「財布がない。あなたが持って帰ったんでしょう」
親御さんから電話がかかり、胸がざわつく。
昨日は確かに実家へ行った。買い物にも付き添った。でも、財布には触っていない。それを説明しても、「ほかに家へ入った人はいない」と言われる。
腹が立つ気持ちと、どこかで本当に落としたのではないかという心配が、同時に出てきます。
認知症があるから、また家の中へしまったのだろう。そう思って探すのを後回しにすると、実際には外で落とし、カードが使われているかもしれません。
反対に、最初から盗難だと考えて家族中へ連絡すると、後で布団の間から見つかることもあります。
認知症の親御さんの財布がないときは、「家の中を探すこと」と「中身を悪用されないようにすること」を同時に進めます。
最初の十分で「財布に何が入っていたか」を確かめます
探し始める前に、中身をできる範囲で挙げます。
親御さんが「現金しか入っていない」と話していても、実際にはキャッシュカードや身分証が入っている場合があります。
- 現金のおおよその金額
- キャッシュカード
- クレジットカード、デビットカード
- 交通系ICカード、電子マネー
- マイナンバーカード
- 運転免許証
- 資格確認書や診察券
- 自宅の鍵
- 住所や電話番号が分かる物
正確な金額やカード名を思い出せなくても構いません。
通帳、過去の利用明細、財布を写した写真、普段利用する店などから補います。家族が分かる範囲で一覧にし、停止が必要な物から動けるようにします。
現金だけなら落ち着いて探せますが、キャッシュカード、クレジットカード、マイナンバーカード、自宅の鍵が入っている場合は、家の中で見つかるまで何時間も待たず、停止や届出を並行して進めます。
「どこへ置いたの?」ではなく、最後の行動を逆からたどります
認知症がある親御さんへ「最後にどこへ置いたの」と何度も聞いても、答えが変わることがあります。
本人が隠しているのではなく、財布を置いた場面が記憶に残っていない可能性があります。
場所を直接尋ねるより、最後に使った場面から行動を戻します。
「最後にお金を払ったのは、どのお店だった?」
「帰ってきたとき、買った物はどこへ置いた?」
「上着を脱いだ後、どの部屋へ行った?」
レシート、買い物袋、上着、通院の領収書なども手がかりになります。
本人の説明に矛盾があっても、その場で訂正する必要はありません。「昨日は買い物へ行っていないでしょう」と正すより、考えられる場所を一つずつ見た方が早く進みます。
家の中は、四つの範囲に分けて探します
家族全員が別々の場所を探すと、引き出した物が混ざり、すでに見た場所まで分からなくなります。
探す人を一人か二人に絞り、次の順番で進めます。
1.帰宅後に物を置きやすい場所
- 玄関、靴箱の上、鍵置き場
- 買い物袋やエコバッグの中
- 上着、ズボン、部屋着のポケット
- 食卓、台所、冷蔵庫の近く
- いつも使う椅子やソファの隙間
2.お金を守ろうとして置きやすい場所
- タンスや衣装ケース
- 布団、枕、マットレスの下
- 仏壇、神棚、写真立ての近く
- 書類、新聞、封筒の間
- 普段使わないバッグや箱
3.財布とは関係がなさそうな場所
- 冷蔵庫、食品棚
- 洗濯かご、タオルの間
- ごみ箱や資源ごみの袋
- 浴室、洗面所、トイレ
- 植木鉢、物置、車の中
4.外出先と移動経路
- 最後に利用した店、病院、薬局
- タクシー、バス、鉄道会社
- 立ち寄った知人宅
- 自宅から店までの道
- 利用した可能性のあるATM
ごみを出した直後なら、財布が袋へ混ざった可能性も考えます。ただし、収集車を追いかけるなど危険な行動はせず、自治体や収集担当へ事情を伝えてください。
探した場所は、スマートフォンのメモへ残します。
「上着三着、買い物袋二つ、台所、寝室のタンス上段まで確認」
親御さんが再び探し始めても、どこまで見たかを戻れます。
「盗ったでしょう」と言われたら、疑いを論破しようとしません
大切なお金が見つからず、自分が置いた場所も思い出せない。その状態では、「誰かが持っていった」と考えた方が、本人の中で説明がつくことがあります。
認知症では、財布や通帳を盗まれたと周囲を疑う言動が見られることがあります。ただし、認知症があるからといって、実際の盗難や紛失まで否定してはいけません。
避けたいのは、次のような返し方です。
- 「また自分で隠したんでしょう」
- 「認知症だから忘れたんだよ」
- 「私が盗るわけないでしょう」
- 「前も同じことを言ったよね」
- 「見つかるまで部屋を全部調べるから」
ご家族にとって事実でも、本人には「困っているのに信じてもらえない」と聞こえることがあります。
まず、財布がない不安に返事をします。
「財布がないと困るね。使われないようにカードを止めてから、一緒に探そう」
「誰が持ったかは、今は決めなくていい。最後に買い物をしたところから見てみよう」
「私は持って帰っていないよ。でも、なくて心配なのは分かった」
