四十九日を過ぎた頃、家族のグループLINEが止まってしまった
兄から「誰も住まないなら、早く売った方がいい」とメッセージが届いた。
弟はすぐに、「父さんと母さんが守ってきた家を、そんなに簡単に売れない」と返した。
一人は、固定資産税や庭の手入れ、老朽化を心配している。もう一人は、仏壇や家族の思い出、帰る場所がなくなることを気にしている。
どちらも、実家を粗末にしたいわけではありません。
けれども、「売る」「残す」という結論から話し始めると、相手の事情が見えなくなります。
「自分だけお金が欲しいのか」
「管理もしないのに、思い出だけで残せと言うのか」
「親の介護を任せきりにしたのに、相続では同じ権利を主張するのか」
実家の話だったはずが、子どもの頃からの扱い、介護の負担、生前にもらったお金まで持ち出されることがあります。
この状態で結論を急いでも、家の行き先は決まりません。
まず必要なのは、兄弟の気持ちを一つにすることではなく、同じ事実を見ながら話せる状態を作ることです。
親が存命なら「相続方針」ではなく、親本人の住まいの話です
親御さんがまだ存命で、実家の名義も親御さんにある場合、子ども同士だけで売却や相続方法を決めることはできません。
「将来揉めないために、今のうちに売ってほしい」
「長男が引き継ぐべきだ」
兄弟にはそれぞれ考えがあっても、現在の所有者は親御さんです。
親御さんが自分で判断できる状態なら、どこで暮らしたいか、家を残したいか、売却を考えているかを本人へ尋ねます。
子どもが先に分配方法を話すと、親御さんには「自分が亡くなった後のお金を、もう取り分けている」と聞こえる場合があります。
「相続の取り分を決めたいわけではなく、今後この家をどうしたいか、元気なうちに希望だけ聞いておきたい」
このように目的を伝えてください。
親御さんの判断する力が低下し、売却や贈与の意味を十分に理解できない場合は、兄弟の多数決で進めることはできません。家族だけで契約を進めず、成年後見制度を含めた方法を地域包括支援センターや法律・登記の相談先へ確かめます。
相続が始まっているなら、最初の会議で売却を決めないでください
親御さんが亡くなった後、兄弟が最初に集まると、「実家をどうするか」が大きな議題になります。
しかし、遺言や名義も分からない状態では、誰がどの選択をできるのか判断できません。
最初の話し合いでは、結論を出さず、次の資料を集める担当だけを決めます。
- 遺言書の有無と保管場所
- 実家の土地・建物の登記事項証明書
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書
- 亡くなった親御さんの出生から死亡までの戸籍
- 住宅ローン、抵当権、そのほかの借入れの有無
- 火災保険や地震保険の契約内容
- 現在住んでいる人と、実家を使っている人
- 預貯金など、実家以外の相続財産
- 実家の年間維持費
遺産分割は、法律上の相続人全員が参加して行います。
兄弟二人で方針が一致しても、亡くなった親御さんの配偶者や、すでに亡くなった兄弟の子どもなど、ほかに相続人がいれば、その人を除いて決めることはできません。
誰が相続人なのか曖昧な場合は、先に戸籍をたどります。
最初の会議の目的は「売るか残すかを決めること」ではありません。「誰に権利があり、何を調べなければ決められないか」をそろえることです。
思い出、権利、お金を同じ話にしないことが出発点です
実家を残したい人へ「非現実的だ」と言っても、気持ちは変わりません。
売りたい人へ「親不孝だ」と言っても、維持費はなくなりません。
話し合いでは、三つを分けます。
思い出として残したいもの
仏壇、写真、家具、庭木、親御さんが使っていた道具などです。
家そのものを残さなくても、写真に撮る、形見を分ける、仏壇を移す、建具や庭木の一部を引き継ぐ方法があります。
相続人としての権利
