電話をして十分もたたないうちに、母がさっきと同じ話を始める。
最初は普通に相づちを打つ。二回目も聞く。三回目になると、つい言ってしまう。
「その話、今聞いたよ」
すると母は、「そうだった?」と笑う日もあれば、「そんな言い方をしなくてもいいでしょう」と不機嫌になる日もあります。
電話を切った後、腹が立ったことより、強い言い方をした自分が気になります。
年を取れば同じ話くらいするのか。それとも、認知症の始まりなのか。今すぐ病院へ連れて行くほどではない気もする。でも、何もしないままでよいのか。
この迷いを解くには、繰り返した回数だけを数えても足りません。
見るべきなのは、何を繰り返しているか、本人が前の会話を覚えているか、生活にも変化が出ているかです。
昔話を繰り返すのか、今聞いた答えを忘れるのかで意味が違います
親御さんの「同じ話」には、いくつかの種類があります。
昔の仕事、子育て、故郷の出来事などを何度も語る場合、その話が本人にとって大切で、話しやすい話題なのかもしれません。会話の相手が少なくなり、話せる内容が限られていることもあります。
一方、数分前に答えた予定をもう一度尋ねる、食事をした直後に「ご飯はまだ?」と聞く場合は、新しい出来事を覚えておく力が弱くなっている可能性があります。
| 繰り返し方 | 考えられる背景 | 家族が見ること |
|---|---|---|
| 昔の思い出を何度も話す | 本人にとって大切な話、会話のきっかけ、寂しさや習慣 | 話以外の生活に変化があるか |
| 同じ質問を短時間に繰り返す | 答えを記憶できていない、不安が解消されていない、聞き取れていない | 質問の間隔、答えた直後の反応、予定管理への影響 |
| 同じ買い物や支払いを繰り返す | 買った記憶がない、在庫管理や判断が難しくなっている | 金銭・買い物・契約への支障 |
| 同じ心配を何度も訴える | 不安、孤独、睡眠不足、気分の落ち込み、認知機能の変化 | 眠り、食欲、表情、外出や交流の減少 |
| 急に話が繰り返しになり、会話もかみ合わない | せん妄、感染症、脱水、薬の影響、脳や体の急な病気 | 変化した時刻、発熱、意識、言葉や手足の異常 |
同じ話をすることだけで、認知症と決めることはできません。
反対に、「年を取れば誰でもそうなる」と、生活上の変化まで見過ごすのも避けたいところです。
加齢による物忘れは「一部」、認知症では「出来事そのもの」が抜けることがあります
年齢を重ねると、名前がすぐ出ない、昨日の夕食の献立を思い出せないといった物忘れは起こりやすくなります。
この場合、きっかけを示されると「ああ、そうだった」と思い出せることがあります。
認知症による記憶の変化では、食事をしたこと、電話を受けたこと、約束をしたことなど、出来事そのものが記憶に残らない場合があります。
たとえば、次の違いです。
- 夕食のおかずを思い出せないが、食べたことは覚えている
- 夕食を食べたこと自体を覚えておらず、「まだ食べていない」と話す
- 約束の時間を忘れたが、予定を伝えると思い出す
- 予定を伝えても、約束したこと自体に心当たりがない
ただし、これは見分ける際の一例です。本人の反応だけで診断することはできません。
認知症とは、記憶や判断などの認知機能が低下し、日常生活に支障が出ている状態を指します。物忘れがあっても生活への支障が少ない軽度認知障害など、認知症とは異なる段階もあります。
「同じ話を何回したか」より、薬、支払い、料理、買い物、交通機関、電話など、以前できていた生活が変わったかを見ます。
同じ質問には、答えより「安心」を求めている場合があります
「明日は何時に病院へ行くの?」と何度も聞かれると、ご家族は、答えを忘れているのだと思います。
実際に忘れていることもあります。しかし、答えを聞いても心配が消えず、安心するために繰り返している場合もあります。
たとえば、親御さんの中では、次の心配が続いているかもしれません。
- 寝坊したらどうしよう
- 一人で病院へ行かされるのではないか
- 何の検査をされるのか分からない
- 持ち物を忘れそうで怖い
- 家族が迎えに来るか確信が持てない
この場合、「十時だと何回言えば分かるの」と答えても、時間は伝わりますが、心配は残ります。
「十時だよ。九時半に私が迎えに行くから、一人で行かなくて大丈夫」
時間だけでなく、本人が心配している部分まで短く答えると、質問が減ることがあります。
返事は毎回、初めて聞いたように完璧にしなくて構いません
「認知症かもしれないなら、何度でも優しく聞かなければ」と考えるご家族もいます。
しかし、同じ返事を一日に何十回も続ければ、疲れるのは自然です。
