銀行で「成年後見人が必要です」と言われても、その日のうちに申立書を書かない
親御さんの定期預金を解約して、介護施設の費用へ充てようとした。ところが銀行では本人の意思を確かめられず、「成年後見制度を利用してください」と案内された。
家族から見ると、必要なのは一度の解約だけです。
成年後見人になれば、代わりに手続きができる。用事が済んだら終わる。そのような印象を持つかもしれません。
しかし、現在の法定後見制度は、家族へ一回限りの委任状を渡す仕組みではありません。
家庭裁判所が本人の判断能力や生活、財産、必要な支援を調べ、後見人等を選任します。開始後は、当初の目的だった預金解約や遺産分割が終わっても、原則として制度が続きます。
だからこそ、銀行や不動産会社から勧められたときは、最初にこう聞いてください。
「成年後見が必要と言われましたが、できないのは具体的にどの手続きですか。その手続きには、どのような代理権が必要ですか」
「成年後見が必要」という一言を、「必ず後見開始を申し立てる必要がある」という結論へ飛ばさないことが、申立て前の最初の分かれ道です。
最も重いデメリットは、家族の都合で始めたり終えたりできないことです
後見・保佐・補助開始の申立書を提出した後は、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません。
たとえば、家族を候補者として申し立てたものの、専門職が選ばれる見込みになったから取り下げたい、という理由だけでは認められない可能性があります。
制度が始まった後も、「預金を解約できたから」「不動産の名義変更が終わったから」「家族で管理できるようになったから」という理由で、自由に終了するものではありません。
現行制度では、後見や保佐は、本人の判断能力が制度による保護を必要としない状態まで回復するか、本人が亡くなるまで続くのが基本です。補助については、付与された代理権・同意権の必要がなくなった場合に終了できることがありますが、家庭裁判所の手続が必要です。
「今困っている手続きが終わったら、制度も終わる」とは限りません。申立て前に、今後何年続く可能性があるかまで考えます。
家族を候補に書いても、その家族が後見人になるとは限りません
申立書には、後見人等の候補者を書くことができます。
ただし、家庭裁判所は候補者の希望だけで選ぶわけではありません。本人の財産、生活、親族関係、候補者との利害関係、必要な専門性などを踏まえて決めます。
その結果、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職が選任されたり、家族に加えて監督人が選任されたりする場合があります。
また、「希望した家族が選ばれなかった」という理由だけで、選任結果に不服を申し立てることはできません。
家族の中では、次のような誤解が起きやすくなります。
- 申立人になった長男が、そのまま後見人になると思っていた
- 通帳を預かっている娘が選ばれると思っていた
- 家族全員が賛成しているため、専門職は選ばれないと思っていた
- 専門職が選ばれたら、家族は本人のお金について何も聞けなくなると思っていた
申立て前の家族会議では、誰を後見人にするかを決定事項として話すのではなく、候補者を誰にするかという話にとどめます。
「私を候補者として書くけれど、選ぶのは家庭裁判所だよ。専門職が選ばれた場合も含めて考えておきたい」
この一言があるだけで、選任後の「話が違う」という対立を減らせます。
申立費用よりも、開始後に続く報酬と管理の方を見ます
現在の後見開始申立てでは、基本となる裁判所費用として、申立手数料の収入印紙、登記手数料、郵便料などが必要です。診断書の作成費用がかかり、家庭裁判所が鑑定を必要と判断した場合は鑑定費用も発生します。
書類作成を弁護士や司法書士へ依頼すれば、その報酬も別に必要です。
しかし、申立て時の費用だけで「高い・安い」を判断すると、開始後の負担を見落とします。
| 費用・負担 | 申立て前に確かめること |
|---|---|
| 申立手数料・登記手数料 | 申立てる類型や追加する代理権・同意権によって必要額が変わるか |
| 郵便料 | 申立先の家庭裁判所で必要な金額 |
| 診断書・鑑定 | 医療機関の診断書作成費、鑑定が行われる場合の負担 |
| 書類作成の依頼料 | 専門家へどこまで依頼し、何が料金に含まれるか |
| 後見人等の報酬 | 誰が選任される可能性があり、本人の財産から継続的に支払われる可能性があるか |
| 監督人の報酬 | 監督人が選任された場合、別に報酬が発生する可能性 |
後見人等の報酬は、本人の財産、行った事務、負担などを踏まえて家庭裁判所が決め、本人の財産から支払われます。
一部の家庭裁判所では、通常の後見事務を行う専門職後見人の基本報酬について、月額二万円などの目安を公表しています。ただし、これは全国一律の定額料金ではなく、財産額や事務の難しさによって変わります。監督人や特別な事務について、別の報酬が認められる場合もあります。
申立て前には、初期費用の見積もりだけでなく、本人の預貯金と毎月の収支を使い、制度が数年続いた場合も生活費や施設費を維持できるかを見ます。
後見人が付くと、親御さんのお金を家族の判断だけでは動かせません
後見人等が管理する財産は、本人の生活、医療、介護、住まいなど、本人の利益のために使います。
