午前2時17分。着信音を見るだけで、胸が重くなる
ようやく眠ったところで、枕元のスマートフォンが鳴る。
画面には親御さんの名前が表示されています。
「財布がない」「誰かが家に入った」「朝は何時に来るの」「一人で怖い」。話を聞いて落ち着いたと思って電話を切っても、10分後にはまた同じ着信です。
出なければ、何か本当に起きているかもしれない。けれど、出れば明日の仕事に支障が出る。
心配と腹立たしさが同時に出てきて、電話口で強い声を出したあと、今度は罪悪感で眠れなくなることもあります。
親御さんを助けたい気持ちと、もう電話に出たくない気持ちは、同時にあって構いません。夜中の電話が続けば、家族の判断力や体力も削られます。
必要なのは、毎回すべてを聞き続けることではありません。
本当に今すぐ助けが必要な電話と、安心を求めて繰り返されている電話を分け、家族だけに夜間対応が集中しない形へ変えることです。
最初の30秒で「今夜動く電話か」を分けます
夜中に電話が来たら、長い説明を聞く前に、現在地と身体の安全を短く確かめます。
質問は、多くても四つです。
- 「今、家の中にいる?」
- 「転んだ、けがをした、息が苦しいということはある?」
- 「立って歩ける? 水は飲める?」
- 「火、煙、知らない人、開いたままの玄関はない?」
答えがはっきりしない場合は、質問を一つずつにします。
電話だけでは安全を確かめられず、近くのご家族や近隣の協力者にも連絡できない場合は、親御さんの状態に応じて、救急や警察への連絡を検討します。
| 電話で分かったこと | その場で優先すること |
|---|---|
| 転倒、けが、呼吸苦、胸の痛み、意識低下などがある | 119番を含む救急対応を優先する |
| 火事、侵入者、暴力、行方不明などの危険がある | 安全な場所へ移るよう伝え、必要に応じて110番または119番へ連絡する |
| 急に会話が成り立たなくなった、普段と全く様子が違う | 急な病気やせん妄なども考え、医療機関や救急相談へつなぐ |
| 場所と状況を説明でき、身体の異常もない | 不安の内容を一つ聞き、短い安心材料と次の連絡時間を伝える |
| 同じ内容の電話を繰り返すが、新しい危険はない | 毎回議論せず、決めた言葉を繰り返して電話を終える |
電話の回数が多いことだけで、緊急性は判断できません。
普段から何度も電話する方でも、その夜だけは本当に転倒しているかもしれません。反対に、切迫した声であっても、本人が強い不安を繰り返し感じている場合があります。
回数ではなく、いつもと違う出来事や身体症状があるかで分けます。
電話の理由は「寂しい」だけではありません
ご家族から見ると、夜中の電話は「不安だから」「寂しいから」に見えます。
それが理由の一部であることもあります。ただし、実際には複数の問題が重なっている場合があります。
時間が分からなくなっている
午前2時を午後2時だと思い、家族が来る時間や病院の予定を尋ねていることがあります。
「こんな時間に電話しないで」と注意しても、本人が夜中だと認識できていなければ、約束だけでは改善しません。
短い記憶が残りにくくなっている
家族から答えを聞いて安心しても、電話を切ったあとに答えそのものを忘れ、心配だけが残ることがあります。
本人にとっては、五回目の電話ではなく、毎回が初めての電話です。
痛み、頻尿、便秘、口の渇きがある
腰が痛い、トイレへ何度も起きる、お腹が苦しい、部屋が暑いといった身体の不快感を、うまく説明できず電話していることがあります。
夜間の電話内容が毎回違う場合でも、身体の不調が共通していないかを見ます。
夢と現実が混ざっている
夜中に目を覚ました直後、夢の内容を現実だと思い、「誰かがいる」「家に帰らなければ」と電話する場合があります。
明かりが暗く、時計や周囲が見えにくいと、場所や時間をつかみにくくなることもあります。
薬や体調の変化が影響している
薬の追加・変更、発熱、脱水、感染症、入院や退院などをきっかけに、急に夜間の混乱が始まることがあります。
認知症が進んだと決めつけず、「いつから変わったか」「薬や病気の変化がなかったか」をかかりつけ医へ伝えてください。
日中の活動と睡眠のリズムが崩れている
昼間に長く眠り、夜になると目がさえる。夕方から暗くなるにつれて落ち着かなくなる。そのような変化が見られる方もいます。
日中の活動、昼寝、日光に当たる時間、夕方の照明などを見直すことで、夜間の過ごし方が変わる場合があります。ただし、睡眠薬を家族の判断で増減することは避けてください。
夜中の会話は「安全・安心・次の時間」の三つで終えます
親御さんが不安を繰り返しているとき、毎回違う説明をすると、かえって話が広がることがあります。
夜中は問題を解決し切ろうとせず、同じ順番で短く答えます。
1.安全を確かめる
「今は家の中だね。転んだり、苦しいところはない?」
2.今の状況を一文で伝える
「今は夜中の2時です。玄関は閉まっていて、今日は外へ出る予定はありません」
