買いたい人が現れたのに、兄から「私は売らない」と言われた
父から相続した実家は、兄と自分の二人名義です。
誰も住まなくなって三年。固定資産税や庭の手入れは、自分が立て替えてきました。屋根の傷みも進み、不動産会社からは「このままでは査定額が下がるかもしれません」と言われています。
ようやく購入を検討する人が現れたため、兄へ売却の話をすると、返ってきたのは短い一言でした。
「父の家を勝手に売るな」
管理にも費用にも関わってこなかった兄からそう言われ、腹が立つ。一方で、自分だけで契約を進めてよいのか分かりません。
共有名義の不動産では、「費用を多く払った人」「持分が多い人」「実際に管理している人」が、当然に全体を売却できるわけではありません。
まず分けるのは、家や土地の全部を売りたいのか、自分の持分だけを手放したいのかです。この違いで、必要な同意も、その後に起こり得ることも変わります。
持分が半分を超えていても、不動産全体を一人では売れません
共有名義の不動産全体を第三者へ売ることは、すべての共有者の権利を手放す行為です。
そのため、原則として共有者全員の同意が必要になります。
自分が持分の三分の二を持ち、もう一人が三分の一しか持っていなくても、全体の売却を多数決で決めることはできません。
一方、自分が所有する共有持分だけであれば、ほかの共有者の同意を得ずに売却できるのが原則です。
ただし、持分だけを買った人は、元の共有者に代わって新しい共有者になります。家を丸ごと自由に使えるわけではないため、一般の買主は見つかりにくく、持分の割合から単純計算した金額より低い価格になることがあります。
不動産全体を売るには共有者全員の合意が必要です。自分の持分だけは原則として単独で売れますが、「同意を取らずに家全体を売る方法」ではありません。
家族会議の前に、土地と建物の登記を見ます
固定資産税の通知書に自分の名前があるから、二分の一ずつの共有だと思っていた。
ところが登記を調べると、土地は父と兄、建物は父だけの名義だった。あるいは、亡くなった祖父の持分が残っていた。
このようなことは珍しくありません。
最初に、土地と建物それぞれの登記事項証明書を取得し、次を見てください。
- 現在の登記名義人
- 共有者ごとの持分割合
- 土地と建物の所有者が同じか
- 亡くなった人の名義が残っていないか
- 住宅ローンなどの抵当権が付いていないか
- 差押えなど、売却に関わる登記がないか
登記事項証明書は、法務局の窓口や郵送、オンライン請求で取得できます。
不動産会社の査定書や固定資産税の通知書だけでは、現在の権利関係を正確に把握できないことがあります。
売却するかどうかより先に、四つの事実を共有します
共有者へいきなり「売ることに同意してほしい」と伝えると、思い出や過去の不満が前に出やすくなります。
最初の話し合いでは、結論ではなく、次の四つを同じ資料で見ます。
- 現在の登記名義と持分
- 誰が住んでいるか、今後住む予定があるか
- 住宅ローン、固定資産税、管理費、修繕費の状況
- 現状で売った場合の査定額と手取り見込み
話を始めるときは、次の程度で構いません。
「今日、売るか残すかを決めてほしいわけではない。名義と維持費、現状の査定額を一緒に見たい。残す場合は、今後の管理方法と費用負担も決めたい」
売りたくない人にも理由があります。
親御さんとの思い出を失いたくない。自分や子どもが将来住むかもしれない。査定額が安いと感じている。売却代金の分け方を信用できない。
理由を聞かずに同意だけを求めると、相手は家を守るために反対し続けることがあります。
家全体を売るなら、口頭の「いいよ」だけで進めません
共有者全員が売却に賛成しても、売買契約の直前になって話が変わることがあります。
「その価格では売りたくない」
「片付け費用まで持分で負担するとは聞いていない」
「引渡しは半年後だと思っていた」
こうした食い違いを減らすため、少なくとも次の内容を共有者間で書面に残します。
- 売却する不動産の範囲
- 売出し価格と値下げを認める下限
- 依頼する不動産会社と媒介契約の種類
- 仲介手数料、測量、解体、家財処分などの負担方法
- 売却代金の受取口座と分配方法
- 居住者の退去日と引渡し時期
- 誰が契約や不動産会社との連絡を担当するか
遠方の共有者がいる場合、代表者へ手続きを任せる方法はありますが、何を委任するのかを明確にした委任状などが必要です。
実印や印鑑証明書を預けたことだけで、売却条件を自由に決めてよいことにはなりません。
売却代金は「査定額」ではなく、持分ごとの手取りで考えます
三千万円で売れたから、共有者二人で千五百万円ずつ受け取れるとは限りません。
売却代金からは、仲介手数料、登記費用、測量、解体、家財処分、住宅ローンの返済などが差し引かれる場合があります。