実家だけでなく、預貯金、保険金、借金、生前贈与などを含めた相続全体の中で考えます。
「実家を欲しい」と「実家の価値に相当する財産を一人で受け取ってよい」は同じではありません。
今後発生するお金と作業
固定資産税、保険料、草刈り、掃除、修繕、交通費、残置物処分などです。
残したい人が、これらを実際にどこまで担えるのかも確かめます。
気持ちを数字だけで片づける必要はありません。ただ、思い出を守る方法と、不動産を所有し続ける方法は分けて考えられます。
実家について、兄弟全員が同じ一枚を見るようにします
実家の価値について、兄は「二千万円くらいで売れる」と思い、弟は「古いから数百万円だろう」と考えている。
このように前提が違えば、話はまとまりません。
次の内容を一枚にまとめます。
- 土地と建物の名義
- 土地の面積、建物の築年数と状態
- 住宅ローンや抵当権の有無
- 不動産会社などから得た売却査定
- 売却時に必要になりそうな仲介、測量、解体、片づけなどの費用
- 毎年の固定資産税と保険料
- 年間の管理・修繕費
- 現在住んでいる人
- 誰がどの費用を支払っているか
固定資産税評価額、相続税の評価に使う金額、実際に市場で売れる価格は、同じとは限りません。
一社の査定だけで結論を出さず、複数の不動産会社などから意見を取り、売却費用を引いた後に手元へ残る見込み額を比べます。
高い査定を出した会社が、必ずその価格で売却できるわけではありません。査定の根拠、近隣の成約事例、販売にかかる期間、値下げの可能性も聞いてください。
実家の分け方は「売るか共有するか」の二択ではありません
| 分け方 | 向いている状況 | 注意すること |
|---|---|---|
| 実家を売却して代金を分ける | 誰も住まず、維持する人もいない | 売却価格、諸費用、荷物の処分、売却時期を決める |
| 一人が実家を相続し、ほかの相続人へ金銭を支払う | 住みたい人がいて、ほかの相続人へ支払える資金がある | 実家の評価額と支払期限を全員で合意する |
| 一人が実家を相続し、ほかの人は預貯金などを受け取る | 実家以外にも分けられる財産がある | 相続財産全体の評価をそろえて比較する |
| 一定期間だけ保有し、後日売却する | 家財整理、居住者の転居、相場の確認に時間が必要 | 保有期限、費用負担、売却開始の条件を書面にする |
| 兄弟の共有名義にする | 当面の結論を保留する事情がある | 売却、修繕、使用方法、次の相続で関係者が増えやすい |
一人が実家を取得し、その代わりにほかの相続人へ金銭を支払う方法は、実家を残しながら相続分の差を調整する選択肢になります。
ただし、家を取得する人に支払能力がなければ実行できません。
「いつか払う」ではなく、金額、支払日、分割の有無、支払いができなかった場合を決めておきます。
一人が住み続けている場合は、売却を迫る前に生活を切り分けます
親御さんと同居していた兄弟が、そのまま実家に住んでいることがあります。
ほかの兄弟から見ると、「家を独占している」と感じるかもしれません。
住んでいる側は、「親の世話も家の管理も自分がしてきたのに、すぐ出て行けと言われた」と受け止めることがあります。
この場合、売るか住むかの二択を迫る前に、次のことを聞きます。
- いつから、どのような経緯で住んでいるか
- 亡くなった親御さんと住まいについて約束があったか
- 固定資産税、修繕費、光熱費を誰が負担してきたか
- 今後も住みたいのか、転居まで時間が必要なのか
- 実家を単独で取得する希望があるか
- ほかの相続人へ金銭を支払えるか
- 同居する配偶者や子どもがいるか
住んでいるという事実だけで、当然に実家を単独で相続できるとは限りません。
一方、ほかの相続人も、話し合いが終わっていない段階で鍵を替えたり、荷物を外へ出したりすることは避けるべきです。
「今すぐ出て行って」ではなく、
