売却の話を出した途端、親から「私が死ぬのを待っているのか」と言われます
親が施設へ入って半年。実家には誰も住んでいません。
月に一度、子どもが片道二時間かけて通い、郵便物を回収し、窓を開け、庭の草を見ます。
固定資産税や火災保険の通知も届き、屋根や給湯器の古さも気になってきました。
家族としては、今後の負担を考えて「元気なうちに売ることも考えない?」と切り出します。
ところが親は、表情を変えてこう答えます。
「あの家には帰るつもりだ」
「お父さんと建てた家を勝手に売らないで」
「あなたたちには関係ない」
「私がいなくなってから好きにすればいい」
子ども側にも、言葉にしにくい気持ちがあります。
「売却代金が欲しいわけではない」
「毎月通い続けられるか分からない」
「認知症が進んでからでは、手続きが難しくなるのでは」
「家を残したいなら、誰が管理するのだろう」
親の思いを尊重したい気持ちと、現実を先送りしたくない気持ちの間で動けなくなります。
この話し合いで最初から決めるのは、「売るか、売らないか」ではありません。
親が何を失うのを怖がっているのかを知り、売らない場合に必要な管理を家族で見える形にすることから始めます。
「売りたくない」の中には、家とは別の思いが隠れています
親が守りたいものは、土地や建物そのものとは限りません。
| 親の言葉 | 隠れているかもしれない思い | 聞いてみたいこと |
|---|---|---|
| いつか家へ帰る | 施設を終の住まいと認めたくない | どのような状態になれば戻りたいのか |
| 思い出の家だから売れない | 配偶者や家族との時間を失いたくない | 特に残したい部屋や品物は何か |
| 子どもが使えばいい | 家族の居場所を残したい | 実際に住みたい家族がいるか |
| 先祖に申し訳ない | 自分の代で手放す罪悪感がある | 親族や墓、仏壇との関係が気になるのか |
| 売ると損をする | 安く買いたたかれることへの警戒 | 査定を取るだけならどう感じるか |
| 私のお金を狙っている | 財産や生活を子どもに決められる不安 | 売却後のお金を誰がどう管理すると安心か |
| 今は考えたくない | 決めることが多く、気持ちが追いつかない | 売却以外の一つの項目なら話せるか |
「売らない理由」を論破しようとすると、親は家を守るために、さらに強く拒むようになります。
まず、「どうして売りたくないの?」と問い詰めるのではなく、「あの家の何を一番残したい?」と聞いてみます。
最初の会話では、売却の返事をもらおうとしません
親がくつろいでいる時間に、兄弟全員で囲んで売却を迫れば、正しい資料を用意していても話は進みにくくなります。
初回の目的は、親の考えを聞くことだけに絞ります。
最初に聞く四つの質問
- あの家へ戻りたいと思っているか
- 家の中で残しておきたい物は何か
- 誰かに住んでほしいと思っているか
- 売らずに残すなら、誰に何を頼みたいか
切り出し方の例
「今日は売るかどうかを決める話ではないよ。お母さんが、あの家の何を残したいと思っているか聞きたい」
「家を手放してほしいと決めたわけではないよ。ただ、今は誰も住んでいないから、どう守るかを一緒に考えたい」
「戻りたい気持ちがあるなら、どんな暮らしを考えているのか教えてほしい」
その場で答えが出なくても構いません。
一度話題に出し、親が考える時間を持てたこと自体が、次の会話への準備になります。
「家を売る」と「親の居場所をなくす」を同じ話にしないようにします
施設へ入った親にとって、実家は現実に戻れるかどうかとは別に、「自分には帰る場所がある」という支えになっている場合があります。
子どもが「もう戻れないのだから売ろう」と言えば、親には「ここから出られない」「自分の家もなくなる」と聞こえるかもしれません。
帰宅の可能性を確かめるときは、親の希望を否定せず、生活条件へ置き換えます。
「いつか戻る」を具体的にする質問
- 一人で暮らしたいのか、家族と暮らしたいのか
- 昼だけ過ごしたいのか、泊まりたいのか
- 食事、入浴、服薬を誰が支えるのか
- 通院や買い物の移動手段はあるか
- 玄関、階段、浴室を安全に使えるか
- いつごろまでに一度試してみたいか
「戻れるかどうか」を家族だけで決めず、本人の体調や介護状況に応じて、医師やケアマネジャーなどにも生活上の条件を聞きます。
一日だけ過ごす、家族同伴で一泊するなど、小さく試す方法もあります。
家を残す選択はできますが、「何も決めない」とは違います
親が売りたくないなら、一定期間は売らないと決めることもできます。