3.次に連絡する時間を伝える
「朝7時になったら、こちらから電話します。今は布団へ戻ってください」
また同じ電話が来た場合も、長い説明を最初からやり直す必要はありません。
「さっきと同じで、今は安全です。朝7時に電話します」
と繰り返します。
「さっきも言ったでしょう」「何回かければ分かるの」と事実を示しても、本人が前の会話を覚えていなければ、納得にはつながりにくいものです。
一方で、家族が30分、1時間と電話を切れずにいると、親御さんにとって「不安になれば長く話せる」という形が定着する場合もあります。
安全が確かめられたら、会話を終えて構いません。
夜中の電話の目的は、親御さんの不安を完全になくすことではありません。「今すぐ危険ではない」と確かめ、次に連絡する時刻を伝え、家族も眠りへ戻ることです。
電話を切ることは、親を見捨てることではありません
親御さんが「お願いだから切らないで」と言うと、電話を終えるのが冷たい行為に感じられます。
しかし、翌朝に車を運転する人や、仕事をする人が毎晩眠れない状態も安全ではありません。
家族が疲れ切れば、親御さんの通院予定を間違える、強い口調で責める、運転中に眠くなるなど、別の危険が生まれます。
電話を切るときは、突然無言で切らず、終わりを伝えます。
「安全なのは分かりました。私は明日の仕事があるので、今から眠ります。朝7時に電話します」
「同じ心配でまた電話が来ても、朝までは長く話せません。苦しい、転んだ、火が出たというときは、そのことを最初に言ってください」
親御さんが完全に納得しなくても、毎晩の対応時間を区切ることはできます。
ただし、電話を着信拒否にする、電源を切るといった対応は、夜間の安全を代わりに確かめる人や仕組みがない状態では慎重に考えてください。
先に、緊急時の連絡先、家族の当番、近隣の協力者、利用できる介護サービスを組み合わせます。
翌朝に見るのは、着信回数より「電話の前に何が起きたか」です
夜中に何度電話があったかだけを記録しても、原因は分かりにくいものです。
一週間ほど、次の項目を簡単に残します。
- 電話が来た時刻
- 最初に言った内容
- 親御さんがいた場所
- 痛み、トイレ、息苦しさ、空腹などの訴え
- その日の昼寝と外出の有無
- 夕食と水分を取れたか
- 薬を飲んだ時間
- 家族がどう答え、何分で落ち着いたか
- 翌朝、本人が電話を覚えていたか
例えば、「毎晩午前1時ごろ、トイレの後に電話する」「デイサービスへ行かなかった日に多い」「睡眠薬が変更された週から始まった」と分かれば、医療や介護へ伝えやすくなります。
電話の録音をする場合は、家族間で共有する範囲や個人情報の扱いにも配慮してください。医療者へ見せるために長時間の音声を保存するより、時刻と内容を短く書いた記録の方が扱いやすいことがあります。
親御さんとは、昼間に「電話をやめて」ではなく夜の手順を決めます
夜中の電話直後に話し合うと、家族も寝不足で、親御さんも混乱したままです。
話すのは日中、比較的落ち着いている時間にします。
「夜中に電話したことを責めたいわけではない。転んだときは助けたいし、私も眠らないと翌日動けない。夜の連絡方法を一緒に決めたい」
そして、電話する場面を具体的に分けます。
- 転んだ、息が苦しい、出血したとき
- 火や戸締まりで実際に危険があるとき
- 不安だが、身体の異常はないとき
- 朝まで待てる用事のとき
文字を読める方なら、電話の近くに短いカードを置く方法があります。
「今は夜です。家族から朝7時に電話します。息が苦しい、転んだ、火が出たときは119番」
長い説明書は、夜中には読み切れません。時計、家族が電話する時刻、緊急時の番号だけに絞ります。
親御さんが自分で救急通報を行うのが難しい場合は、カードを置くだけで終えず、別の見守り方法を考える必要があります。
家族の誰か一人を「24時間窓口」にしないでください
介護を実際に担っている人へ、夜間電話も集中しがちです。
離れて暮らすきょうだいからは、「電話に出るだけでしょう」と見えることもあります。
しかし、一晩に何度も起こされ、毎回緊急かどうかを判断するのは、単なる電話番ではありません。
家族で分けるときは、「できる人が出る」ではなく、担当を決めます。
「月曜と水曜は私、火曜は兄、木曜は姉が夜間連絡を受ける。翌朝、着信内容を家族LINEへ一行で共有する」
遠方で駆けつけられない家族でも、夜間の電話対応、受診予約、ケアマネジャーへの連絡、サービス調査などは担える場合があります。
きょうだいの協力を得られない場合も、「全員が納得するまで今の家族が耐える」という形にする必要はありません。公的な介護支援を含めて、家族以外が関わる時間を増やします。
医療へ伝えるのは「夜眠らない」ではなく、始まり方と変化です
夜間の電話が急に増えた場合や、時間の感覚、会話、生活行動にも変化がある場合は、かかりつけ医へ伝えてください。
予約時には、次のように話します。