そのうえで、残った金額を登記上の持分に応じて配分するのが基本です。
共有者ごとの手取りを、次の順番で出してください。
売却価格-売却に必要な共通費用-住宅ローンなどの返済=分配前の手取り
分配前の手取り×各共有者の持分割合=持分ごとの受取額の目安
ただし、一人だけが固定資産税や修繕費を長年払ってきた場合、その立替分を売却代金から精算するかどうかは別の問題です。
費用を多く払ったからといって、登記上の持分が自動的に増えるわけではありません。領収書や振込記録を見せ、売却前に精算方法を話し合います。
登記上の持分と異なる割合で売却代金を分けると、贈与など税務上の問題が生じる可能性もあります。
共有のマイホームを売却した場合の譲渡所得や特例の適用は、共有者ごとに判定・計算されます。全員まとめて一回の税務処理で終わるとは限りません。
共有者の一人が住んでいる家は、退去の合意まで含めて売却を考えます
兄が実家へ住み続けている。離婚した元配偶者が共有住宅から出ていない。親御さんが共有名義の家で暮らしている。
このような状態では、共有者全員が形式的に売却へ同意しても、いつ誰が退去するか決まらなければ、空き家として引き渡せません。
不動産会社へ査定を頼む前に、次を話します。
- 売却するなら、いつまでに退去できるか
- 次の住まいを探すために必要な期間
- 引っ越し費用を誰が負担するか
- 家財を誰が、いつまでに片付けるか
- 売却成立までの固定資産税や光熱費を誰が払うか
共有者には持分に基づく権利があります。
査定や内覧の都合だけで、居住する共有者の同意を無視して室内へ入ったり、鍵を替えたり、家財を処分したりしないでください。
「売ることに反対するならすぐ出ていけ」と迫るより、売却する場合と残す場合の費用を並べた方が話を進めやすくなります。
一人だけ売却に反対するときは、四つの着地点があります
| 方法 | どのような形か | 注意すること |
|---|---|---|
| 共有者全員で不動産全体を売る | 一般の市場で売却し、手取りを分ける | 価格、費用、退去、分配の合意が必要 |
| 残したい共有者が他の持分を買い取る | 住み続けたい人などの単独名義に近づける | 適正価格、資金、ローン、税金を確かめる |
| 売りたい人が自分の持分だけを売る | 第三者が新しい共有者になる | 価格が低くなりやすく、その後の関係へ影響する |
| 共有物分割を求める | 協議または裁判で共有状態の解消を目指す | 希望どおりの市場売却になるとは限らない |
相手が家を残したいなら、反対するだけでなく、ほかの共有者の持分を買い取れるかを考えてもらいます。
「売りたくない気持ちは分かった。残す場合は、私の持分をいくらで買い取れるか、今後の税金と修繕を誰が負担するかを一緒に決めたい」
この言い方なら、家を残したい気持ちを否定せず、管理責任と費用へ話を戻せます。
自分の持分だけを売る前に、買主が共有者になる意味を考えます
ほかの共有者の同意が得られなくても、自分の共有持分だけを売却する方法はあります。
しかし、家族間の問題から直ちに抜けられるとは限りません。
持分を買った第三者は、元の共有者に対して利用方法の協議、持分の買取り、共有物分割などを求める可能性があります。
そのため、持分売却を知った家族から「知らない会社を共有者にした」と受け取られ、関係がさらに悪化することもあります。
また、持分だけでは不動産全体を自由に利用できないため、売却価格は不動産全体の市場価格へ持分割合を掛けた金額より低くなることがあります。
持分買取業者から、
「今日決めれば高く買う」
「ほかの共有者には知らせなくてよい」
と契約を急かされても、その場で署名しないでください。
売却価格、手数料、契約不適合責任、解約条件、ほかの共有者への連絡方針まで書面で見ます。
話し合いが成立しない場合は、共有物分割という手続があります
共有者は、原則として共有物の分割を求めることができます。
話し合いで合意できれば、土地を分ける、誰か一人が不動産を取得してほかの共有者へ代金を払う、全体を売って代金を分けるといった方法を選べます。
協議がまとまらない、または協議そのものができない場合は、裁判所へ共有物分割を求める方法があります。
裁判では、不動産の性質、利用状況、持分、共有者の希望、支払能力などを踏まえ、次のような分割方法が検討されます。
- 土地などを物理的に分ける
- 一人または一部の共有者が取得し、他の共有者へ金銭を払う
- 競売して売却代金を分ける
共有物分割を申し立てれば、裁判所が希望価格で一般市場へ売ってくれるという手続ではありません。
競売となれば、通常の仲介売却より低い価格になる可能性もあります。話し合いで任意売却できる余地があるうちは、査定額と費用を共有したうえで合意を探す意味があります。