国立長寿医療研究センターは、繰り返される話への対応として、一定の時間を決めて話を聴くことや、話の背景を知ることを案内しています。
聞く時間を区切ることは、親御さんを見放すことではありません。
昔話なら、次のように対応できます。
「そのとき、お父さんは何歳だったの?」
「その話、写真を見ながら今度ゆっくり聞かせて」
「今日は十分だけ聞くね。その後、夕飯の支度をするよ」
同じ質問には、短い返答と見える手がかりを組み合わせます。
「病院は木曜日。ここに書いてあるよ」
「薬は夕食後。飲んだら、この欄へ印を付けよう」
「今日は買い物へ行かない日。冷蔵庫に食材があるよ」
長い説明を繰り返すより、同じ短い言葉で答える方が、本人にも家族にも負担が少なくなります。
「さっき言ったでしょ」が効かないのは、聞く気がないからとは限りません
何度も同じ質問をされると、親御さんが話を聞いていないように感じます。
けれど、新しい記憶が残りにくくなっている場合、本人にとっては毎回が初めての質問です。
「さっき言った」「何度目なの」と伝えても、前の会話を思い出せなければ、注意された理由が分かりません。
その結果、本人には「突然怒られた」という感覚だけが残ることがあります。
ご家族が強い言い方をしてしまった日も、自分を責め続けなくて構いません。毎回うまく返せる人はいません。
言い過ぎたと感じたときは、長く説明せず、会話を切り替えます。
「強く言ってごめん。病院は木曜日だよ。お茶を飲もうか」
誰が正しかったかを決めるより、親御さんとご家族の緊張が下がることを優先します。
予定や薬の質問には、メモを増やすだけでは足りないことがあります
冷蔵庫や壁に予定を書いても、親御さんがそのメモの存在を忘れることがあります。
文字が小さい、情報が多い、貼る場所が毎回違うと、手がかりとして使いにくくなります。
実用的な情報は、一つの場所へ集めます。
- 今日の日付
- 次の予定と時間
- 迎えに来る人
- 今日飲む薬
- 家族の連絡先
大きな字で書き、不要になった予定は外します。
ただし、服薬や支払いなど、間違えると健康や生活に影響することを、メモだけに任せないでください。
薬を重ねて飲む、公共料金を二重に支払う、知らない相手へお金を渡すといったことが起きている場合は、家族の見守りや医療・地域の支援も必要になります。
「同じ話」以外の変化が重なっていないか見ます
認知症の可能性を考えるときは、会話以外の変化も見ます。
- 買ったことを忘れ、同じ食品や日用品を何度も買う
- 服薬の時間や量を間違える
- 公共料金や税金の支払いが滞る
- 財布、通帳、鍵を探す時間が増えた
- 慣れた道や店で迷う
- 料理の手順が変わり、鍋を焦がすことが増えた
- 電話や家電の操作が急に難しくなった
- 約束したこと自体を覚えていない
- 身だしなみや掃除に関心がなくなった
- 以前より疑い深い、怒りっぽい、ふさぎ込むようになった
一つ当てはまったから認知症ということではありません。
以前との違いが複数あり、少しずつ増えている場合は、年齢のせいと決めず、医療機関へ伝える材料にします。
耳が聞こえにくいと、同じ質問に見えることがあります
返事をしたはずなのに、親御さんが再び同じことを聞く。
その原因が、記憶ではなく聞こえにある場合もあります。
テレビの音が大きくなった。電話では会話が成り立ちにくい。複数人で話すと内容を取り違える。こうした変化があれば、返事が十分に聞き取れていなかった可能性があります。
話すときは、正面から、口元が見える位置で、一文ずつ伝えます。
「明日の病院は、十時です」
ここで一度止めます。
「私が、九時半に迎えに行きます」
二つの情報を一度に長く伝えるより、区切った方が届きやすくなります。
聞こえの低下が疑われる場合は、耳鼻咽喉科などで聴力を確かめることも選択肢になります。
急に繰り返しが始まった場合は、いつもの物忘れとして待たないでください
以前は会話が成り立っていた親御さんが、数時間から数日の間に急に同じ言葉を繰り返し、場所や家族が分からなくなった場合は、認知症だけを考えないでください。
感染症、脱水、薬の影響、低血糖、脳の病気などにより、急な混乱が起きることがあります。
次の状態がある場合は、早めに医療機関へ連絡します。
- 発熱、強いだるさ、食事や水分が取れない
- 急に昼夜が逆転し、見えない物を怖がる
- 意識がぼんやりし、呼びかけへの反応が弱い
- 薬を増やした後から会話や行動が変わった
- 転倒や頭を打った後から様子がおかしい
顔の片側がゆがむ、片腕に力が入らない、ろれつが回らない、言葉が出ない、突然の激しい頭痛などがある場合は、脳卒中を疑い、すぐ119番へ連絡してください。
