいのは、旧宅と新居の二重払いです
現在の賃貸住宅を退去する場合は、契約書に書かれた解約予告期間を見ます。
新居が決まってから解約を申し出ると、旧宅の家賃がしばらく続き、新居の前家賃と重なることがあります。
ただし、二重家賃を避けるために、審査や契約が終わる前に旧宅を解約するのも危険です。新居へ入れなかった場合、住む場所がなくなるからです。
次の四つの日付を一列に並べます。
- 新居へ申込みをする日
- 入居審査と契約が完了する予定日
- 新居の家賃が始まる日
- 旧宅の家賃が終わる日
持ち家から移る場合も、売却が終わるまで管理費、修繕積立金、固定資産税、光熱費、住宅ローンなどが続く場合があります。
売却代金を新居費用へ充てる予定なら、売買契約を結ぶ日ではなく、実際に代金を受け取れる決済日を見てください。
荷物を減らす費用が、引っ越し代より高くなることもあります
長く住んだ家には、大型の食器棚、婚礼家具、古い家電、布団、植木鉢、物置の道具などが残っています。
新居へ入らないと分かってから一気に処分しようとすると、費用だけでなく体力も必要です。
荷物は、次の順番で分けます。
- 新居でも使う物
- 子どもや親族へ譲る物
- 自治体の粗大ごみに出す物
- 家電リサイクル法などに沿って処分する物
- 買取査定を頼む物
- 処分方法が分からない物
「何でも無料回収」と宣伝する事業者へ、内容を確かめずに渡すのは避けてください。
家庭の廃棄物を回収するために必要な許可や、市区町村からの委託の有無を自治体へ尋ねます。民間事業者へ頼む場合は、回収費、階段作業、解体、車両費などを含む総額を書面でもらってください。
遠方に住む子どもが片付ける場合も、帰省交通費、宿泊費、仕事を休む日数がかかります。業者代だけでなく、家族が動く費用も引っ越し予算へ入れます。
引っ越し業者の見積書では、金額より作業範囲を見ます
同じ荷物量でも、建物の階段、エレベーター、トラックを停められる場所、荷造りの有無などで金額が変わります。
電話で「二人暮らしです」と伝えただけの概算ではなく、次の内容を見積書へ入れてもらいます。
- 運ぶ家具・家電と段ボールの予定数
- 荷造りと開梱を誰が行うか
- 家具の分解・組立て
- 洗濯機や照明の取外し・取付け
- 階段、養生、長い搬出経路の追加料金
- 不用品処分が含まれるか
- キャンセルや延期の料金
国土交通省の標準引越運送約款では、見積書に料金の合計額と内訳、作業内容、解約手数料などを記載することとされています。
見積料は原則として請求せず、下見費用が必要な場合は、事前に金額を知らせて了解を得る扱いです。見積時の内金や手付金も、標準約款では請求しないことになっています。
また、標準約款による解約・延期手数料は、受取日の前々日が見積運賃等の20%以内、前日が30%以内、当日が50%以内です。すでに着手した付帯サービスの費用が別にかかる場合もあります。
実際の契約で使われる約款と見積書を受け取り、日程を変更した場合の負担を先に見てください。
新居では、家具より先に転ばない環境へお金を使います
広い家から小さな住まいへ移ると、家具の寸法が合わず、買い替えが必要になることがあります。
しかし、見た目を整える前に、安全に暮らせる状態を作ります。
- 夜間に足元を照らす照明
- 滑りにくい浴室用品
- 立ち上がりやすい高さのベッドや椅子
- 玄関や廊下の手すり
- つまずきにくい電源コードの配置
- 薬、眼鏡、電話を置ける枕元の台
古い家具を運んだ後で、通路が狭くて使えないと分かることもあります。
内見時に、玄関、廊下、洗面所、寝室の幅を測り、新居へ運ぶ物を決めてください。
エアコンや照明が設備として付いているか、ガスコンロが必要か、カーテンの寸法が合うかも見ます。物件情報の写真だけでは分からない部分です。
家賃が下がっても、毎月の支出が増える場所があります
老後の住み替えでは、家賃だけを比べると判断を誤ることがあります。
駅や病院から遠い物件では、タクシー代や送迎費が増えるかもしれません。エレベーターのあるマンションでは、管理費が家賃とは別にかかります。
毎月費用は、次の項目を合計します。
- 家賃または住宅ローン
- 管理費・共益費・修繕積立金
- 駐車場・駐輪場
- 電気・ガス・水道
- 見守りや緊急通報サービス
- 通院・買い物の交通費
- 食事サービスや配送料
- 保証会社や保険の更新費用を月割りした額
現在の家と候補物件について、一年間にかかる住居関連費を比べます。
家賃が月2万円下がっても、管理費と交通費が月1万5,000円増えるなら、家計上の差は月5,000円です。
それでも階段や庭仕事がなくなり、病院へ通いやすくなるなら、住み替える価値はあります。金額だけでなく、体力と生活のしやすさも並べて考えてください。
高齢者向け住宅は「月額費用」の中身を分けて見ます
サービス付き高齢者向け住宅などを検討する場合は、一般の賃貸住宅と同じ費用項目だけでは足りません。