「住み続けたい希望があるなら、実家の評価額と、ほかの相続人への支払い方法を含めて聞きたい。転居する場合は、必要な期間も一緒に考えたい」
と伝えます。
居住できる法的な根拠や、立ち退き、使用料などをめぐって意見が食い違う場合は、家族だけで結論を出さず、契約や遺言を持って法律相談へ進みます。
介護や実家の管理をしてきた人の負担は、記録から話します
実家をめぐる争いの奥に、「自分ばかり親を支えた」という思いがある場合があります。
通院の送迎、買い物、役所の手続き、庭の手入れ、住宅の修繕。近くに住む兄弟が長年担い、遠方の兄弟は詳しい負担を知らないこともあります。
反対に、遠方の兄弟が金銭を負担していても、日常的な介護を担った人には見えていない場合があります。
「私が全部やった」「何も聞いていない」という言い合いでは、相続へ反映すべき内容か判断できません。
次の資料をそろえます。
- 介護や通院に関わった期間と回数
- 立て替えた医療費、介護費、交通費
- 固定資産税や修繕費の領収書
- 親御さんの口座から支払った金額
- 家族間で交わしたメッセージ
- 生前に親御さんから受け取ったお金や財産
介護をしたことや費用を払ったことが、直ちに実家を多く取得できる理由になるとは限りません。
ただし、寄与分、生前贈与、立替金などの法的な扱いが問題になる場合があります。感情だけで相殺せず、資料をそろえて個別に判断してもらいます。
空き家のまま保留するなら「誰かがやるだろう」をなくします
意見が合わないため、いったん空き家として残す方法を取ることもあります。
ただし、保留は無料ではありません。
- 固定資産税
- 火災保険などの保険料
- 電気、水道、浄化槽などの維持費
- 草刈り、庭木の剪定、害虫対策
- 雨漏りや破損の修繕
- 郵便物や近隣からの連絡への対応
- 家財や不用品の処分
- 遠方から見回りに行く交通費
誰か一人が立て替え続けると、後から精算できないことがあります。
保留するなら、少なくとも次の内容を書面や家族のメッセージで共有します。
「固定資産税と保険料は相続人が割合を決めて負担する。日常の見回りは長男、緊急修繕は事前に全員へ連絡する。半年後の9月末までに売却か単独相続かを再度話す」
期限のない保留は、事実上の放置になりやすくなります。
共有名義は公平に見えますが、次の問題を先送りすることがあります
話がまとまらないと、「とりあえず兄弟で半分ずつ」にしたくなります。
数字の上では公平に見えます。
しかし、その後に売却したい人と残したい人が分かれれば、同じ話し合いが続きます。大きな修繕、賃貸、建て替え、使用方法についても意見が割れる可能性があります。
さらに、共有者の一人が亡くなると、その持分が配偶者や子どもへ相続され、関係者が増えることがあります。
共有を選ぶなら、少なくとも次の点を決めてください。
- 誰が使用できるか
- 固定資産税と修繕費をどう負担するか
- 賃貸や売却を検討する条件
- 一人が持分を手放したいときの方法
- いつまで共有を続けるか
「今は決められないから共有にする」のか、「共同で活用する明確な目的があるから共有にする」のかで、意味は大きく異なります。
兄弟の話し合いが止まっても、相続の期限は止まりません
実家の方針が決まらない間も、登記や税金の期限は進みます。
相続税の申告と納税が必要な場合、期限は原則として、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。遺産分割が終わっていなくても、申告期限が自動的に延びるわけではありません。
申告が必要かどうか分からない場合は、実家、預貯金、株式、保険、借金などの相続財産を把握し、早めに税務署や税理士へ確かめます。
不動産の相続登記は、相続によって取得したことを知った日から3年以内に申請することが義務になっています。
2024年4月1日より前の相続で、まだ登記をしていない不動産については、原則として2027年3月31日までの対応が必要です。