救急時には、「認知症だと思います」とだけ伝えず、いつから、何が急に変わったかを伝えます。
「一時間前から同じ言葉を繰り返し、こちらの質問に答えられません。普段は会話できます」
一週間の記録は、回数より前後の様子を残します
医療機関へ「同じ話を何度もします」と伝えても、家庭での変化が十分に伝わらないことがあります。
次の内容を、一週間ほど記録します。
- 日付と時間
- 繰り返した話や質問
- 何分ほどで同じ内容に戻ったか
- 答えを聞いた後の反応
- その前に不安な出来事や予定があったか
- 睡眠、食事、水分、体調
- 薬の変更や飲み忘れ
- 買い物、支払い、服薬など生活への影響
「ひどい」「また始まった」と評価するのではなく、実際の言葉や行動を残します。
「午後3時から20分間に、『明日は病院か』と4回質問。木曜日と書いた予定表を見せると一度納得するが、5分後に再度質問。翌日の検査を心配していた」
この記録なら、記憶の問題なのか、不安が強いのか、医療側も考えやすくなります。
受診を勧めるときは、「同じ話をするから」と責めません
親御さんへ「同じことばかり言うから病院へ行こう」と伝えると、本人は監視されていたように感じることがあります。
受診の入り口は、本人も気にしている体調にします。
「最近、眠れていないみたいだから、いつもの先生に聞いてみない?」
「薬が合っているか、一度まとめて見てもらおう」
「物忘れだけでなく、耳や体調も含めて診てもらいたい」
普段のかかりつけ医がいれば、最初にそこへ相談できます。必要に応じて、もの忘れ外来や認知症疾患医療センターなどへつないでもらえる場合があります。
親御さんが受診を拒む場合、ご家族だけで地域包括支援センターへ相談する方法もあります。
「母が短時間に同じ質問を繰り返します。受診を勧めると嫌がります。生活への影響をどこまで見ればよいか、家族だけで相談したいです」
地域包括支援センターへ連絡したからといって、すぐ介護認定や施設入所が決まるわけではありません。受診へのつなぎ方や、地域で利用できる支援を聞く場所です。
遠方に住む家族は、電話の内容だけで判断しないようにします
遠方の親御さんと電話で話すと、同じ話が増えたことには気づけます。
しかし、冷蔵庫、郵便物、薬、服装、家の中の様子までは分かりません。
反対に、毎日一緒にいる家族は変化に慣れ、いつから始まったか分からなくなることがあります。
遠方のご家族は、近くに住む親族や信頼できる人へ、次のように具体的に尋ねます。
- 同じ食べ物が増えていないか
- 未開封の郵便物や督促状がないか
- 薬が大量に残っていないか
- 火の元や戸締まりに変化がないか
- 服装や清潔さが以前と違わないか
- 近所で道に迷ったことがないか
抜き打ち検査のように家中を探すのではなく、生活を一緒に見る姿勢が必要です。
「責めたいわけではなく、困っていることが増えていないか、一緒に見たい」
通帳や契約書などを本人に無断で持ち帰ると、家族への警戒が強くなることがあります。詐欺や重大な支払いなど緊急性がなければ、支援方法を先に話します。
聞く家族が疲れたら、毎回すべてを受け止めなくても構いません
一日に何度も電話がかかり、毎回同じ話を聞く。否定しない方がよいと分かっていても、仕事や家事の途中では対応できないことがあります。
家族の疲れは、愛情不足ではありません。
対応できる範囲を言葉にします。
「今は仕事中だから、夜七時にこちらから電話するね」
「その話は十分聞いたよ。続きは明日、お茶を飲みながら聞かせて」
「今日は電話を切るね。困ったことが起きたら、短くメッセージを入れて」
きょうだいがいる場合は、電話を受ける曜日を分けたり、親御さんへ伝える予定を家族で統一したりします。
一人が毎回答え、別の家族は「まだ大丈夫でしょう」と言う状態では、近くにいる人だけが消耗します。
次に同じ話が出たら、一件だけ記録してください
今夜、親御さんが認知症かどうかを決める必要はありません。
次に同じ話や質問が出たとき、スマートフォンのメモへ一件だけ残します。
- 何を話したか
- 何分後に繰り返したか
- 答えた後、安心したか、また心配したか
- その話以外に困ったことがあったか
そして返事は、一文にします。
「病院は木曜日。私が迎えに行くから大丈夫だよ」
記録を始めると、「また同じ話」という大きなかたまりが、昔話、予定の質問、不安、生活上の失敗へ分かれていきます。
分かれれば、家族が聞くだけでよい話と、医療へ伝えた方がよい変化を見分けやすくなります。
まず一件。そこから次を考えれば十分です。