家族にとって必要に見える支出でも、本人の利益と説明できなければ、自由には行えません。
たとえば、次のような支出は「これまで家族でそうしてきたから」という理由だけでは進めにくくなる場合があります。
- 子どもや孫へのまとまった贈与
- 家族の住宅費や事業資金への援助
- 相続税を減らすことだけを目的とした財産移転
- 本人が受け取るべき相続財産を少なくする遺産分割
- 本人名義のお金を家族名義の口座でまとめて管理すること
- 親族へ無利息で貸し付けること
これは家族を疑うための仕組みではありません。
本人の判断能力が低下した後に、本人のお金が周囲の都合で使われることを防ぐための制限です。
反対から見ると、親御さんの財産を悪質商法や使い込みから守り、必要な介護費や生活費へ使えることは、成年後見制度の大きな利点です。
成年後見のデメリットは、そのまま本人を守る仕組みの裏側でもあります。
後見人になった家族には、通帳を預かる以上の仕事があります
親族が後見人等に選ばれた場合も、「今までどおり家族が管理し、必要なときだけ裁判所へ連絡する」という運用にはなりません。
選任後は、本人の財産と収支を把握し、財産目録や収支予定表を提出します。その後も、原則として少なくとも年一回、本人の生活状況、財産、収支などを家庭裁判所へ報告します。
日常的には、次のような管理が必要になります。
- 本人の通帳、現金、保険、不動産、負債を分けて管理する
- 支出の目的が分かる領収書や記録を残す
- 本人と後見人自身の財産を混ぜない
- 介護サービスや施設入所などの契約内容を確かめる
- 本人の希望を聞き、意思決定を支える
- 大きな財産処分を行う前に、必要な手続を確かめる
- 家庭裁判所や監督人からの照会に対応する
不適切な管理をすれば、解任、損害賠償、場合によっては刑事責任につながることもあります。
「家族だから無料で簡単にできる」と考えず、自分が毎年の記録と報告を続けられるかを申立て前に考えておく必要があります。
後見人が選ばれても、ご実家をすぐ売れるとは限りません
親御さんのご実家を売り、その代金を施設費へ充てるために成年後見を考える方もいます。
後見人が選任されれば、本人に代わって不動産契約を行える場合があります。
ただし、本人の居住用不動産を売却、賃貸、賃貸借契約の解除、抵当権設定、取り壊しなどによって処分する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
すでに施設へ入居して空き家になっている家でも、本人が以前住んでいた家や将来戻る可能性のある家は、居住用不動産に当たることがあります。許可を得ずに行った処分は無効となる可能性があります。
したがって、「買主が決まったから、後見人を付ければすぐ契約できる」とは限りません。
売却を予定している場合は、次の資料を早めにそろえます。
- 不動産の登記事項証明書
- 固定資産税評価額が分かる資料
- 不動産会社の査定書
- 売却が本人の利益になる理由
- 売却後の資金用途
- 本人が今後暮らす場所と費用
- 売買契約の予定時期
買主や不動産会社から期限を示されている場合は、成年後見の申立てと居住用不動産処分許可の手続に時間がかかる可能性を、先方にも早めに伝えてください。
成年後見人は、介護も医療も家族の代わりに全部決める人ではありません
成年後見人等は、財産管理だけでなく、介護サービスや施設入所などの契約を行い、本人の生活に配慮する役割を持ちます。
一方で、次のことをすべて引き受けるわけではありません。
- 食事、排泄、入浴などを直接介護すること
- 毎日の見守りや通院付き添いを必ず行うこと
- 施設や病院の身元保証人になること
- 本人に代わって結婚、離婚、養子縁組、遺言を決めること
- あらゆる医療行為へ本人の代わりに同意すること
- 本人が望まない住まいへ強制的に移すこと
「後見人を付ければ、介護施設とのやり取りも緊急時の判断もすべて任せられる」と期待すると、選任後に役割の違いが表面化します。
後見人等へ何を頼めるかだけでなく、家族、ケアマネジャー、医療機関、介護事業者が何を担うかまで分けておきます。
現在の後見・保佐・補助は、権限の広さが同じではありません
法定後見制度には、本人の判断能力に応じて、後見、保佐、補助があります。
家族が自由に選ぶのではなく、診断書、本人情報シート、本人の状態などを基に家庭裁判所が判断します。
| 類型 | 対象となる状態 | 権限の考え方 |
|---|---|---|
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態 | 成年後見人が広い代理権を持ち、日常生活に関する行為を除き、本人の法律行為を取り消せる場合があります |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 法律で定められた重要な行為に同意権・取消権を持ち、必要に応じて特定の代理権を付けます |
| 補助 | 判断能力が不十分 | 必要な特定の行為に限って、代理権や同意権・取消権を付けます |
親御さんがある程度自分で判断でき、困っている手続きが限定されている場合は、広い権限を持つ後見ではなく、保佐や補助が合う可能性もあります。