遺産分割がまとまらず、期限内に誰が実家を取得するか決められない場合は、相続人申告登記によって申請義務を果たす方法があります。
ただし、相続人申告登記は、最終的に誰が実家を取得するかを確定する手続きではありません。売却する場合や、遺産分割が成立した後は、内容に応じた相続登記が別に必要になります。
兄弟で話す日は、議題を「今後一か月の管理」までに絞ります
一度の家族会議で、親への思い、介護、生前贈与、実家の売却、相続の取り分まで話すと、誰かが席を立って終わりやすくなります。
最初の会議は30分程度に区切り、次の三点だけを扱います。
- まだ足りない資料は何か
- 次の一か月に発生する費用を誰が払うか
- 査定や登記を誰がいつまでに確認するか
話し合いを始める言葉
「今日は売るか残すかを決めないことにしたい。まず、名義、査定、年間費用を同じ資料で見られるようにしよう」
相手が過去の不満を持ち出したとき
「介護の負担は別にきちんと扱いたい。今日は来月の固定資産税と査定の担当だけ決めさせてほしい」
売却を急かされたとき
「売却を拒否しているわけではない。ただ、手取り額と住んでいる人の予定が分からないまま、今は同意できない」
話し合いが感情的になったとき
「このまま続けると悪い言い方になりそうなので、今日は終わりにしたい。次回は資料をそろえて、第三者にも入ってもらいたい」
中断は、話し合いを放棄することではありません。
次の日時、議題、必要な資料を決めて終われば、対立を広げずに続けられます。
誰へ頼むかは、揉めている内容で分けます
「相続の専門家」と一括りにしても、扱う内容は異なります。
- 法務局・司法書士:登記名義、必要書類、相続登記、相続人申告登記を確かめたいとき
- 税務署・税理士:相続税の申告要否、実家の税務上の評価、売却後の税金を確かめたいとき
- 不動産会社・不動産鑑定士:売却価格の目安、売却期間、活用方法、客観的な評価を知りたいとき
- 弁護士:居住、寄与分、生前贈与、遺言の有効性など法的な主張が対立しているとき
- 家庭裁判所:相続人だけでは遺産分割の合意ができないとき
司法書士へ登記を頼んでも、対立している兄弟のどちらが正しいかを決めてもらえるわけではありません。
不動産会社の査定を取っても、相続人全員の合意に代わるものではありません。
現在止まっている部分に合わせて、相談先を選びます。
家庭裁判所の遺産分割調停は、相続人のうち一人または複数人が、ほかの相続人全員を相手方として申し立てる手続きです。調停委員を介して、それぞれの希望や資料を確認し、合意を目指します。
調停を申し立てたからといって、直ちに実家を競売にかけたり、家族関係を終わらせたりするわけではありません。
家族だけでは同じ言い争いになるときに、話す場所と順番を変える方法です。
今日は「売る・残す」の返事ではなく、資料をそろえる一文を送ります
家族のグループLINEが止まっているなら、長い主張を書かないでください。
次の一文を送ります。
「実家を売るか残すかは、まだ結論を出さず、まず登記名義、遺言、査定額、年間の維持費、住んでいる人の希望を同じ資料で見たいです。来月までの費用負担と、誰が何を調べるかだけ先に決めませんか」
その後、自分の手元にある固定資産税の納税通知書か登記事項証明書を一つ探します。
どちらもなければ、不動産の所在地と現在の名義だけを調べるところから始めます。
兄弟の思いを完全に一致させなくても、実家の方針は決められます。
残したい人には、残すために負担できる金額と作業を出してもらう。売りたい人には、急ぐ理由と売却後の手取り見込みを出してもらう。
気持ちを否定せず、実行できる案へ変える。
今日決めるのは、実家の最終的な行き先ではありません。次の話し合いを、思い込みではなく同じ資料から始めることです。
