相続した家では、「共有」と「遺産分割前」を混同しません
親御さんが亡くなり、きょうだい全員で実家を相続したと思っていても、まだ遺産分割が終わっていない場合があります。
遺産分割前の不動産は、通常の共有不動産と同じ手順だけでは進められないことがあります。
誰が不動産を取得するのか、売却して代金を分けるのかを、ほかの預貯金なども含めて共同相続人で決める必要があります。
遺産分割協議がまとまらない場合は、家庭裁判所の遺産分割調停が候補になります。
すでに遺産分割を終え、きょうだいそれぞれの持分で登記されているなら、その後は通常の共有関係として扱われることがあります。
また、亡くなった親御さんや祖父母の名義が登記に残っている場合、亡くなった人の名前で売買契約へ署名することはできません。相続人を確定し、相続登記などを進めます。
2024年4月1日から相続登記は義務化されており、以前に発生した相続も対象になります。
共有者と連絡が取れない場合も、署名を代筆してはいけません
共有者が転居して住所が分からない。何年も音信不通になっている。海外へ出たまま連絡が取れない。
このような場合でも、家族が本人の代わりに契約書へ署名したり、実印を使ったりすることはできません。
まず、登記上の住所、戸籍の附票、住民票など、適法に取得できる資料から所在を調べます。
それでも共有者や所在を知ることができない場合には、所在等不明共有者の持分取得や、第三者へ持分を譲渡する権限を得る裁判手続を利用できる場合があります。
ただし、対象不動産、相続からの経過期間、ほかの共有者の同意、供託などの条件があります。
「連絡がつかないから同意したものとして進める」のではなく、不動産所在地を管轄する裁判所の手続や、弁護士・司法書士へ必要な対応を尋ねてください。
住宅ローンや抵当権が残っているなら、売却価格だけでは決められません
共有名義の住宅にローンが残っている場合、登記上の所有者とローンの債務者が同じとは限りません。
夫婦共有の家でも、夫だけがローンを借りている場合や、二人がそれぞれ債務を負っている場合があります。
売却代金で残債を返済し、抵当権を抹消できるかを先に計算してください。
売却価格よりローン残高や諸費用が多ければ、差額を用意しなければ通常の引渡しが難しくなることがあります。
金融機関へは、
「共有名義の住宅を売却する可能性があります。現在の残高、完済に必要な金額、抵当権抹消までの手順を教えてください」
と伝えます。
離婚や別居が関係する場合は、不動産の持分、住宅ローン、財産分与、居住の問題を別々に見ない方が安全です。
署名・実印・権利書を急かされたら、その日は契約しません
共有者の一人が、不動産会社と話を進め、ほかの共有者へ契約書だけを送ってくることがあります。
「買主が待っている」
「今日中に印鑑証明書を出して」
と急かされても、売却価格、費用、受取額、引渡し条件を見ていないなら署名しないでください。
不動産会社へ、次のように伝えます。
「私は共有者ですが、売却条件と手取り額について合意していません。契約書、査定根拠、費用明細を確認するまで、署名・押印や書類の交付は行いません」
自分が署名していない売買契約書が作られている、実印や本人確認書類を無断で使われた疑いがある場合は、不動産会社だけで処理せず、弁護士や司法書士へ早めに事情を伝えます。
相談先は、売却・登記・対立・税金で分けます
共有名義だからといって、最初からすべてを一人の専門家へ任せる必要はありません。
- 不動産会社:全体売却の査定、売却方法、諸費用、想定期間を聞く
- 司法書士:登記名義、相続登記、持分移転、抵当権抹消に必要な書類を聞く
- 弁護士:共有者が反対している、話し合いができない、共有物分割を検討するときに聞く
- 税務署・税理士:共有者ごとの譲渡所得、特例、代金分配の税務を聞く
不動産会社は売却の実務には詳しくても、共有者間の法的な争いを代理して解決する立場ではありません。
反対する共有者へ圧力をかけてくれる会社ではなく、全員の同意が必要な範囲と、売却条件を丁寧に説明する会社を選びます。
今日は土地と建物の登記事項証明書を一通ずつ取ります
共有者へ売却を迫る前に、法務局で土地と建物の登記事項証明書を取得してください。
手元に届いたら、見るのは三か所です。
- 名義人は誰か
- それぞれの持分はいくつか
- 抵当権や差押えが付いていないか
その内容を見てから、共有者へ次の一文を送ります。
「登記と持分、ローン、これまでの維持費を一度そろえたい。まだ売却への同意を求める段階ではなく、残す場合と売る場合の費用を同じ資料で比べたい」
不動産を売るかどうかは、その日に決めなくても構いません。
誰が何を持っているのかを正しく知るだけで、感情だけだった話し合いを、価格、負担、住まい、期限を選ぶ話へ変えられます。


