盗っていないことまで認める必要はありません。相手の不安を受け止めることと、疑いを事実として受け入れることは別です。
疑われた家族が一人で探し続けない方がよい場合があります
財布がなくなるたび、介護をしている家族だけが疑われることがあります。
その人が現金を補充し、買い物をし、通帳も管理していると、「いくら入っていたか」「誰が使ったか」が曖昧になりやすくなります。
本人を守るだけでなく、支える家族を守る記録も必要です。
- 財布へ入れた現金の額と日付を残す
- 親御さんのお金と家族のお金を混ぜない
- 立替えた場合はレシートを保管する
- まとまった現金を動かすときは、可能なら家族二人で確認する
- キャッシュカードの暗証番号を紙へ書いて財布に入れない
- 通帳、印鑑、カードを同じ場所にまとめない
疑いが強くなっているときは、親御さんのバッグや衣服を無断で調べると、さらに関係が悪くなることがあります。
「一緒に見てもいい場所を教えて」
そう伝え、できるだけ本人の目の前で探します。
物を投げる、殴ろうとするなど危険があるときは、一人で説得や捜索を続けず、その場を離れてください。けがをする危険が迫る場合は110番、急病や意識の異常がある場合は119番を優先します。
見つからないときは、財布の中身ごとに停止します
| なくした物 | 先に行うこと | その後の対応 |
|---|---|---|
| キャッシュカード | 利用銀行の紛失・盗難窓口へ連絡し、利用停止を依頼する | 再発行、取引履歴、本人確認や代理手続きの条件を銀行へ聞く |
| クレジットカード | カード発行会社へ直ちに連絡し、停止する | 警察へ届け、利用明細に不審な取引がないか見る |
| マイナンバーカード | マイナンバー総合フリーダイヤルへ連絡し、一時停止する | 警察への届出後、住民登録のある市区町村で再交付手続きを確認する |
| 運転免許証 | 警察へ遺失届を出す | 都道府県警察の案内に従って再交付を申請する。見つかるまで運転は避ける |
| 資格確認書 | 加入している健康保険の保険者へ連絡する | 再交付に必要な手続きと、受診予定がある場合の対応を聞く |
| 自宅の鍵 | 住所が分かる身分証も一緒にないか確かめる | 住所と鍵を同時に失った場合は、管理会社や鍵業者へ交換を相談する |
マイナンバーカードの一時停止は、マイナンバー総合フリーダイヤル「0120-95-0178」の音声ガイダンス2番で、24時間365日受け付けています。原則として本人からの連絡ですが、代理人による一時停止も可能と案内されています。
銀行やカード会社では、本人確認の方法、家族による連絡、再発行に必要な書類が異なります。
可能であれば親御さんにそばへいてもらい、本人が答えられる部分は本人から伝えます。本人が電話へ出られない場合は、最初に「認知症があり、本人だけでは手続きが難しい」と説明し、家族ができる範囲を聞いてください。
カードを停止した後に財布が見つかった場合、そのまま使えるとは限りません。利用再開の可否を発行元へ確かめ、自己判断でATMや店頭へ持って行かないようにします。
警察への遺失届は、カード停止とは別に行います
財布を外で落とした可能性がある場合は、警察へ遺失届を出します。
都道府県によってはオンラインで届け出られますが、受理まで時間がかかる場合があります。カードの不正利用が疑われる、身分証や鍵が入っているなど急ぐ事情があれば、最寄りの警察署や交番へ直接連絡してください。
届け出る前に、次の内容をまとめます。
- 財布の色、形、素材、ブランド
- 最後に見た日時と場所
- 歩いた道や利用した交通機関
- 現金のおおよその金額
- 入っていたカードや身分証
- 名前が書かれた物の有無
不審なカード利用やATM出金があった場合は、日時、金額、店舗名を画面保存し、銀行やカード会社と警察へ伝えます。
親御さんが外出したまま帰らず、財布の所在だけでなく本人の居場所も分からない場合は、財布探しより人命を優先します。認知症による行方不明が疑われるときは、時間を置かず110番へ連絡してください。
急に財布を隠すようになったときは、体調の変化も見ます
以前はなかったのに、数時間から数日のうちに急に財布を隠す、家族を激しく疑う、会話がかみ合わないという変化が出た場合は、認知症の進行だけとは限りません。
感染症、脱水、薬の影響、低血糖などで急な混乱が起こることがあります。
- 発熱や強いだるさがある
- 水分や食事が取れていない
- 薬を変更した直後である
- 昼夜が急に逆転した
- 見えない物を怖がるようになった
- 呼びかけへの反応が普段より鈍い
このような変化があれば、当日中を目安に医療機関へ連絡し、「財布を隠す」という行動だけでなく、いつから何が急に変わったかを伝えます。
顔の片側がゆがむ、片腕に力が入らない、言葉が出ない、ろれつが回らない、意識がもうろうとしている場合は、すぐ119番へ連絡してください。
財布が見つかった場所は、責める材料ではなく次の対策に使います