特に補助は、本人以外が申し立てる場合、原則として本人の同意が必要です。代理してもらう行為や同意を必要とする行為も具体的に定めます。
困っていることが限定されているなら、別の方法で足りることがあります
成年後見制度を避けること自体を目的にしてはいけません。
本人が契約や財産管理をできず、詐欺や使い込みの危険もあるなら、成年後見が本人を守る有力な方法になります。
一方、困りごとが限定的で、本人に契約内容を理解する力が残っているなら、別の方法を検討できることがあります。
- 金融機関の代理人制度:本人が手続できるうちに、家族を代理人として届け出られる場合があります。取扱いは金融機関ごとに異なります。
- 委任契約:本人に十分な判断能力がある段階で、特定の手続きを委任します。本人の能力低下後も使えるとは限りません。
- 家族信託:本人が契約内容を理解できるうちに、特定の財産管理を家族などへ託します。身上保護や契約取消しをすべて担う制度ではありません。
- 任意後見:本人に十分な判断能力があるうちに、将来の任意後見人と権限を公正証書で決めます。判断能力低下後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して効力が生じます。
- 日常生活自立支援事業:本人が支援契約の内容を理解できる場合に、福祉サービスの利用や日常的な金銭管理を支援します。
- 保佐・補助:成年後見より限定された権限で、必要な法律行為を支える方法です。
任意後見と日常生活自立支援事業は、本人が契約内容を理解できることが前提となります。すでに判断能力が大きく低下している場合は利用できないことがあります。
別の制度を探すときは、「成年後見を使いたくない」とだけ伝えるのではなく、次のように話します。
「困っているのは、母名義の定期預金から施設費を払うことです。財産管理全体ではなく、この手続きに必要な方法を比べたいです」
目的が具体的であるほど、必要以上に広い制度を使わずに済む可能性を検討しやすくなります。
次の状態では、デメリットの比較だけで時間を使わないでください
申立てを慎重に考えることは必要ですが、本人の財産や生活がすでに危険な状態なら、制度比較と並行して被害を止めます。
- 本人の口座から用途不明の高額出金が続いている
- 親族や知人が通帳、印鑑、カードを持ち出している
- 訪問販売や投資詐欺への送金が続いている
- 施設費や医療費の期限が迫り、生活を維持できない
- 本人名義の不動産を無断で処分しようとしている人がいる
- 遺産分割や売買契約の期限が迫っている
預金流出が疑われる場合は、取引銀行へ連絡し、利用停止や取引内容の確認に必要な手続きを聞きます。詐欺や窃取が疑われ、被害が続いている場合は、警察へ連絡してください。
成年後見の申立てから審判までは、おおむね一か月から二か月程度かかると案内されています。鑑定が行われる場合は、さらに時間が必要です。
申立てが終わるまで支払い先へ黙って待つのではなく、病院、施設、金融機関、取引先へ事情を伝え、支払期限や必要書類を確かめます。
家庭裁判所へ行く前に、地域の相談窓口で「制度が合うか」を分けてもらう
家庭裁判所では、申立書の書き方、提出先、費用、必要書類などの手続案内を受けられます。
ただし、「わが家は成年後見を使うべきか」「家族信託とどちらが有利か」といった個別の法律判断を代わりに決める場所ではありません。
申立てるか決まっていない段階では、市区町村の中核機関、権利擁護支援センター、地域包括支援センター、社会福祉協議会などが入口になります。
そこでは、本人の生活、財産、家族状況を聞き、成年後見制度につなぐべきか、福祉サービスや日常生活自立支援事業で補えるかを一緒に考えてもらえます。
法律関係や不動産処分、遺産分割、家族間の対立がある場合は、成年後見を扱う弁護士または司法書士へ相談します。
最初の電話では、次のように伝えてください。
「まだ成年後見を申し立てるとは決めていません。父名義の家を売らないと施設費を払えない状況です。後見・保佐・補助のどれが考えられるか、ほかの方法で足りるか、申立て後の費用と役割も含めて確認したいです」
相談しただけで、申立てが始まるわけではありません。
一方、司法書士や弁護士へ依頼する場合は、相談料、書類作成料、申立代理の可否、選任後の支援費用がどこまで含まれるかを契約前に聞いてください。
今日は「成年後見が必要と言われた理由」を一文にします
制度を使うかどうかを、今夜決める必要はありません。
まず、銀行、不動産会社、施設、病院など、成年後見を案内した相手へ連絡します。
「成年後見が必要とのことですが、本人ができない手続きの名称、必要な権限、期限、ほかに認められる書類があるかを教えてください」
回答を受けたら、次の形で一文にします。
「父名義の自宅を売るため、売買契約を代理できる人が必要で、契約期限は九月末」
あるいは、
「母の毎月の生活費管理と施設契約が今後も必要で、本人は契約内容を理解できない」
この一文ができれば、成年後見が必要なのか、保佐や補助で足りるのか、ほかの制度を使えるのかを比較しやすくなります。
成年後見制度は、家族から自由を奪うための仕組みではありません。しかし、家族が便利に財産を動かすための仕組みでもありません。
本人を守るための制限を理解したうえで、それでも必要かを考える。申立書を書くのは、その後で構いません。