「先週から、夜中に一時間おきに電話が来ます。以前はありませんでした。時間が分からず、誰かが家にいると言うことがあります。薬の変更や体調との関係を診てほしいです」
医師へ伝えたいのは、次の内容です。
- 夜間電話が始まった時期
- 急に始まったか、徐々に増えたか
- 日中の様子も変わったか
- 発熱、痛み、便秘、頻尿、食欲低下がないか
- 薬の追加や変更がなかったか
- 転倒や頭部打撲がなかったか
- 幻視や物盗られの訴えがあるか
- 家族がどの程度眠れなくなっているか
認知症の診断がなくても相談できます。物忘れ、時間の混乱、同じ確認の繰り返しが増えている場合は、もの忘れ外来や認知症疾患医療センターなどについて、かかりつけ医へ尋ねる方法もあります。
家族の判断で睡眠薬を飲ませたり、処方量を増やしたりしないでください。夜間の混乱や転倒に関係する可能性も含め、服薬は医師や薬剤師へ確認します。
ケアマネジャーには、家族の睡眠不足も支援課題として伝えます
介護サービスを利用している場合は、担当ケアマネジャーへ夜間電話の記録を見せます。
「母が夜に不安がる」だけでなく、家族への影響も具体的に伝えてください。
「一晩に3~5回電話があり、私は連続して眠れません。仕事中に眠気が出ており、この体制は続けられません」
検討できる支援には、本人の状態や地域に応じて次のようなものがあります。
- デイサービスなどで日中の活動を増やす
- 訪問介護で夕方や就寝前の生活を整える
- 服薬や戸締まりを確認する支援を入れる
- ショートステイで家族が眠れる日を作る
- 定期巡回・随時対応型訪問介護看護など、夜間を含むサービスを検討する
- 緊急通報装置や自治体の見守り事業を確認する
利用条件、対応時間、自己負担、提供地域はサービスごとに異なります。夜中の不安電話をすべて介護職が受けてくれるとは限らないため、「何時に、どのような連絡や訪問へ対応できるのか」を契約前に確かめてください。
担当ケアマネジャーがいない場合は、親御さんの住所地を担当する地域包括支援センターへ連絡します。
「一人暮らしの父から夜中に何度も電話があり、家族が眠れません。緊急ではない電話が多いのですが、時間の混乱もあります。医療と介護のどちらから進めればよいか相談したいです」
地域包括支援センターへ連絡したからといって、すぐに施設入所が決まるわけではありません。現在の生活を続けるために、どの部分へ支援を足すかを考える入口です。
急な混乱や身体症状がある夜は、いつもの電話と扱いません
何か月も同じ内容の電話が続き、本人の身体状態が安定している場合は、翌日に医療や介護へつなげる形で進められます。
一方で、次のような場合は、通常の繰り返し電話とは分けます。
- その日から急に会話が成り立たなくなった
- 呼びかけても反応が鈍い
- 片方の手足に力が入らない
- 顔がゆがむ、ろれつが回らない
- 息苦しい、胸が痛い
- 転倒して頭を打った
- 高熱、強い痛み、繰り返す嘔吐がある
- 食事や水分を取れず、尿が減っている
- 外へ出て、居場所が分からない
- 火事、侵入者、暴力など差し迫った危険がある
命や身体への危険がある場合は119番、事件や身の危険がある場合は110番を優先します。
救急車を呼ぶべきか迷う場合は、実施地域であれば救急安心センター事業の「#7119」などへ相談できます。ただし、明らかに緊急性が高い場合は相談を挟まず119番へ連絡してください。
電話に出る自分が怖くなったら、すでに交代が必要です
着信音を聞くだけで動悸がする。怒鳴ってしまう。電話を壁へ投げたくなる。親御さんがいなくなれば眠れるのに、と考える。
そこまで追い詰められているときに、「家族だから優しく対応しなければ」と我慢を増やしても、安全にはつながりません。
まずその夜の対応を、別の家族や支援者へ交代します。
親御さんへ手を出す、自分を傷つける、危険な運転をする可能性がある場合は、一人で対応を続けず、差し迫った危険に応じて110番または119番へ連絡してください。
緊急ではないものの、家族だけでは次の夜を迎えられない場合は、ケアマネジャー、地域包括支援センター、市区町村の高齢者福祉担当へ、家族の限界をそのまま伝えます。
「親の相談だけではありません。夜間電話で私が眠れず、怒鳴ったり手を出したりしそうで、今の体制を続けるのが危険です」
介護者の睡眠や健康も、支援を組み直すための重要な情報です。
今夜は、電話の横へ「三行の夜間カード」を置きます
明日からすべての電話を止める必要はありません。
親御さんが文字を読める状態であれば、次に会ったとき、電話のそばへ三行だけ書いた紙を置きます。
今は夜です。
朝7時に家族から電話します。
転んだ・息が苦しい・火が出たときは119番です。
その下に、家族が次に電話する時刻を大きく書きます。
家族側は、今夜の着信時刻と最初の訴えを一つだけ残してください。
夜間の電話を減らす方法は、親御さんの状態によって変わります。けれど、「電話が鳴るたびに一人で耐える」という体制だけは、変え始められます。