その場合は、次の四つを一緒に決めます。
| 決めること | 具体的な内容 |
|---|---|
| 残す期間 | 半年、一年、次の更新時期までなど |
| 管理する人 | 訪問、庭、郵便物、業者対応を誰が担うか |
| 費用の出し方 | 親の預金、家族の立替、兄弟分担など |
| 見直す時期 | 売却、賃貸、解体をいつ話し直すか |
「お母さんが生きている間は残す」とだけ決めると、管理の期間も費用も分からないまま、特定の家族へ負担が集中します。
売らない気持ちを尊重するなら、その気持ちが続けられる管理方法も一緒に作ります。
年間で家にいくらかかっているか、一度だけ数字にします
親は、住宅ローンが終わった家なら、お金はほとんどかからないと思っていることがあります。
子どもも、自分が少しずつ立て替えているため、年間の総額を把握していないかもしれません。
| 費用の項目 | 年間で見る内容 |
|---|---|
| 固定資産税 | 課税明細に記載された金額 |
| 火災保険・地震保険 | 空き家になった後も契約を継続できるか |
| 電気・水道など | 管理のために残している契約 |
| 庭木・草刈り | 家族の作業、業者費用、道具代 |
| 修繕 | 屋根、外壁、雨漏り、給排水設備、窓や鍵 |
| 家財の管理 | 片付け、廃棄、害虫やカビへの対応 |
| 現地へ通う費用 | 交通費、高速代、宿泊費 |
| 管理を担う時間 | 訪問、業者手配、近隣対応に使った時間 |
数字を見せる目的は、「こんなにかかるから売るしかない」と親を追い込むことではありません。
残すために必要な費用を、誰がどこまで出せるのかを話すためです。
数字を見せるときの言い方
「売却を説得する資料ではなく、家を残すなら一年に何が必要か一緒に見たい」
「今まで私が払った分を責めたいわけではないよ。来年からどうするかを決めたい」
管理する人が決まっていない家は、少しずつ放置へ近づきます
空き家は、玄関の鍵を閉めておくだけでは保てません。
国土交通省は、空き家を当面売却・活用・解体しない場合も、定期的な換気や庭木の手入れなど、適切に管理する必要があると案内しています。また、空き家の所有者や管理者には、周囲へ悪影響を及ぼさないよう管理に努める責務があります。
誰が担当するか決めたい管理
- 郵便物を回収する
- 室内を換気する
- 雨漏りや水漏れを見る
- 窓、鍵、塀、屋根の破損を見る
- 庭木や雑草を手入れする
- 台風や大雪の後に点検する
- 近隣からの連絡を受ける
- 不法侵入やごみの投棄がないか見る
- 保険や税金の手続きをする
家族が遠方で通えない場合は、親の家がある自治体の空き家窓口へ、地域の管理サービスや相談窓口があるか聞く方法もあります。
子ども側は、できることだけでなく「できないこと」も伝えます
親を傷つけたくないために、「しばらく私が見に行くよ」と引き受けることがあります。
しかし、その「しばらく」が何年も続けば、仕事、育児、自分の体調へ影響します。
親の希望を聞いた後は、子ども側の条件も具体的に伝えます。
伝え方の例
「月に一度の訪問ならできるけれど、毎週の草刈りや急な修理対応は続けられない」
「今年中の保険料は手伝えるけれど、今後ずっと私が払うことはできない」
「家を残すことには反対しない。ただし、管理を私一人へ任せる形にはできない」
「台風のたびにすぐ見に行くことはできないので、近くで点検できる人を決めたい」
できないことを伝えるのは、親を見捨てることではありません。
曖昧な約束をして途中で続かなくなるより、最初から続けられる範囲を示す方が、家を残す計画として現実的です。
売却以外の選択肢も、実際にできる人がいるかで比べます
| 選択肢 | 考えること |
|---|---|
| 親が再び住む | 生活支援、家の安全、医療・介護、帰宅時期 |
| 空き家のまま残す | 管理担当、年間費用、残す期間 |
| 子どもや親族が住む | 本当に住む人がいるか、改修費、名義や費用 |
| 賃貸する | 建物の状態、改修、家財撤去、管理、地域の需要 |
| 地域や事業者へ貸す | 用途、契約、改修、近隣への影響 |
| 売却する | 親の希望、住み替え後の生活、売却代金の扱い |
| 解体して土地を残す | 解体費、解体後の管理、税負担、土地の使い道 |
「誰かが住むかもしれない」「貸せば収入になるかもしれない」という可能性だけで家を残さないようにします。
住む人の名前、利用開始の時期、必要な費用まで決まって初めて、現実的な選択肢になります。
家を残すことと、思い出を残すことは分けられます