財布が冷蔵庫から見つかった。新聞の間へ挟まっていた。親御さん自身がタンスの奥へしまっていた。
見つかった瞬間、ご家族は「ほら、やっぱり自分で隠したでしょう」と言いたくなることがあります。
しかし、その言葉で本人が置いた経緯を思い出せるとは限りません。恥ずかしさや疑われた感覚だけが残り、次から財布の場所を家族へ話さなくなることもあります。
「見つかってよかった。次に探しやすい置き場所を一緒に決めよう」
これで十分です。
見つかった場所、時間、その前の行動だけを家族の記録へ残します。同じ場所から何度も見つかるなら、そこが本人にとって「安全だと思える場所」なのかもしれません。
何度もなくす場合は、財布を取り上げる前に中身を軽くします
繰り返し紛失すると、ご家族は財布を預かりたくなります。
一方、親御さんにとって財布は、買い物をし、自分で支払い、自分の生活を決めるための物です。突然すべてを管理されれば、「自由を奪われた」と感じることがあります。
まず、普段持ち歩く財布を小さくします。
- 一週間分ではなく、一日から数日分の現金だけ入れる
- 使わないクレジットカードや診察券を外す
- 高額な引き出しができるカードを持ち歩かない方法を検討する
- 通帳、印鑑、暗証番号を書いた紙を財布へ入れない
- 財布の色を目立つ物に変える
- バッグの内側へつなぐストラップを使う
- 本人の同意を得て紛失防止タグを付ける
- 連絡先カードには必要最小限の電話番号だけを書く
紛失防止タグは、スマートフォンなどから財布の位置を調べられる機器です。ただし、家族が親御さんへ無断で取り付けるのではなく、誰が位置情報を見るか、何のために使うかを伝えてください。
財布の定位置は、生活動線に合わせます。
玄関の奥に片付けるより、帰宅後に必ず座る椅子の横へ、目立つトレーを置く方が続くことがあります。
「必ずここへ置いて」と注意するだけでなく、帰宅時にバッグから財布を出し、そのトレーへ置くところまで一緒に行います。
家族が管理するお金と、本人が自由に使えるお金を分けます
金銭管理を助ける必要が出ても、親御さんの財布を空にすることが目標ではありません。
生活費や公共料金など、支払いを間違えると困るお金と、本人が自由に使うお金を分けます。
- 家賃や公共料金は口座振替へまとめる
- 日常の買い物用として少額を財布へ入れる
- 現金を渡した日と金額だけ記録する
- 高額な契約や出金は一人で行わない仕組みを作る
- 家族間で管理担当と記録の共有方法を決める
家族が通帳やカードを預かる場合も、本人の意向を聞き、何をどこまで管理するのかを明確にします。
本人に無断で口座からお金を動かしたり、家族の生活費と混ぜたりすると、後の疑いや親族間の問題につながります。
財布の紛失が生活全体へ広がったら、家庭内だけで支えない方法があります
財布を何度もなくすことに加え、次の変化が重なっている場合は、かかりつけ医や地域包括支援センターへ経過を伝えます。
- 同じ物を何度も買う
- 公共料金や税金の支払いを忘れる
- カードの暗証番号を他人へ話す
- 知らない契約や出金が増えた
- 通帳や印鑑も繰り返し見失う
- 詐欺の電話を信じてしまう
- 家族への疑いが強く、生活に支障が出ている
地域包括支援センターへは、親御さんが介護認定を受けていなくても、家族だけで相談できます。
「母が財布を繰り返しなくし、家族が盗ったと言います。カード停止が何度も必要になり、支払い管理にも影響が出ています。本人の自由を残しながら支える方法を知りたいです」
日常的な金銭管理が難しくなっていても、支援内容を理解して契約できる状態なら、地域の社会福祉協議会が行う日常生活自立支援事業を利用できる場合があります。福祉サービスの利用援助や、日常生活費の管理などが対象ですが、利用条件や費用は地域と本人の状態によって異なります。
預貯金、不動産、施設契約など幅広い財産管理を本人だけで行うことが難しい場合は、成年後見制度が検討されることもあります。ただし、家族の都合だけで簡単に始めたり終えたりできる制度ではありません。財布の紛失だけで急いで決めず、地域包括支援センターや自治体の成年後見制度に関する窓口で、必要性とほかの方法を聞いてください。
今は、財布に入っていたカード名を一つ確かめます
家中を一晩中探し続ける前に、財布の中身を一つだけ確かめてください。
親御さんへ、こう聞きます。
「財布には銀行のカードが入っていた? 使われないようにするため、それだけ先に止めよう」
入っていたなら、銀行の公式窓口へ連絡します。入っていなければ、クレジットカード、マイナンバーカード、自宅の鍵の順に尋ねます。
その後、最後に使った店へ電話し、家の中は玄関から一か所ずつ探します。
誰が悪いかを決めるのは、その後で構いません。
まずお金と身分証を守る。次に財布を探す。見つかった場所を、次の紛失を減らす仕組みへ変える。この順番なら、親御さんの言葉に傷ついたままでも、必要な対応を一つずつ進められます。