サービス付き高齢者向け住宅では、少なくとも安否確認と生活相談のサービスが提供されます。ただし、食事、掃除、入浴介助、通院付き添い、介護保険サービスなどが月額費用にすべて含まれるとは限りません。
資料を見るときは、次の金額を分けます。
- 家賃
- 共益費・管理費
- 安否確認・生活相談などの基本サービス費
- 食費
- 水道光熱費
- 介護・医療・家事サービスの自己負担
- 入居時の敷金や前払金
前払金がある場合は、何年分として計算されているか、途中で退去したときにどのように返還されるかを契約前に聞きます。
「月額表示に含まれない費用と、現在の介護状態で毎月かかる見込み額を出してください」
元気なときの料金だけでなく、介護が増えた場合の支出も尋ねてください。
高齢を理由に賃貸探しが進まないときは、申込み先を変えます
高齢の一人暮らしでは、緊急連絡先、家賃債務保証、見守り、亡くなった後の残置物などについて条件を求められる場合があります。
審査で断られたからといって、子ども名義で実態と異なる契約を急ぐ必要はありません。
住宅セーフティネット制度では、高齢者は住宅確保要配慮者に含まれます。高齢者などの入居を拒まない登録住宅、居住支援法人、居住支援協議会などの仕組みがあります。
2025年10月からは、見守りや福祉サービスへのつなぎなどを行う「居住サポート住宅」の制度も始まっています。
自治体の住宅担当窓口や居住支援法人へは、次のように伝えられます。
「70代の一人暮らしで賃貸住宅を探しています。年金収入で、緊急連絡先は子どもです。利用できる登録住宅や家賃保証、見守りの支援を知りたいです」
相談したからといって、紹介された住宅へ入居する義務はありません。一般の不動産会社で探す場合の準備を聞くこともできます。
手すりなどの改修は、工事を頼む前に制度の対象を聞きます
要支援・要介護認定を受けている方が、手すりの取付け、段差解消、滑りにくい床材への変更などを行う場合、介護保険の住宅改修費が利用できることがあります。
支給限度基準額は20万円ですが、実際の給付額は本人の自己負担割合や工事内容によって異なります。
また、原則として工事前の申請が必要です。賃貸住宅では、所有者の承諾書も必要になります。
新居へ移ってから工事を頼むのではなく、ケアマネジャーや市区町村へ次のように聞きます。
「転居先の浴室と玄関に手すりが必要です。契約前ですが、住宅改修費の対象と申請時期を教えてください」
転居した場合に支給限度基準額が改めて設定される扱いもありますが、個別の利用状況によって判断されます。工事契約の前に、転居先を担当する市区町村へ確かめてください。
家族が代わりに探すときは、安い物件へ急いで決めません
子ども世代から見ると、階段のある家や病院から遠い住まいは心配です。
一方、本人にとっては、近所の知人、かかりつけ医、買い物の順路、仏壇や家具も生活の一部です。
「今の家は危ないから」と家族だけで候補を絞ると、本人は生活を取り上げられるように感じることがあります。
費用を比べる際も、家族が払える金額だけで決めないでください。
本人の年金や預貯金で毎月続けられるか、家族の援助が必要ならいつまで続けられるかを話します。
「初期費用は私たちが手伝える。ただ、毎月の家賃はお母さんの年金で続けられる範囲にしたい。病院と買い物へどう行くかも一緒に見よう」
家族の近くへ移ることが、本人にとって必ず安心とは限りません。昼間に一人で過ごす時間や、地域とのつながりまで見てください。
契約後に生活予備費が残らないなら、引っ越し日を急ぎません
候補物件が見つかると、「次はいつ出るか分からない」と契約を急かされることがあります。
しかし、初期費用を払うと生活費がほとんど残らないなら、その物件は家賃が払えても、今の資金では移りにくい物件です。
契約前に、次の残高を計算します。
現在の預貯金-契約費-引っ越し費-処分費-二重払い-新居用品=引っ越し後に残るお金
そこから、毎月の生活費、医療費、税金、保険料などを払います。
残るお金が少ない場合は、荷物を先に減らす、繁忙期を避ける、初期費用の低い物件を探す、住み替え時期を延ばすなど、金額を下げる方法があります。
今夜は候補物件一件の「契約時総額」を取り寄せます
老後の住み替えを、今夜決める必要はありません。
候補物件を一件だけ選び、不動産会社へ次の一文を送ってください。
「この物件について、契約時に支払う費用の総額、毎月の固定費、更新時と退去時にかかる費用を、項目別に送ってください」
届いた明細へ、引っ越し代、荷物処分、旧宅との重複、新居用品の四項目を足します。
まだ金額が分からない欄は、空白にせず「未確認」と書いてください。
その一枚ができれば、家賃の安さに急かされず、「この引っ越しをしても生活費が残るか」という、老後の住み替えで本当に必要な判断へ進めます。


