親が手放したくないのは、建物ではなく、そこで過ごした時間かもしれません。
その場合は、売却を決める前でも、思い出を別の形へ移す準備ができます。
家を手放さなくても始められること
- 家の外観と各部屋を写真や動画で残す
- 家族が集まった場所の思い出を親から聞く
- 柱の傷や庭木など、残したい場所を記録する
- アルバムや手紙を親と一緒に分ける
- 家具や食器を誰へ残したいか聞く
- 家の図面や建築時の書類をまとめる
- 家族で一度集まり、食事や写真撮影をする
親への伝え方
「売る準備ではなく、家の思い出を分かる形で残したい。お父さんが好きだった場所を教えて」
「捨てる物を決めるのではなく、絶対に残したい物から選ぼう」
家財の整理が始まるだけで「売られる」と感じる親もいます。
作業の目的と、今日扱う範囲を毎回伝えてください。
すぐに売らないなら、半年だけの「保留期間」を作ります
親が今は売却へ同意できなくても、永久に決めない必要はありません。
半年や一年など、家を残したまま検討する期間を決めます。
| 保留期間中にすること | 具体例 |
|---|---|
| 家の状態を知る | 雨漏り、傾き、外壁、庭、設備を見る |
| 年間費用を知る | 税金、保険、光熱費、管理費を集計する |
| 親の希望を具体化する | 帰宅、親族利用、残したい家財を聞く |
| 選択肢の情報を集める | 売却査定、賃貸可能性、管理サービスを聞く |
| 家族の負担を試す | 実際の訪問回数と所要時間を記録する |
| 次回の日を決める | 半年後の○月○日にもう一度話す |
査定を取ることは、その場で売却契約をすることではありません。
親が了承できるなら、「売るためではなく、現在の状態を知るため」と目的をそろえてから調べます。
話し合いを拒まれたら、売却ではなく一つの困り事から始めます
「家の話はしたくない」と言われると、家族は、もう何も聞けないと感じます。
その場合は、家全体の行方ではなく、今起きている一つの問題だけを扱います。
話題を小さくする例
- 雨漏りを誰に見てもらうか
- 庭木の剪定費をどうするか
- 火災保険の更新をどうするか
- 仏壇や写真をどこへ置くか
- 台風後に誰が見に行くか
- 固定資産税をどの口座から払うか
会話例
「家を売る話は今日はしないよ。庭木が隣へ出ているから、誰に頼むかだけ決めたい」
「残したい気持ちは分かった。家を残すために、火災保険をどうするか一緒に見てほしい」
「全部を決めなくていい。次の台風の後、誰が見に行くかだけ決めよう」
小さな管理の話を重ねることで、親自身が「残すには負担がある」と理解していくこともあります。
兄弟全員で親を囲むより、話を聞ける一人から始めます
家族会議だからと全員を集めると、親には多数決で家を取り上げられるように感じられる場合があります。
最初は、親が最も落ち着いて話せる家族一人が聞き役になります。
家族内で分ける役割
| 役割 | すること |
|---|---|
| 聞き役 | 親の希望と嫌なことを聞く |
| 記録役 | 費用、管理、話した内容を残す |
| 現地担当 | 建物の写真と状態を共有する |
| 情報担当 | 自治体、管理方法、活用方法を調べる |
| 連絡役 | 兄弟間の情報を同じ内容にそろえる |
親へ話す前に、子ども同士で「売却へ同意させる場にはしない」と決めておきます。
親の前で兄弟が言い争えば、家の話そのものを避けられるようになります。
親と子どもで結論が違っても、管理負担を一人へ押しつけないようにします
親は残したい。長男は売りたい。長女は親の希望を尊重したい。ただし、実家の近くに住む次女だけが管理している。
この状態では、売却への賛否よりも、負担の偏りが家族関係を悪くします。
家族で分けたい項目
- 現地へ行く回数
- 交通費や業者費用
- 税金と保険料
- 近隣や自治体との連絡
- 家財の整理
- 緊急時の対応
きょうだいへ伝える例
「売るか残すかの意見とは別に、現在の管理を私一人では続けられない。残す期間中の担当と費用を決めたい」
「親の希望を尊重して一年残すなら、その一年を誰が何回見に行くかまで決めよう」
「直接通えないなら、管理サービスの費用を分担する方法も含めて考えてほしい」
親の判断力が揺らいできたら、署名を急がせないようにします
親が売却の意味や金額を理解し、自分の希望を伝えられるうちに話をしておくことは重要です。
一方、認知症の症状があるからといって、家族がすぐ代わりに売却できるわけではありません。
気になる変化
- 家を売る話をしたこと自体を忘れる
- 売却後に家へ戻れると思っている
- 査定額や契約内容を理解できない
- 話す相手によって希望が大きく変わる
- 署名する書類の意味を説明できない
- お金の受取先や使い道を判断できない
こうした状態があるときは、家族が作った委任状や署名だけで進めようとせず、司法書士、弁護士、成年後見に関する地域の窓口などへ現在の状態を伝えます。
成年後見人等が、本人が以前住んでいた家を含む居住用不動産を売却・賃貸・取り壊しなどで処分する場合には、家庭裁判所の許可が必要です。許可を得ずに行った処分は無効になると裁判所が案内しています。
成年後見制度は、家を早く売るためだけの手続きではありません。
本人の生活や財産全体を継続して支える制度なので、家の売却だけでなく、今後必要な支援を含めて考えます。
屋根や塀に危険がある家は、売却の結論を待ちすぎないようにします
家族の気持ちがまとまらなくても、次の状態はそのままにできません。
- 屋根材や外壁が落ちそうになっている
- 塀が傾いている
- 窓や鍵が壊れ、不法侵入のおそれがある
- 庭木が道路や隣地へ大きくはみ出している
- 動物や害虫が住みついている
- 雨漏りや水漏れが続いている
- 近隣や自治体から連絡が来ている
空き家は、放置期間が長くなるほど老朽化や損傷が進み、売却や賃貸が難しくなる場合があります。国土交通省も、早い段階で家族が話し合い、管理・活用・売却・解体などの方針を考えるよう案内しています。
危険な部分は、家全体を売るか決める前でも、応急措置や修繕が必要です。
実家のある市区町村の空き家窓口へ、現在の状態と家族で方針を決められていないことを伝えます。
今の状況によって、最初に話す内容を変えます
| 現在の状況 | 最初にすること |
|---|---|
| 親が実家で暮らしている | 売却ではなく、今後も安全に住める条件から話す |
| 親が施設に入り、戻りたいと言う | 帰宅後に必要な支援と試せる時期を具体化する |
| 完全な空き家になっている | 管理する人、費用、残す期間を決める |
| 親が話題そのものを拒む | 保険や庭木など、一つの管理事項だけ扱う |
| 兄弟の意見が違う | 売却の賛否と現在の管理分担を分けて話す |
| 親の判断力に心配がある | 契約を急がず、本人の状態と法的な手順を確認する |
| 建物に危険箇所がある | 応急措置と自治体への連絡を先に行う |
| 子どもが管理の限界を感じている | 今後できない作業と回数を具体的に伝える |
今日することは、売却に同意してもらうことではなく「売らない一年」を書くことです
親が実家を売りたくないと言うなら、今日は売却の返事を求めなくても構いません。
代わりに、紙へ次の四つを書いてください。
| 書くこと | 記入例 |
|---|---|
| 親が残したい理由 | 父との思い出があり、帰る場所として残したい |
| 今すぐ売らない期間 | 来年3月まで |
| その間の管理 | 月1回の訪問、庭は業者へ依頼 |
| 次に話す日 | 固定資産税の通知が届いた後 |
そして親へ、こう伝えてみてください。
「売りたくない気持ちは分かった。今すぐ売る話はいったん止めよう。その代わり、来年まで家をどう守るかだけ一緒に決めたい」
家を売らないと決めてもよいのです。
ただし、その決定を続けるためには、管理する人、使えるお金、見直す日が必要です。
親の気持ちを尊重することは、何も聞かずに問題を引き受けることではありません。
子どもの限界を伝えることも、親の家を雑に扱わないための一部です。
売るか残すかの結論は、今日出なくても構いません。
まずは「売らないなら、次の一年をどう守るか」を話す。それが、親の思いも家族の暮らしも置き去りにしない最初の一歩になります。
出典・確認先メモ
- 国土交通省「空き家対策特設サイト」:実家が空き家になる前から家族で話し合い、登記や家財を確かめる必要性、空き家の管理・活用・売却等を考える際の資料。
- 国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法関連情報」:空き家対策に関する法令、管理不全空家等への対応、自治体の相談や支援策を調べる際の資料。
- e-Gov法令検索「空家等対策の推進に関する特別措置法」:空き家の所有者・管理者が、周囲へ悪影響を及ぼさないよう適切な管理に努める責務を確かめる際の資料。
- 裁判所「成年被後見人等の居住用不動産の処分についての許可」:本人が以前住んでいた家の売却・賃貸・取り壊し等に、家庭裁判所の許可が必要となる場合を確かめる際の資料。
















